第12話 宵の明星が軌道上を回る

 ユギィの整備はハイトより更に速かった。

 ユギィは手を動かしながらも考えた。

ダダだと?しかもこんな高層階に突然現れるなんて、ありえない。

 ハイエンタールにも駐屯兵はいる。下層階から上がってくるダダは彼らが処理しているはずだ。その網をくぐり抜けるほど多数のダダが来たとしても、ここより下層で気づくはず。だが先程の警報によると4000階北東に多数だと……飛行型がそんな徒党を組んでいたことは今までにはなかった。他に情報はないのか?

 出撃の準備は整った。あとは自分の目で見て判断するしかないようだ。


 東壁格納庫より発進。時刻は1632。無線チャネルは511に合わせた。アギエルの遠征兵の共通チャネルが変わっていなければ情報を拾えるかもしれない。

 しかし、それはすぐに目に飛び込んできた。


「何だあれは……こんなの、見たことがない」


 渡り鳥の群れ、であればよかったのだがすべてダダのようだ。数は100に近い。まだ距離は遠いもののこの数を漏れなく狩るには一個師団でも足りないぞ。オモト一人を狩るときにどれだけの兵力がかかったか。

 そして、奥に一際大きく見えるダダがいる。この距離でこの大きさなら、フロアの半分近い直径があることになる。

 ユギィはすぐに無線を全チャネル向けに切り替えてこのことを伝える。


「こちら元A88部隊 TR-2000 ユギィ 座標H-220 高度F4037。斥候中に多数のダダを目視にて確認。北東方向、数100弱。うち一体はフロアの半分ほどの大型だ。なお、以降の通信はチャネル511にて行う。繰り返す……」


 まずは数を減らす。大型は最後尾のようだから、前方の小型から狩っておくことにしよう。

 あまり塔から離れすぎると不利だ。ユギィは一人だし囲まれては一環の終わりだ。

昔と同じ、遊撃に徹して援護を待つ。よし、それだ。しかし、大型はどうする。


「ユギィくん。こちら、リリー第38機械室室長 ビンセントだ。聞こえるかね。応答せよ」

「ビンセントさん!!」

「んん? すまないが会ったことあるかな? いや、今はそんなときではないから要点だけ伝えよう。リリー壁上に設置してある迎撃砲イガローの稼働調整が済んだ。射程内に入れるためダダの大群をH120以北もしくはH400以南に誘導できないだろうか? おそらく南のほうが近いだろうが、現場の判断に任せる。以上だ。聞こえたかね」

「こちらユギィ 了解。小型のダダを狩りながら大型ダダのH400以南への誘導を試みます。オーバー」

「リリーから透視遠望鏡で対象を観察中だ。詳細情報をまた改めてチャネル511に流す。聞いてくれ。オーバー」

「こちらユギィ 了解。チャネル511に切り替えます。オーバー」


 ユギィは無線をチャネル511に切り替える。


「敵情報の共有。大型ダダを以降区別のためダダ-バンザイアと呼称する。バンザイアは動きは緩慢なものの何かの予備動作のような力を貯めている段階にあると推測される。その他ダダの数77。内、人型が5体。人型は通常のダダより強力な例がある。続いて現在展開中の兵力の共有。人型を排除経験のあるユギィ氏が最前線にて斥候中。H400以南への誘導を試みる。リリー塔壁にはイガローが稼働中。アギエル及びハイエンタールの遠征兵は出撃準備中。繰り返す……」


 よし、ビンセントさんのおかげで状況は整理できた。ユギィはまもなく接敵する。

 鳥型、小さい。

 バーナーを使うまでもなく副砲で処理できる。ユギィはトリガーを引いた。

 鳥型は日に包まれて墜落する。


「こちらユギィ 交戦開始」


 2、3、4、5……次々とダダを落としていく。


「勘を取り戻して来たな。これなら、行ける」


 次はイノシシのような牙を持つ中型だ。ユギィの機体めがけた空中の突進をひらりと交わし、圧縮バーナーの出番がやってきた。

 中型の頭を焼却する。

 キィィィィィィィィ

 懐かしい冷却音を聞きながら、次だ。

 そろそろ敵の数が多い、囲まれないよう距離を取る。小型が5〜6匹追ってくる。まわりを飛ばれると視界が狭まり危険だ。

 ビンセントさんの言っていた南への誘導を開始するか。


「ザザ……こちらリリー第38機械室」


「母さん!」

「ハイト!! 戻っていたのね、父さんは!?」


 ハイトは家にたどり着き。メルムは待っていた。


「父さんは出撃したよ。大丈夫。勝つよ。早くここから逃げよう」


 メルムはこのようなときに不安で泣き崩れるようなヒトではない。

 かつてユギィを叱咤したときのまま、芯のあるヒトだ。


「わかったわ、ハイト。行くわよ」

「待って!無線を聞こう。チャネルは511に合わせてある……」

「ザザ……こちらリリー第38機械室。悪い知らせだ。バンザイアは新たなダダを生み出している。やつを倒さないとジリ貧だ。囚われの勇兵よ、一人で向かうな。援護を待て。最優先で南への誘導を開始してくれ」

