暗い部屋

 病院の暗い部屋、医者からの絶対安静という言葉を無視して、ベイカーは密室の中で一人瞼を閉じる。瞳を閉じることにより、『ディ・アブロ』の魔力はこのマジェスフィアの音色を聴いた死体をコントロールする力を、この男に与えていた。

 瞳の奥には、瓦礫に覆われた荒野のど真ん中に立つ一人の大男の姿が映りだされていた。

 ――貴公……。しくじったな。

 トールがまだ喋れたのなら、そんなことを投げかけてきそうだった。

 ベイカーは思案に浸りながら、考え込む。

 ――しくじってなどいない……。一人は牢獄……。もう一人は大穴に落ちて死んだんだ。特に市長だ。何か勘づいたようだが残念なこった。トールが既に死んでいると知っているものは、結局いなく  なったんだ。何を恐れることがある。

 ベイカーの置かれた状況は最悪と言えたが、この期に及んで、ベイカーは楽観的に考えていた。

 ――だいぶトールとの距離が離れてしまった、元同僚の警官達や、未だ残る機士ランディスにも用心するべきだ。ひとまず優秀な手駒は、なるべく近くに戻しておくか。


 その場所は死体安置所、ベイカーの周囲には、トールが市街地で放った雷による被害者たちの死体が無造作に置かれていた。一部は袋に詰められ、一部は床上に無秩序に散らばっていた。

 その中からベイカーが必要とする「素材」を見つけ出すことが彼の現在の目標だった。ベイカーという名のその男は、自身の負傷と闘いながらも、顔に自信に満ちた笑みを浮かべていた。彼はアレックスとメディエットを葬り去ったと確信し、次の段階へと進む準備を始めていたのだ。


 ――ここは私の研究所だ。そして、ここは私が新たな知識を得るための場所だ。これまで以上に簡単に、私の必要とする死体が手に入る。これはチャンスだ。

ベイカーは心のなかでそう呟いた。そして、ベイカーは今まで隠しておいた紫色のハンドベルを取り出すと、無造作に鳴らし始めた。

 ――待っていろ、メルティ、クローディア必ずお前たちを蘇らせて見せるからな。

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