第11話 踏み出した明かり

「ガーレを最近見かけないな」


 あいつ、どこで油売ってるんだ。まったくギラが増えて大変かもだってのに。

 そろそろこいつらに食わせるのも本当に限界だ。

 それに、数が増え過ぎて統制なんてとれたもんじゃない。

 アギエルの肉で知性を底上げしているし、元々親子という認識もあるようである程度はオモトに従順な獣由来のギラ達だったが、腹が減っては謙りはしないようだ。


 いよいよ覚悟を決める時が来たのかもしれない。

 こいつらが新鮮な食べ物を求めて塔に近づくのも時間の問題だ。だが所詮統率の取れていないギラなど駐屯兵のいい餌だろう。

 おれたちが、やつらを餌にしてやるには、どうすればいいか。


 こんな大切な時だってのに、ガーレのやつ……



 ▲▲▲▲▲     ▲▲▲▲▲ 



 戦闘機の購入を最優先目標にしていたハイトだが、それを達成した後、しっかり機会展も堪能した。

 ビンセント氏の演説も、途中から聞くことができた。


「ダダの脅威には備えがあります。機械室で検討を尽くし、さまざまなケースに適用可能な迎撃兵器を実用可能な状態で配置済みです。もちろん、私が繰り返し申し上げておりますように、これらは人類同士で使うために作ったわけではない。アイダル条約に違反しない為にも、安全装置(セーフティロック)を施しておりダダ以外には使えない防衛の為の武器です。保安上の理由から、その兵器の起動条件や基礎技術をここで詳らかに説明するといったことはできませんが、某日に行いましたフィールドテストの結果や、シミュレーションデモトレーラーはこの会場内でご覧いただけます。私共第38機械室の技術と平和への願いが体感頂けるよう工夫を凝らした展示ですので、是非ご覧頂ければと思います」


 もちろん、その展示は観に行った。

 迎撃兵器の名は「イガロー」


 ビンセント氏が言っていたように具体的な設置場所や詳細設計は機密とされていたものの、その破壊的な性能を知る事ができた。

 ユギィがかつて駐屯兵だったころに痛感したように、ダダに対して抱える戦術的問題として、遠距離射撃だと破壊力が足りず、近距離兵装は危険性が高いという二律背反があった。

 塔の防衛が目的であることを鑑みれば、当然固定砲台による早期迎撃が望ましいことは明らかだ。

 しかし、想定される飛行型ダダへの攻撃を可能とする射程を持つ砲台を設置すれば、他の2つの塔への攻撃も無論可能となるわけである。

 時勢よりリリーの技術反乱を恐れているハイエンタールがそれを許すはずもない。

であるにも関わらず、イガローは【超長距離無反動固定式感知栄相電磁砲】と厳しい正式名の正真正銘の砲台だ。要約すると、「遠距離射撃が可能な」「塔壁に設置可能な」「固定式の」「攻撃対象を識別可能な」「非物理砲弾用」の砲台ということになる。

 この兵器の製造承認にかかるビンセント氏の多大なる苦労は想像にかたくない。

 承認に至る経緯が年表で掲示されていたが、アイダル条約とは別に独自の製造制限や生産計画の開示を含めた法文書を提出したようだ。

 特に既存の塔の壁面に設置できる点についてはどう言い含めたのだろう。

 種明かしをすれば、決してハイエンタールだけには砲身が向かないように設置されている、というだけなのだった。尊大というか、単純というか、お役所仕事的な主客転倒にも思えるが、ハイエンタールの人間がそれで安心できるのならよいのだろう。


 何が安心なのだろう。自分が理解できる範囲で、誰かが言っていた言葉を信じて、かすかな疑念が頭をかすめても人のせいにすることで自分は鍵のついた檻の中で息をつけるのか。何かを保証する、約束を守る、信頼を得る、すべてその責任の重みを自分か他人か物かデータかのどこにかけるかの違いでしかなく、人が安心できる側面を見るだけで満足しているに過ぎない。この世界に絶対なんてないのだから。

