第14話 説得

 オモトはギーラだった肉片を抱えて紫海に浮かんでいた。

 おれが死にかけていたときにこいつが助けてくれたんだ。

 だが、ギーラを紫海に付けておいても一向に回復しなかった。

 ギーラは最近食事を取っていなかった。多すぎる家族に分け当て得ていた。それに、アギエルの肉も嫌がってほとんど食べなかった。

 きっとだからだろう。彼女はおれなんかよりずっと人らしく死にきった。

 オモトは悲しいと思った。

 人らしく死ぬより、化け物だとしても生き返るなら、それでいいのにと思った。

 そうして、いくらかの時間が立ったあと。紫海に波を立てるほどの爆音が聞こえた。

 上を見上げるとハイエンタールが崩れていく。瓦礫が落ちてくる。

 ここにいたらぶつかるなあ。と思いながらもオモトはそのまま漂っていた。

 やがて落ちてきた鐘にオモトは潰された。


 気がつくとオモトはギーラだった肉片を抱えて紫海に浮かんでいた。

何だ? ハイエンタールは元の形のままだ。

 やがて爆音が響きハイエンタールが崩される。そして瓦礫に潰される。


 何回か繰り返して。オモトも時間が巻き戻っていることに気がついた。

 そして一番最初に思ったのは、これでギーラが生きている頃に戻れるんじゃないかということだった。

 オモトはただ瓦礫に潰されることはやめて、情報を集めだした。

 鐘だ。あの鐘が起点になっている。

 おそらくハイエンタールの頂上付近にあったのだろう。一番最後に降ってきて、触手を伸ばして紫海に浮かんでいる。

 やがて、戦闘機乗りがやってきて鐘を壊そうとすると、時間が巻き戻る。

 仕組みや目的はさっぱりわからねえが、こういう仮説を建てられないか?

 


 つまりだ、こうも考えられないか?

 


 おれはあの爆音の射撃が打たれるより前の時間に巻き戻る。

ならあの射撃を直接鐘に当てるように変えてやれば、ギーラが生きている時間に間に合うんじゃないか?