「なんだって!?」

「ハイト、状況を教えて」

「父さんは、他の遠征兵の到着を待たずに一人で狩っているんだ。でも新種の大型ダダは新たなダダを生み出している」

「父さんに連絡できないの?」

「父さんもこのチャネルを聞いているはずだよ、でも、一人であの大型をやることはできないよ! ただでさえ小型の数が多いのに」

「ハイト、でも、私達にできることはないわ。お父さんが安心して戦えるように避難するのよ」


 ハイトの心臓がドクンと鳴った。できることは、あるんだ。


「母さん、大事な話があるんだ」

「今、話すことなのね。言ってごらん」


 メルムはしゃがんでハイトに目線を合わせる。


「僕は戦闘機を操縦できる。ダダも倒したことがある。父さんを助けたい」

メルムは驚きながらも顔には出さない。まだハイトの続く言葉を待つ。

「ここで父さんを助けに行かなかったら、後悔すると思うんだ。父さんには、母さんを任せると言われた。だから……でも……」

「ハイト、あなたは父さんも母さんも守りたいのね。自分の力で」

「うん。でも……」

「でもじゃない。母さんにちゃんと教えて。あなたに父さんと母さんを守る力があるのね?」

「うん」

「簡単に考えてはだめよ。ゲームとは違う。失敗したら全部台無しなのよ」

「うん」

「死んじゃだめ。それと、帰ってきたらお父さんといっしょにお説教よ。」

「わかった。でも父さんとの約束はどうしよう」

「母さんも一緒に行くわ。それでいいでしょう。二人で父さんを助けに行くの」


 ハイトは驚いた。母がこんなに強い女性だったなんて。

 今、ユギィは化け物と戦い、守るべきハイトが目の前にいる。

 このときのメルムの行動から見ても、やはり彼女はユギィが惚れた芯のある女だった。


「わかった。母さん」


 ハイトはこのとき、責任という抽象的な概念を少し理解できた。

 わがままを通すには、力が必要だ。そして力を使うときは責任が3歩後ろをついてくる。

 母さんはそれを教えてくれた。


「格納庫に行くわよ。番号は知ってる。まったく、あの人はいつまでたっても悪ガキのままね」


 メルムはもう覚悟を決め終わって、戦いのあとのお説教のことを考えているようだ。

 急いで東壁へ走る。まだダダは襲来していないし、このフロアの人達も避難を始めたものは少なくのんきなものだった。

 それもそうだろう、自分が生きている間にこのような事態は起こったことがない。想像力も、行動も追いつかず、予定調和に総投票しているのだ。


「この人達もついでに守ってあげましょう」

「うん」


 格納庫についた。メルムが扉を開ける。


「緊急時よ。適当にお借りしなさい」


 本当は、ハイトのためにカスタマイズされた今日卸したての機体だってことは、まだないしょだ。もうお説教のネタは十分上がっているのだから。


「うん。じゃあ、これに……」


 こんなときだからこそ、点検は入念に。母には無線を聞いていてもらった。

 HD-a2、この機体を使いこなす。初めて乗る機体だけど、僕にはできる。

 ハイトも自覚しつつあるこの才能をユギィは見抜き、いつか自分を追い抜かれることを確信していたが。

 今日がその日だった。


「母さん、行くよ」

「ええ、母さんは大丈夫。父さんに何度も乗せてもらったんだから」

「発進!!」


 機体は勢いよく飛び出した。速い、ティラノとは段違いに。初速は控えめにしたのにもうこの速度だ。


「ハイト!!慌てちゃだめよ。これ、運転したことないんでしょ!?」

「大丈夫!!もうわかってきた」


 嘘じゃなかった。機体はもう安定して、コクピットの揺れは収まった。


「どんだけ父さんに教え込まれたのかしら……すごいわね」

「あのさ、僕が機体を動かしているんじゃないんだ。機体が僕を動かしているんだよ。

機械の神経が指から入ってきて、寄生虫みたいに僕を動かすんだよ」

「神経? 寄生虫?」

「あー父さんも同じ反応だった。大丈夫。任せて」


 ハイトはにやっと笑う。こんな表情は子供のままなのに、すごく頼もしく見えるのは私の見間違いじゃないはずだ。


「わかったわ」


 ユギィに似ている。自分の好きなことばっかを考えているかと思ったら、人のために動くところ。でも、私にも似ている。普段は心配性なのにいざとなれば自分にとって最適な決断ができるところ。

 メルムはユギィとの結婚を決めた時をふと思い出して、微笑んだ。


ユギィは南へ向かっていた。機体の50メートル後方には20体に近い小型のダダを引き連れていた。

できる限り多く引き付けたが、もう限界だ。イガローの射程に向かうしかない。


「こちらユギィ イガローの自動射撃はもう有効ですか? オーバー」

「こちらビンセント ああ、射程内に入った途端撃ち落とす。オーバー」

「こちらユギィ 当機には反応しないでしょうね、博士。オーバー」

「こちらビンセント 心配するな。そこは最も慎重に設計し、万全に検証を行った。オーバー」


 あとはビンセントさんの発明を信じるしかない。イガローの射程に入る。

 リリーの塔壁から光が放たれた。電磁砲はユギィの後ろの敵を一掃した。


「こちらユギィ 博士、すごいですね。後方の敵は消滅しました。オーバー」

「こちらビンセント 当たり前だろう。そのための兵器だ。引き続き頼む。オーバー」


 これなら、他の兵士でも比較的安全に敵の数を減らせる。

 だが、先程ビンセントさんから連絡があったとおり、バンザイアを倒さない限り、ジリ貧だ。数が減り次第、やつらの群れの奥に入り込まなければならない。しかし、せめてあと一人くらいは手練がいないと、いくらユギィといえどもあの大型を倒せる自信はなかった。

 レーダーに機体を捉えた。ハイエンタールからこちらに1機向かってくるようだ。


「こちらユギィ 座標H219の機体、増援か? 所属と名前を教えてくれ。オーバー」

「なに?ここに喋ればいいの? もしもし? あなた?」

「なっ……」


ユギィは言葉を失った。


「メルム!? 何しているんだ!!!」

「父さん、僕だよ。ハイトだ。父さん、ごめん。でも、僕にもできるんだ。信じて!! オーバー」

「ハイト!! お前が操縦してるってのか。メルム、何やってるんだ。すぐにふたりとも引き返すんだ!!!」

「あなた、その議論はもう済んだのよ。ハイトが私とあなたを守ってくれるのよ。あなたは私とハイトを守りなさい」

「な、何言ってるんだ、わからないよ!」

「あの大型を倒さないと駄目なんでしょう?自分の目で見るとほんと、大きいわね……。あっちなみに私は帰ってからあなたたちを叱る役目がありますから」

「なっメルム!!落ち着け!!いいか、簡単に考えちゃいけない。これは」

「あなたこそ、自分の命を簡単に考えちゃいけないわ。あれを倒すのも、塔の人に被害が出ないようにするのも、私とハイトを守るのも、一気に全部できるとは思えないわ。ハイトは、父さんと二人ならできるって言ってる。ちゃんとハイトの話を聞いたんですか?」