 僕はハイトを失いたくない。いつかダダが攻めてきたとしても彼を守る。

 これが、ユギィが自分自身に誓った絶対だけど、それでも絶対はないから。だからハイトにも継ぐのだ。せめてこの世界を生き抜くために戦うすべを。


「イガローかあ、この電磁砲を戦闘機に載せられないのかな? 超強そうじゃん」

ハイトがイガローの模型を見ていると、少女が話しかけてきた。

「無理よ。蓄電池じゃ出力が圧倒的に足りないわ」


ハイトははっと驚きながらも反論する。


「高出力自発電に対応しているタイプもあるよ例えば……」

「NM-8?高出力と行っても、イガローの電磁砲の半分のパワーで3〜4発打つのが限界よ。かつ、高出力の代償として重い。飛行能力の低い機体で数発程度打つくらいなら固定砲台で十分だと思うわ」

「NMは後継機も開発されてるよ。確かに飛行能力はネックだから移動式砲台程度の運用にはなるかもしれないけど……。でもそうか、移動式砲台なら発電設備をSSで運ぶのでいいかもしれないけど」


 少女は赤い髪をしていた。

 ハイトより背は高い。しかし、ハイトも背が高い方ではないが歳の頃は少し上くらいか?

 白いパーカーを着て、白いスカートと白いブーツ。リリーの人間だろうか。


「SSの最新機だとして耐荷重と運搬能力からすると、4台運用してやっと10発打てる程度の発電設備を数キロ運ぶだけね」


 ハイトは反論が出てこないようだ。四六時中機械の情報を脳みそに読み込み続けているハイトが言い負かされるなんて。


「君、何者なの?」

「私の名前はジャム」

「あ、僕はハイトっていうんだけど……」

「あなたハイエンタールの人ね? あそこじゃ戦闘機の情報って入らないのかしら。もしくは電気工学は中学校からしか習わないとか?」

「いや、あの、うん、ハイエンタールから来たけど、あっちじゃサイエンスって言って……あの……」


 機械やサイエンスに関しては立板に水で滔々と話し続けるハイトの口が止まるとは。

 冷静沈着な彼女の態度に気圧されてるみたいだ。しかも発言はあまねく理が通っている。


「リリーと違って15年制の義務教育じゃないんだ。完全にこいつの趣味だけの知識だよ」


 助け舟を出されるのも嫌かと思ったが、ハイトが目配せをしてくるので代わりに説明した。


「そう、あれ……囚われの勇兵!?」

「またその名前か、今日はじめて聞いたけどリリーじゃそう呼ぶんだな。」

「まじ!?ほんもの!?」


 さっきまでの大人ぶった態度が剥がれて子供らしい表情を見せる。やっぱりハイトと同じくらいの年齢のようだ。


「えっサインもらってもいいですか……? ティラノに乗ってたの知ってます。」

「さ、サイン!? 書いたことないな……」

「そこをなんとか!! 私、ティラノが一番好きで、でもユギィさんは初期ロットの機体を独自に改造されてたって本当ですか? 高圧バーナーを対応させるのって構造上だけじゃなくレーダー系への影響もあったと思うんですけど。あっもしかして栄鉄技術?! でもアギエルでそんな設備があるとは思えないし……」

「栄鉄じゃなくて、多層回転がキモで他の兵士の機体からパーツ借用したんだが……ってちょっと待ってくれ。一旦落ち着いてくれ」


 なるほど、この少女もハイトと同じタイプなんだとわかった。似た者同士引かれ合うのか知らないがよく出会ったものだ。

 ジャムが僕を持て囃すと他の来場者からの視線が気になったから、とりあえずサインは適当に書いて静かにしてもらう。


「で、さっきの話ですけど、多層回転のパーツってPTの翼軸ですか?」

「そうだよ! 父さんの機体には副翼2つ分のよく軸がコンバートされてて、それぞれ圧縮バーナーの反動抑圧と精密制御に一役買っているんだ」


 ハイトがたまらず横から割り込む。


「そうきたか、てっきり栄鉄技術以外無理だと思いこんでたわ。たしかにそれならメンテナンスの手間は増えるものの実戦上の懸念点は減るわね……って父さん!!? 勇兵に子供がいるなんて聞いてない!!」