 ギーラが打たれたのははおれの巻戻りの直前のはずだ。

 やってみる価値はある。こいつのためなら。

 オモトは射撃が放たれる光の方を目指して飛び立った。



  ■■■■■  ■■■■■



「あなたを先ほどから殺しているのだが死なないのだ」


 光の人は最も神々しい声で脳内に直接語りかけてくる


「ああ、知ってるさ畜生、こっちは記憶はあるんだぜ」


 ダンが憎々しげに答える。


「やはりヒトは醜い、醜く生き続けようとする」


 光の人は多くの言葉を学習したみたいだ。


「言ってくれるねえ」

「おまえは、人間じゃないんだね?」

ハイトが問う。

「当たり前だろ、人がこんな光っているのを見たことあるか?」

ダンが言い返す。

「お前たちか、私達の一族の血を飲んだのは。」


 光る人は意に介さない。


「昔からそうだ、お前たちは、なぜわたしたちの邪魔をする?星はすぐそこにあるというのに……」


 その時だった。

 背後から素早い影が光る人を羽交い締めにした。


「よお、あんたが原因っぽいな」

「あの大きな翼のダダだ!喋れたのか!」


 オモトは光る人の首を締め付ける。


「さあ、時間を戻してもらおうか? 当ててやろうか、お前も困ってんだろ? 何度もやり直して」

「まったく」


 オモトが光る人をすり抜けた。


「なんだ? でたらめなやつだ。おれよりバケモンだな。」オモトが言う。

「私は上位者の作品であって、それ本体ではない。説明しても忘れてしまうだろうけれど」光る者が言った。

「上位者?」

「ヒトは醜い。だけど確かに君たちは血を入れたようだ」

「何を言っているんだ」

「こうしよう。お互いが納得する方法で。お互いが損をする方法がある」

「おいおいおい、人の話を聞けって」

「時を戻そう。一度だけだ。塔の破壊を止めろ」

「ねえ、待って、少しだけ話を!」


 光が放たれた。七色の音色のようなまばゆい光だ。懐かしい母の声を聞くような。夕焼けを見ながら帰るような。友人と語った夢を思い出すような。



  ▶▶▶▶▶  ▶▶▶▶▶



「おーい冴えない男ども。何してる?」


 ウサコだ。任務を追えた直後らしく、浮足立っている。


「来たぜぴょんビッチが」


 リキラジが声を潜めて話す。筋骨隆々の男だ。おれは酒を一口飲んだ。


「おい、返事しろ。クズ男共が」


 ウサコがバンと机を叩いた。マスター特性のミートボールが飛び跳ねる。


「おい、脚を乗せるな。行儀が悪い」


 彼女はいつも左腕でうさぎの人形を抱えている。右腕は……ない。昔ダダにやられたのだ。


「ハル〜冷たいこと言わないでよ。私、傷つくなあ」

 おれはため息をついて、ウサコを横目で見やる。


「今日も楽勝か?おつかれさん」

「ねえ、話そらさないで〜」


 ウサコが隣に座ってくる。


「マスター! ビール大ジョッキ!!」ウサコが声を張り上げた。

はいよー! とマスターが元気に返事をする。

 この洞窟街で一番栄えている酒場はここではないが、それでもおれはこの店が好きだった。にぎやかで、だけどうるさくない。わかるだろうか。

 これもマスターの徳とでも言うのだろうか、ごろつきが集まる店だけれどトラブルが起きたところは見たことがない。

 まあ、洞窟街で言うトラブルって相当なもんだけれど。


「ぷは〜!!! やっぱ仕事の後はビールよねえ」


 ウサコは大ジョッキを一気に飲み干した。


「ジジくせえなウサコ。若作りがバレるぜ」

「ねえ、ハル、このあとどう?」


 リキラジの言葉はまるっきり無視してウサコが体を寄せてくる。ビール臭い息が頬にかかる。


「やめろ、くっつくなって。お断りだな」

「なによ。筆下ろしてやったの忘れたぴょんか」

「発情うさぎが、おれなら空いてるぜ」


 バキバキ

 机の下で何かが割れる音がした。


「ハルならいつでもいいからね! じゃまた〜」

「おい、何しに来たんだよ」


 ウサコはマスターにコインを投げて帰っていった。


「面白えよなあ、あいつなんであんなに勝った気でいれんだろナ?」リキラジが言う。

「下衆な発言は控えないと援助を切られるぜ」

「黙ってたって民衆殿はおれらを祭り上げるじゃねえか。神の子だってな」

リキラジは濃い酒を一口で飲んだ。

「今から真理をつくぜぇ。『泥臭く生きるやつは泥臭く生きる。金を持つやつは金を持つ』」

「うるせぇ。脈絡がねえんだよ」

この酔っぱらいが。

「脈絡がないと思うのは、おれのせいばかりじゃないと思うがねえ。同じ神の子なら、考えたことはないか? マスター!! おかわり!!」


リキラジは酒が好きだ。


「なあ、ハル。おれらは好きなように生きられる。そんでおれはそうしてるつもりだがな。だけーど、ちょっと重いよな、この『責務』ってやつがよ」

「何が言いたい。皆好きなように生きている、だけど責務を持っている。同じようにおれたちも生きているだけだ。何も特別なことはないだろう」

「そこだよ。ハル。おれたちは特別なんじゃねえか? その点」


 おれはリキラジを目で制したが、やつは話をやめそうにない。こんな酒場でしたい話じゃないんだがな。


「ガー婆が言ってたぜ、俺たち神の子は皆なにかから逃げてるって

ウサコは孤独から

おれは考えることから

お前は触れ合うことから

わかるか?神の子だって人の子だよ。つまらねえ悩みでつまらない日々をよりつまらなく塗りたくっている」