「それは……確かにもう一人くらいは必要だとは思っていたけど、ハイトとメルムだけはこんな危険なところに来てほしくないんだ」

「ユギィ、独りよがりになっちゃ良くないわ。私達がやる価値はある。そう思うの」


 メルム、君はなんて人だ。こうなったら僕が折れる、いつものことだが、話の規模が違うじゃないか。でも、メルムはそういう人なんだ。一本自分の芯が背骨に沿って シャンと伸びていて、それが曲がりそうになるとすぐに気づくんだ。

「わかったよ。メルム。僕が君とハイトを守る。ハイト、父さんと母さんを守ってくれ。メルム、君が僕とハイトを動かした」


だから、


「だから、負けらんないよ」



「目標はバンザイア。先程まで力を貯めていたようだが、子を生み出し始めた。小型のダダだが、もう飛行能力はあるらしい」


「イガローでは倒せたんだよね?」

「ああ、だが射程内までおびき寄せるのに時間がかかる。その間にまた新たな子を生み出されそうだ」

「父さん、僕が周りのダダを減らすよ。それなら危険性は少ないでしょ。それに、あの大型は父さんの圧縮バーナーを使ってみないと」

「ハイト、油断するなよ。小型といえどまとわりつかれると視界が悪くなり、その間に中型に迫られるぞ」

「わかった」

「ハイト、バンカーは使ってみたのか。群れに近づいてからじゃ……なんだ!?」

ダダの群れが一斉にこちらに向かってくる。

「おかしいぞ。ダダがこんな統率の取れた動きをするなんて」

「父さん! ドクタービンセントの話だと確か、人型が紛れてるって。そいつらが操ってるんじゃないかな?」

「人型にそんな能力があるって話も聞いたことがないんだがな。ともかく!ハイト、いきなりの複数戦だが、レーダーをよく見るんだ。それと、バンカーをうまく使え、それと、ティラノからあまり離れるな、それと、」

「父さん!! 来る! 来る!」


 ハイトがミサイルを射出した。

 ユギィの機体に迫っていたダダの先頭集団を吹き飛ばす。


「あなた!! いいから動いて!! ハイトを見習いなさい!」

「わかったよ! だがハイト! 爆炎で見えなくなるからミサイルは控えめにだ。バンカーを使え。父さんはブレードで行く!」

「ラジャー!」


 ハイトは恐怖よりもワクワクでいっぱいだった。

バンカーとは、鋼鉄ワイヤーにつながったかぎ針を射出する武器だ。ダダに引っ掛けたあとに、高圧電流で対象を焼き切る。ワイヤーを引き寄せることで近接武器の射程に引き込んだり、機体の姿勢制御にも使える。

 まずは小型に使いたいところだ。狙いは難しいが、あの一群を狙えばどれかには当たるだろう。


「おりゃあ!!」


 バンカー射出!ああ、やっぱり100mにしてよかった。刺さった!

 続いて電流トリガーを引く。バンカーが刺さったダダは焼ききれた。


「すっげーーーー!!!」


 でも、もっとうまくできる。バンカーは二個付いてる。それに引き寄せもうまく使えば。

 次だ!

 先程の一群はバンカーを恐れて散り散りになる。が、ハイトの2射目は逃げる一匹を正確に捉えた。

 電流トリガーはまだ引かずに、引き寄せる。

 かぎ針の引っかかったダダが他のダダにぶち当たる。今だ!

 かぎ針の引っかかったダダと接触していた3体が同時に焼ききれた。

 よし、これで小型ならまとめて倒せるぞ。


「やるじゃない! ハイト!」



 ハイトはうまくやっているようだ。どうしても気になってしまう。駄目だ、おれも集中しないと。負けてらんないぞ。

 ユギィはティラノのブレード2丁を取り出した。高温の振動ブレードでダダの肉をスイスイ切れる。

 よし、おれは中型だ。どうやら群れの奥に行けば行くほど大きいダダがいるようだ。小型は先程のイガローの射撃とハイトのおかげでだいぶ減ってきた。バンザイアの生み出した小型はまだ前線までたどり着いていない。今のうちに中型をやるチャンスだ。


「らあっ!!」


 迫ってくるイノシシ牙の中型とクマ爪の中型を十字に切り裂く。次!


「ハイト! 人型にだけ気をつけるんだ。奴らは強く、速い。見つけたら退くこと!」



「ラジャ! 父さん。こちらも中型に向かいます。」


 小型はあらかたやっつけた。

 中型はさっきのようなバンカーの引き寄せはできないけど、代わりにこちらの機体を動かす力にできる。

 ということは、こうだ!

 ハイトは目の前のシカ角の中型にバンカーを両方突き刺した。

 バンカーを引くと同時に推進レバーを傾ける。

 ダダを支点として、ブーンと振り子のように機体が動く。電流トリガーを引く。中型でも2本分なら焼ききれる予想だが、どうだ。

 よし! 焼いた!

 ハイトの機体は振り子の移動エネルギーで次の中型に迫る。あとはこの繰り返しだ!


「ヒャッホーーーーーー!!」

「こら! ハイト! はしゃぎ、すぎ、ない……」



 あんな動きをしたら。メルムが乗り物酔いしてるんじゃないだろうか。

 ハイトはすごい動きだ。中型を次から次へと渡り歩いて、焼き切ると同時にまた次の中型へ。


「なんてやつだ。やっぱり、天才だったな」


 もう親バカじゃ済まなくなってきた。見てるだけじゃなくユギィも無駄のない動きで中型を狩り続けているものの、ハイトのほうが討伐数が多いだろう。

 中型の数もあっという間に減ってきた。メルムの判断は間違っていなかった。二人ならば、これだけできる。

 人型のダダもまだ見つからない。油断はしてはいけないが、今は大型に近づく好機だろう。

 バンザイアはそろそろ次の貯めが終わるだろう。また数を生み出される前に動きたい。


「ハイト! そろそろ大型に向かう。引き続き人型には警戒しつつ、近づくぞ!」


「はい!」


 二機で中型を倒しながらバンザイアに接近する。なんてデカさだ。今の兵装で倒せるだろうか。

 十分近づいた。


「ハイト! 飲み込まれないように気をつけるんだ。背中に乗るぞ!」

「父さん、ティラノの移動速度で上に行けそう? 向こうはでかいから遅く見えるけど実際は結構速いよ」

「何とかついていく!」


 そのとき、ユギィ視界の端に何かがよぎった。

 こいつは、あの雨の日と同じ!!


