第18話 瓦解

「ハイト!? ハイトなのか? もしもし!! 聞こえるか!?」


 ユギィは取り乱していた。


「ユギィ、落ち着いて。ハイトが向こうにいるんですね?」ダイスが冷静に言った。

「そうだ!! ハイトの声だ!! よかった………」ユギィは安心で涙が出てきた。

「でも、電波が悪い。とぎれとぎれだ」


 ユギィは無線機を壊れ物のように両手で大事に持った。


「このまま、奥さんにもつないであげたらどうです?声を聴かせてあげたら」ダイスが言った。

「そうだ! メルムにもかけよう。ハイト! このままつないでいてくれよ! 母さんにかけるから!」


 ユギィは無線機をダイヤルした。


「かあ……うん! ……かった」


 ハイトの声はとぎれとぎれに聞こえる。


「もしもし? あなた? 生きているの?」


 メルムの声だ。安心する。よかった。家族みんな生きているんだ。


「メルム!! 今、ハイトから無線が来たんだ! 声を聴いてやってくれ! ハイトは生きているよ!!」ユギィが叫ぶように言った。

「……あさん!! 突然出て行ってごめ……なさ……。………だよ」


 不鮮明なもののハイトの声だとわかる。


「ハイト!!!!」


 メルムも無線越しに泣いているのがわかった。


「ハイト、教えてくれ、今どこにいて、何をしようとしているんだ!」ユギィは聞いた。

「僕……上に行く……。オモ……仲直り……たよ……。鐘を目指すんだ……」ハイトは言った。

「ハイト! 待て! 父さんも行くところなんだ、一緒に行こう!! 一度戻ってくるんだ。ハイト!!! ……」

「切れてしまった……」


 ユギィの呼びかけはむなしく、ハイトとの通信は途切れた。


「メルム、安心してくれ、僕が連れ戻す」


 ユギィは力強い言葉で言った。



 エレベーターは依然、ハイエンタール下層に向かって動いていた。


「ハイト君の目的がはっきりしましたね。鐘を目指している。となると、我々の目的地もはっきりした」

「ああ、ダイス、よろしく頼むよ。腐れ縁だが、最後まで付き合ってくれ」

「なんの、私もそう望んで付き合うのです」ダイスはいつものように微笑んだ。

「さあ、サイコロを振って。下に着く前に調整しなくては」


 ダイスは思い出したかのように少しげんなりして言った。


「ああ、振るよ」


ユギィは賽を投げた。



  ■■■■■    ■■■■■



 オモトは目が覚めた。

 あたりを見渡すとあの小僧がいない。機体もだ。


「逃げたのか……?」


 オモトは洞窟から外へ出た。



 海岸まで出ると、ハイトはそこにいた。

 機体から降りて、塔に手を伸ばしている。


「なにやってんだ?」オモトは話しかけた。

「あのてっぺんに行くんだなって。手を伸ばせば届きそうじゃない?」


 オモトはそんな風に考えたことがなかった。


「なんだ、そりゃ」

「父さんも目指すみたいだ。わくわくしてきた……」


 オモトは空を見上げるハイトにユギィの面影をみた。


「早くいくぞ。奴に先を越されるのは癪だからな」オモトは言った。

「おう!行こう!!」ハイトは元気に答えた。



  ■■■■■    ■■■■■



「あっはははははっはははは」


 ユギィは笑いが止まらなかった。


「だから、嫌だったんだ……」ダイスは言う。


「そう、不貞腐れるなよ。ははは」


 ダイスがはずれ用だといっていたサイコロを振って 5⃣『シャモ』が出た。はずれ用はシャモが5面あるから当然だろう。

 すると、ダイスは鶏のように鳴きだした。


「コケっコケっココココ」


 首の振り方や足の出し方なんかも鶏のようで、それを見たユギィは笑い転げたのだった。


「いつも冷静なお前が、あんなに目を丸くしてるのを見ると……ぷっ」


 思い出しただけで笑ってしまう。


「ユギィ……怒りますよ」ダイスは頬を赤らめてユギィをにらんでいる。

「悪い悪い……でも、2⃣『イクサ』を出さないといけないんだよな?」

