第9話 駄々っ子

『リリーで開催されている機械展は盛況で、昨日時点で来場者は10万人を超えたとのことです。新型回転モジュールについて、Dr.ビンセントにお話を伺います……』


「父さん、早く行かないと売り切れちゃうよ!!」

「落ち着け、何が売り切れるんだ。チケットはあるから安心してくれ」


ハイトはテレビジョンから目を離さない。機械展の話を知ってからずっと楽しみにしてきたから無理はないだろうけど。


「ハイト、はしゃぎすぎないでよ。お父さんから離れないようにね?」

「うん!わかってる。あ!! カメラ持っていかないと、カメラカメラカメラ……」


 息子はドップラー効果でも起こしそうな勢いで部屋に向かっていった。


「もう、周りが見えなくなるからねあの子は」


堕駄ダダが増えているとの報告を受け、塔治者は近日中に第二次援護部隊をアギエルへ派遣することを決定しました。ギスタ上塔議事会委員によると……』

ニュースが変わっていたようだ。僕はコーヒーをすする。


「あなた、聞いた?」

「ん?なんのこと?」

「とぼけないでください。最近、堕駄ダダが増えているって。何人か戦闘経験のある塔管理者はアギエルへ行っているみたい」


 ハイエンタールではモンスターのことを堕駄ダダと呼ぶ。堕ちて値打ちのないものらのこと。


「あなた、戻らないわよね?言おうか、迷ったけど、どうしても心配で」

「……大丈夫だよ。ありがとうメルム。今日は機械展を見に行くだけなんだ。行くのはリリーだよ、アギエルじゃない」

「……わかってる。ごめんなさい、そういう覚悟はしてきたけれどやっぱり不安で」

「いいんだよ。リリーに行くのは初めてでハイトは楽しみにしてる。持ち出し可能品をお土産に買ってくるよ」

「ええ、そうね……はなみつがいいわ。紅茶に入れたいの」

「はなみつか。わかった」


 ちゃんとメルムと話し合わなければいけないとわかっていた。

 僕はまたいつか堕駄ダダと戦わなければならない気がしている。狩りの感覚は冬眠を続けてはいるけれど、叩き起こせばまた血なまこになって奴らを追い始めるだろう。そうなったときに死なないために、牙を完全ななまくらにはしないようにしている。

