第17話 背景
◀◀◀◀◀ ◀◀◀◀◀
「本当に、すまない。メルム」とユギィが言った。
「あなたが謝ることなんてひとつもないじゃない。ハイトはきっと、大丈夫」
肩を震わせて言うくらいだ。内心は気が気ではないだろう。
「どうやら、オモトといっしょになって上を目指しているらしい。僕も上へ向かう」
「……お願いね。止めたって聞かないだろうし、何より、ハイトが心配だわ」
「ああ。大丈夫、無線があれば連絡は取りあえるさ」
まずは、情報収集だ。
ユギィは尋ねる先をもう決めてあった。
■■■■■ ■■■■■
ダイスはハイエンタール5000階台のフロアにいつもいる。
図書館で本を借りて積み上げておいてそれを読んだり、自分の小説を書いたりしている。
彼は公共の場所も好むが、会いたいときは彼のプライベートルームに行けば6回に一度は会えた。
天井が吹き抜けになっていて光が下りてくる不思議な作りになっていて、そこに机といす一つがぽつんと真ん中に置いてある味気のない部屋だ。
「やあ、来ると思っていましたよ。ユギィ」
ダイスはいつもヒトを見透かしたような物言いをする。
伸ばした銀髪に光が反射する。その隙間から青い蛍のような瞳がこちらを見ていた。
「鐘のことかな。あれは君がかかわっていたのかい?」
金? 何のことだ?
「そんな金に困っているわけじゃないさ。なんでそんなことを?」
「違ったか。でも君に近いところな気がするんだがなあ」
いつものことだけど、会話が彼の中で完結しているから、僕は蛍を呼び水で呼び寄せるようにこちらにダイスの興味が向くのを待つしかない。
「でも、
「何で知っているんだ?」
「ふふ、なんか君のことはわかるんだ」
ダイスは楽しそうに含み笑いをした。
「さて、ここからは少し話をさせてくれ。まず、私の話をしなくてはならないから」
「? まあ、お前が言うならそうなんだろう。頼むよ」
ダイスは小説を書いていた紙を几帳面にまとめて、机の引き出しにしまった。代わりに、小さな木製の箱を取り出した。
「これと……これでいいだろう」
呟いて、何かを取り出して懐にしまった。
「ユギィこれを見てくれ。僕に見せないように」
と言って、ユギィに箱のほうを渡してきた。
「これは……? お前、ギャンブルはやらないんじゃなかったのか?」
中には、サイコロが2つ入っていた。どうやら、もともとは6つ入っていたようだが先ほどダイスが取り出して数を減らしたのだろう。
「ええ、不都合な体質があってね」
ダイスは秘密基地を紹介する子どものように楽しそうだ。
「ユギィ、僕に見えないように、そのうち一つを取って。そしてそれを投げてみてくれないか?」
「いいけど……」
ユギィはサイコロを一つとった。
「あ、少し待ってくれ」
ダイスは立ち上がり、机をわきにどけた。
「これでいいよ」
よくわからないが、言われるがままにユギィはサイコロを振った。
地面にかつんとあたり、止まる。出目は2だった。
「これでいいのか? どういう意味なんだよ?」
ユギィはダイスに問いかけた。
「やっぱり、おれだよな」
ユギィはダイスのほうをぎくっとして見た。口調が全然違う。
いや、いつものダイスのはずだ……しかし表情がすでに違う。ユギィは彼のこんな険しい顔を見たことがなかった。
気のせいだろうか、体格も変わって見える……?
「ユギィ……だな。よし、かかってこい!」
ダイスは長髪を後ろ一つに結い。こちらに向かって手招きをした。
「な、なんだよ。急にどうしたんだ!?」
わけがわからない。
「来ねえならこっちから行くぜ!!」
ダイスは飛びかかってきた。速い。
しかし、ユギィはこれでもアギエルで駐屯兵をしていたころに一通りの訓練は受けたのだ。
ひと跳びで距離を詰めてきたダイスを横にひらりとかわし、上手を取った。投げてやる!!
「甘いな、坊ちゃん」
やはり、ダイスの声だとは思えない。
そんなこと考える間もなく、ユギィの視界はぐるりと回った。
床にたたきつけられる。
「いってえ! くそ!! どういうつもりだよ。ダイス!」
ダイスはにやりと笑って。
「もういっちょ」
と言った。言うじゃないか。負けっぱなしじゃいられないな。
「はは……後悔するな、よっ!!」
ユギィはダイスの腰のあたりの服を思いっきり引っ張った。
ダイスは少しも姿勢を崩さない。こいつ、こんなに鍛えていたのか?
