第15話 乖離

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 これは? どうなった?

 ハイトはあたりを見渡した。


「少年! よくやった!! あの一瞬でまさか当てられるとは。」

「ハイト! 本当にお父さんも救ったのね。すごい!!」

「……すごいわ」


Dr.ビンセント、母さん、ジャム!よかった生きている。

けど、違う!! そうじゃない、今やるべきことは……!



 ハイトは走り出した。


「ハイトっ!?」


 カラミティはすぐ後ろのガラスで仕切られた小部屋の中でサブコンピュータに手を伸ばしていた。

 間に合えっっ……!!!



「おい、やめろ」


 あれは? さっきのループで出会った人だ。

 いつの間にかカラミティ博士の背後に立っている。


「お前のせいで、明日が来ないんだよ!!」


 ダンは引き金を引いた。



「そんな、私が……私の星……」


 カラミティ博士は胸を弾丸で貫かれ、息絶えた。


「ハア……ハァ…………」


 ダンは息が弾んでいる。


「いい加減に、しやがれってんだ。うんざりなんだ……」


 そんな風に呟いている。



 これで、防がれたのか? ハイエンタールは崩壊していない。

 母さんも、ジャムも、みんな石化していない……!

 これで、これでいいのか?

 父さんは? あのダダはどうなったんだ?

 ハイトは一度に襲ってきた疲れで気を失った。



  ■■■■■  ■■■■■



 オモトは焼け落ちたギーラを抱えていた。

 あの光る存在が「時を戻す」と言ったとき、期待したが……

 戻ったのはギーラが撃たれた後だった。


「くそっ……なめやがって」



 ギーラは相変わらず彗星のように燃え、パラパラと白い灰を空に向けて放った。

 オモトがそれを見送るように見上げると、ハイエンタールの塔は傲然と立っている。


「そうか、未来は変わったと……。だがおれは認めねえぞ、こんな、こんな未来なんてな……!!」



 オモトは恭しくギーラの燃え残りを懐にしまい。リリーに向かって飛んだ。



  ■■■■■  ■■■■■



「ハイト、ハイト……っ!?」


 母さんの声だ。


「ああ、よかった。ハイト。疲れたのね。ほら、水を飲んで……」

気を失っていたみたいだ。母さんの膝枕で目覚めた。

「父さんは……?」

「大丈夫、父さんも戻ってきてるわ。ほら、水を飲みなさい」


 ハイトは水を一口含んだ。


「ハイト! 大丈夫か!!?」

「父さん! よかった……。でも、あのダダは……?」


 ユギィは戸惑った。


「オモトか? あいつは、あいつはお前が撃ったダダを追って行ったよ」

ユギィは追うことができなかったのだ。

「あいつは、親友だったんだ……。そして変わってしまったと思っていた。でも、もしかしたら、変わっていないのかも。昔からあいつはずっとおんなじだったのかもしれない。だからっておれにはどうすることもできない。前もそうだった……今回も……」


 親友だって?

 父さんと、あのダダが?

 そういえば、ループする前、あのダダは喋っていた!?

 あの時は気にしなかったけど、そんなダダがいるか?

 父さんはあいつが昔は人間だったような言い方をしている、、そんな。人間がダダになっただって!?


「あいつはまた父さんを襲いに来るかもしれないよ!! 大軍を連れて、凶暴なやつだ!!! 僕が撃ち落としてやる!! 他のやつらと同じように……!!」



「おい、それはおれのことか?」


 父さんの背後から翼のダダが現れた。


「オモト!!」


 オモトはユギィなど意に介さず、ハイトの胸倉を掴んだ。


「お前だったのか。おれの家族を殺してくれたのはお前なのか」

「やめて、お願い!!! あなた! こいつを止めて!!」


 メルムが叫ぶ。

 くそっ何でおれはティラノを降りたんだ!! ユギィは自分の甘さを呪った。


「やめてくれ!! オモト!! なんでもする! ハイトだけは、、!!」

「おい、お前がやったのかって聞いてんだ」

オモトはハイトに顔を突き合わせるかのように詰め寄る。

「ああ、そうだよ。家族……? 家族なんてものがダダにいるのかよ。化け物のくせにっ!!」

「……っ」


 家族? 家族って言ったか、おれ?

