聞き込み調査

 メディエットは都市の心臓部で馬車を停め、先日の事件の調査を始めた。ファントムウッズは、大小さまざまな路地が複雑に絡み合う大都市で、その大通りの広さは大河に匹敵する。しかし、一度細い路地へ足を踏み入れると、まるで巨木の根の中を歩くような迷路が広がっており、旅人を容易に迷わせてしまう。そのため、暗い路地の奥深くでは、迷い込んだ旅人から金品を強奪する事件が後を絶たない。その度に警官たちは駆り出され、犯人の足跡を追う。それでも、周辺の村々と比べれば、比較的治安は安定しているほうだった。


 大きな要因として、機士という存在があった。彼らが街に存在するだけで、武力による犯罪に対する抑止力として機能し、機士がいない村々と比べて、より平穏な日常が約束されていたのだ。だからこそ、この都市ファントムウッズにとって、機士は非常に特別な存在となっていた。


 しかし、その特別な存在、機士が今は不在である。最悪の事態として、機士自身が犯人である可能性も考えられてしまう。その単なる風説が、新興都市であるファントムウッズを一気に危機に陥れるほどの爆弾となり得るのだ。ランディスが最も恐れていたのは、「機士が犯人だ」という言葉が広まり、この若き都市の治安が壊滅的になる可能性であった。


「まずはベイカーに話を聞くか」

 先日の事件が起こった通りを見つめながらメディエットはつぶやいた。

 その通りは、死者が放った怪力のせいで、路地の脇にぽっかりと拳大の穴が開いていた。その周囲には鉄の杭が乱雑に打ち込まれ、黄色いテープで囲まれている。しかし、警官の姿は見当たらなかった。この数日の間に警官の数が減ってしまったからだ。蠢く死者に殺害された者もいる。だが警察という組織に多大なダメージを与えたのは、蠢く死者の狂気に怖じ気付き辞表を提出する者が後を絶たなかった事だ。それゆえ、昨日の事件現場はほったらかしにされ、お粗末な現状にメディエットは溜息を吐いた。


 行き交う人々は何事も無かったかのように歓談を交えながら、汚い何かを避けるよう、杭へは一歩も近づこうとはしない。仮面に描いたような楽天的な顔。だが、内心では恐怖に脅えているのだろう。メディエットはそんな事を考えながらベイカーが居るであろう地区交番を目指す。


「――全然寝てないんだわ~。だってさぁ、。昨日の解散は深夜二時だぜ! 二時! それなのに今朝はまた八時に出勤しろって、まったく理解に苦しむよ。もうこの仕事やめたいんだよな~」

「おい、そんなこと言わないでくれ。5日連続で被害者が出てるんだ。おまえまでやめてしまったら俺の狙われる確率が跳ね上がるだろ」


 メディエットが地区交番へ到着したとき、建物の奥から男性の声が耳に触れた。

 ここは、この大都市の各所に設けられている多数の交番の一つだ。一般的には、その安全を守るために約2名の警官が当直として配置され、住民の安全を確保しながら日々の業務を遂行している。


 その男性の声は、おそらく地区交番の警官が暇な時間に交わす、何気ない雑談の一部だろう。その声からは疲労感が深く滲み出ており、人間の限界と絶望が暗い溜息として顕在化しているように感じられた。


「それにしても。ベイカーは本当に気の毒だと思うぜ。この仕事を始めてまだそんなに経ってないだろあいつ」

「まったくだな。これだけ騒ぎに巻き込まれれば、誰だって辞めたくもなるさ」

「あいつ昨日で最後だったんだろ? 死線を三度も潜り抜けたあいつには同情するぜ、まったく……。二度目がなかったやつもいるけどな」

 地区交番の外で、警官の歓談を聴いていたメディエット、だが警官の話によれば、聞き込み予定の相手ベイカーは既に警官という仕事を辞めたらしく、メディエットは無駄足に落胆の色を浮かべた。