しかし反動でユギィは体を起こした。ダイスに首根っこを掴まれるが、こちらも負けじと胸倉を掴み返す。
「力くらべかい」
「はは……いやあ、おれは昔からチビで力もないもんで……」
ユギィは体をくるりと回してしゃがみこんだ。
「こっちのほうが得意だね!!」
「ユギィ!!! 待った待った! 降参です。」
なんだ? ええい、ままよ! ユギィはダイスを一本背負いで投げぬいた。
ダイスは床にしたたかに背中を打った。
「いたたたた……いやあ、君も相当に強いってことを忘れていたよ」
いつものダイスの口調だ。ダイスは立ち上がり、胸元を整えて言う。
「ま、これは説明を怠った罰でしょう。で? どうでした? どう感じた?」
「どうって……お前、ヒトが変わったようだったぞ。それに、思いっきり投げやがって」
「ははは、人が変わったっていうのが正解なんですよ。投げたのは、お互いさまということで許してください」
ダイスはにこやかに笑う。
「おい、いい加減説明してくれよ?」
ユギィの頭の中ではクエスチョンマークが一本背負いでお互いを投げあっていた。
「ごめんごめん……しかし見せないとわかってくれないと思ったのでね」
ダイスは畏まって姿勢を正し、こちらを見た。
「まずは改めて自己紹介させてもらいます。私は、ダイス。ただ、正確に言うと、シキというんです」
「???……わかりやすく頼むぞ?」
「私は、多重人格者なんですよ」
ダイスは自分を指さして言った。
「全部で7つの人格があります。普段は基本的に『
たまに入れ替わっているんです。
例えばさっき、最初に君にサイコロを手渡したりしたのは、私ではなく私の振りをした『
「は……? えーと、多重人格で……シキ? サダメ?」
「そうなりますよね。図を描きますよ」
ダイスは机を元に戻して、紙に書きながら説明してくれた。
------------------------------------------------------
基本の人格 『
サイコロの出目に従って下記の人格が姿を現す。
1⃣『
2⃣『
3⃣『
4⃣『
5⃣『
6⃣『
------------------------------------------------------
「と、まあこんな具合なんだ」
「なるほどな……6つも人格があるとは、おどろきだが、それ以上に、サイコロの出目でっていうのは……」
「私たちはそれぞれが『ダイス』で、全員で『ダイス』だ。少なくとも私はそう思うことにしてるんだ。サイコロについては複雑なルールもあるから、後程説明させてもらうよ」
ダイスは、(いまはシキ?)手を広げ、軽やかにそういった。
「それがどう関係あるんだ?っていう顔をしているね」
こいつ、なんで僕の考えがわかるんだろう。僕より早く、僕の考えを言わないでほしい。
「ああ、そうだな。それがどう関係あるんだ?」
「実は、私も上に用があるんだ。一緒に行こうじゃないか。
私のこの人格は厄介な性質だけど、役に立つこともあるんだよ」
確かに、先ほどの
「まずは、ユギィ、何か勘違いしているようだけれど」
滔々と話し続けるダイス。
「上に行くのに必要なものは、金や、武力ではないよ。
6999階まで一般人にも登れる。それこそ莫大な金は必要だが……それだけだ。
君が行きたいのはもっと上なんだろう?」
「うーん、正直わかっていないんだ。息子が上へ行くと言っていただけで」
「ハイト君が?」
ダイスは初めて僕がいることに気づいたかのようにこちらを見た。
「ふむ、そうか、確かにそうでもないと君は動かないよね。そういえば、君の話を聞いてなかったね。何があったんだい?」
まったく、本当に気が向いた時しか人の話を聞かないやつだ。悪気がなさそうなのがたちが悪い男である。
「実はハイトが……」
ユギィはリリーで起こったこととハイトの家出のことを話した。
「そういえば、鐘に呼ばれているとかなんとか言っていたような……ダイス、お前が言っていたのはそのことか?」
「そうだよ。この塔の最上には鐘がある。
ハイト君は機体経由でダダ化の兆候があったというんだな。それは聞いたことのない例だ。そうか、うん、よし!」
ダイスは一人で納得して手をポンと打った。
「まずは下へ行く」
下を指さした。
「またか……」
「そういえば、君はアギエルでも下に降りたんだったね。奇遇奇遇」
「何でまた?」
「まずはクーデターを起こす」
さらりと言ってのける。
「クーデター!? でも、さっき上に上るのに必要なのは武力じゃないって言ってたじゃないか?」
ダイスは慌てず説明をする。
「以前教えた通り、星の毒やダダの血で人はダダ化する。そうだったね?」
「ん、ああ、そうだな。」
脈絡がないように思えてこれも必要な前置きなのだろうか。
「では星の毒を少しずつ接種していったとき、人はどの段階からダダと呼ばれるのだろうか?」
「それは……ヒトの形を保てなくなったときじゃないか?」
アギエルのころを思い出す。オモトは一度体が崩れていた。ハイトがそうなる前に助けないと。
「なるほど。君の定義はそうなんだね。では、その間は何と呼べばいい?」
「さあ……わからないよ」
ユギィはこの問答に飽きてきた。一刻も早くハイトを救いに行かなきゃならないのに!