「そうです。ちゃっちゃとやってください」


膨れ顔のダイスを横目にユギィはサイコロを振った。



「笑い疲れた顔してるな。ユギィさんよ」

「やっと出てくれたか……」


 ユギィは何とか2⃣『イクサ』を出すことに成功した。


「この前の勝負はまだついてないからな! また勝負させてくれよ」


 イクサは快活に笑ってそう言った。


「いや、おれはそこまで勝負にはこだわっていないんだが」

「まあ、そういうな。おれも暇なもんでな、次出る時の楽しみが欲しいんだ」

「出てきていないときも意識があるのか?」ユギィは聞いた。

「夢うつつというか、意識は完全にあるわけじゃないな。だが、なんとなーく外の光景は窓から外を眺めるように見えている」

イクサが教えてくれた。

「そうか、まあ、この後は戦う場面があるんじゃないのか? ダイス……というかシキがお前を出したってことは?」


 ユギィはシキから詳しい説明は受けていなかった。


「戦闘はあるかもしれないな。だが、どちらかというと、説明役だろう」


 イクサは歯を見せて笑う。


「おれはここで生まれたからな。さあ、着いたようだぞ」


 エレベーターが止まった。フロア表示は106。

 扉が開く。

 フロアは暗かった。ハイエンタールの下層は窓が少ない。

 ユギィはイクサについてエレベーターから出た。

 フロアはしんと静かで、ほこりの匂いがした。何かがフロアを埋め尽くされるように置いてあることに気が付く。


 エレベーターから漏れ出る明かりでユギィは近くにあるそれを見た。


「これは……石像か?」


 妙に精巧な石像だ。ヒトの形をしていて、その表情は何とも言えず虚ろに空を切っていた。


「こいつらは、人だった」


 イクサは短く言った。


「なんだって!?」


「いつ見ても胸糞悪くなるぜ。……このフロアは倉庫になったのか。ここには何もないようだ、別のフロアに行こう」


 イクサはユギィを手で招いた。


 再び二人はエレベーターに乗り込む。


「どういうことなんだよ。ヒトが石像にされているのか!?」ユギィが聞く。

「栄鉄技術……って知っているよな?」イクサが口を開く。

「モタニゲルが発明したっていう技術だろう。塔を伸ばすのに一役買ったという」


 ユギィは答えた。


「そうだ。栄鉄技術の根幹は、ある素材に対して、元来の性質と別の性質を呼び起こすことだ。

塔が高くなり、物資の枯渇が死活問題となったとき、この画期的な技術が生み出され人々を救った。

例えば、鉄をもっと固い素材にして塔の外壁に使ったり、ただの水から可燃性の液体を生成したり……」

「……豚の骨から石を作ったり……か?」ユギィは嫌な予感がした。

「おれも詳しい原理はしないが、物の性質の引き出しにも限界があり、もともとの素材が持っている『魂』のようなものがそれを決めているらしい。『魂』は目に見えないが、確かにその性質の設計図のようなものを持っている。

そして……人間の『魂』は様々な物質に変えることができる使い勝手が抜群にいい素材らしい」

「それでヒトを材料にしてるってわけか!? 塔の壁や、鉄や、なにやらが全部もともとヒトだったっていうのかよ!?」ユギィは激昂した。

「そう怒るな。全部ってわけじゃないと思うぜ?当然、農作物フロアで育てている動植物が汎用的な素材として重宝されている。

だが、忘れちまったのか? この塔の上層の人間は、人を人と思っちゃいない。自分たちは神様気取りなんだ」イクサがなだめるように言った。

「すまない、取り乱して……」

「いいんだ。誰だってそうなるさ。

そんで、立て続けで悪いが、このフロアも気分のいい光景は広がっちゃいない」


 いつの間にか次のフロアに着いていたようだ


改造人間バルバンチュアの強制労働フロアだ。記憶と変わっていなけりゃな」


 ユギィはごくりとつばを飲み込んだ。扉が開く。



 こちらのフロアは明るかった。そして、熱い。

 赤い火があちこちに見えた。あれは、溶鉱炉だろうか?

