語られた真実
「それでは諸君。事の発端を説明しよう」
ランディスは、石壁に囲まれた部屋の中で黒板の前に立つと、左手に持った資料に一瞥を投げ、力強い声でそう宣言した。その声は、部屋の中央に並べられた三つの机に座る3人にまで届いた。彼らは、ランディスの言葉に何か不満そうな表情を浮かべながらも、集中して聞いていた。
「先生! 先生! 今日の授業は何なんですか!?」
「リリー、静かにしろ」
ランディスは、片手を挙げて騒ぐリリーにため息交じりに反論した。そんな大声を放つランディスの隣には、薄い銀色の髪を束ねた少女が静かに立っている。恐らくランディスの使用人、もしくは見習い機士なのだろう。その平静な眼差しは、動揺することなく事の様子を観察しているようだった。
アレックスの隣にはリリーが座り、その横にメディエットが座っていた。気を使ったリリーが無駄に中央に陣取り、それを囲む形で三人は配置されていた。ランディスはいまだイガイガしく睨みあう二人を見つめ深いため息交じりに言葉を紡いだ。
「事の始まりは五日前。『魔鉱機士トール』が護衛していた荷馬車の残骸が街外れの峡谷で見つかった事からはじまった。グシャグシャに拉げた荷馬車周辺に人影は無く、馬車に積載されていた開発中の『マジェスフィア』も盗まれていた」
ランディスは言葉を紡ぐため一泊の間を置いた。
「そして、残骸が発見されてから二日後。ホロウオッド南部に『ジョーカー』となのる人物が出現、これが全ての始まりとなる――」
「――所で、なぜジョーカーなんだ? 死食鬼(グール)とか他にも適当な名前はいくらでもあっただろ?」
メディエットのもっともな意見だった。
「ふむ、良いだろう。ソレは第一発見者の証言に起因する」
「どういう事だ?」
「ジョーカーの第一発見者は『ベイカー・ホープキンス』彼が懐中灯を片手に二人の同僚と夜の見回りをしていた所、目の前に黒いコートを着た大男が現れたそうだ。そして慌てふためく彼等にこう言った。我は『ジョーカー』この街の化身だと――」
メディエットは言葉の途中で表情を曇らせた。大男がそう名乗ったから「ジョーカー」なのか。彼女の顔はその単純さになんとも食傷気味で、疑問に満ちた眼差しをランディスへ向ける。だが、そんなことなど気にする気配を見せず、ランディスは淡々と話を進めるのだった。
「――その際二人の同僚は大男に襲撃され、瞬く間に命を奪われた。ベイカーだけが、恐怖に駆られながらも何とか逃げ切ったのだ」
「なにぃ? どうやって逃げたんだ?」
「走って逃げたというのが本人の証言だ。それしかないだろ?」
「即死っていったか? 拳で簡単に人を殺せるもんなのか?」
メディエットは昨日、死者と遭遇したから知っている。その拳の威力を。到底人間ではあり得ない破壊力、直撃を受ければ絶命しても可笑しくはない。だが、なぜか彼女の脳裏にその威力が引っかかるのだ。威力と引き替えに死者が失った柔軟性、いくら暗闇の奇襲とはいえ、一瞬で二人の警官の命を奪うことができるのだろうか。
「殺害方法が気になるか? ちゃんとした凶器ならある――」
「警官二名の命を奪ったのは、巨大な鉄鎚ですよね?」
ランディスの言葉を奪うように、今まで沈黙を貫いていたアレックスが口を開いた。
「その件は、捜査資料として挙がってきていました。警官達の頭部は側面から巨大な何かで打ち砕かれたのだと。おそらく一振りしたんでしょ、鉄鎚を――」
会議室を包むまっすぐな言葉とは裏腹に、その陰鬱な表情は何かを確信しているようだった。
「もしそうであるならば、一連の犯行、事件の犯人はトールさんという事になりますね。この街で黒いレザーコートに巨大な金槌を担ぐ人間なんて魔鉱機士の彼くらいしかいませんから……」
「あくまでも疑惑の段階だ。証拠がないゆえ、早計といわざるおえない。アレックス。キミの意見は真相にはほど遠い」
確かに納得はいく推理だった。だが、ランディスはそれを認めようとはしない。自身のメンツゆえに認められないのだろう。魔鉱機士のトールならば、『マジェスフィア』の扱いにも長けている。開発中の『マジェスフィア』を護送と偽り、私的利用することも容易いのだ。メディエットはそこまで考えてまた口を挟む。
「仮に、仮にだ。トールという魔鉱機士が死者を操っていたとして、彼には動機があるのですか?」
メディエットの問いに対し、ランディスは深い溜息を一つ漏らすと、右手にずっと握っている短杖の先端を自身の隣に佇む少女へ傾けた。
「ソルベよ、トールに動機はあったかな?」
銀髪の少女はランディスの問いに反応しなかった。眠っているのだろうか?