「ハイト!!」


 ハイトの機体に飛びかかろうとしたダダをブレードで留める。切れない!?


「こいつは、人型だ! ハイト、先に行け!!」

「父さん!?」

「こいつは人型だ!! 父さんがやる!! お前は大型だ。ミサイルは全部使っちまっていい!」

「わかった、でも、こいつ、高度をあげだしたんだ!!」


 どうやら本当らしい。大型が上昇を始めた。まずい。この速さで逃げられたら、ここまで近づけなくなる。


「父さんを踏み台にするんだ! カタパルトで射出する!!」

「ラジャ!!」


 さすが父さん、すごいアイデアだ。

 ハイトは機体の脚をティラノの背中についているカタパルトに引っ掛けた。


「飛べ!! ハイト!!!」


 カタパルトが動作し、ハイトの機体はは勢いよく飛び出した。姿勢制御に全神経を集中させる。

 あともう少し、あと、120、メートル、110メートル、、、届くか!?


「バンカー射出!」


 届いた!!バンザイアの肉にかぎ針が突き刺さった。


「行けぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 バンカーを引き、ハイトの機体はバンザイアにたどり着くことに成功した。


「はあ、はあ、、」


 ぎりぎりだった。けど、たどり着いた。


「ハイト……よく酔わないわね……」


 母さんはグロッキー気味だが無事だ。

 こいつを倒さないと。でも、どうやって??

 バンザイアは高度を上げ続けている。背中までバンカー駆使して登ったはいいものの、HD-a2に搭載しているミサイルの数じゃ絶対に足りないぞ。どうする、どうする、どうしよう。


「ハイト、大丈夫? 何をすればいいのかわからないの?」


 母が心配そうにこちらを覗き込む。

『なんでわからないのよ! あなたの学校じゃ、航空力学も習わないの?』

 思い出す、ジャムの言葉。そうか、航空力学。


「母さん、ありがとう。何とかなりそうだ」

「いえ、どういたしまして」


ハイトは機体をバンザイアの左翼側に近づける。

そして、出力最大のまま片方のバンカーで左翼に機体を固定させた。


「よし、そんでもって、こんどは右側の翼に」


 右翼にもう片方のバンカーを伸ばす、背中が広いからギリギリだけど、届いた。


「ハイト、まさかとは思うけど、このダダを操縦する気じゃないでしょうね」

「さすが母さん、察しが良いね」


ハイトは全ミサイルの標準を左翼の根本に向けた。


「操縦なんていうほどスマートじゃないんだけど。行くよ!」

「ちょ、ちょっと、もうやるの!?」


 ハイトはミサイルのトリガーを引いた。バンザイアに着弾し、やつがうめき声のようなものを上げる。

 全弾を打ち切ったにもかかわらず、左翼付け根の肉を削いだだけだ。やっぱり普通の方法じゃこいつは倒せないんだ。

 バンザイアは左翼を支えることができなくなり、大きく左に傾いた。ハイトが左翼と右翼をバンカーでつないでいるから、連動して右翼が上がる。

 つまり、左旋回する格好だ。


「よしっ狙い通り。このまま南に進めぇい!!」



 ハイトが何かやったようだ。バンザイアの巨体が大きく傾いた。

 そうか、イガローに始末させるつもりだな。

 となれば、こっちをちゃんと片付けないと。

 ユギィはブレードの効かない人型ダダとしのぎを削っていた。

 こいつの硬質化しているのは前腕部のみのようだ。それ以外の部分なら削ぎ落とせる。

 しかし、やはり知能が高く、なかなか隙がない。そのうえ動きが速い。

 ティラノは近接特化型とはいえ、攻めあぐねていた。オモトのときと同じだ。まずは動きを止めないと。

 ユギィは機体のアームを展開した。馬力は低いが数秒動きを止められればいい。

 後ろか! くそ、ちゃんと弱点をわかってやがる。危うく露出した燃料タンクを貫かれるところだったが、すんでのところでブレードで弾き返した。その僅かな衝突の間にユギィの手が目にも止まらぬ速度で動き、連動したティラノのアームが敵を捉えた。


「終わりだ!!」


 ユギィは硬化するダダを圧縮バーナーで焼き払った。

 塵となって消える、ダダ。


「あとは大型だ」

「おいおいおい、待てよ。おれの家族を殺しまくっているそこの人でなし」

上から声がした。バンザイアの影に、隠れていたらしい。人型ダダが4体だと!?

「おい、喋れるのかよ」


 ユギィは機外スピーカーで返事をした。


「喋れんのかって? おれは喋れるぜ、ユギィ。お喋りついでに教えてやるが、今お前が殺したのはおれのガキだ」


 鮮やかな翼で空を飛ぶ姿。ユギィの知らない姿で、ユギィの知っている口調を吐くダダがこっちを見下ろしていた。


「おい、まさか、なんで……お前はおれが、殺したはずだろ」


それに、あれがお前の子供だって!?