 いつからそんな風に呼んでいた?

 オモトは動揺した。


「家族なんて言ってねえ……」

「……? い、言ったじゃないか!! なんだよ!」

「うるせえ……いいから、お前は、お前らは、殺してやるよ!!」

「待ってくれオモト!! まだ子供なんだ! 復讐ならおれにしてくれ!!」



「な、なんだよ……今度は。おれは、ただ……!!! ギャアアアアアアアア」


 悲鳴が聞こえた。


「なんだ?」


 オモトたちはそちらを向いた。



 カラミティ博士を撃った男が光る存在と相対している。

 いや、していた。

 男は肩から下と、腰より上がごっそりと削られていた。

 支えを失った頭部周辺と、制御を失った足元が同時に地面に墜落する。


「あしたが……」


 ダンが最後の息を吐き切るときにその言葉は宙に消え去り、誰の耳にも届かなかった。



「塔は在る。これは、返してもらう」


 光る存在はこちらを見向きもせず。いや、形がはっきりしないからそう感じただけだが、ともかく一方的に事を進めていた。

 倒れた男から何かを回収したようだ。

 光る存在が手らしき部分を伸ばしたところに、同じように光る小さなかけら。

 倒れた男はそれをペンダントにして身に着けていたようだ。

 それを奪ったのだろう。男の体ごと。



 オモトはそれを見ながら、自分の中のアギエルがざわつくのを感じていた。

 この光を見ていると怒りがふつふつと沸く。

 光の塊はにわかにここを去ろうとした。


「待てよ」


 光に向かって突進した。体はすり抜ける。

それでも光を繰り返し攻撃する。

 

「くそがああああああ!!」



 それは、ハイトも同じだった。


「あいつは絶対に許さない」

「ハイト? どうした、お前、その目……」


 ユギィが覗いたハイトの目は、いつかオモトに見たような獣のような目だった。

 ハイトは光に向かって駆け出した。


「ハイトっっ!!!!」


 ハイトは四つ足で獣のように駆ける。


「あああああああああああ!」



 光は彼らをうっとおしそうに無視した。

 そして、まばゆい光を放つ。


「消えた……」



 ユギィはハイトに駆け寄る。


「ハイト!!! どうしたんだ!!お前……」


 ハイトは体中の血管が浮き出ていた。

 これは、かつてオモトがダダ化したときに似ていないか……?

 ユギィの全身を悪寒がくすぐった。

 どうしてだ? ダダの血?