 最初のイメージとは裏腹に騒がしい女の子だ。


「それに、あなたが勇兵の息子……? 電気効率の計算もできないのに?見たところ私と同い年くらいみたいだけど。3年後にはあなたのお父さんはティラノを自分で改造するだけの整備工としての知識と技術を持ってたんだからね」


 なんで彼女が僕の自慢をするのだかわからないけど。


「な……僕だってティラノの整備はしてるよ! 今ならAからC工程を340秒フラットで終わらせられる! それに、父さんの機体のそ」


 操縦もしたことあるなんて言ったら事だ、慌ててユギィは息子の口を塞いだ。


「そ、空で性能諸元値を言うことくらい訳はないよな。だが、たしかにお嬢さんの言う通り学校の勉強は嫌いだな」

「だけど、父さん!」

「だけど、ハイトにはハイトの才能がある。見せる機会は今の所なさそうだけど……」

「そう、まあ、ユギィさんの息子にそんな失礼なことは言わないけれど」


 ハイトは十分言っただろ、という顔をしている。

 しかしまさかハイトと機械談義ができる少女がいたとは。さすがリリーと言ったところか。


「ふーん……」


 ジャムは品定めをするようにハイトを流し目で見ている。


「ハイトね。ピギエールの定理の展示についてはどう思った?」

「あっ向こうの栄転区画の? 定理自体は知ってたんだけど! あんな風に可視化されると違った見え方するんだなって思って……よくわかんなかったけど」

ハイトはさっきの不満顔もすぐに晴れて、猫に鰹節といった様子だ。

「えー! あんなの小学校の教材レベルよ? ハイエンタールだとどう教えてるの?」

「えっそうなの? 数式でだけど……」

「数式なんて、信じられないわ、全くしょうがないわね。来なさいよ。」

「なっなんだよ!」

「教えてあげるわよ!」

「頼んでないだろ!!」

「なによ!!」


 猫の喧嘩のようだ……

 でも通じ合うものがあるのだろうか。ジャムの年相応の振る舞いが見れたし、ハイトも恥ずかしがってはいるが、まんざらでもなさそうだ。

 普段の学校じゃ機械に関しては同じ土俵で喋れる友達もいなそうだし、貴重な出会いになったなと思った。


 展示品はただでさえ膨大な上に、ジャムとハイトの喧々諤々の解説とディベートでたっぷりあったはずの時間は真夏日の下の氷菓子のように溶けてった。

 二人が言い合っているうちはまだいいのだが、


「勇兵さん、この子に教えてあげてよ!」

「父さんもそう思うよね!?」


 どちらの味方をしても、残りの敵になるから難しい質問だった。


 太陽が落ちかけてきた。これほどに展示会を十二分に味わった客は他にいないんじゃないだろうか。


「今日はこれくらいにしといてあげる」ジャムが言った。

「ふー」ハイトは息をついた。

「えーため息付きたいのはこっちだけど」

「疲れたんだよ。でも、楽しかった。今度はハイエンタールにおいでよ」

「……えーまあいいけど」

「あ、わかってないね。父さんの機体に乗れるんだよ?」

「……最高」


「じゃあ、またね!」


 ジャムは最後には最初に会ったときには想像できなかったはにかみを見せた。

 手をふる彼女は夕日に照らされて髪だけじゃなく全身が赤く瞬いていた。


「彼女、賢かったな」

「うん……」


 帰りの飛行中、ハイトはぼーっと赤い太陽を目に写していた。

 塔で分けられた生活は塔間の人々の乖離を促しているはずなのに、いざ目を合わせて話してみると違う面と等しい数の同じ面もあることに気づく。当たり前だ。

 ハイトが今日気付いたように、ユギィもハイエンタールに渡ってきたときに気付かされた。

 そう、ユギィの場合はメルムだった。メルムと出会った図書館で読んでいた本のタイトルを思い出してみる。

 確か、空想小説だったような。


「『鯨の鬚楽器』?」

「ええ、おすすめですよ。かつて地上にいたという巨大な生物を追い求めて老人が旅をするのです」


 物静かで柔らかい印象だった。

 ユギィはその日、気まぐれで図書階にいた。

 その頃は何をしてもつまらないから、本でも読みながら惰眠を貪る午後にする予定だった。

 図書階は本を日光から守るためにカーテンが掛けられていて、でもその隙間から漏れる揺れる暖かな日差しが緩い睡眠を授けるのだ。

 メルムはエント教の分派であるミーズ教の出身だ。ハイエンタールで生きるものはヒトとその労働力に二分されるのだが、分派の中でもミーズ教の地位は低く、その2つのうちでいうと労働力のほうに数えられていた。