「ハイエンタールの上層ではそれを
名前があるのか?ユギィは背筋がぞっとした。
「なっ! つまりハイエンタールの上層は……」
ダイスは人差し指で僕のセリフを遮った。
「そして、なぜそれを私が知っているか?」
不敵な笑みを浮かべる。
「私はこの塔の上層にいたことがある。そして下層も知っている」
ごくり、とユギィはつばを飲み込んだ。ダイスがそんな地位の人間だったとは。だが、なんで今はここにいる?
ハイエンタールの上層に生まれたら、ここまで下りてくる理由はない。
「ふう、説明が長くなったね。続きは道中で話すとしよう」
キザな男だ。
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「オモトさん? ......これ、どこに向かっているの?」
「あれ?スピーカー壊れたかなあ。でも、計器は正常だし。無視されてるのかなあ?」
「おーい。聞こえてますかー? おーいおーい!」
「ダアっっっ!! うるっせえ! 黙ってついてこねえか!?」
塔から飛び出した後、ハイトはオモトの後ろを飛行して着いて行っていた。
「だって、『着いて来い』って言ったきり喋らないから......」
「そんな気やすく話しかけてんじゃねえ。おれの同胞を殺戮しておいて」
「それは……お互い様だろ。あなたもたくさんのヒトを殺した」
「そりゃあ、ギラだからな。お前ももうそうなっているんだろう」
「ギラ? なにそれ、ダダでしょう?」
「お前らの呼び方は知らねえ!!!」
「ふん!!!」
ハイトが行き先を疑問に思うのも無理はない。オモトは自分が住んでいた島、『ギラフェテリア』に向かっていた。
ハイトは自分の気持ちが不思議だった。
赤と青の絵の具があって混ざりきらないような、そんな気持ちだった。
オモトのことを憎く思う反面、彼がこんなにも彼の『家族』を思っていたことに素直に敬慕の念を抱いた。
そしてダダ化したらしい自分と照らし合わせて、オモトの行動の源泉になっている怒りにも共感できた。
だから、自分の身に起きていることと、彼の身に起きていることに対する決着を見てみたいと思ったのだ。
思いを馳せていたハイトの目に、何かが映った。
「ダダだ! 向かってくる!」
ハイトはとっさにバンカーの照準を向けた。
「やめろ!」
オモトがそれを遮った。
「なんで!?」
「あいつらはアギエルか、ハイエンタールか、いずれにしろ塔に向かっているだけだ。放っておけ」
「だけど、ヒトを襲うかも……」
「だが、襲わないかもしれないだろ。ほとんどはたどり着かないか、人がいるほどの上のほうへは行けやしない。
奴らもおれらと同じ衝動に駆られているんだ。それを知覚すらできない能無しでもな」
ハイトはループしたときに壊そうとしていた鐘と、あの光る者を思い出した。僕らは羽虫のようにあの光に寄せられている。
「そう……なんだ」
ハイトはすれ違うダダを見送った。
オモトは再び島を目指す。ハイトは随伴飛行する。
「オモトさん……その、謝るよ。あなたの家族を……殺してしまったこと」
一言一言かみしめるような言葉だった。
オモトはしばらく沈黙してから
「喋るなっていっただろう」
と小さな声で言った。
▲▲▲▲▲ ▲▲▲▲▲
私は堕とされた。
墜落し、這いあがる。その過程で6つの人格が生まれた。
上にいたころの私は、世界の底は塔の下にあるのだと思っていた。
しかし、肌身を通して体験してわかったのは、地獄は人がいる場所に顕現するのだということだった。
(そこに下りて、またここまで上がった話はまた今度することにしよう。)
ユギィとダイスはハイエンタール下層へ向かうエレベーターに乗っていた。
「私はまだこの程度のコネは持っていますよ」
とのことで、ユギィはこの塔は金と地位が物を言うことを改めて思い知った。アギエルでユギィがどれだけ苦労したことか。
ともあれ、ことが進む分には問題はない。
「なんで、クーデターを起こすんだ?」
「クーデターと呼べるほどの大事件なら、神託裁判が召喚される。それが狙いなんですよ」
「ふーん、裁判を起こしたい理由は置いておくとして、なぜハイエンタールの下層から連れ出すんだ?