 僕は戦わなければならない。

 そして、ハイトも、きっと。僕と同じ星の下に生まれている。


 我が子をそんな危険な目に合わせられない。堕駄ダダとの戦いは遊びじゃない。死ぬかもしれない。

 メルムはきっとそう言うだろう。ハイトがそれを望んだとしても、彼の幸せを願い、馬鹿なことを言うなと怒鳴るだろう。


 この前までは、僕もそうだった。

 あの、2週間前の冷たい雨の降る日までは。



 ▼▼▼▼▼     ▼▼▼▼▼    



「うお……人間の形はしているんだな……」


 オモトは卵から孵った4つ子にそれぞれ名前をつけた。

 ガーレ、ジール、リーム、ジャロ。

 卵の中のどろどろした粘液から取り出したときは人間の赤子と見分けがつかなかったが、やはりこの4つ子もギラだった。

 食べるものを体に表す。やはり魚に偏る。


 ギーラは母性を表し小さな彼らを常に肩に乗せていた。

 とはいえ、小さい期間は短かった。ギラの成長速度は相当に速いようだ。

 すぐに自分たちで気ままに泳ぎ回るようになった。まったく手を付けられない。

 ガーレだけは少しおとなしい性格のようで、他の兄弟が紫海を泳ぎ回っている間も静かにギーラの脇で佇んでいたりする。

 いやしかし、いよいよ食べざかりのこいつらが欲しがる食料を集めるためにおれも ギーラも遠くまで泳ぐ日もあった。これが子育てとは言えないだろうが、大変なものだ。

 そんな日々が、風のように穏やかに知らないうちに過ぎていった。


 ある雨の日、ギーラがおれをあるところに連れてきた。いや、導いた。

 ガーレはいつものようにギーラにべったりだから、付いてきた。

 着いたのはアギエル。おれの生まれた塔の麓だった。


「なんだよ、これ」


 円柱は大きすぎてこの近さからだと海の端に建てられた壁のようだ。

 オモトの嫌いな塔、手をのばしても届かない星を眺めさせられるでかい檻。

 塔の基礎部分はすっかり深い海の底に沈んでいる。

 オモトがよく覗き込んでみると、そのアギエルの根本、紫の海からまっすぐ空に突き抜けている天杖の底にはうごめくなにかがあった。

 それは紫海の色に遮られてよく見えなかったから、オモトは潜って近づいてみることにした。


「なんだって、こんなものが、」


 それは暗い致死性の沼の底から、塔を支えているようにも、塔を登ろうとしているようにも見えた。

 膿んでいるような肉の塊、恐らく、いや確実に生きている。汚く、もがいて、どこか神々しい。これは


「おい、まさか、嘘だろう……」

「これは、アギエル……?」


 おれたちは囮だと、神話に書いてある。

 おれがまだ塔で生きていた頃。仕事のない午後にはよく、わずかなだけ日の光の指す教会に行って神父から話を聞いていた。

 アギエルは神を卑下した。だから罰を受けた。人類はその道連れにされた。

 アギエルはその身を堕とされた。アギエルは最初の化物となり、周りの人々を次々に喰った。あるいは自身の肉を分け与えることで自分と同じ化物に変えていった。

 彼女はすべての化物のオリジナルであり、邪神であり、母であるからか、化物が寄り集まってくるという。

 アギエルの復活を求める化物が掘り起こさないよう、エントは彼女を埋めた上に塔を造り、兵を置いた。

 それが第二の塔アギエルの始まり。それがおれの嫌いな人生や身分や、希望のない卑屈な日々を送る人々の歴史の起点なのだ。

 それが今、オモトの目の前にあった。



 ▲▲▲▲▲     ▲▲▲▲▲ 



 リリーへは塔間の連絡通路は作られていない。

 ではどうやってハイエンタールからリリーへ移動するかというと、飛行するしかないのである。

 それぞれの塔の空港では、パイロットが身分を保証されていて、登録された機体を持っていれば離着陸することを許可されている。ユギィの場合はそのどちらも満たしているから、自慢の戦闘機で自分の操縦で塔間を行き来できた。

 戦闘機で乗りつけるなど、物騒な聞こえ方をするかもしれないが、ハイエンタールの人間にとっては当たり前の交通手段として普及しているのだ。自衛の手段として武器の搭載/使用は免許を持っているものであれば許される。安全装置と法律規約でガチガチに固められ、実際にダダに襲われたとしたらまともに戦えたものではないが。

 元駐屯兵のユギィの場合は、専用の武器を搭載すればすぐに戦えるようにカスタムされた戦闘機だが、もちろんこの時は専用の武器は外している。それも搭間の移動の条件なのだ。