 しかし、ただでさえ少ない手掛かりを逃すわけにはいかない。

「その話、もう少し詳しく聞かせてもらおうか――」

 そういって、地区交番に足を踏み入れたメディエット。だがメディエットの視界に移り込んだのは、肘に顎を乗せ、何とも無頓着にくつろいでいる警官の姿だった。

「あれっ、観光の方? 道に迷ったんですか? 強盗事件に巻き込まれたとかじゃないですよね?」

 見慣れないフードマント。この姿はよく旅人と間違われる。メディエットの背格好も影響しているのだろう、加えて少女なら一目で機士と判断するものはいない。

「へぇ、けっこう可愛い顔しているじゃんね。迷ったんならお兄さんが目的地まで道案内してあげようか?」

「結構だ!」

「強気な女の子――」

「――馬鹿ッ、やめろって、ベイカーが言っていた魔鉱機士だぞッ!!」

「…キ…シ……」

 警官の声が急に途切れた。その目は、目の前のフードマントを着た人物に見開かれ、彼の顔色は青ざめた。理由は明らかだった。

「私は魔鉱機士だ! 先日の話を伺いに来た。暇な様子だが、捜査に協力してもらおうか!」

「ハッ! よっ、よろしくお願いします!」

「ソレで機士殿は何を聞きたいのですかな?」

先ほどまで軽口を叩いていた警官は、その姿勢を一変させ、丁寧な口調でメディエットに尋ねる。

「ベイカーが三度襲われたというのは本当か?」

「はい、それは事実であります。花屋の人が三夜連続で目撃しています」

「ほう……」

「ただ、機士さん、不思議なことが……」

「何がだ?」

警官の訴えるような目線に、メディエットは思わず声を上げた。

「今回の事件で被害に遭っているのは我々警官ばかりなんです。もう三人も夜勤の者が襲撃され、さらにベイカーのように辞職する者も増えて、我々だけでは手に負えません」

「俺たちだけじゃ太刀打ちできないし。だから、機士さん、早くこの事件を解決してください!!」

その懇願する眼差しは、事件の早期解決を願うものだった。メディエットはそれを察し、ゆっくりと頷きながら、言葉を紡いだ。

「心配するな。とりあえず花屋に話を聞いてくる。また戻って来るから待っていろ」

「ハッ!」

「「…………」」

 二人の警官はしばし無言でメディエットを見つめた。

「所で……アレだ! 花屋は何処にある?」

「――ここから街の正門へ向けて歩けば直ぐです。待っててください、今、地図書きますから~」

その言葉に続けて、警官は一枚の紙とペンを取り出し、花屋への道筋を手早く描き始めた。


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 警官から手渡された粗朴な地図を頼りに、メディエットは生花店へと足を運んだ。その店に到着すると、店主であろう風格の婦人がメディエットに気づき、声をかけてきた。


「あら、あら。旅人の方? お花はいかがかしら?」

「いやっ……。私は……。そのっ」

 ――またか……。

「そうねぇ。あなたみたいな金色の髪の方にはスズランなんかがとっても似合うと思うの。髪飾りなんかにしたら素敵だと思いません?」

「そういった趣味はないのだが……」

「じゃあ、お見舞い用のお花かしら?」

 そういって、婦人は自身の店に掲げられた花を見回した。どうやら見舞いにふさわしい花を探しているようだった

「そうじゃないんだ、婦人……」

「えっ? 違ったかしら……?」

 ぶっきらぼうなメディエットの言動に、花屋の婦人はキョトンとした表情を浮かべながら頬に手を当てた。商売人にとって客以外の相手など厄介事でしかない。その事を十分心得ているメディエットは長居することで商売の邪魔にならないよう、話の行方を無理矢理押し曲げたのだった。

「私は魔鉱機士だ。最近頻発している、死体が動きまわる事件の調査をしているんだ」

「あはは。まだ、お若いのにお嬢さん冗談が得意なのね」

 花屋の泳ぐ視線に合わせて、メディエットはマントの切れ目を片手で掴むと、今までマントに覆われていた乳白色の素足を露出させた。やがて、花屋は彼女の腰にぶら下がる革製のホルスターに収められた魔鉱機を目視したのだろう。大慌てで顔を持ち上げる。そこには、先程まで客人相手の晴々とした表情は消え失せ、代わりに浮かぶ表情はどこか強張っている。

「あら、まぁ……」

「やっと信用したか?」

「まだお若いのに……。ソレで機士さんが一端の市民である私なんかになんの御用かしら?」

「最近起きている死者が動き回る事件について教えて欲しいんだ。他の警官から聞いた。ベイカー巡査が動く死体に3夜襲われたというのは本当か?」

「その話なら警官が知っている以上のことをお話しできないわ? ベイカー巡査が毎晩大通りを大声を上げて走ってたのは知っているのだけど。彼災難だったわね? 私はいつも、彼の声を聞いてすぐに店のシャッターを閉めちゃっていたもの。機士さん、死体が動くなんて怖いと思いません?」

「はぁ……」

 難色を示すメディエットへ花屋は矢継ぎ早に言葉を紡ぎ続ける。

「ただ変なのよね。何が変って『ジョーカー』が死体だって事よ。この街で『ジョーカー』っていえば、幽霊のことを言いますもの。だから私は怪人『ジョーカー』が事件を解決させるために大量の幽霊を呼び覚ましたのだとばかり思っていたのに……」

「『ジョーカー』を知っているのか!」

「えぇ、この街で彼の名を知らない者はいないわよ。最後に現れたのは2年前だったかしらねぇ。その1年前のグリードリバーにも出没したってトールさん言っていらしたけど。そういえばベイカーさんは知らなくて当然かぁ。だって彼、この街の出身じゃないんですもの」

「その話は本当か!」

 メディエットは生花店の婦人の言葉に目を見開いた。ベイカーは明らかに遭遇しすぎている。そして、怪人『ジョーカー』はこの街では正義の象徴となっているらしい。死体騒ぎを起こしている『ジョーカー』と、この街で噂される『ジョーカー』、本当に同一人物か? メディエットはふと街の伝説を思い出した。死者が踊るという噂。死者が蘇るという噂。今回の事件で蘇った死者と、怪人『ジョーカー』が蘇らせるいう死者。本当に同一の力なのか? メディエットは過去に一度ジョーカーの能力を垣間見ている、その時に感じた力と今回の事件に使われた力は、明らかに異質なものに感じられた。

「――あなたトールさんの代わりに来た機士さんなんですよね? ならばまず、この街の市長に話を伺うべきじゃございません?」

「アレックスの事か……」

 露骨に嫌な表情を浮かべるメディエットに花屋は一端だまり混む。そして、何かを察したのだろう、厄介者を見る眼差しを崩し、商売人の表情に不気味な笑みを加えた。

「フフッ、ソレより機士さん。花を買っていただけません? 仲直りにはきっと役に立つと思うの」

「あっ……。ウッ……。私は金欠なんだ……」

 そう言って、メディエットは少し後ずさりした。

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