犯人捕縛作戦 8
(くそあのモモンガめ、大勢の前で恥ずかしいことばかり言いやがって……!)
倒れたふりをして目を閉じていたライオネルは、突然エイミーが「両想い」だのライオネルに「好きだって言葉をもらった」だの言い出すのを聞いて、ついに限界になって口を開いた。
「こらそこのモモンガ、やめろ! 話を脱線させてどうする‼」
ライオネルが起き上がると、エイミーが驚いた顔をして、それからぷうっと頬を膨らませる。
「これは重要なことですよ! わたしと殿下は両想いなんです! ちゃんとそれをみんなに理解してもらわないとダメなんです! それに殿下、まだ起きちゃダメじゃないですか!」
まるでこの場の目的は、ライオネルとエイミーが両思いだと周知することにあるような言い方だ。
(計画と違うだろうが、このバカ!)
ライオネルは赤い顔でこめかみを押さえる。
やれやれと舞台下に視線を向ければ、パトリシアが愕然と目を見開いていた。
ウォルターはと言うと、肩を揺らしながら、必死に笑うのを我慢している。
「ライオネル……どういうことだ?」
父が目を見開いてこちらを見ていた。
「詳しい話はあとでします」
父には計画を知らせていなかったから、おそらく後から怒られるだろう。だが、計画が漏れるのを恐れて、必要最低限の人間――つまり、エイミーとウォルター、そして追跡魔術を張らせた魔術師以外には告げないことに決めたのは自分なので、説教は甘んじて受けねばなるまい。
今回のこれは、犯人に自ら犯人だと名乗り出させるために打った芝居だったのだ。
というのも、パトリシア・スケールが怪しいということは、音楽祭の数日前からわかっていたことなのである。
エイミーの頭上に奇妙な陶器人形が落ちてきた次の日、エイミーは追跡魔術で特定した二年三組の生徒の行動履歴と、それから所属している部活動の一覧を見て違和感を覚えたらしい。
以前からエイミーの頭上に振って来ていたものには、テニスボールや花瓶、植木鉢、石膏像、泥、雑巾などがあげられるが、エイミーが事前に調べたところ、テニスボールも植木鉢も石膏像も、すべて学園内から持ち出されたものだったそうだ。
エイミーが単独犯ではなく複数犯かもしれないと考えたのは、そこに理由があったらしい。
テニスボールはテニス部の部室から、植木鉢は園芸部の部室から、そして石膏像は美術部の部室からどれも盗み出されていたからだ。テニス部と園芸部と美術部すべてに在籍している生徒はこの学園にはいなかったから、当初、エイミーは犯人は複数人いると睨んだ。
けれども、ウォルターが用意した二年三組の名簿と行動履歴を見て、エイミーの中で別の仮説が生まれたらしい。
(あんな些細な情報からよく推理できたものだ)
ライオネルは今思い出しても感心する。
エイミーが二年三組の生徒がどの部活動に所属しているかを調べてほしいと言ったのは、パトリシア・スケールの行動履歴を見てのことだった。そのときは、パトリシアがどの部活動に所属しているのかはわからなかったが、彼女が音楽室へ向かった時間帯を見て、エイミーは彼女は音楽部の部員ではないかもしれないと考えたらしい。
音楽部の部員は、音楽室を部室にしている。
しかし大所帯の音楽部は音楽室で練習をするには手狭なので、いつも楽器を持ち出して講堂で練習をしているのだ。
ピアノは練習演目にピアノ協奏曲がない限り持ち出されないので、たいていは音楽室に置いたままである。
パトリシアが音楽室を訪れたのは、音楽部の部員が楽器を持ち出して講堂へ向かった三十分後のことだった。
そして彼女は、音楽室に入った十分後にまた出て行ったと行動履歴にあった。その後パトリシアが講堂へ足を向ければ、ただ部活動に遅刻しただけと考えられるが、彼女はそのまま帰宅した。
そしてその些細な違和感をもとにエイミーが所属の部活動を調べたところ、パトリシアは何の部活にも所属していなかったのである。
それから、ライオネルとエイミーは、パトリシアが犯人ではないかという仮説をもとに調べていた。もちろん違う場合もあるので、二年三組の他の生徒たちへの監視は怠らなかったが、音楽祭の今日までに、パトリシアが犯人だという証拠はすべて上がっていたのである。
何故ならその間に二回ほどエイミーの頭上からものが降ってきたが、一回目は手芸部の部室から持ち出された裁断用のはさみで、二回目は工芸部が使っているのこぎりだった。どちらもその前日の放課後もしくは早朝に、パトリシアが各部室を訪れている。