 それは戦闘機に乗っている限り遮断される。

 ハイトが自分から違法な星の毒を手に入れるはずもない。


「ハイト、ハイト!!」


 ハイトの血管は正常に戻っていく。

 ユギィはわが子を抱いたまま、どうしていいのかわからなかった。



「ハア……!! ハア……!!」


 オモトは自分に生じた激しい感情を整理しようとした。

 だが途中でそれには意味がないことに気が付いた。

 オモトはある予測について考えながらその場を去った。



  ■■■■■  ■■■■■



「ハイト? 大丈夫……?」


 母さんが心配そうに問いかけてくる。

 目を合わせると、おびえるように繰り返す。


「ハイト……具合が悪いの?」



「大丈夫だよ。少しぼーっとしてただけ」


 あれから、自分の体には何事もない。

 しかし明確に覚えている激情。

 あの光は……そして自分の体は……。

 ハイトは自分に起こった変化を観察したうえで、それらが何であるのかわかる気がしていた。


「ごちそうさま」


 夕飯は少し残した。最近はあまりお腹はすかない。



 部屋に戻る。

 ハイトの部屋には小さな丸い窓が一つあった。

 空高いこの塔からは、戦闘機から見えるほどではないが、星が近くにいるような気がした。

 母さんと父さんは僕のことを心配している。

 特に父さんは、あのオモトってヒトがダダ化したときと同じように感じているのだろう。

 一般人は知ることのない機密情報ではあるが、星の毒やダダの血を大量に摂取する と、ヒトはダダ化するという。

 あの後こっそり父さんの部屋に入って、日記を読んだのだ。

 僕には、心当たりがなかった。

 だけど、同時に確信していることもあった。


 ドアをノックする音。


「ハイト、もう寝たのか?」

父さんだ。

「いや、起きてるよ」

「入っていいか?」

「うん」


 父さんはベットの僕の隣に腰かけた。


「父さん、言いたいことはわかるよ。僕だってよくわからないけど、たぶんそうだろうと思うことがある」


 ユギィはハイトのほうを見て黙って聞いた。


「ティラノだよ」

「!? どういうことだ?」

「ティラノを通して僕は怒りを抱えることになった。ティラノは父さんといっしょに、何千というダダを狩ってきた。その浴びてきた返り血が、神経を通して僕に入ってきたんだ」