「あいにくと、地獄からから這い上がってきたんだ。だが、おかしいな、ここもまだ地獄のうちだったみたいだ。やっぱり、お前らを、この塔を、お掃除しないとおれたちにとっての楽園にはたどり着けないらしい」

「オモト……」


 確かにここは地獄なのかもしれない。じゃなきゃ、殺したはずの親友がこちらを見下していて、憎しみの眼差しで焼き尽くされそうな気持ちになんてなるはずなんてないのだ。


「よくもやってくれたよな? おれたちは踏み出したばかりだったっていうのに」


 オモトはまだこちらに語りかけている。

 ユギィは機外スピーカーを切ってハイトに無線をつないだ。


「ハイト、大型は任せたぞ。おれはこいつらを倒さなきゃなんない」

「父さん! さっきの人型と戦っているの? 数が増えたの? 大丈夫!?」


息子に心配されるとはな。


「大丈夫だ。さっきの人型はやったんだが、次が出てきた。だが、やれる。強がりじゃない。イガローへの誘導をおれもやってみる。こいつはおれに因縁がある相手なんだ。きっとおれを追ってくる」

「大型が終わったらそっちへ向かうよ!」

「いや、ハイト、ここは任せて離れてくれ。お前が来たら、奴らは分散しちまう。奴らバンザイアの影に潜んでいたから、イガローのことはおそらく見えていない。おれが誘導して一気に叩きたいんだ」

「……了解」


 ハイトはただの駄々っ子じゃない。論理的に説明して、合理的に納得できれば、素直にうなずく。


「よし、任せたぞ」



「おーい、だんまりか? ユギィさんよ。生ゴミみてえなおれを見て鼻がひん曲がっちまったか?」


 ユギィは再び機外スピーカーをオンにした。


「ああ、お前を見てたら、あの腐った豚肉を思い出しちまったよ。まだ焼かれたりなかったのか?」


 ユギィはギリギリまでオモトに近づく。以前ダダ化したときよりは人の形を保って入るが、やはり化け物だ。

 オモトがぎりぎりと歯を食いしばってこちらを睨めつける。


「こっちこそ、お前の顔を見たら思い出したよ。肉の味も、焼かれる痛みもだ。随分躊躇なく焼いてくれたよな。たくさんの血を飲ませてくれ、やわらかい肉に噛みつかせてくれ。魚はもう食い飽きたんでな」

「おれはもうおまえといた日々を思い出せないよ。今となってはおれたちは絶対に相容れないよな。火と油、雪と雨、朝と夜、塔と大地、ヒトとダダ。それくらい別モンに、おれらはなっちまったんだ。もうお前のことを思い出さなくていいように、今度こそ焼き尽くす」


 オモトと3体の人型のダダが、ユギィに襲いかかってくる。



 ハイトの作戦はうまくいった。

 あのバンザイアを南にうまく誘導し、イガローの射程に今から入るところだ。


「母さん、離脱するよ。衝撃に備えて」

「さっきまではそんなアナウンスしてくれなかったじゃない」


 HD-a2はバンカーを抜いて、バンザイアから離脱した。

 数秒後、イガローの集中砲火がバンザイアを襲う。あの巨体を数十秒は打ち続けただろうか。最終的に、電磁砲はやつを蜂の巣にしてしまった。


「やった!! やった!! うまくいった!!」

「ハイト、すごいわ。天才よあなた」

「いやあ、それほどでも、あるかも。あとは、父さんが心配だ」


 かつてのユギィと同等か、それ以上の偉業を成し遂げたことをハイトはわかっているのだろうか。

 しかし、この日はそんなことを考えている暇はどこにもなかった。


「ザザ……こちらリリー第38機械室。みなさんにとって、非常に喜ばしいニュースです」

「ハイト!リリーからよ」


 メルムが無線機のボリュームを上げる。


「私、カラミティと申します。自然を愛する機械学者であり、Dr.ビンセントの元同僚でもある。この度は、かつての友であるDr.ビンセントの過ちを正しに参りました。みなさん、ご覧になりましたでしょうか、イガローと呼ばれる、対ダダ兵器の威力を。あの巨大なダダでさえ一瞬にして破壊可能な美しい兵器だ。実はこれ、私が発案した兵器でしてね、ビンセントはこれを自分のものだと言い張るばかりか、愚かな機能を追加しました。塔も、人も、狙えない兵器では、この星の怒りを募らせるばかりで鎮める事はできないのです。かつては純粋に星のために造られたもっと美しい兵器だった。ですが、ご安心ください。私が、イガローをあるべき姿に戻します。そして、この星も、あるべき姿に戻します。本日がリバースデイ、記念すべき日。さあ、皆さん一緒に祝いましょう。自然に乾杯しましょう、大地に酔いましょう、星よ回れと祈りましょう」

「ビンセントだ! この男はクーデターを起こした!! イガローをハイエンタールに向ける気だ!その方法は……ぐはっ」


 Dr.ビンセントの発言の途中で無線が途切れた。



---数分前 第38機械室の監視カメラと記録音声---

  「やっとリング砲台のセキュリティを切ってくれたか。第38機械室の武力制圧が完了したよ。

  かつてここで働いていただけあって部屋の構造を覚えていて、効率よくすべての出入り口を抑えられたよ」

  「カラミティ! 貴様、今がどんな状況かわかっているのか!?」

  「君こそ今がどんな状況かわかっていないようだな?君に向けられている銃口の数を数えるところから始めてくれ」

  「何が目的だ」

  「イガローだよ。私の美しい兵器」

  「まだそんなことを言っているのか。イガローは貴様が唱えていた稚拙な兵器とは似ても似つかない」

  「似ても似つかない、というところは同意見だ。さて、私好みに戻させてもらうよ」

  「君がしたいのは塔の破壊だろう。そんなことはわかっている。射角はそれ以上行かないよ。塔には向かないように造ってある」

  「知っているよ。だけど塔ごと回るとしたらどうだ?」

  「そんなバカな。ありえない」

  「僕にとってはあり得る。未だに発想が硬いな君は。確かに、10年かかったよ。

  僕を追放してから君が掃き捨てた年月と奇遇にも同じだが」

  「貴様、愚考を続けたか」

  「君にとっては愚考だが、僕にとっては最高だ。

  ハイエンタールの暴虐も君にとってはあり得るが、僕にとってはありえない。

  この星は君にとっては美しいが、僕にとっては美しくない。このままだとね」

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「クーデターだって!?」


もう何がなんだか、今日は目がぐるぐる廻るような、一年中の記念日がいっぺんに襲いかかってくるような日だ。

ユギィからの無線通信だ。


「ハイト、父さんは無事だ。父さんに構わず、リリーに向かえ! お前はもう立派な兵士だ!! 母さんやジャムやドリラさんや……とにかくお前にとって大事な人を助けるんだ」

