オズワルドの雑貨店

 ファントムウッズの繁華街、交差する石畳の通りの一角にぽつんと存在感を放つ古びた木造二階建の建物がそびえ立っている。外壁は時の流れと共に色褪せたペンキが所々に剥げ、風にさらされた木材が時折ギシギシと悲鳴をあげていた。この建物の一階部分は半地下になっており、窓際には陳列棚に置かれたガラス瓶や陶器がほんのりと光を反射し、中の世界を想像させている。しかし、店名の書かれた看板は見当たらず、通りがかりにはその目的が一見して掴みにくい。

 巧妙に隠された雑貨店。その二階の窓際には、「挑戦者歓迎」と書かれた小さな看板が目を引く。夕方からはこの建物の二階は居酒屋となり、地元民や旅行者たちの憩いの場所となるのだ。


 昼頃の時間、ファントムウッズを駆け巡り事件の聞き込みをしていたアレックスとリリーが、この不思議な雑貨屋へと足を運ぶ。二人の顔は厳しい表情で張り詰め、疲労と共に焦りが目に浮かんでいた。


 アレックスが階段を降りてゆっくりと重い扉を引き開けると、店内からは古書や木材、ハーブの香りが複雑に絡み合って漂ってきた。薄暗い店内はほんのりとした陽光が窓から射し込み、埃の粒子がゆらゆらと舞い踊っている。


 店の入り口付近に設けられたカウンターの奥に立っていた初老のオズワルドは、入ってきた二人に気づくと、微笑みながら挨拶をする。

「おおっ、アレク、リリー殿、久しぶりじゃないか。どうだい、景気は?」

「景気なんて良くないですよ。オズワルドさんだって知っているでしょ。新しい魔鉱機士が来たの。まだ新米で使えない。それに、そいつのせいで、こずかいをすったんだ……」

 アレックスの眉間に皺が寄り、口からぐちぐちとした愚痴がこぼれ出る。彼の言葉は不満に満ち、新しい魔鉱機士のことや個人的な経済の厳しさが噴出していた。そんなアレックスのことを他所に、リリーにはどうやら他の目的があったようだ。彼女の目はカウンター奥の陳列棚に向かい、その中にあるべきものが見当たらないことに気づくと、不安げな表情で声を漏らした。

「オズワルドさん、あのチョコレートは……? 先週までは、置いてありましたよね」

「あっ、リリー殿、すまないのう。あれ売れちゃったんだわ。どこかのお偉いさんが、横やり入れたせいでの」

 アレックスはその言葉に少しばつが悪い表情を浮かべた。

「そうだったんですか。私、チョコレートを買うために、コツコツお小遣い貯めていたんです。この前ランディスさんが公邸に来た時に茶菓子として出したのが最後だったのに。化粧箱も持っていかれちゃったし……」

「まぁ、そんなガッカリするなって。もう取り寄せとるし。入荷したら教えるよ」

 リリーはオズワルドの気配りに感謝し、深々と頭を下げた。

「リリーはどうしてチョコレートが欲しかったの?」

「そんなの聞くもんじゃないぜアレク。リリー殿の事だ。きっとお前さんと楽しむティータイムに花を添えたかったのさ」

 オズワルドの言葉は、リリーの健気な姿勢を際立たせた。しかし、その言葉は同時にリリーの淡い秘密を暴いたため、彼女は頬は若干赤らめ、微笑みながら頭を少し下げた。そんな、リリーの様子を見て、アレックスは提案を返す。

「それなら公費で落とせばいいじゃない――」

「――駄目ですよ、旦那様。チョコレート高いんですからね。もし、そんなことをしているのがバレたら、旦那様の支持率にかかわります」

「うっ……、支持率……。今の失言は訂正します」

 公費は市民から集めた税金だ。リリーの言葉に、アレックスの心は重く沈んだ。彼の立場において、支持率は非常に微妙な問題であり、その中での誤った一手は致命的な結果を招くことがある。市長としてほぼほぼ完璧に仕事をこなすアレックスだが、彼らの行動は常に市民の目に晒されている。そして、特にアレックスはその支持率を自身の責任、使命と感じていた。いかなる時でも、市民に対して責任を果たさねばならないという重いプレッシャーが幼い彼の肩にのしかかっていた。


 しかし、少年市長としての未熟さが時折顔を覗かせることもあった。チョコレート一つでこんなにも動揺してしまう姿に、リリーは軽く頷きながら言葉を返す。

「わかればいいのです」

「まっ、そういうことだからのう。今日のところは帰りな」

 リリーの事もあって、オズワルドは完全に二人がチョコレートを買いに来たのだと誤認していた。アレックスはオズワルドのその言葉に本来の目的を思い出す。

「実は、オズワルドさん、僕たちが今日ここへ来たのは、今、街で起きている怪事件の情報を求めに来たんです。巨大な鉄槌を持った大男を見かけませんでしたか?」

 オズワルドはしばらく考え込み、眉を寄せながら思い出したように答えた。

「あぁ、トールらしき大男をそういえば見たか。あれはファントムウッズの郊外の先にある旧刑務所だったな」

 オズワルドの言葉に、リリーとアレックスは顔を見合わせた。

 ファントムウッズの郊外には、三棟立ち並ぶ煉瓦造りの建物がそびえ立っており、その下には地下深くに迷宮のような監獄が張り巡らされていた。かつてはその厳格な雰囲気で、ならず者達を戦慄させていた建物だが、歳月は容赦なく、物体を摩耗させる。老朽化が進んだその建物は、すでに取り壊される運命に翻弄され、荒野の静寂に包まれながら他者を寄せ付けぬよう佇んでいた。

「確か雷が鳴る大雨の日だったから、五日前くらいだったか。アレク、おまえ、あの旧刑務所をトールに解体するよう、依頼を出していたんじゃないのか?」

「そんなことしないですよ。巨大な地下迷宮ですよ。ハンマーでどうやって解体するんですか。ああいった建物は土砂を使って埋め立てるんですよ」

「……そうか」

 オズワルドはアレックスの言葉にゆっくりと理解を示す頷きを返した。

「リリー、旧刑務所に行こう」

「駄目ですよ、旦那さまッ!!」

「えぇ……」

「二人で行ってトールさんらしき大男に出会ったらどうするんですか!」

「その時はさぁ。僕のマジェスフィアで……」

「何を言ってるんですか。旦那さまは一人じゃ、マジェスフィア使えないじゃないですかッ!! ここは素直になって、メディエットさんに協力してもらいましょう!」

「アレク、リリーの言っていることは正しい。あの新入りの機士に助けを求めたくない気持ちもわかるがの。公務で動く以上、私情は捨てるべきだと思うぜ」

 言葉の追撃は容赦なく、アレックスのプライドへの入り込む隙間を一切与えない。馬車の一件以降、一応の和解はあったものの、アレックスには依然としてメディエットの力を借りたくないという感情が強かった。アレックスは素早く事件を解決し、他人の援助など必要ないと高らかに宣言し、自らの価値を示したかったのだ。

 しかし、そんなアレックスの幼稚な感情を見透かしたかのように、オズワルドが会話に割り込んでくる。それに加えてリリーの目は冷たく、これ以上の単独行動に対して一切の容認を示さなかった。その視線はアレックスに対する信頼とともに、彼の成長を促す厳しさをも感じさせた。

「わかったよ。大通りに行こう、きっと事件現場を見ているはずだから……」

 結果、根負けしたアレックスは弱々しい口調でそう言った。

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