 ハイトはワクワクが止まらないようである。窓に頬ずりをしてリリーの方に目が釘付けになっている。

 今日はいい天気で、太陽が眩しい。戦闘機の曲面の窓に反射して僕の顔をジリジリと焼いていた。


 リリーに到着した。入塔手続きも済ませると、ロビーから直結している機械展の会場に向かう。

 開場前はすごい人の賑わいだ。殆どはリリーの人間だろうか、見慣れない白い服を着ている。

 会場に入るための列に並ぶ。

 空中に雲のようにふわふわ浮かぶ電子掲示板も目を引くが、何より、


「すごい! これ、花だ!」


 ハイトはシャッターを切りまくる。

 緑がこんなに……ハイエンタールでも食用の植物を購入することはできるが、高級品だ。

 ましてや観賞用のものは目にすることもない。

 そんな珍しい植物が広いフロアのところどころに生えている。


「僕、教科書で見た!こんなに色が鮮やかだなんて思わなかった!」


 ハイトがベンチの後ろに生えている花に触れようとする。


「こらっ、壊れたらどうするんだ」


 しかしハイトが花に触れられなかった。触れようとした瞬間粒子のように散ってしまい、ハイトが手を遠ざけるとまた元の花の形に戻る。


「なーんだ、栄魔技術だったのかつまんなー。でもめっちゃリアル、おもしろ!」


 なるほど。立体的に物を投影する技術だったのか。ユギィも鑑賞植物は絵本でしか見たことがない。

 食用としては遠征兵の頃に瓜を食ったことがあるのと、それこそメルムの好きなはなみつくらいだ。


「塔は自然に反する! 皆さんこの美しい景色を見てください。我々が地上に戻れば、またこの星は再生するのです」


 会場に入るための列が進んでくると、何やら拡声器を使って演説しているのが耳に入ってきた。


「塔反対!! 確かにそれだけでは問題は解決しないことはわかっています。堕駄ダダを殲滅せねばならない。だが、リリーにはその技術があるにも関わらずアイダル条約を理由に正規の武器開発は縮小を続けています。なぜ!? 我々は技術という力があるにもかかわらずこの塔に引きこもる理由がどこにあるというのか!!」

「ビンセント氏の私的な技術利用にはもううんざりです。ビンセント反対! 塔反対!!」


 ハイエンタールでは口が裂けても言えない塔反対論らしい。拡声器を持って話しているのは白いひげをはやした初老の小さな科学者だ。

 数十人規模のデモのようだ。会場前で迷惑なものだが宣伝効果はありそうだ。


「父さん、僕もこの星の堕駄ダダを全部、ぶっ壊したいんだよ。そうすれば、こんなきれいな景色を、ほんとうに見ることができるんでしょ?」


 ハイトは辺りの投影された緑を眺めて問うた。

 風にそよぐ草。花に群れる小さな生物。遠くには家畜がのびのびと放牧されているのが見える。


「わかるよ、ハイト。父さんもそう思っていたことがあった」

星を壊したかったのはもう汚いものを見たくなかったからだ。

「でも、もうおれたちは共存していくしかないのかもしれない。この星の毒も、堕駄ダダも、もうこの星と分離できないくらい当たり前のものになってきているような気がするんだ」


 ハイトは納得はしていないかもしれないが、言い返しては来なかった。

 それでも、ハイトは戦うかもしれない。

 かつては自分がやっていたような無茶を子供にはさせたくないユギィ。これじゃ完全に親ばかだ。


「答えはわからないんだ。おれは知らない。誰も彼もにとっての答えはないんだろうと思うよ。だから自分で考えるんだ。自分にとって大事なものの優先度を決めるんだ」


「私もそう思いますよ」


 前に並んでいた背の高い老人が振り返り、話しかけてきた。


「父さん!! この人、Dr.ビンセントだ!!!」

「えっ、こ、こら指を指したら失礼じゃないか」


 幸い周りの人には聞こえていないみたいだ。リリー第38機械室室長、兼この機械展の主催者がこんなところにいると知られたら大騒ぎになる。

 それにしても、本物!?


「いやこちらこそ突然失礼、正体がばれるとは思わなかったがご存知いただいているとは光栄だ。気になる議論をされていたのでつい話しかけてしまいました」

「いえ……しかし、なぜあなたがここで並んでいるのですか? 主催者なんでしょう?」


 ビンセントはわざわざ変装のため山高帽をかぶり丸いサングラスをかけ、周りにばれないようにここに並んでいるようだが、なんの必要があるんだ?


「なに、まさにこのためですかね。機械展もそうだが、本音の感想を聞くためにはこうするしかないと思っていまして、Dr.ビンセントのままだと私の肩書が相手の言葉にフィルタを掛ける要因となってしまう」