 人間は、神の子とは子を為さず、化物との子はなすのだ。

 こう言っていたのもガーばあさんだったっけな。


「だから、そういっているだろ。特別だと思うから、損している気持ちになってるんだろう。俺たちは普通だよ。だけどみんな、自分が特別だと想いたいんだよ」ハルが返した。

「はあーーー真面目だよなあお前は。ウサコもだけどなあ」

「あいつのどこが」


ウサコが適当に生きていそうだけど。


「お前な、鈍感だよ」


 リキラジに言われるのは一番腹が立つな。


「おれはもう行く」


 ハルは席を立った。


「おい、まだ狩り足りないのかよ。ウサコも戻ってきたばかりだし大丈夫だろ」

「まあな。だが、真面目なおれはこの仕事が好きなんだよ」

「おおい、皮肉か? まあ、やっぱりお前も大概普通じゃないんだってわかって安心したよ」

「じゃあな。飲みすぎんなよ」


 十分飲みすぎているリキラジに自分の分の勘定を渡して、おれは酒場をあとにする。

 酒場を出ると少し冷えた。おれはコートを羽織って口笛を吹いた。

 ジルが肩に飛んでくる。


「お前も飯、食えたか?」


 ジルがカアと鳴く。

 おれは腰の柄に手を掛ける。もうこれが癖になっている。


「さあ、行くか。今頃外は夜明けだろう」


 ハルは洞窟の外に向かった。



 太陽は半分ほどその身を乗り出していた。

 明るい光を浴びて目を瞬く。

 洞窟から出る時のこの感覚はたまらない。陽の光を初めて浴びたときの感動が何分の一か味わえるから。

 さて、今日はどちらに向かおうか。

 昨日聞いていた情報だとリリーにビールスの群れが湧いていたらしいが、それはウサコが狩っているはずだ。

 おれは、アギエルに向かうとするか。例の、を狩りたい。

 ハルはギラフェテリアの東の港に向かった。


「いまだに、船でしか移動できないってのはどうなんだ?」

「へえ、まあ失われた技術ってやつですわ。知らなけりゃ不便と知らずに済んだんですがねえ」


 船頭は顔見知りの年寄だ。長年ここで働いていて、すっかりおれたちにも気後れをせずに話してくる。


「今日は、アギエルかい。あんたも物好きだね」

「ほっとけ」



 アギエルに着いた。

 相変わらずカビ臭い侵入口に脚を踏み入れる。


「じゃあな、気をつけてな」


 船頭は帰っていった。日暮れにまた来てくれる。

 この下層に用はない。中央のホールを目指す。

 大きな窓から朝日が差し込む。かつて人類が住んでいたとは思えない寂れた遺跡が顕になっていた。

 中央の柱についた。古いものとは言え、移動床が使える。

 カエルがいるのは5000階辺りだ。

 ハルは慣れた手付きで、移動床を操作した。



 5133階についた。

 このフロアは瓦礫で日が入らないようになっている。こういうジメジメしたところがあいつは好きなはずだ。


「ジル、頼んだぞ」


 ジルは賢く。速い。いつも索敵を任せていた。

 カア、と鳴いてカラスは飛び立つ。

 ハルは柄に手をかける。

 苔が生えていて動きづらい足場だ。そして薄暗い。

 あたりが見えないほどではないが、瓦礫で影になるところが多く敵の接近に気づきづらい。

 ハルは耳を済ませる。今は自分の足音しか聞こえない。

 ジルの返事を待つか。



 しばらくして、ジルがカアカアカアと3回鳴いた。

 何か痕跡を見つけたらしい。

 呼ばれた方向へ足をすすめる。あくまで慎重に、焦らずだ。

 湿っぽい空気が濃くなる。ハルはマントで口を覆った。

 暗く狭い通路を抜けて、広く明るい場所に出た。

 高い建造物もある広場だ。このフロアにもこんな場所はあったのか。

 ジルが舞い降りてきた。どうやらこの辺りらしい。

 カエルがこんな場所を好むとは思えないけれど。


「どこにいるんだ? ジル?」


 カアーーーーっとジルが騒ぐ。


「後ろ!?」


 いた。今出てきた出口の上。ねっとりとした体表から臭そうな汁が滴っている。

 でかい。思ったよりでかい。

 カエルは跳躍の姿勢を見せた。


「まずいっ」


 ハルは広場の方へ走った。地面に影が写っている。踏み潰されてたまるか。

 地面に衝撃波を起こしてカエルは着地した。

 ハルは体制をくずしてもんどり打ちながらも、すぐに起き上がる。

 柄に掛けられていた手は既に武器を抜き放っていた。

 ククリ。切れ味の鋭い幅広の刀だ。ハルはこれを二刀使って戦う。

 カエルはこちらを恐れていないようだ。

 だるそうな目でこちらに狙いを定めて、長い舌を飛ばしてきた。


「馬鹿が」


 ハルはもう構え終わっていた。

 二刀に光が反射する。カエルの舌は切れていた。


「思っていたより簡単に終わるかな」


 すぐにカエルに距離を詰める。舌が切られたカエルは激高して体液を撒き散らしていたが、ハルはそのすべての飛沫を見切って弾いた。

 カエルの目を割く。たじろいた隙に体を一文字に切り裂いた。

 巨体が倒れ込んで静かになった。


「ふう。こんなもんか」


 ハルが刀をしまおうとしたとき、ジルが再び鳴き始めた。


「思っていたより、時間がかかりそうだな……」


 広場を取り囲むようにカエルの群れがこちらを見下ろしていた。



続く

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