 そして、首輪をつけられた、生き物が見えた。あれが、改造人間バルバンチュアか。

 彼らは体が異常に大きかった。小さい個体でも2mは超えている。筋肉が不格好に膨張し、皮膚は赤黒かった。

 髪はほとんど禿げ上がり、目の焦点は定まっていない。彼らに意思はないように見える。機械の部品のように、軍隊の隊列のように、ただ順番に、押し付けられた仕事をこなそうとしていた。


「ひでえ」


 ユギィは受け取った情報と生成される感情の量に対して、まったくと言っていいほどそれを表現する言葉を持ち合わせていなかった。


「ヒトを材料にして、改造人間バルバンチュアに作らせる。

上の連中は汚いものに触れたくはないから、ここで完結する『効率的』な方法を完成させたわけだ」


 イクサはつばを吐くように言った。


「さあ、こっちだ。ここに派遣されるような塔治者は人生終わったような奴らだから、真面目に仕事なんかしちゃいないが、見つかったら腹いせになにされるかわからねえ」


 イクサは腰を低くして移動し始めた。ユギィも後に続く。


「ここには何の用で来たんだ? 詳しいのか?」


「言っただろう。おれはここの生まれだ。『ダイス』が、さっき言った半分腐ったような塔治者としてこのフロアに落ちた時、どうしても武力がないと解決しないことがあった。それでおれが生まれたんだ」


 つまり、ダイスはこのフロアに来たことがあり、その時にイクサの人格が生まれたのか。


「シキのやつは、その時にやり残したことをやるつもりでここにおれを来させたんだろう。


『上に向かう』ためにも必要なことだ」


 イクサはサイコロの中で僕とシキの話を聞いていたんだっけ。ユギィは頭がこんがらがりそうだった。



「ここだ」

 イクサは鋼鉄の扉のまで止まった。

 この区画は監獄のように、扉が立ち並んでいた。そのうちの一つだった。


「開けるぞ」

「カギは?」


 大きなカギ穴がついているから、ユギィがそう聞くとイクサは胸ポケットから鍵を取り出した。


「ここには仕事熱心な奴なんていないからな。昔のこの鍵が使えなきゃ、リスクを冒して探す必要があるが……どうだ」


 ガチャリとカギは難なく開いた。


「ふん、助かったよ」


 イクサは扉を開けた。

 暗く狭い部屋には奥のほうにベッドが置いてあり、塔治者の制服を着た男が座っていた。


「イクサっ」ユギィが声を上げる。

「大丈夫だ、味方だ」イクサはユギィを手で制した。

「ご苦労だった。待たせたな。モール」イクサはモールと呼ばれた男に敬礼した。

「いえ、来てくれると信じていました。イクサさん」モールは敬礼で返した。

「こっちはどうだ?」


 イクサはベッドのほうを見やる。


 ベッドの上にはもう一つ、卵型の何かが置いてある。


「さ、迎えに来たぜ」


 イクサはずんずん歩み寄ってその卵型の中から何かを取り出した。


「それは……赤ん坊か?」ユギィは目を丸くした。

「そうさ。ただの赤ん坊じゃないがな。」


 ベッドの上にあったのはベビーベッドだったようだ。

 抱えられた赤ん坊はおしゃぶりをつけている。


「行こう。もたもたしている理由はない。モール、礼は後だ。着いて来い」

「はっ」

イクサは来た道を帰ろうとする。

「待て!」


 着いて行こうとしたユギィたちはすぐに制止された。

 通路の先から会話が聞こえる。塔治者か!?