間を失い、静まりかえる室内。ランディスが短杖の代わりに今度は首を傾けた。老獪の傍らに佇む少女が固く閉ざした口を開けたのはそんな時だった。からくり時計が知らせる時報のように、今まで黙り込んでいた少女はハキハキとした口調で喋り始める。
「彼は3年前にグリードリバーで起きた内紛の数少ない生存者です。同時に多くの同輩も失っています。こんな職業ゆえ心を病んでいたとしても過言ではありません。そうなっていた場合、自暴自棄な恐慌に及んだとしても、不思議ではありません」
「なるほど。確かに酷い内紛だった。少部数の機士団相手に協会は壊滅させられたのだから。なぁメディエット、キミもその場にいたそうじゃないか? 前線に立っていたのだろう?」
その問いかける声は深く重く、一瞬全てが静止したように思えた。
「あぁ、酷い有様だった。私たち魔鉱機士をグリードリバーに一点集結させ、村もろとも、自分達もろとも、青い炎で葬ったんだ。私は当時、機士見習いとして、前線機士の補佐に当たっていた。だが、前線で生き残ったのは私だけだったよ」
「なら聞こう。キミもトールと同じ数少ない生き残りだ。もし死者を生き返らせる『マジェスフィア』を手に入れたとして、キミは使いたいと思うかね?」
「いやっ。思わない。哀れにも死んでいった同胞の思いを考えれば、やはり使えない。皆機士としての生き方に誇りを持っていた。それは死んでも変わらないだろう。トールという魔鉱機士が私達と同等の考えを持っているのであれば、やはり犯人とは考えづらい」
消息をたったトールと同じ機士であるメディエットに聞いたのは、機士の志を確認する為だったようだ。だがランディスのその一方的な発言に対し、アレックスは酸っぱい顔をした。一体何を根拠に、彼を容疑者から外すのだろうか。そんな情緒的な理由で犯人を絞る状況ではない。
額に手を置くアレックスを見詰め、気まずく机の中心に座るリリーはそっと口を開く。
ランディスが黒板に向かって話し始めてから、まだ一度もトールが運んでいた積荷の詳細に触れていないのだ。
「あのっ、気になるのですが……。いったいどんな『マジェスフィア』を運んでいたんですか? トールさんは何を……」
「順序が多少前後した。初めにこちらを話すべきだったな。メディエット君は知っていたな。護送の任務についていたのだからな」
ランディスはもう隠す気はないらしい。死者が動いている事を考えれば相当やばい代物ではあることに疑いの余地はない。
「積荷は開発中のマジェスフィア。名は『ディ・アブロ』形状は紫色をした鈴に似ている。鳴らされた悪魔の囁きは、死者を自在に操る事ができる。動ける死者が鮮血を啜り、生肉を喰らうたびに、その肉体は本来の形を取り戻していくだろう。だが、声を発したからといって、決して元の人間だとは思うな!」
ランディスの言葉に、部屋の空気が一変する。死者、死体を動かすことのできる『マジェスフィア』の存在を明かされ、アレックスと、リリーは戦慄を禁じえずにはいられなかった。この街は、今、脅威にさらされている。死者を操る力が、この街に潜む可能性があるという事実は小さな市長の肩にプレッシャーとして重くのしかかっていたのだ。
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