「父さんも大事なんだよ!!」

「ハイト、父さんは本当に大丈夫なんだ。あとから追うから先に行ってくれ。お前に力は借りたが、父さんも勝ったろう?」

「ハイト、父さんの言う通りよ。リリーに向かいましょう」

「……わかったよ。先に行くから! 早く来てよね!」


 無線は途切れた。

 ハイトはリリーに向かう。後ろを振り向くと遠くにユギィの機体が見えた。


「やった! 父さんが人型をうまく連れてきたんだ!」


 これでイガローの射程に入った。イガローがユギィの後ろの奴らを蜂の巣に……


「なんで? なんでイガローが起動しないんだ!?」


 クーデターのせいか!?さっきの人が変なことしたんだきっと。


「母さん! さっきのチャネルにつないで!」


 カチャカチャカチャとメルムは無線機の操作をものにしていた。


「さっきのクーデターの人!! 射程内にダダが入ったのにイガローが動かないんですけど! なんかいじった!?」ハイトがまくしたてた。

「誰だ? 無線を繋いだのは、すぐに切れ」カラミティと名乗る男の声だ。

「そんなことありえない!! モニターでは自動射撃は継続中を示しているぞ。ぐはっ」ビンセント博士だ。

「ドクタービンセント、私に憂さ晴らしの機会を与えてくれるのはいいが、黙ってくれないと困る。君を殺したいわけではないんだがね」

「すみませ~ん! 人型は速すぎてイガローの探知機では追えないんじゃないの!?」ハイトが問う。

「いや、それはありえない。先程は人型も速度を落としていただろう。その際もイガローは反応しなかったんだぞ。ぐはっ」ビンセント博士だ。

「じゃあ、なんで?」

「もしや、イガローの栄相が彼奴らを人と判断しているのか……?」

「ドクター、精密射撃モードに変えてくれ。君の複製脳みそじゃなく、私がイガローを動かせば解決だ」

「誰がそんなことを……」

「断ってもいいが、今度こそ君は死ぬことになる。隣の部屋にいる室員全員と一緒にな」

「カラミティ、貴様、卑怯者!!」

「革命者はそう呼ばれる期間もある。おい、早く無線を切れ!!」

無線は途切れた。

「母さん、大事なことが2つわかったよ。カラミティ博士はリリーの塔を回してイガローの射角にハイエンタールを入れ、手動砲撃でハイエンタールを破壊する気だということ。イガローの制御室にはカラミティ一派の他にはドクタービンセントしかいないこと」

「あともう一つあるわよ。あのカラミティって教授をこの機械で吊し上げてやればいいってこと。ビンセントさんと間違えないようにね」

「間違える心配はないよ。今日、実はドクタービンセントには会ったんだ。サインも貰ったよ」


 ハイトは速度を上げてリリーに向かう。

 リリーの着陸場は閉鎖されていなかった。カラミティ一派もそこまで兵力があるわけではないのだろう。

 着陸はせずにフロア内に飛び入る。リリーの人は避難していないようだ。ハイエンタールと同じで突然の状況に対応できていないのだろう。


「母さん、困った。Dr.ビンセントの機械室がどこにあるのか、僕知らないんだった。ドクタービンセントがこのフロアにいたから、フロアが違うってことはないと思うんだけど」

「母さんも知らないわよ。知っている人は知らないの?」

「あっ」


 あの赤い髪は……


「ジャム!」


 なんていいところにいるんだ。

 ジャムもこちらに気づいたようだ。戦闘機の爆風で髪を振り回されながら叫んでいる。

 着陸できるだけの空間はある。

 ハイトは上手にジャムの近くに停めてコクピットを開ける。


「ジャム! 乗って!!」

「あなた!! 操縦できたなんて! なんで黙ってたのよ!」

ジャムが元気よく乗りこもうとして、母と目が合う。

「こんにちは、、ハイトの母です。」

「あっどうも、、あの、ハイトくんとは別にそういうんじゃないので、、」

「何してんのこんなときに! いいから乗って!」



「突っ込みなさい」


 ジャムに教えてもらった。第38機械室の窓ガラスを前に、メルムが言い放ったのだ。


「な、何いってるの母さん!」

「今は緊急時よ。あいつら、悪者よ。着陸場を探してお土産を買っていくようなお相手じゃないわ」

「なによ、怖いの? ハイト」


 この二人には敵わないな……



 ガシャーーン



 おニューのHD-a2に傷がついていないといいけど。そんなこと考えているときじゃないけど、気になってしまった。

 カラミティ教授は、あれか!!

 ハイトはアーム操作で呆気にとられるカラミティ教授を捉えた。


「君は! あの時の少年!!」


 顔を殴られたあとのあるドクタービンセントが叫ぶ。

 あっそうだ、ドクタービンセントも持っておかないと人質にされちゃうか!


「なっなぜ私も持つんだぁ!!」

「ドクター! 機械展ではサインありがとうございます!」

「えっ博士のサイン!? 私も欲しいんですけど!!」

「こら、あなた達!! 周りはクーデターの首謀者たちなのよ!」

メルムが子どもたちを叱る。

「ハイト、さっきの電流はこの人達に使えないの?」

恐ろしいことを聞く母親だ。

「いやあ、出力を限界まで絞っても死んじゃうとおもうなあ……」


 この発言はカラミティ一派の戦意を削ぐには十分だったようで。

 とりあえずカラミティ教授以外は武器を捨てさせ別室に詰め込んだ。


「助かったよ。少年」


 ドクタービンセントは先程まで殴られていたのにも関わらずしっかりと自分で立ち上がった。


「ドクター。まだなんです。父さんを助けないと」

「人型のダダか。情けない、私のイガローが発動しないなんて」

ドクタービンセントはカタカタとイガローの制御コンピュータを操作した。

「原因はわかりませんか?」

「やはり、奴らを人だと認識しているようだ。しかし、この縛りを解いてしまうと君のお父さんも撃ってしまう」

「じゃあ、どうしたら……」


 父さん一人で人型三体を狩るのは流石に無理だ!