しかし解せなかったのは、パトリシアがその後も音楽室を訪れ続けていたことだった。
エイミーの頭上から降ってきたものに、音楽室から持ち出されたものはない一つない。
だからエイミーは、パトリシアの狙いがほかにあるのではないかと推測を立てた。
そして、パトリシアが音楽室を訪れる時間帯にはピアノしかないこと、そして今日の音楽祭の発表順の最初がライオネルのクラスだったことから、狙いはライオネルで、ピアノに何か細工をしたのではないかと推理した。
(まさかあの人形に、防御魔術まで組み込んでいたとはね)
あの陶器人形をエイミーから渡された時は心底驚いたし嫌だったが、どうやらエイミーがあの人形をこねくり回していたのは、あの奇妙な人形に防御魔術を施していたからだったらしい。
肌身離さず持っていろと言うから嫌がらせかと思ったが、違ったのだ。
おかげで、ピアノに仕掛けられた針がライオネルの指に刺さった瞬間、防御魔術が発動して、ライオネルを守った陶器人形が砕けた。エイミーの手によって、正しく「魔除け」の人形にされた陶器人形は、ライオネルの命を救ったわけだ。まあ、仕掛けられていた毒針の毒が、ライオネルを死に至らしめるレベルのものだったかどうかまではわからないが。
そうしてエイミーの計画通りに釣り上げられたパトリシアは、すっかり青ざめた顔で震えている。
誤算だったのは、パトリシアに「殿下は辟易なさって」だの「婚約を解消したいとお望み」だの「殿下は嫌がっておいでなのです」だの言われたエイミーがキレて脱線をはじめたことだ。
エイミーが本題をすっかり忘れて「両想いだ」としつこく繰り返しはじめたときはどうしようかと思った。
そして今もまだ腹を立てているエイミーは、まるで「両想い」をアピールするかのように、不貞腐れた顔でライオネルの腕にしがみついている。
両想いであろうとなかろうと、ライオネルとエイミーが婚約関係にある事実は変わらないのに、エイミーにとってはそこが一番重要なポイントらしい。
(……仕方ない)
この後パトリシアを自白させるまでが計画なのに、そのことをすっかり頭の隅に追いやってしまったエイミーを当初の予定に引き戻すにはこの方法しかなかった。
ライオネルはこほんと咳ばらいを一つして、蒼白なパトリシアに向かって言った。
「エイミーの言う通り、俺とエイミーは想いあっている。婚約を解消する予定はないから、スケール伯爵令嬢の推理した逆恨みの可能性は皆無だ」
「殿下大好き!」
「あー、わかった、わかったからエイミー……計画通りにしろ」
エイミーの耳元で小声でささやけば、エイミーはそこでようやく思い出したのか、慌ててパトリシアに向き直る。
エイミーが犯人をパトリシアだと推測したあとで、パトリシアの背後に仲間がいるのかはすでに調査を終えていた。結果は単独犯。つまりここでパトリシアを断罪したところで問題はない。
「わたしが学園に入学してから、植木鉢やテニスボール、花瓶や石膏像などなどいろんなものが頭上から降って来ていましたが、それもパトリシア様の仕業ですよね?」
「な――」
「ああ、すでに追跡と、それから証拠も集めているので誤魔化しても無駄ですけど……簡単に白状してくれないだろうとは思っています。だから……」
エイミーがウォルターを振り向けば、ウォルターが学園に追跡魔術を仕掛けてくれていた魔術師を呼んだ。それと同時に、パトリシアを魔法騎士たちが取り囲む。
「昨日の夜、玄関に一つ、パトリシア様は罠の魔術をかけましたよね? たぶん、今日わたしが引っかかることを想定していたんでしょうけど、今日はわざと罠の魔術に引っかからずにそのままにしてあるんです。まだ罠は回収されていません。つまり、今からわたしが玄関の罠の魔術にかかって、そのときに追跡魔術の反応がパトリシア様に出れば確実です。今から一緒に玄関に行きましょうか。そして、パトリシア様だけを開いている教室のどこかに隔離させていただきますね。魔術が発動した際に、追跡魔術がパトリシア様しかいないその教室を指せば、パトリシア様が犯人と言うことで確定です」
エイミーが「行きましょう」と言って、ライオネルの腕を引いた。
けれども舞台から降りる前に、パトリシアが悔しそうな声を絞り出す。
「……必要ありませんわ」
――パトリシアはうなだれて、それ以上、何も言わなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます