上位者編

第13話 遡行

星は知らない

忍び寄る影とその子供たちを



 何だ? この地響きは。

 今日は今までにねえってくらいうるさい日だった。

 塔内放送でハイエンタールのダダの襲撃を知らされたとしたと思ったら、外でどんぱちやってたらしく金持ちたちは見物に出かけた。

 おれはそんなの興味がなかった。

 今日が終わればどうせ明日が来る。

 そのときに覚えていないことなんてやったって無意味なんだ。

 日がな一日、石を掘る。細工師ってのは儲かると思われがちだが何いってんだ、おれは貧乏じゃねえか。

 飾りものはアギエルじゃ売れない。東西民にとっちゃ高級品だし、南北民はおれらの作ったものなんか買うわけはないんだ。

 だからこの石細工は好きなように掘っているだけで、おまんまにありつけているのはそれ以外の時間すべてを使って建築用の石材を加工しているおかげだった。

 石だって昔は高級品だったんだと、おれのじっさまがよく言ってた。今じゃ栄転技術とやらのおかげで鶏の卵やら豚の骨から石を作れるようになった。すごいんだろうけど、どういうことだ?

 まあいいや。おれは毎日石を掘るだけだった。それ以外のことはほとんど次の日には覚えていないんだから、石しか掘ってこなかったのとおんなじなんだ。

 だから同じ階の金持ちだけじゃなく貧しい連中までもがなんたらの勇兵だの大型ダダの討伐だのに色めきだったって、おれは店からでなかった。

 今日が終われば明日が来る。

 それがおれの哲学なんだからな。

 だけどこのあと起こったことを考えると、この日は違ったみたいだ。おれにとって特別な日。いや特別な日々になったことは確かだった。

 つまりだ、さっきの続きから話していくと、どうやら今回のダダの襲撃については「人類の勝利」らしかった。

 アギエルの連中は普段苦々しく生きている代わりに、こういったイベントが大好きで、滅多なことがあっても開けない暖炉に隠した酒なんかを景気よく開封して、軒先で知らない人間におごったりする。つまりお祭り騒ぎなわけだ。


「よお!お前も一杯やれよ、ダン」


 向かいのパン屋のおやじだ。


「……」

「けっ。相変わらず愛想のないこって」


 何度も繰り返すようだけど、おれはそんな気分にはならない。みんなも知っているだろうけど酒ってのはたちの悪い高利貸しで、飲んでるときはいいけれど、次の日には楽しい時間の記憶はほとんど無くなることと引き換えに人生一番の最悪な日を更新してくれる。

 「勝利」「女」「祭り」「休日」「肉の配給」、これらも酒の仲間で殆どの場合連れ立ってやってくる。

 どれもおれの嫌いなものだってのは言わずもがなだ。

 だが、他人がそれらに浮足立つのは別に構わない。外で子供がはしゃいでいても、隣の夫婦が喧嘩していても、軍のパレードの日だって、変わらず石を掘ってやるさ。

だけど、だけどだ。逆にこの日は、しーんとなったんだ。

 あるときまではうるさかった。悲鳴のような歓声が、歓声のような悲鳴になった。 光。爆音。

 今からさかのぼって考えるとそんな順番だった気がする。


 最初の爆音は今までに聞いたことない轟音で、塔が崩れるんじゃねえかってレベルだった。


 おれは斧を持った木こりの偶像を掘るのに忙しかった。


 光はまるで昼間のようにフロアを照らした。


 偶像の背中を仕上げ。


 人々の歓声はやまなかった。


 一息ついて水を呑む。


 ざわざわと群衆が移動し始めた。


 最後に全体にやすりをかけて光沢をだした。


 明らかな悲鳴。遠くのざわめき、怒号、叫び声。


 ついに完成した。ほれぼれと指でなぞる。


 そして静寂。








 物音一つしない。自分の息をする音が聞こえることに気づいたときに、やっと何かがおかしいと思い至った。

 おれは木こりの偶像を慎重に机に置き、入り口の仕切り布をくぐり外に出た。

 はじめに目についたのは石像だ。人の形をした石像。

 おれが掘っていた木こりの偶像に比べるとなんとも味気のない無機質ではあるが、1つ特徴的な部分があった。

 耳から花が生えている。

 石像は1つではなかった。

 窓に向かうに連れ、段々と数が増える。

 意味がわかりたくない。

 自分の息が荒くなってきたのがわかる。

 先程まであれ程の人間が騒いでいたのにこの静寂。代わりに花の生えた石像。

 皆石像になったのだ。

 なぜ?

 おれはどうすればいいのかわからなかった。



  ■■■■■  ■■■■■



-----15分前 第38機械室-----


「なんてことを! ハイエンタールには大勢の人間が住んでいるのだぞ!」

ドクタービンセントが激昂する。

「人間! 人間なら何をしてもよいのか。住むことが罪になることもある」

カラミティ教授は飄々とした態度だ。

「塔が、塔が崩れる……」


 ハイエンタールは7000階の辺りをポッキリとおられて上層部がガラガラと崩れ落ちていた。


「はー壮観壮観」

「貴様!!」


 ビンセントがカラミティ教授の胸元に掴みかかる。


「もう全部遅いんだよ。これでハイエンタールの人間は思い知ったろう。特に上層の連中はもういなくなった」

「ああ、終わりだ。人類は争いあって死ぬことになる!」

「そして星が再誕する。私は生き残る気はあるけどね」

「貴様のうのうと……!! ……何だ? この音は」

「ドクター何だ? それは、あなたの耳から……」


 ビンセントの耳から植物の芽のようなものが生えてきていた。


「何だこの音は……!! 外だ! 外から聞こええるう」

「あれよ!! 見て!!」


 ジャムが窓の外を指差した。

 ハイトは外を見た。

 鐘。巨大な鐘。

 落下しながら大きく揺れ、その音色を響かせている。

 ハイエンタールの上層にあったのだろうか。金に輝く古い鐘。


「母さん! 今のは……」


 メルムを見てハイトは言葉を失った。


「ハイト、、どこにいるの? 急に暗アクうう」


 メルムの目から芽が生えている。


「ハイト! どこ? こわいよおおおお」


 ジャムの目からも!!


「何だこれは、なにも、なにも見えない、なにも聞こえない!こんなあこんあはずじゃあああ」


 カラミティ教授の目と耳からも植物がにょきにょき生えている。


「なにが! なにが起きているんだ!!!」

ハイトは叫んだ。そして気づく。

「なんで僕は無事だ……?」

「母さん! ジャム! ビンセントさん!!!」


 皆に生えてきた植物は驚異的なスピードで成長し、ビンセントに至っては花をさかしていた。

 そして、ビンセントは動かなくなった。石像のようになり、苦悶の表情のまま固まった。


「母さん! 嫌だ!!!」


 メルムも固まった。


「ジャム!!!」


 ジャムは答えない。


「父さん! 父さんは!?」


 ハイトは外を確認する。先程の鐘はもう下に落ちていった。父の機体を探す。


「ない、なんで……どこに……」

「くっそーーーーー!!!!!」


 ハイトはHD-a2で塔外に飛び出した。


「あの鐘、あの鐘のせいなんだ!!」


 ブースター全開で急降下する。帰り道のことなど考えていない。

 父と雪を見た階層を更に下る。

 ハイトは紫海を初めて見た。こんなに、広い世界。

 鐘が見えた! 沈んでいない? なんでだ。

 近づくとウネウネとした触手が鐘を支えているのが見えた。あれで浮かんでいるのか?

 ハイトは近づきながらも観察した。触手はダダのようだ。島のように編み込んで鐘を浮かばせている。

 まるで鐘を守るための防衛装置のようだ。


「あっあれは!!」


 ユギィの機体ティラノが紫海に浮かんでいた。


「きっと、生きているさ! 父さんなら!!!」


 ティラノに横付けして、コクピットを覗き込む。

 そこには石化した父の姿があった。


「くそっくそっくそっ」


 ハイトは涙を流して怒った。怒りはどこに向かえばいい。こんな理不尽があってたまるか。

 ハイトは父親の石像を副操縦席に移して、自分が操縦席に座った。ティラノはまだ動くはずだ。


「くっそーーーーー!!!!! ぶっ壊してやるよ!!!」


 ハイトはティラノを発進させた。鐘に一直線に近づく。

 触手がこちらに反応した。やはり鐘を守っているのだ。

 残り少ない副砲を打ち尽くして対応する。触手の何本かは機体をかすめたが、捕まるようなことはなくティラノはすり抜ける。

 ハイトは鐘に到達した。機体を周りを触手が取り囲む。

 触手が機体を握りつぶそうとしているなかで、ハイトは圧縮バーナーの引き金を引いた。



  ■■■■■  ■■■■■



 なんだ? なにが起こった?

 さっきまでおれは石像になった人々を見て途方に暮れていたはずだが、いつの間にか自分の家に戻っていたみたいだ。

 手に持っているのは造りかけの木こりの偶像だった。

 これ、完成させなかったっけか?夢だったのか?

 外では勇兵さんとやらの活躍を祝ってお祭り騒ぎだ。

 まったく飽きもせずによくやる。


「よお! お前も一杯やれよ、ダン」


 向かいのパン屋のオヤジがおれの仕事場を覗き込んできた。


「しつこいな、何回来るんだよ。いらねえ」

「あ? 一回誘っただけじゃねえか。人の親切を邪険に扱いやがって」

「あれ? さっきも来ただろ?」

「来てねえよバカ。お前、もしかしてもう飲んでたのか?じ ゃあやらねえよ」


 オヤジは帰っていった。

 さっきも見た光景のように思ったが、あれは夢か?

 ダンは手元の木こりの偶像に目をやる。まだ彫りかけで、これから背中を仕上げる必要がある。

 これ、完成させたよな。やっぱり。

 それとも親父の言う通り、おれがおかしいのかな。昨日も例のアレを飲んでるし。

 爆音。

 そうだ、この爆音のあとに何か起こるような気がするんだ。

 次は光が指すはずだ。

 ダンは家を飛び出した。人々が一斉に窓の方へ向かい出した。


「おい! 待て! 危ないぞ!!」


 ん? なにが危ないんだっけ?

 ダンは人混みに流されていっしょに大窓の方へ進んでいく。

「おい! 待てってば」

 窓が見える所まで来てしまった。まずい。なにがまずい?

 鐘だ。金色の鐘。不思議な模様が表面に描かれている。

 塔の上から降ってきたのは鐘? 目? 光り輝くなかからこちらをみられているような……

 光が放たれた。



「なんだ? あれは!」

帽子を被った紳士が叫んだ。

「なんだ? あれは!」

子供を抱いた母親が叫んだ。

「なんだ? あれは!」

悪ガキの大将が叫んだ。

「なんだ? あれは!」

おとなしそうな工場勤務者が叫んだ。

「なんだ? あれは!」

年端も行かない幼女が叫んだ。

「なんだ? あれは!」

パン屋のオヤジが叫んだ。

 みーんな石になっちまった。

 なんでだ?

 試しに彼らから生えてきた花をちぎってみようとするが、これも石になってしまっている。

 どうすればいいのかわからなかった。



 あれ?

 気がつくと手には木こりの偶像。


「よお! お前も一杯やれよ、ダン」


 パン屋のオヤジだ。生きている。


「おい、あんたさっき石になってたよな?」

「なに言ってやがる。石ばっか触ってるから頭おかしくなっちまったのか?」


 なにがなんだか。オヤジが去ったあと、棚の裏に隠してある例のアレに手を出す。

 これでもやんないとやってらんねーな。もっとも、これのせいで幻覚を見ているのかもしれねーが。

 例のアレ、とはアギエルの裏で流通している錠剤だ。ある狂った研究者が星の雨を元に作ったらしい。

 原料はどうでもいい。これを呑むと頭がスッキリして、創作意欲が湧いてくる。

 ダンは食事などには金をかけない代わりに、法外な値段を要求されるこの錠剤を定期的に手に入れていた。

 特にこれは最近手に入れた一品物。いや、本来は売り物にならないほど毒性が強いジャンク品なのだが、ダンは廃棄場から拝借することに成功していた。数は少ないが、こういうときこそ必要なんだ。

 一粒飲み込む。

 よし、これでいいんだ。

 爆音。

 光。

 石像。

 おれは気にせずに木こりの偶像を完成させた。



「よお! お前も一杯やれよ、ダン」

「くそがっ!!!!!」


 木こりの偶像は造りかけの状態に戻っていた。


「おい人が親切に……」

「オヤジ!! ここを動くんじゃねえぞ!! 絶対にだ!」


 ダンは家を飛び出した。

 あとに残されたオヤジは酒を一口飲んで呟く。


「おいおい、あいつとうとう薬でおかしくなったのか?」



 ダンは窓際に走る。

 爆音


「おいっみんなあれをみるんじゃねえ!!!」


 群衆はおれの声なんか気にもとめずに一目散に窓を目指す。


「おい聞いてんのか!!」


 食料供給者らしいつなぎをきた一人の男の胸ぐらを掴んで止める。


「なにすんだ。おーい! 塔管理を呼べ! 酔っ払いだ!!」


 光。

 男の目から芽が生えだした。


「させてたまるか!!」


 ダンは芽を掴んでむしり取ろうとした。しかし、この植物はしっかりと根づいていて取れそうもない。無理に引っ張ると男の目ごと抜けてしまいそうだ。

 植物はダンが掴んでいる間にも成長し、花を咲かせた。


「誰か生き残りはいねえのか」


 ダンはパン屋のオヤジを見に家に戻った。

 オヤジは律儀におれの家に残っていたようだが、石になっていた。



 どうやら時間が巻き戻ることに気づいたのはおれ1人。石にならないのもおれひとり。

 金持ちは死んだ。

 金持ちじゃないやつも死んだ。

 あれを見たら死ぬ。

 目や耳から死ぬ。

 脳を狂わせる。

 そしてどうやら時間が巻き戻るのは毎回同じタイミングというわけでもなかった。

 特に一定の法則はなさそうに感じる。

 一番長く巻き戻らなかったときは街中を探したが、やはり他に生きている人間は見つからなかった。

 そして、何度も巻き戻るうちに状況はわかってきた。

 どうやらリリーの砲台でハイエンタールの塔を吹き飛ばしたらしい。

 そりゃ結構なことだが、どうやらそれしか原因はなさそうに思える。

 あの金ピカの鐘が鍵と見たね。おれは。

 あれがハイエンタールから落ちてくるのがいけねえ。そうに違いねえ。

 しょうがない、次に巻き戻ったらリリーを目指すことにするか。

 なんせ時間が巻き戻るせいでいつまで経ってもあの木こりの偶像が完成しない。

 それにパン屋のオヤジが毎回うるせえ。

 だからおれが止めてやるよ。

 ダンはそう決心して、リリーに行く計画を練りながら次の巻き戻りを待った。



「よお! お前も一杯やれよ、ダン」

「ああ、いただくよ」

「ん? おお……そうか、ほれ」


 オヤジは意外そうな顔をしたが酒は分けてくれた。


「あんがとよ。そんじゃ」


 ダンは家を出た。短いループだとすると時間はそんなにない。

 リリーに行くには戦闘機しかない。そうダンは結論づけた。

 連絡通路はまず使えないだろう。この緊急事態に連絡通路の列車が動いているとは思えない。

 ここは比較的下層だから、近くの階層に駐屯兵のフロアがあるはずだ。そこを目指さなきゃ。

 ダンは脈柱のエレベーターについた。塔管理者が暇そうに立っている。

 さて、どうしたもんか。

 周りをよく見てみると。エレベーターにたどり着くためには金網を1つ超えればいいだけだった。

 10mくらいか?よーしやってやるか。ダンはこの異常事態の中で気持ちが大きくなっていた。


「おい! そこの男!! 止まれ!!」

 やばい! 気づかれた。金網の上に登ったところで塔管理者が声を上げた。

「動くな!」

 あー慣れないことするからだよ、おれ。

「ああ、すんません。ちょっとこの中に落とし物を……」

 そういって片手を話したときにバランスを崩した。

「あっ」


 気づいたときには金網から落ちていた。

 地面に頭を強く打つ。



「よお! お前も一杯やれよ、ダン」

「死んだ。おれ」

「あー?? 何いってんだ。生きてるよ」

「いや、死んだんだよ、おれ。間抜けな死に方で」

「頭でも打ったのか? 間抜けなのはあたってるな」

「そう、頭を打って」


 死んだけど。ループした。

 もしかしたら……

 試すのには勇気が必要だった。本当に死んじまったら……。

 だけど、例の錠剤を飲んだらそんなことどうでもよくなった。

 エレベーターの塔管理者に近づき。


「おい、近づくな。それ以上近づくと発砲する」


ダンは歩みを止めなかった。


「おい、止まれ!! 本当に射つぞ」


 ダンはあぶら汗をかいて手を震わせながらも近づいた。


「くそっしかたない。おれは止めたからな。悪く思うなよ」


 塔管理者が発砲した。



「よお! お前も一杯やれよ、ダン」


 ダンはオヤジの酒瓶をひったくって一気に飲み干した。

 大きく息をつく。全身に一気に汗が吹き出した。

 死ぬ瞬間は、めちゃくちゃ痛え。死ぬんじゃないかってくらい。

 だけど、おれは死なないみたいだ。おれが死んでも巻き戻る。

 死なないなら、何でもやり放題だ。今ここでオヤジをぶん殴ったって死ぬか一定の基準でまた巻き戻る。

 でも、ダンは今度は背筋が寒くなった。

 死んでも終わらねえなら、ずーっとこの繰り返しか?

 なにをやったってなかったことになっちまう。いつまでたっても木こりの偶像は完成しないし、オヤジは酒を勧めることをやめない。明日が絶対にやってこない。

 ダンは恐怖で座り込んでしまった。


「大丈夫か? ダン。お前、根詰めすぎたんじゃねえか?」


 オヤジが心配してくれる。

 ダンは歯がガタガタ震えて喋れなかった。

 解決しなきゃなんねえ。なにかを。なにが原因でこうなったのか知らないが。

 おれが何か見えないルールに引っかかっちまったらしい。

 どうしておれだけこうなるのかわからねえが、貧乏くじじゃねえか。

 よりによって、明日が来さえすりゃあいいっておれが、こんな目に合うなんてよ。

 ダンはこの狂った状況に置かれたことを冷静に考えられるようになるまで、しばらく何周かの巻戻りが必要だった。

 だけどとうとうまた動き出すことにした。なにもしていないことのほうがよっぽど地獄だと気がついたのだ。



「よお! お前も一杯やれよ、ダン」


 やっぱり戦闘機だな。

 塔管理者をねじ伏せてエレベーターの鍵を奪う。

 ここまでできるようになるまで、何度も銃弾を受け、骨をねじ切るような痛みを嫌というほど味わった。

 確か、一番近い駐屯兵フロアは404かな?

 違った。やり直し。


 繰り返すうちにエレベーターの塔管理者を倒すのには慣れてきたけど、駐屯兵フロアにたどり着いてからが大変だった。

 なんせ向こうは軍人だ。対人用に特化していないとはいえ基礎のスペックが違う。

 駐屯兵とは戦わずに戦闘機にたどり着くルートを見つけるためにダンは何回死んだのか覚えていない。

 そして、初めて乗る戦闘機をまともに発進させることができるようになるまでに更に巻き戻しを繰り返したのは言うまでもない。


「やっとだ。やっと見えてきたぞ」


 戦闘機を発進させ、駐屯兵を振り切ってリリーを目指す。


「これでやっと、原因がわかるかも……」


 ここまでやって何もかも骨折り損に終わる可能性があることについては、頭の中から消せるようになっていた。今やダンの生きがいはリリーを目指すことになっていたのだ。



「よお! お前も一杯やれよ、ダン」

「なんでだよ!!! 間に合わなかった!!!」


 リリーの塔壁が見えてきた辺りでリリーからまばゆい砲撃が放たれたのは見えた。

 ダンは落ちてきたハイエンタールの残骸にあたって死んだ。

 ハイエンタールに砲撃される前にリリーに着くにはもっと速く動かなきゃならない。だが、ダンの動きはすでに相当の効率化をしていた。

 エレベーターの塔管理者を倒すのも、駐屯兵フロアでの動きも限界に近い速さでやっている。


「嘘だろ……ここまで来て間に合わないなんて」


 リリーまでの飛行時間がどうしてもかかる。その間にハイエンタールが壊されちまう。無理だ。間に合うわけがなかった。

 ハイエンタールが壊されてからリリーに行ってみるしかない。とにかくまずは情報だ。

 ダンはオヤジの酒瓶をひったくって飲み干した。



  ■■■■■  ■■■■■


「閃きは火花だ! 技術は爆発だ! 自由な羽ばたくべきものを薄汚い形に閉じ込めるものではない!!」


 カラミティ教授が引き金を引く。


「駄目だ。何回やったって」


 ハイトは回り続けるこの日に心を削り取られてしまった。

 最初のだって本当に色々あった日だった。

 僕の機体を父さんに買ってもらって、機会展でジャムに会って、ダダが襲来してきて……

 それだけでも特別な日だったというのに、神様は僕をこの日に縛りつけてこの日を忘れることを許さないようだ。

 何度も繰り返されるのは、カラミティ教授がハイエンタールにイガローの砲弾を打ち込んだ瞬間から始まる時間の輪だ。

 わかったことは、やはりあの鐘が原因らしいということ。

 最初のループでそうしたように、何度もハイトは鐘を壊そうと挑み続けたが、圧縮バーナーの引き金を引くと時間が巻き戻ってしまうのだ。

 母さんたちも何度も助けようとしたけれど、無理だった。目を塞ごうと耳を塞ごうと、なぜかあの鐘からは逃げられないのだ。必ず体から植物が生えてきてしまう。

 ハイトは様々な方法で鐘を壊そうと試みたが、どうやっても壊そうとする瞬間に時間が巻き戻ってしまう。

 そしてとうとうこんな言葉が出たのだ。


「駄目だ。何回やったって」


 ハイトはなにもせずにぼーっとループを眺めていた。

 みんな同じ動きをしている。

 そういえばハイトがなにもしなくても時間が巻き戻るときもあった。鐘を壊そうとしていないのに巻き戻るのだ。

なんでだ?

 ハイトは諦めた言葉を口にしたものの頭は動いていた。

 もしかして、僕以外にも繰り返している人間がいる?

 ハイトはHD-a2のセンサーと第38機械室のモニターを広域設定にして、ループごとに違いがないか観察することにした。

 するとあることに気がつく。


「この戦闘機……さっきのループにはなかったぞ」

 アギエルからリリーを目指す戦闘機がある。

「これだ、アギエルにも僕と同じ繰り返されている人間がいた……!」



 その時だった。第38機械室の割れた窓から、こちらを見る生物がいた。

 なぜ生物だとわかったのか、わからない。目も、口も、鼻も、手も脚もない。ただのグニャグニャとした物体だ。

 だけどハイトはこれが生物だと思った。そしてこちらを見ているとも思った。


「君は……何?」


 グニャグニャは形を変えた。

 頭?目?口?鼻?手?脚?

 人らしい形が次々と造られていく。やがてグニャグニャは光るような人の姿になった。

 これは神様? それとも


「話せる?」


 ハイトは続けて聞いてみる。

 グニャグニャだった光る人は口をパクパクと動かした。

 声は出ていない。

 光る人は再度口をもごもごさせた。


「話せる?」


 光る人は喋った。いや、喋れるようになったのだ。ハイトを見て真似たのだ。


「あなたは、何」


 人でも、ダダでもないのは確かだ。


「おい、何だそいつ」


 いつのまにか誰かが後ろに立っていた。光る人を指差している。


「えっ誰?」

「おい、まて、まずこっちの質問に答えてくれ。こちとらここに来るまでに何回死んだんだかわかんないくらい死んでいるんだからなあ」


 男はハイトに詰め寄る。

 ハイトはピンときた。


「もしかして、アギエルから戦闘機で来た人?」

「あー?? なんで知ってんだ? いや、それはいい、とにかくな、お前は……」


 男は途中まで言いかけて、何かがおかしいと気づいたのか


「なんで、お前石になってねえんだ?」

「あの、僕も繰り返しているんだ。たぶんあなたもでしょう?」


 ハイトが男に説明をしようとしたとき、突然光る人が閃光を放った。

 ハイトとダンはその光にかき消された。



「よお! お前も一杯やれよ、ダン」

「閃きは火花だ! 技術は爆発だ! 自由な羽ばたくべきものを薄汚い形に閉じ込めるものではない!!」

『ああ、もううんざりだ!!』


 ハイトとダンは叫んだ。



続く

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