追う者、追われる者①
「おい、トール、これ見てみろよ」
「何をしているのだ、ベイカー? なぜ両目を閉じている?」
「見えるぞ、トール。お前の視界がクリアに見える!」
「……?」
洞窟のような暗闇に包まれた密室で、ベイカーはロウソクの灯りを頼りに床にあぐらをかいた。何かが解放されたような表情で、乾いた声を響かせながら、瞑想にふけるように両瞼を閉じていた。
トールは疑問符を頭上に浮かべた。その大男の反応が心底気に入ったらしく、ベイカーはケタケタと上機嫌に笑いながら、ゆっくりと右肩を上げた。
その瞬間、ベイカーの目の前で鬼のような風貌を持つトールの右肩が、まるで操られているかのようにゆっくりと上がっていったのだ。
「ベイカー、何をしたんだ?」
「ああ、同僚が言ってたんだ。協会がすごいものを開発しているって。死者を蘇らせ、さらにゴーグルを使って操るんだとさ。きっと二年前にこの街に出没した怪人『ジョーカー』もこの『マジェスフィア』の実験だったに違いないぜ。差し詰め使用者はランディスだろうよ」
「……」
「おっ、何か言いたそうだな。ランディスが怖いかって? 本物が怖いかって? 全然怖かないね。何たって今、奴が愛用していたであろう『ディ・アブロ』は俺の手中にあるんだからよぉ」
「……本当にそう思っているなら、その笑顔が曇らないことを祈ろう」
「ん? 何か知ってるのか?」
「さて、なんとことやら」
ベイカーが恐怖を感じていないわけではない。下っ端の警官である彼が魔鉱機士と真っ向から対決して勝つ見込みはほぼ無い。トールでさえ奇襲でやっと殺害できたのだった。
いつ追手に襲われてもおかしくない状況で、ベイカーを追い詰める恐怖。しかし、そんな機士に対する恐怖さえも、心から湧き上がる期待感によって麻痺していた。
「まあ、いい。だれが『ジョーカー』だなんて、もう興味はないさ。今日中に街を出る。だが、このままグリードリバーに帰ったらすぐに追手が来るだろう? だからトール、ちょっと手伝ってくれよ」
「貴公……、何を企んでおるのだ?」
「ハハ、この街を少し壊すつもりだ。お前がな! 俺に見せてくれたじゃないか。あの巨大な鉄槌『クロンダイク』っていうマジェスフィアをよぉ――」
ベイカーは無邪気な子供のように両手を開き、言葉を紡ぐ。
「――もう、気に街の取り決めなんて気にする必要なんだぜ。馬車を襲撃した死者を葬ったように、最大出力でお前は鉄槌を振り下ろせばいいッ!!」
その言葉が耳に触れた瞬間、トールの心は凍りつくような冷気で包まれた。彼の心臓はすでに死んでいるはずなのに、今まさに永遠の闇へと突き落とされるかのような感覚が広がった。かつては人々を守るために戦う機士であった彼が、今や『ディ・アブロ』の力によってただの操られる死者になってしまったという現実に、内心で渦巻く感情は忍びよる絶望と無力感で塗りつぶされていった。
かつての忠誠心、誇り高き機士としての使命感、それらが一瞬にして裏切られるような行動をベイカーが要求してきたのだ。
このマジェスフィアは人の意志を凌駕するほどの支配力を持ち、絶対的な力を誇示しているかのように、トールの心と体を拘束していた。
もはやこの肉体と我が盟友は人々に危害をなす脅威でしかない。その事実がトールの心に突き刺さり、彼を更なる絶望へと誘い込んだ。過去と未来、両方を失った感覚が彼を蝕んでいく。これがまさに、絶対的な力の前において、個々の意志がいかに無力であるかを痛感させられる瞬間だった。
かつて機士としてこの街の市民を守ると市長に誓った決意、それによって得た市民からの信頼、それら全てが虚しく感じられ、その全てがこの一瞬に崩れ去っていったのだ。
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