 HD-a2で出るか……いや、駄目だ。この部屋をまた占拠されたらおしまいだ。怪我をしているドクターと母さんたちをここにおいていくわけにもいかない。


「撃っちゃいなさいよ」

メルムが言った。

「な……」

「母さん! なんてこと言うんだ! 父さんが死んじゃうよ!」

「違うわ。ハイト、あなたが撃てばいいのよ」

こともなげに言う。

「僕が?」

「奥さん、無茶ですよ、手動射撃をあの高速移動体に当てるのは至難の業だ」


 確かに普通なら無茶だ。ドクタービンセントはハイトの操縦を見ていない。だが母は見ていた。


「やれるわ、ハイト。あなたならできるわよ。きっと」


 メルムは静かな口調だった。でも、父さんと同じ火を灯した目をしていた。



 日が沈んでいく。辺りが暗くなってきた。

 オモトたちは相変わらず後ろをついてくる。引き離せない。

 イガローは発動しないようだ。先程のクーデターが原因かはわからないが、こちらでなんとかするしかないようだ。

 オモトはずっと一匹のダダを肩に抱えながら飛行していた。どうやら肩のダダには飛行能力はないようだ。


「ユギィさん! 遅れました!!」


 このタイミングでアギエルとハイエンタールの遠征兵の援軍が到着した。

 数13機ほど。いささか少なく感じるが、大型や人型ダダに立ち向かおうなんてやつがこれほどいるのだと喜ぶべきなのかもしれない。


「気をつけろ! 残りはこの人型4体だが、動きが素早いぞ」

ユギィは無線で援軍に告げる。

「了解。支援砲撃を開始します」


 援軍が一斉に遠距離からの砲撃を開始した。ユギィを追う4体を13機分の爆撃が襲う。

 しかし、当たらない。やはりこいつらは速いんだ。ユギィと、それを追う4体と、それを追う爆発が宵に花火を散らすようだった。

 ユギィが再び後方を確認したとき、オモトの動きが止まった。花火を背にニヤリと口元が笑ったように見えた。


「全機! 気をつけろ!!」


 オモトの動きは素早かった。依然続く爆撃をいとも簡単に交わし、援軍の列に向かう。


「うわああああああああ!!」

「落ち着け! よく狙え!!」


 隊列の端に位置していた機体がやられた。オモトは的確に燃料タンクを狙い、機体を炎上させた。

 まずい、あの距離だと誤射を気にして弾幕を張れない。


「みんな、離れろ!!」


 ユギィの指示を聞く前から、全機が蜘蛛の子を散らすようにオモトから遠ざかろうとしていたが、逃げた先の闇から残りの人型が戦闘機部隊を襲う。


「ハハハハッハハハッ。食っちまえ!! うまいぞお。久々の肉だ」

オモトが吠える。

くそっこのままじゃ

「やめろォォォォ」

ユギィが全速でオモトの方に向かう。

「全滅だな」


 炎上した機体の上からオモトがこちらを蔑むような目で見る。

 ユギィはブレードを振り下ろす。金属音。

 切れない。オモトも硬質化を使うのか。

 オモトの翼は鋼のように固くなり、オモトと肩に乗ったダダを守った。


「ユギィ、お前は最後だって決めてたよ」


 硬質の翼がティラノに振り下ろされる寸前、ユギィはブースターで急バックした。

 しかし、硬質の羽が飛んでくる。避けきれない。

 コクピットが揺れる。前面のガラスに5〜6枚の羽が突き刺さっていた。

 このまま羽が刺さり続けたらいずれ割れてしまう。

 後ろでは援軍がすべて撃墜され、残りの人型も迫ってくるだろう。

 副砲の残弾ももう残りわずかだ。そもそもこいつらには発射を見てから避けられるだろうが。

 そうか、そんならしょうがないか。

ユギィは覚悟を決めた。オモト、お前だけはおれが止めてやるよ。


「刺し違えてでもな」


 圧縮バーナーの点火スイッチに指をかける。



 そのとき、後方で何かが弾けるような音がした。


「ジャロ! リーム!」


 オモトの表情が変わる。

 背後ではイガローの射撃が人型ダダ2体を追っていた。


「再起動されたのか?」


 しかし、なかなか当たらないようだ。2体のダダは藍色の空を縫うように飛び射撃を躱していた。


「お前ら!! こっちに来い! この機体に隠れればいいんだ!」


 オモトが叫んだとき、イガローの射撃が2体を捉えた。


「やめろ!!!!」


 2体のダダは宵闇の中を落ちていった。



「ハイトくん、君に任せて正解だったようだ」


 ハイトはイガローの手動操作を見事に操っていた。


「手の神経が触手になって勝手に動くようなんだ。見えない点を繋ぐように、探るように動かすんだ。昼間には見えない空の星座をなぞる感じだよ」


 ドクタービンセントとジャムは何を言ってるんだと言う顔であっけにとられていた。


「私と同じ反応ね」


 メルムは知っている表現だった。


「だけど、あいつが一番速い!! 一体ダダを抱えているのに。」


 大きな硬質化する翼を持つダダ。父さんのブレードも通らないし、あの速さでは捨て身にならなければ圧縮バーナーを当てることは叶わないだろう。父さんがそんな手を使う前に仕留めなくては。


「父さんが正面になって打てない! くそっ!!! あのダダは父さんを盾にしてるんだ!」

憎い! ダダのくせに、汚い手を使いやがって!

