第16話 蘇人の屋敷 Ⅱ

スクナの語る想像だにしなかった話しに安寧は、言葉を失い、気まずい沈黙の時間が流れていた時。

開け放されていた廊下の向こうから、

「亮様がお越しになられました」

と若い巫女の声がした。

「こちらへ」

スクナの声に応じて、若い巫女が先導して亮を招きいれる。

そして、安寧の横に亮が座るよううながし自分もその少し後ろに座った。

「とうさん」

何故か亮の声が浮ついている。

「どうした?聡は、大丈夫か?」

「ああ。あの曜子さんという人とそのお母さんが怪我の手当てをしてくれて、大丈夫そうだ」

「あとで私も行こう」

安寧の言葉にうなずいたスクナが

「亮さん。曜子のことは、この村の中では、芙蓉とお呼びくだされ。

ここは、蘇人の村。曜子というのは浮世での名。そして本当の名は、誰にも知られては、ならぬもの。真実まことの名を知られるということは、全てをさらしてしまうことなのです」

「えっ。そうなのですか?

私達は、本当の名しか持ってませんし、すでに皆さんに知られてしまっています」

「そうです。

それゆえ、あなたには、これをお渡しいたします。

完全ではありませんが、あなたを少しは、お守りできるでしょう」

スクナが渡したのは、十種の神宝とくさのかんだからを象徴した護符を首飾りにしたものだった。

「どうか、肌身離さずお持ちください」

「ありがとうございます」

「あの、スクナ様、私と聡の分は?」

初めて会う人にねだるのは、気が引けるのか安寧は、おずおずと尋ねた。

「あなた様と聡さんは、『落とし子』ゆえ、躑躅の術は効かないのです。

この村で鼻つまみものだった躑躅は、そのことを知らず、赤子の聡さんをさらって自分の意のままにしようとしていたのですが、術が効かないと知るとさっさと御剣の家へ預けてしまったのです」

「えっ。僕の身代金欲しさに誘拐事件を起こして、そのせいで聡と入れ替えたのでは、ないのですか?」

「聡さんを見つけたのが先だと思います。

おそらく安寧さんのような『落とし子』を何人か見つけて、男の子が生まれるのを待っていた。

ちょうど自分の野望のために入りこんでいた名家に生まれた亮さんと目ぼしをつけていた聡さんの時期が合うことを知って計画を立てたのでしょう」

「そうなんですね」

うつむいた亮の膝がしらに涙がぽとぽとと音をたてて落ちる。

「僕は、僕のせいで、聡が父さんと母さんと離されて寂しい思いをしてきたんだと。僕だけ父さんと母さんに赤子の時から大事にされてきたんだと思って辛くて」

「そんなことを思っていたのか。お前のせいではない。たとえターゲットが聡

でなかったとしても、お前のせいではなかった」

そういうと安寧は、優しく亮を抱きしめた。


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