「まずいな、この先は行き止まりだ」ユギィは後方を振り返る。追い詰められたようだ。

「大丈夫だ。再開して早々悪いが、ロウに働いてもらう。とっちめてもいいが、無線を使われると厄介だ」


 ロウ、というのはこの赤ん坊の名前らしかった。

 イクサは赤ん坊のおしゃぶりを外した。

 塔治者たちは通路の曲がり角を曲がってきた。イクサは曲がり角のすぐこちら側で、赤ん坊を肩の高さに抱えて待ち構えていた。

 そして、おもむろに赤ん坊の足の裏をくすぐった。


「あーひゃひっヒヒヒヒヒヒ」


 赤ん坊は笑った。


「なン……」


 通路を曲がってきた塔治者の二人組は声を上げる間もなく姿を消した。

 ユギィはイクサを背後から見ていたからどうなったのかよく見えなかった。


「奴らはどこへ消えたんだ……?」

「奴らはこの中よ」


 イクサは赤ん坊のお腹をポンとやさしくたたいた。



 ダイスが塔治者としてこのフロアに来た時、ロウは不思議な力があると恐れられていた。

 そのため隔離され、まともに食事も与えられずやせ細っていた。

 ここでは、材料用のヒトのフロアと、労働用の改造人間バルバンチュアのフロアがセットで運用されている。

 ロウは、材料用のフロアで生まれたが、そのフロアでヒトが消えるようになったという。

 ヒトが消える事件が起きた時は、常にロウがそばにいた。

 塔治者たちはロウを管理棟に連れてきて調査しようとした。

 しかし調査を担当した塔治者も消えたという。

 ダイスは赤ん坊の様子を録画し、分析した結果、その仕組みを解明した。

 ロウはありとあらゆるものを飲み込める。しかしそれは自分の意志ではないようだ。

 いずれ扱えるようになるのかはわからないが、少なくとも今はある条件で自動的に飲み込んでいる。

 その条件とは笑うことだった。赤ん坊が口をあけて笑うと目の間にあったものはヒトだろうと、ベッドだろうと大きさは関係なく消えた。

 そして、後にダイスはモールという協力者を得て、それを吐き出させる条件も見つけることができた。



「ロウを上に連れて行く前に余計なものは吐き出させないとな。モール、変なものは飲み込ませてないだろうな?」イクサが問う。

「ええ、私が知る限りは」モールが答えた。

「よし、それならもうこのフロアには用がない」


 一行はエレベーターにたどり着いた。

 イクサが操作盤で行き先を操作した。


「さっきの石のフロアに行く。

ユギィ、そろそろおれは時間切れだ。シキに戻るだろう。ロウは取り戻した、と伝えてくれ。

モール、協力感謝する。報酬はシキから受け取れ」


 イクサは早口に言った。


「イクサさん、ありがとう」モールはイクサと固く握手をした。



 先ほどのフロア106に着いた。石にされたヒトが立ち並ぶフロアだ。


「ユギィ、それにモール。よくやってくれたね」


 ダイスの口調が変わった。シキに戻ったのだろう。


「状況は大体わかっている。ロウがいなくなったことに気が付かれる前に、このフロアでやることがある。

モール、哺乳瓶は?」


「ここにあります。どうぞ」


 モールは哺乳瓶をダイスに手渡した。


「よしよし。ロウ、これ好きだろ?」


 ダイスは哺乳瓶を手に取って慣れた手つきでロウに飲ませてやった。

ロウはごくごくとまるで100年間砂漠で遭難していたかのように勢いよくそれを飲んだ。

 そして、


「けっぷ」


とげっぷをした。

と同時に


「モール!!」とダイスが叫んだ。

「わかってます!」モールは銃を構えていた。



 ロウの口から先ほど飲み込んだ塔治者二人が現れた。


「動くな!!」


 モールが機先を制す。


「ユギィ、これで彼らを縛ってくれ」


 ダイスが縄をユギィに手渡した。



「よし、あとはロウにここの石を何体か飲んでもらう」ダイスが言った。

「何でまた?」ユギィが聞いた。

「クーデターですよ。ユギィ。塔治者が私たちを危険視するような事件を起こさないといけない。かといって暴力沙汰は君もいやでしょう。他の人を巻き込みたくないし、何よりその程度じゃ神託裁判は開かれない。

だけどこれは?これを見たとき君はどう感じた?