アギエルに行けばハイエンタールへ恨みを募らせていヒトなんて、塔が傾くほどいるぜ?」
「連絡通路なんて簡単に落とされるよ。『事故』でね」
遠くを見つめるような目でダイスは言った。
「塔内なら、物を運ぶ理由と方法は一応あるんですよ」
「この塔もいろいろあるんだな」
「人を裁くには裁判が必要だ。私はすでに受けた、もう人ではないから神託裁判にはならない。
だが君はどうだ?今はまだ『英雄』だ」
「いちいちお前が言うことに驚かなくなってきたよ。あと言っておくが、僕は覚悟してきているとはいえ、ハイトと生きて帰って家族で平穏に暮らしたいんだからな?」
「もちろん、わかっていますよ。これでも、私の考える上に行くための一番安全な方法です」
「まあ、もとより無茶な話なのは理解しているよ。話を戻すが、その僕らの目的のために下層のヒトを巻き込むのは気が引けるな」
「ユギィ、ここの下層は君が想像しているものとはちょっと違うかもしれない」
「
ユギィにはどんなヒトなのか想像ができていなかった。いや、想像したくなかった。
「彼らに意思など、ないさ。それが都合よいから利用されているのだから」
「さて、目的の階に着くまでの時間を使って、サイコロについて説明をさせておいてくれ」
ダイスはサイコロが6つ入っている木の箱を取り出した。
「サイコロの出目で人格が変わるのはさっき説明したね。
だが気になることがあると思う。『どうやってシキに戻るのか?』『なぜサイコロは6つあるのか?』『サイコロを私に見せずに振る理由は?』......このあたりかな?」
コクコクとユギィは頷いた。
「まず一つ目だが、人格の入れ替わりには制限時間がある。時間がたつと自動でシキに戻るんだ。そしてその制限時間はどれだけその目が珍しいかによって増減する。
サイコロなら、すべての確率は同じじゃないか。と思うだろうが、当然、私はサイコロに細工をして特定の目しか持たないサイコロを作っている。
これが二つ目の疑問に答えることになると思うが、そのイカサマサイコロが6パターンあるわけだ。
だが、私はどの目が出るのかわかっていると人格が変わらないんだ。だから、ヒトに振ってもらうか、自分じゃどのサイコロを振っているかわからない状態でサイコロを降る。これが三つ目の疑問への答えだね」
「わかったような。わからないような」
「さっきユギィが降ったサイコロはこれだろう」
ダイスは箱からサイコロを一つ取り出してユギィへ手渡した。
それを観察してみると、2⃣が5つの面に彫られていて、残りの1つの面が4⃣になっていた。
「2⃣は
比較的安全なサイコロふたつを渡したから、私には出る目の候補はわかっていた。
だから、
だが、ほかの目が出る可能性もあった。だから人格の入れ替え自体は適正に起こった。というわけなんだ」
「なるほどねえ。じゃあもし4⃣の目が出ていたら、もっと長く
「その通りだ。そうならなくてよかった」
「なんでだ?そんなに嫌なやつなのか?」
「
「じゃあ、あんまり長く出れないようなサイコロにすればいいのに」
「それが、そう都合よくいかないんだ。全員の言い分を聞かないといけないし、この6つのサイコロの組み合わせはやっと作ったんですよ」
「難儀な性質をもったもんだな……」
心中察するよ。
「ありがとう。で、ユギィにはこの3つのサイコロを渡しておきたい。私が軍人サイコロ、
「はずれ用はあんまりじゃないか……?」
「調整用なんだから仕方ない。同じ出目が連続で出すぎても人格入れ替えの時間が短くなっていくので、たまに調整で投げるんですよ。3つのサイコロの確認しておいてくださいね」
------------------------------------------------------
◆軍人サイコロ
2⃣『
4⃣『
突発的な戦闘がおこったときなんかに使ってくれ、4⃣が出ても
◇
1⃣『
3⃣『
◆はずれサイコロ
2⃣『
5⃣『
人格の持続時間の調整用に使う。他の使い方として、長時間の戦闘が予想されるときはこれで
