路地裏の子供達

 路地裏は子供たちの遊び場だ。手頃な価格のロウ石が市街の雑貨店で手に入る限り、子供たちの想像は尽きることがなかった。一人の子供が地面に純白の楕円を描き出すと、それは連鎖反応を生み、一面に広がる。

 路地裏は子供たちにとっての隠れ家であり、冒険の舞台であった。その地で彼らが手に入れたロウ石は彼らに魔法をもたらし、彼らの掌から無限の物語が生まれた。路地裏の地面に刻まれた落書き一つ一つが、鮮やかな色と形で、彼らだけの世界を描き出し、冒険の幕を開ける糸口となっていた。

雨が三度来てそれを洗い流すまで、その存在感は地面に刻まれていた。


 その落書きの迷路をたどりながら、アレックスとリリーは薄暗い路地を進んだ。目的は市長の肩書きを利用して子供たちを叱ることではなく、行方不明のトールの足跡を追うためだった。


「旦那さま。この路地裏で本当に何か手がかりを見つけることができるのでしょうか?」

 そう尋ねるリリーの瞳には疑念と不安が混じり合っていた。その視線が路地裏の暗闇に反射する。

「もちろんだよ、リリー。真実は、思いも寄らぬ場所に隠れているものだからね」

 アレックスは自信満々に返答した。


 そんな時だった、彼らの耳に飛び込んできたのは、遠くから聞こえてくる子供たちの明るい声だった。その声は、陽光を運ぶ太陽のように、彼らの元へと届けられた。


「アレックスぅ!それにリリーおねぇさん!」

 子供たちは、まるで新しい遊びの仲間を見つけたかのような輝きを目に宿しながら、アレックスとリリーを迎え入れた。

「なぜ僕だけが呼び捨てなんだ!」

 そう、アレックスが噛みつくと、子供たちはただ無邪気に笑い続けた。子供たちは、まるで妖精が繰り広げる劇の一幕のように興奮した面持ちで無邪気に言葉を紡ぎ始める。

「ねぇねぇ聞いて! 聞いて! 私、大雨の日に歩く鉄頭のお化けを見たの」

「ねぇねぇ聞いて! 聞いて! 私、大雨の日に黒い壁のようなお化けを見たの」

 子供たちは、情報が溢れるように次々と口を開いた。リリーは子供たちから得た情報を整理しようと脳裏で整列させていたが、その情報があまりにも混沌としていて、真実をつかむのは困難に思えた。

 それでもなお、アレックスは諦めず傍らの子供たちに質問を投げかける。

「そのお化けに顔は無かったかな? そのお化けって、でっかい男の人じゃなかったかな?」

 トールは街で有名な人物だ。『街壊しのトール』という異名も持っている。それでいて人柄は良く子供からも好かれていた。もし子供たちがトールの顔を見ていたなら、きっとすぐに気付くはずだった。だが、子供たちから返ってきた答えは、アレックスの期待とは真逆の回答だった。

「えっとね、私、見たんだ。顔っぽいもの。でもヒラヒラした布がビタビタと靡いていて良くわからなかったの」

「ちがうよあれは、グルグル巻きの包帯男、ちゃろい髭が包帯の隙間から飛び出てたでしょ」

 子供たちは、まるで鏡に映った自分自身と戯れているかのように、同じ表情で話し続けた。しかしアレックスは絶えず子供たちに問いを投げかけ続けた。

「その包帯男を見た時、他に誰かがいたかな?」

「あぁぁっ! それなら雑貨屋のオジサンが見ていたかも。うん、見ていた!」」

「その雑貨屋って、どこの雑貨屋なんでしょう? 旦那様、いっぱいありましょね?」

 リリーは、首を傾げていった。

「うーんとね。『挑戦者歓迎』って高いところに書いてあったよッ!!」

「本当に!」

「「本当だよ。わたし達の事信じて!」」

「わかった、信じるよ。リリー場所が分かったよ。きっとオズワルドさんところの雑貨店だよ。あの人、昼間は雑貨店を経営しているから」

 アレックスはそう断言した後、敏捷に方向を変え、リリーに手のひらで静かな合図を送った。子供たちの目には、去る二人の背中を追いかけるように、ほんのりとした寂しさが宿っていた。

「「あぁっ、もう行っちゃうの?」」

「ゴメンね、お仕事なの。仕事が終わったらまた遊びに来るから、少し待ってて」

 柔和な笑みを浮かべ、リリーは子供達の頭を優しく撫でた。


* *


 アレックス達が居なくなった後の路地裏を、冷たい風が吹き抜ける。今もなお鳴り止まぬガリガリと地面を引っ搔く音。周囲に人の気配は無く、鏡に映る自分に話しかけるように子供達の寂しげな声だけが木霊していた。

「ねぇ、わたし早くパパに会いたい」

「私も、早くママに会いたい」

「今度、いつ『ジョーカー』が来てくれるのかしら」

「ねぇ、ねぇ、お家に帰ってみない?」

「やだよ、帰ったって誰もいないんだもん」

「また、会えるかなパパ達に」

「会えるよきっと、ママ達に」

「「またリリーとアレックス、遊びに来てくれるかな~」」

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