これをハイエンタールに住む人々が知ったら、騒ぎが起きて、その首謀者は神託裁判にかけられるじゃないかなと思ってね」


 そんな計画を練っていたとは。理にかなっている。


「なるほど。うまくいきそうだな」

「そう、だから彼らには見世物にするようで悪いがご協力願おう」


 ダイスはそう言うと、石造の前でロウの足の裏をくすぐり始めた。




  ▶▶▶▶▶  ▶▶▶▶▶



「はー昨夜は最高だったなー神の子さまーってな」


 リキラジがぼやいた。


「きもー脳みそゴリラは能天気でいいな」


 ウサコがすかさず毒づく。


「お前だってハルを襲いに行ってたろ」


 リキラジが応戦する。


「私はハルとラブラブだぴょん」

「いや待て、そんな事実ないだろう」


 ハルが訂正した。



 ハルたち三人は図書館での一件を納め、移動床でハイエンタールの下層へ降りているところだった。

 ガー婆は長年そのフロアを拠点にしていて、そこで神の子を統制していた。自然、 神の子や、その恩恵を求める人々がそのフロアに集まるようになった。

 誰がつけたのか知らないが、そのフロアはいつしか神の台所グディシウムと呼ばれるようになった。



 移動床の囲いの隙間から、フロアが見えてきた。


「様子がおかしい」


 気づいたのはハルだった。持ち前の視力でフロア全体を見渡した。

 ヒトの死体、瓦礫、炎。


「襲撃か!?」


 ハルの声にリキラジとウサコに緊張が走る。

 移動床が下がっていき、二人にもフロアの様子が見えてきた。


「何これ……」

「ハル! ウサコ!! ぼーっとしてんな、行くぞ!!!」


 リキラジが吠える。

と同時に移動床の囲いを引きちぎる。ハルとウサコを抱えてフロアの中空に飛び出した。


「おい!! 馬鹿、焦んな!!」


 ハルが身をよじる。


「明らかに敵襲だろ、こんなもん!!」

「わかってる!!

ジル!! ガー婆を探してくれ!!

ウサコ、リキラジの着地を助けてくれ。

二人で地上の様子を探れるか?」


 ハルがまくしたてた。


「ハルは?」


 もう地面が近づいてくる。


「おれは空からもう一度見る! リキ、投げろ!!」

「おう!!!」


 リキラジは即座に対応した。

 ハルはリキラジの怪力で再び空高く舞い上がる。



「敵は……どこだ。」


 ハルは目を凝らしてフロア一面を見渡した。

 先ほどから探しているのに、敵らしい敵が見当たらないのだ。

 だが、ついさっきまで攻撃を受けていたらしい形跡はそこら中にある。

「なぜだ? 今去ったところなのか、それとも、」


 擬態か!?