------------------------------------------------------
「うまく使ってください」
ユギィは3つのサイコロを受け取った。
「ちなみに残りはなんなんだ?」
「これは、扱いが危険なのと、目的が判然としない余りなので私が持っておきます」
「あいわかった。じゃあ、このはずれサイコロを振ればいいんだっけ?」
「ちょっと待った!!」
「ん?」
ユギィはサイコロ振りかぶっていた。
「強制的に人格を戻す方法があるのでそれを教えておきたいです」
「なんだ、そんな便利な方法があるのか」
「私に振ったサイコロを触れさせるか、振ったサイコロを壊すか、です。
ただ、後者は最終手段です。なかなか色形が同じサイコロを探すのは大変で、予備もないので
「ふむふむ、触れさせるか、壊すか、だな」
ユギィは復唱した。
「よーし、そんじゃ、振るぞ」
「ちょっと待って、ユギィ」
「今度はなんだ?」
「
珍しくダイスが必死に訴えかけるもんだから、気になるなあ。
「あなた、楽しんでませんか?ユギィ」
「いやあ、そんなわけないだろう。至って真剣だぞ」ユギィがそう返すと、
ダイスは肩をすくめる。致し方なしと覚悟を決めたようだ。
「よし!今度こそ、準備はOKだな。じゃあサイコロを振るぞ」
「いや、ユギィ」
「ん?なんだなんだ?もう待てないぞ?」
「とるものもとりあえずここまで来てしまったことだし、奥さんに連絡でもしておいたほうがいいんじゃないのかい?」
「……そうだな。そうしよう。ありがとう」
ユギィは携帯していた無線機を取り出した。
▼▼▼▼▼ ▼▼▼▼▼
オモトとハイトはギラフェテリアに到着した。
「こんなところに大地があったなんて,……僕、地面に降りるの初めてだよ」とハイトが言う。
「まだ、その機械からは降りるな。こっちで準備をする」
オモトはハイトを密林の中の洞窟へ導いた。
そこはオモトが利用していた洞窟で、食糧庫や寝屋としての役割を果たしていた。
「まずは、食いごしらえだ」
そう言うと、オモトは食糧庫の真ん中にあぐらでどっかり座り込み、手当たり次第に食べ始めた。
食糧庫とは言っても、ギラたちが集めてきた動植物を雑多においてあるだけだ、見るからに腐っているものが多い。
それでもオモトはバリバリと喰う。
「ほれ、お前も食うか?」と、蝙蝠の死骸を差し出してきたが、
「遠慮しておく……」とハイトは返した。
「待てよ? お前の機械で実験しておくか」とオモトがひとりごちた。
「えっなになに?ちょっと!食べないってば」
ハイトはまだ戦闘機の中にいた。その機体の上にオモトが鳥の死骸を抱えて飛び乗ってくる。
「喰わなくていい。お前、別にダダを喰ったとか、星の毒を飲んだわけじゃないんだろ?」
「そうだよ!!だからきっと、父さんの機体を通して……」
「おれもいろいろ試したことがあんだけどな。物にアギエルの意思が宿ったことはなかった。だから試してみるんだよ」
そう言って、鳥の死骸をを絞り上げてその血をハイトの機体、HD-a2:ヒプシロフォドンにぶちまけた。
「ちょっと!! 何するんだよ!!」ハイトは自分の機体を汚されて叫ぶ。
「今な、アギエルの血を混ぜた。これはギラの活性を速める効果がある。お前のこの玩具もギラになるのか見ものだぞ」オモトは満足げだ。
「さっきからなんだよ、アギエルって、まるで生きているみたいな言い方して」
「おお!早速だ」オモトが興奮して言う。
ハイトの機体の後ろ側、ちょうど背中に当たる部分から、金属質の翼が生えてきた。
ハイトはそれをバックモニターで確認した。はじめは小さな芽のようだった。瞬く間に成長し、機体の横幅の倍まで伸び切った。
「な、なんだよ、これ!! 僕の機体に何してくれるんだよ!!」ハイトは半狂乱だ。
「大成功だ!これでお前も強化できるな」
オモトは自分の考えを証明して悦に入っている。
「頼んでなんかない!! 戻してくれよ!!」
「おれと同じ仕組みなら、戻せるはずだぜ。その翼も体の一部だと思って、縮めてみろ」