「ハイト、馬鹿な事言うな。神経ってのはお前の感覚の話だろう!!」


 ユギィはつい口調が強くなってしまった。


「感覚だけど!! わかるんだよ!!」

ハイトも叫ぶように返す。

「僕の中にはアギエルがいる。」



 窓をノックする音。


「オモト!?」


 窓の外にはあの翼で空を飛ぶオモトの姿があった。

 ハイトは部屋から飛び出した。


「ハイト!! どこへ行くんだ」



 ハイトは格納庫を目指した。裸足で駆ける。

 父さんが追い付かないうちに格納庫の暗証番号を入れて、開きかけたシャッターから中に這い入った。

 父さんに買ってもらった機体ヒプシロフォドンに乗り込む。

 格納庫の発進シャッターが上がり、月で照らされた夜空が口を開けた。



「待て!! ハイト!!」


 ユギィが追い付いた。

 夜風が吹き込んできて、ユギィの顔にガレージ内の生暖かさと混ざりきらない冷気をたたきつける。

 開け放したコクピットに座るハイトも髪をかき乱す逆風を心地よく受けた。

「父さん。僕、オモトさんと上へ行くよ。あの光と対峙したときに同じことを感じたんだ。鐘に呼ばれている」

 翼を羽ばたかせるオモトのシルエットが背後の月光の中で影を作っていた。



「そんな、おれのせいだ。おれがティラノにお前を乗せたから」



「違うよ。父さん。僕が乗りたいと言った。それに、」

「ティラノに乗ったから、そしてこの機体に乗って戦ったから、母さんも父さんも守ることができたんだ」

「この機体も……ダダの血に濡れた。こんな戦い、きっと終わらせられるんだよ」

「大丈夫。お腹もすかないんだ」

「父さんも、母さんも、大好きだよ。平気さ。ちゃんと帰ってくるよ」

「父さん離れて。点火、危ないよ」



 ハイトがブースターを始動させた。

 ユギィは推進力の圧に押されてそれ以上近づけない。


「ハイト!!! 待ってくれ!!!」


 ハイトは二次ブースターのトグルをひねった。


 ハイトは空に消えた。ユギィは空に吸い込まれていく彗星のような光を見て、茫然と立ち尽くした。



  ▶▶▶▶▶  ▶▶▶▶▶



「こりゃこりゃ。しょうがないやつだなあ、あんたは。カエルとやりあったんか」

「いいから、報酬は?」

「まあまあ、だからあ、傷だらけで。他の人と協力しろと言うに。」

「うるさいなあ。ガー婆は」

「お前は恐れとる。人と、、」

「触れ合うことか? リキラジに聞いたよ……」

「アギエルには欠片が多い。だから気をつけろって。行くなら連れ立って行きなさい」

「欠片なら、ほら」


ハルはガー婆に見せつけた。一際大きいカエルの中から見つけた遺物ピースだ。


「ああ、それじゃあ。よくやったな……」


 ガー婆は寝ぼけているかのように目が泳いでいる。ハルがかざした欠片に手を伸ばす。


「おいおい、婆さん」

「わたしの、婆さんが好きな小説があってな」ガー婆は語り続ける。

「『鯨の鬚楽器』」ハルはもうその話を知っていた。

「『鯨の鬚楽器』と言って、老人がかつて地上にいたという巨大な生物を追い求める話でな……」ガー婆は止まらない。

「ガー婆、指輪をつけてくれよ……」


 ハルはガー婆の懐から指輪を取り出し、彼女の老いた指にはめてやった。



「これはようやった。ありがたいこと。これでまた星の禊に近づいたな。うゆずたゆまず、続けなされ。神の子よ」


 ガー婆の中指にはめた指輪が光る。これも遺物ピースの一つだという。

 遺物ピースとは、嘘か誠かハイエンタールの頂上にある瞳の鐘のかけらだという。作り出したのは神か悪魔か、持つものに栄晃えいこうと呼ばれる恩恵をもたらす。

 そして、神の子とはそのような栄晃えいこうを生まれながらに持つヒトだ。その本源はわかっていない。その神秘性もあり、神の子は祭り上げられている。

 ガー婆も神の子としての栄晃えいこうでずっと昔から生きているらしい。どれくらいの長い間なのかは聞いても判然としない。加えて、指輪に込められた遺物ピース栄晃えいこうで正気を保っているという。


「で? 報酬をくれよ」ハルが急かす。

「そう急ぎなさんな。お前もこんなはした金が欲しくてやっているわけでもなかろうて」

「欲しくなくたって、ただ働きをしたいわけでもないんでな」

ガー婆は丸くなりすぎた姿勢でこちらを上目で見ながら、金の入った小さな袋を投げてよこした。

「どうも」

すぐに立ち去ろうとするハルに、

「急ぎなさんなて、次の依頼がある」

だと思ったよ。

「いいぜ? 次はなんだ? アギエルにはまだいるからな、鶏、蛇、亀……」

「次は上じゃて」

「なに? やだね」

「稚児かお前は。それとも怖いかね」


ひっひっひっと悪そうにガー婆が笑う。


「ひとりで行かしてくれるなら行くさ。だけどどうせ……」

「よう! ガー婆、元気してるか?」


 言い合っているうちに後ろから声が聞こえた。リキラジだ。


「ほらな、こいつらと行けっていうんだろ?」

「ばっさま、私ハルと二人のほうがいいなあ」


 いつの間にかウサコも来ている。


「駄目じゃ。半人前どころか三分の一人前のお前らは三人で行きなさい」

「ガミューとコートレットは何してる?」ハルが問う。

「それこそやつらは一人前だでな。もっと上の階に一人で行ってもらっておりまする。それに、ガミューはともかく、お前がコートレットのやる気を出せるとは思えんが」

「ばーさん、おれをおちょくってるな?」

「私、こいつ嫌いなの……ぴょん」

「いやよいやよもなんとやらっていうぜ?」

「……」

「無視かよ……」

「今回は蔵書フロアに行ってもらう。わしの好きな本もそこにおいてある。確か題名は……」

「その話はもう聞いたよ。」

「はて、いつ話したか……?」

「で?何をすればいいんだ?」

「司書のセレナーデに聞きなさい。わしは寝る」

「あっこら」


 ガー婆は指輪を外して袖にしまった。口と目を開けたままぼーっと天を仰ぐように沈黙する。



「ハル、まずは飲むか?」


 リキラジがバンと肩を叩く。


「ハル、こっそり二人で行こ」


 ウサコが耳元でささやく。


「カァーーーーー」


 ジルが一声鳴いた。



 だから、嫌なんだって……



続く

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