「ハイト!落ち着いて。あとはあいつだけなのよ」

ジャムが声をかける。

「深呼吸して、もう一度見えない星を探してごらんなさい。ほら。」


 ハイトは荒ぶる呼吸を抑えて、険しくしていた眉を解いた。

 そうだ、落ち着け。落ち着かないと暗闇しか見えない。あの深い水を覗き込んだときのような夜空から、見つけなきゃ。



「ユギィ、汚い手を使ってくれたな。お前だけは殺してやるからさ」

「奇遇だな、おれも最後にお前だけは殺そうと思っていたところだ」

ユギィとオモトは日の沈みきった冷えた中空で対峙していた。

「ああ、一番星が見えるな。ここからなら」

「いきなり何を言い出すんだ?」

「おれらの島からは見えねえのよ」

「島?」

「何もなかった島だ。少し何かがあったときもあったけど、やっぱり何もなくなった島だ」

あたり暗くなったせいか、オモトの昔の面影が見えたような気がした。

「ガーレもな、いなくなった。ガーレがいねえってこいつが騒ぐんだよ」

オモトが肩のダダを親指で指す。

「おれはな、化け物になった。お前に一度殺されたときよりも、アギエルにいたときよりも、今が一番化け物のはずなんだよ。だけどなあ、なんでか……。いや、そうじゃねえ、おれが言いたいのは」

オモトは翼を擦りあわせた。硬質化したままガリガリと摩擦されて火花が散った。

オモトの顔が照らされ、こちらをギラリと睨みつけているのがわかった。

「怒りだ、この星への。何も知らないで豚のように生きているお前らも。この塔も、全部、ぶっ壊してやりたい」

それは、かつてのユギィが放ったセリフと似ていた。

「オモト、さっきは殺し合うしかないとは言ったが、おれたち……」

「今更話し合いなんかできねえよ」


 オモトが火花をまとった翼で襲いかかってきた。

 ブレードで受ける。重い攻撃だ。

 硬度はさっき倒した硬質化のダダよりも高いようだ。下手したらこちらのブレードが削られそうだ。

 オモトは翼を大きく使って斬撃を繰り出す。その度、うまく弾いたり、受け流さないと振り下ろされた勢いで飛んで来る鋼鉄の羽がコクピットのガラスにヒビを入れる。

 ダラダラとやってはいられない。

 ユギィはアームを伸ばした。翼をすり抜けオモトの胴体を掴む。

 オモトはアームを切ろうと翼を返したが、ブレードで防御する。

 硬直状態、鍔迫り合いのように力で押し比べをする。


「おおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!」


 アームの出力は限界だ。オモトはブレードに翼を何回も打ち付ける。武器を折る気だ。

 やられる前に、焼かなければ。

 圧縮バーナーの照準を合わせる。


「オモト! さよならだ!!!」


 ユギィは引き金を引いた。

 強烈な爆発音。いつもの冷却音。圧縮バーナーの火が収まったとき、オモトの姿はなかった。


「ああ、さよならだ」


 後ろっ。なぜだ。

 アームが、ちぎられている。

 オモトの肩にいるダダが咥えている。噛み砕いたのか。くそっ。計算に入れていなかった。

 ユギィはオモトが振り下ろす翼を見上げた。オモトもこんな気持だったんだろうか。



 バゴォオン!!

 また、破裂音。

 オモトは背後から衝撃を受けたようで体制を崩す。


「なんだ!?」


 オモトの背後から燃える物体が滑り落ちた。

 肩に乗っていたダダだ。なぜ?


「ギーラ!!!!!!」


 撃ったのか、イガローが射撃したのか。近接戦闘に持ち込まれた時点でユギィがいることで射撃は不可能になったかと思っていたが。助けられた。

 でも、あたったのは肩に乗っていたダダだけ。いや、あのダダがオモトをかばったのか……?


「ギーラ!!!」


 オモトは焼け落ちたダダを追っていく。

 ユギィはオモトを追えなかった。残りの燃料じゃオモトの本気の速度には追いつけないだろうし、追って終止符を打つ気にもなれなかった。


「あいつ、何がしたいんだよ」


 オモトとの再戦はこんな結末なんだろうか。

 ヒトを捨ててでも欲しかったことがあったんじゃないのかよ。こんな宣戦布告をしてまで、塔を壊すのが最大の目的じゃなかったのかよ。

 無理して憎もうとしてないか。ヒトのことを。

 こんなことを滔々と考えながら、戦闘で湯気だった頭を冷やしていく。

 すっかり辺りが暗くなっていることに気がついて、ユギィは空の星を見つけようとした。


 オモトは燃えながら流れ星のように落ちていくギーラを追う。

 オモトは翼の羽ばたきを使って落下速度を上げて追いつこうとする。

 オモトが追いつくよりも先にギーラが紫海に落ちた。

 拾い上げると、ギーラはもう手のひらほどの燃えカスになっていた。


「お前、だから来るんじゃねえって言ったろう」

オモトは放心して空を見上げた。



「かばった……? 父さんが僕にそうしたように?」

「少年! よくやった!! あの一瞬でまさか当てられるとは」

「ハイト! 本当にお父さんも救ったのね。すごい!!」

「……すごいわ」


 皆がハイトを褒め称えるなか、ハイトは今見た光景を反芻していた。

 僕が引き金を引いた刹那。目があったような気がした。あの大きな翼のダダを守ったダダ。

 なんだ? どうして? 家族愛なんてダダにそんな感情はあるはずがないのに。

 ハイトは呆然と空を仰いだ。


 第38機械室のイガロー制御モニターの前で、にわかに湧いた勝利に各々が気を取られて、皆どんな状況下にあったかを忘れていた。

 忘れちゃいけないやつを忘れていた。

 気がついたときにはもう遅かった。カラミティ教授は手動操作をサブコンピュータから乗っ取ったのだ。


「閃きは火花だ! 技術は爆発だ! 自由な羽ばたくべきものを薄汚い形に閉じ込めるものではない!!」


 ハイエンタールに向けて、カラミティ教授が引き金を引いた。



 ▲▲▲▲▲     ▲▲▲▲▲ 



 下界が騒がしい。惑星の巡り合わせの重なる刻か。或いは誕生の日だったか。

 瞳は星を求めて落ち始める。


 ハイエンタールの塔の上から『瞳の鐘』が降ってきた。



『星は知らない』 "下界編" -完-


『星は知らない』 "上位者編" へ続く

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