「そんなのできるわけないだろ!! もう生えちゃったんだから。」
「いいからやってみろ。ほら。できねえのか?」オモトが煽る。
「……やるだけ、やってやる」ハイトは応えた。
ハイトは意識を集中させた。
いつも通りでいいんだ。星を探す。星座をつなぐ。新しい星が、見えた。
「できるのかよ……やるじゃねえか」オモトが言った。
唐突に生えてきた翼はまるで初めからなかったかのように消えていた。
ハイトは驚いた。そしてもう一度試してみる。翼がもう一度生えた。
「なんだ? これ」
ハイトは自分でやってみてもよくわからなかった。
「上出来だ。これでお前のちんけな装備もパワーアップだな。後で他にもいくつか喰わせておこう。
さて……」
そう言ってオモトは一人で洞窟の奥へ向かった。
「だいぶ、勝手な人だなあ」
驚きが覚めてから、ハイトは呟いて機体をおりた。
「お腹はホントに空かないなあ。このゲテモノだから食欲がわかないわけじゃなく」
ハイトはお腹をさすりながら独り言を続ける。
「オモトさんは、どこへ行ったんだ?」
オモトが進んだほうへ行ってみる。
洞窟はいくつか分岐していたものの、迷わず一番大きな道をまっすぐ行くと、少し開けた場所へ出てそこにオモトはいた。
その空間には何もなく、オモトが座っているところに台座のような石が置いてあるだけだった。
「ついて来るなよ」オモトが言った。
「別にいいでしょ。何をしているの?」
ハイトはオモトに近づいて行った。台座のような石には何かやたら傷がついていた。いや、これは文字か?
「ギ……ラ、フェテリア……。それがこの洞窟の名前?」
「島の名だ」
それだけ言って、オモトは何かキラキラ光るものを懐にしまった。
「なに? なにをしまったの??」
「何でもかんでも聞いてくるな!! 寝るぞ。明日の朝出発だ」
「いいじゃん教えてくれたって」
オモトはそれには答えず、踵を返して寝床の部屋を目指した。
オモトが持ち出したのは、以前ガーレが見つけてきた金色の欠片だ。
この島では金など役に立たず、なんてことない石ころと同じなのだが、なぜだかギラたちはこれに惹きつけられていた。それはオモトも同じだった。
だから、洞窟の一番奥の台座の下に寝かせて置いた。
だが、これはあの得体のしれない光るやつと関係がある。ループが終わったとき、胸をえぐり取られた男が持っていたのも同じ金色の欠片じゃなかったか!?
光るやつはそれを奪っていった。何か重要な意味を持つかもしれない、とオモトは思っていた。
オモトは自分の寝床で、ハイトは機体に入って寝ようとしていた。
「オモトさん、上を目指したらどうなるのかな」ハイトが呟くように言った。
「……」オモトは答えない。
「僕は……あの鐘や光が何かの原因じゃないかと思うんだ。この星を、どうにかしてしまおうとしているんじゃないかって」
「……」ギラ化したときに感じるアギエルの感情でもあるだろうとオモトは思ったが、何も言わなかった。
「とにかく、僕は知りたい。このまま、家に帰る気はしないんだ。自分の目で見てみたいんだよ」
ハイトのその言葉に、オモトは昔の自分の姿を思い出した。
「あっそうだ! 父さんに無線でも入れておこう。心配しているだろうから」突然、ハイトが叫んだ。
「あのなあ、ピクニックじゃねえんだ」オモトはしびれを切らして言った。
「ピクニックじゃないからこそ、大事でしょう」
「本当に、憎らしい口の回る小僧だな。勝手にしろ!!」
ハイトは言われた通り勝手にしてやる、と思ってHD-a2の無線システムを起動させた。塔からそう離れていないから電波は届く距離だと思うけど、一応洞窟は出ておくか。
機体を洞窟の外まで移動させ、ハイエンタールの方角を確かめた。
今夜はよく晴れていて、月もないから星がよく輝く星月夜だった。
ハイトはユギィとの専用無線回路を開いた。
「もしもし? 父さん、起きてる??」
父がいるであろう星を切り取る暗闇に向かって問いかけた。
続く
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