 ハルはもう一度、フロア全体を見渡した。今度は無機物にも注目して、だ。

 そして、見つけた。


「ウサコ、リキラジ!!!!」


 ハルは空から声を張り上げた。地上に届くだろうか。


「岩だ!!! 岩に擬態しているんだ!!!」



「なんだ? ハルが叫んでるぴょん

ハルじゃないんだから、口の動きなんて読み取れないし……」


 ウサコが上を見上げて言った。


「敵は……どこだ?」


 リキラジはあたりを見渡すも、目につくのは瓦礫や炎ばかりだった。


「どうしよう、とりあえず生きている人を探そう。ガー婆も」


 ウサコが言ったときだった。


「ウサ!!! 後ろっ!!!」


 ウサコの後ろで大きな岩の塊が浮き上がっていた。

 リキラジがウサコのほうにとびかかった。


「ガッっ!!!」


 リキラジは岩の突進を体でまともに受けた。そのまま体がフロアの反対まで飛ばされる。


「リキラジ!!!」ウサコが叫ぶ。

「待って! 助けに行く!!」


 よかった。鋼鉄のブーツを履いたままだった。

 ウサコは炎を噴き出して空中へ蹴りあがった。


「ついてこないで!!」


 先ほどの岩がウサコを追跡してくる。

 フロアの各地で同じように岩が空中へ浮き上がりだした。


「何……これ……ムカデ……!?」


 岩は互いに引き合うようにくっつきあい、やがてくねくねと一体となって動き出した。

 やがてそれらは円になって回りだし、生き物の形を成した。

 先頭のほうには頭部と思われるひときわ大きな岩石があり、割れた岩で作られた牙も見える。


「でかすぎ……じゃない?」


 岩ムカデの全長はフロアの端から端まで達するほどの大きさだった。影になった場所はまるで夜になったかのように暗い。



「なんだこれは、岩のバケモンだ。」


 デカすぎる。ハルは空中でリキラジが飛ばされるのを見た。

 生きているのは見えたが、一人で立ち上がれるだろうか。

 ハルはまずは地上に降りてウサコを助けるため、

 移動床の柱に足をかけ下方向に走った。


「くそ!! 急げ急げ急げ!!!!」



「来るなっ!!!」


 岩ムカデは体にまとった岩石を飛ばしてきた。

 ウサコはそれを蹴りで砕いてなんとか対処していた。


「ハア、ハア……ハルはどこ?」


 ウサコが上を見上げても、岩ムカデの胴体が視界を覆っていた。

 岩石の雨がまた降ってくる。


「くっ」


 ウサコはそれをよけてジャンプした。

 そのとき、体の側面から地響きのような音がした。

 岩ムカデの頭部がウサコの体に激突したのだ。




「ウサコ!!!! 避けろ!!!!」


 ハルにはそれが見えていた。


「やめろおおおおおおおおおお」


 ハルはその時間が永遠に感じた。

 体の半分がつぶれて血にまみれた、ウサコがそれでも口を動かしているのも見えた。

 タ、ス、ケ……

 助ける!!!! 今助けるから!!!!


「嫌だァあああああ!!!!!」


 地獄だった。ハルは自分の栄晃えいこうを呪った。生まれてきたことを後悔した。

 ウサコの体が壁にと岩のダダに挟まれ、潰れていく様がすべて見えてしまった。

 見たくない見たくない見たくない。


「見たくない!!!」


 ウサコの姿は見えなくなった。ハルは瞼を閉じたのだ。大粒の涙がこぼれた。

 しかし、すぐに彼女の姿が浮かんできた。暗い世界の中に彼女の明るい声と潰れる様子が思い出された。


「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!」


 ハルは叫んだ。

 殺してやる。




 ハルはククリを抜き放った。

 移動床の柱を蹴って岩のダダに近づく。

 どんなダダにも弱点はあるはずだ。奴の体に飛び乗ってそれを探す。

 しかし、敵の動きは素早かった。

 岩ムカデは頭部を壁から抜いて、ハルのほうに向けた。

 口のような穴から、鋭利な岩石のかけらを無数に飛ばしてきた。


「この数は」


 ハルはそれを二刀流ではじくが、次から次へと岩の矢が飛んでくる。

 よけきれない。

 弾き切れなかった岩がハルの体を削る

 くそ……くそ!!!

 冷静さを欠いた!おれは死ぬ。



 その時、横から別の大岩が飛んできて、岩ムカデの横っ面を叩いた。

 リキラジだ。

 よかった。無事だったか。

 リキラジはそこらに落ちている岩を次々に投げ出した。

 岩ムカデは次の標的をリキラジへ定める。


「待て! リキラジ!!! 逃げるんだ!!!」


 ハルは着地してリキラジのほうへと走る。

 岩ムカデは宙を駆け、すぐリキラジの上へたどり着いた。

 リキラジは岩投げで応戦するも、あまり効いていないようだ。岩ムカデはとぐろを巻いて突進の構えをする。


「やめてくれ!!!!」


 リキラジと目が合った。いつもと変わらずにやりと笑って

 あばよ

と口を動かした。



 大きな音がして、フロアの床にクレーターができた。

 ハルは今度は見なかった。目をそらした。



 ウサコが死んだ。

 リキラジが死んだ。

 ジルは呼んでも戻ってこない。

 ハルは岩ムカデと対峙した。


「呪ってやる!!! 何もかも!! この世界も!!!」


 だから……嫌だったんだ。




 静寂の中でガー婆は姿を現した。

 岩龍はそれを見ていた。


「荒ぶる魂が慰められましたか」


 ガー婆は集めていた遺物ピースを自身の後ろに並べていた。


「かしこみかしこみ仰ぎまつる。尽くさしめたまえとお納め申す」


 そう言って、座ったまま深々と頭を下げた。

 岩龍はすべての遺物ピースごとガー婆を喰らった。



 神の台所グディシウムには再び静寂が訪れた。

 食事を終えた岩龍は夕闇の中、塔に沿って上へと昇っていく。

 日がある間は生きていた人の血潮と、役目を終えた夕陽の後ろ髪がその体を赤く染め上げていた。




『星は知らない』 "上位者編" -完-


『星は知らない』 "創世記編" へ続く

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