 メルムも普段はもっと下層階に住んでいるのだが、この日は父親の商いである図書の貸し出しを手伝うため図書階まで上がってきていたのだ。


「あなた! なんてことするの!!」


 そんなとき、せっかくおすすめされた本をよだれで汚してしまったユギィを彼女は激しく叱ったのだ。

 無論、「ヒト」でない彼女が「ヒト」であるユギィにそんなことをしては、最大限の温情をかけられたとしても命はない。

 だが、ユギィは彼女の心根と信条を見抜いたのだった。

 父親が生活の糧としている本を大切にする優しさと、貧しさに身を窶そうとも気高くある強さを持ち合わせているのだと。

 それ以来、ユギィは本を大切に扱うようになった。

 やがて、ユギィとメルムはヒトの区別がないフロアに引っ越し、結婚した。


 メルムとの馴れ初めを思い出している間に、ハイエンタールに帰ってきた。

 その日のうちに納品されたハイトの機体HD-a2をティラノの連結から外す。

 いい機体だ。誘導ミサイルはコストは高いが安全圏から一方的に戦える武器だ。さらにハイトもこだわっていたバンカーは例えダダに近接されたとしてもHD自体の機動力と合わせることで高速な立体移動を可能にする優れものだ。

 訓練をしてやらないといけないな、まあ、この前のようにダダと戦うことなんてそうは……。


 ゥ”ゥ”ーーーーーーーーーーーーーー


「緊急避難警報です。多数の堕駄ダダの来襲を確認。場所はハイエンタール4000階北東。南西側への避難を開始してください。繰り返します……」

なんだって!? こんな高層階にダダが……いやそれより……

「ハイト!!!」


 ハイトの肩を強く掴む。


「よく聞くんだ。ハイト」


 ハイトは突然の警報に戸惑っている。


「父さんはダダを狩りに行く。アギエルからの派兵にはまだ時間がかかるだろう。それまではおれがハイトや母さんを守らないといけないからだ」

いつかこんな日が来ると思っていた。ユギィの思考は素早かった。

「で、でも父さん。イガローが使えるはずじゃ……」

「ハイエンタールには射角が向かないと言っていたろう。本当にダダが湧いたのが北東方向なら対応できない」

「でも、父さん……僕も行かなくちゃ」

「ハイト、お前はすぐに母さんのところへ向かうんだ。ちょうど避難は南西方向だから、家によって母さんが待っていないか見るんだ」


 メルムは賢い人だ。大丈夫。


「母さんはもし先に避難しているなら書き置きを残しているかもしれないからよく探して見るんだぞ。母さんがいなくて、書き置きもなければ、避難所に向かうんだ」

「うん……うん。家に向かって母さんを探す。書き置きも……どっちもなかったら一人で避難する」


 父親の真剣な面持ちにハイトは気圧されながらもこう付け加える。


「でも、やっぱり僕も戦わないと……」

「ハイト!! たしかにお前はダダを倒した。だが1匹だ。父さんが倒したのは数え切れない。ここはおれが出る。そしてお前に母さんを任せると言っているんだ。わかるな」


 ハイトは何かを言いかけるように口を開けたが、何も言わずに閉じ、強くうなずいた。


「よし!! 行け、ハイト!!」


 ハイトは脱兎のごとく走り出した。ユギィはリリーに行くために解除していた兵装の交換に手を付ける。


「父さん!!!!!」


 格納庫を出たところからハイトが叫んでいる。


「勝って!!! 死なないで!!!!」


 ユギィはギュッと握った拳を掲げて


「おう!!!」


と応えた。



続く

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