 ステッキを片手に語るビンセントは、テレビジョンなんかで見る硬いイメージよりにこやかでハイトが気づかなければただの散歩中のじいさんだと思ったことだろう。


「それに昔から狭苦しい研究室や飾られたお立ち台は苦手でね、こうしてただの科学好きのじいさんとして歩いていたほうがよいアイデアが浮かぶんですよ。」


 なるほどなあ、天才って意外と感覚は一般人と同じなんだろうか。


「すげー、友達に自慢しよ」


 ハイトはすばやくサインを貰っている。


「ところで、議論の方を伺いたいのですよ。彼、どう思います?」


 ビンセントは拡声器を持った男を顎で指して言った。


「やたらと大きな声を出すだけなら子供にもできる。あなたを批判しているようだがリリーの内情はわからないですね」

「ふむ、そうだな、私に言わせれば彼はわがままを言って聞かない子供だった。実は昔は同じ機械室で彼を教育していたのですがね、思想はその頃から変わっていないようだ」


 ビンセントはあの拡声器を持った男の話をしたいようだ。


「ハイエンタールでは自然主義と言われる異教扱いですね。リリーは思想に関して寛容だ」

「あいつは優秀だよ。それだけにたちが悪いのだ。彼はかつての星のほうが美しいのだと。それには私も同意するよ。ただ、私は今のあり方も認めたい。人の営みとはかくも温かく、賢く、柔らかいのだと。星を怒らせなければ知らないままで終わってしまった美しさもあるのだよ。あるいは、本来の星の美しさにも我々は気づけていなかったのかもしれないしね」

堕駄ダダに関してはどうしようもなく不要な存在であると思っていましたが、この塔や戦闘機の製造のための技術……博士も携わっておられる栄相えいあい技術などに関しては、そうですね。確かに星を怒らせなかった未来にはない技術かもしれませんね」


 リリーが牽引する技術は、塔を高く伸ばす目的がなければ、堕駄ダダを倒す目的がなければ、本物の花があったなら、必要もなく生まれなかったかもしれない。


「栄鉄、栄転、栄魔、そして栄相えいあい……真に発明といえるのはモタニゲルが作り出した栄鉄技術だけだ。それ以降は彼の作ったおもちゃで遊んでいるに過ぎない、児戯に等しい代物なのだ。モタニゲルが栄鉄技術を作り出したのは完成してしまった塔をさらに伸ばすためだった。まさに人を助ける閃きだった。だが、それ以降のものの目的は闘争や嘘や誤魔化しにしか私の目には写っていないのだ。ましてやそれをさらに軍用に転用するなど……カラミティ博士には同意しかねる」


 拡声器の男はカラミティ博士というらしい。ビンセントは自省ともとれる語り方であったが、ユギィには彼が偉大な発明をしながらも苦悩する謙虚な科学者に見えた。


「おっともうこんな時間か」


 列が終わりに近づいてきた。


「一方的に喋ってしまってすまない。これも私の趣味なんだ。このあとスピーチがあるので失礼するよ」


 ビンセントは去ってしまった。


「さて、父さん」


 ハイトが満面の笑みを浮かべる。目の前の機械展の会場には目もくれず言い放った。


「僕の戦闘機を買いに行こう」


 しかめ面の僕を見て、


「今後困るだろ、助け合わないと」


 偉そうなことを言う。子供に言われるセリフじゃないなあ。

 ただこの子に戦闘機乗りの才能があることは確かだった。

 的確な操作と大胆な思考。何よりモンスターを恐れない。

 先日、ユギィはこの才能を見抜き、いつか自分を追い抜かれることを確信した

僕はため息をつくしかなかった。


「母さんには内緒だからな」


「いらっしゃい」


 リリーJA38階南東マニラ通り5〜7番。老舗戦闘機ディーラー「メテオ」は既に全盛の特需を終えて静かなホコリに埋もれた店だった。

 迎えてくれたのは年老いた女性。足腰は強いようで見物する僕らのあとを10歩ほど離れてついてきている。


「父さん、これプテラだよ! 現物を見れるとは思ってなかった。速度重視は導入初期に耐久度の低さから嫌煙されて作られなくなったって……」

「こっちはR-10だ! 父さんの戦闘機の基礎となった機体で、開発された当初は評判が悪かったんだけどあるパイロットがその性能を引き出したことで一気に人気が出たんだ……」


 ハイトのお喋りははもう止まらない、止める気も起きない。このくらいの歳の子はなんでこうも無尽蔵のエネルギーとメモリを備えているのだろう。一見無駄にも思える知識も、彼らのデータベースには漏れなく登録されていて、ふとした瞬間にシナプスが繋がり思わぬ答えられない問を生む。自分がかつて若かった頃はどんなによかったか思い出すように、子供の成長というのは目覚ましく、その才能を祝って親ばかにもなろうというものだ。


「こっちは……」


 ハイトが次の列の説明に取り掛かろうとしたとき、後ろで控えていた年老いた女性が引き継ぐ形でこう続けた。


「TR-2000、TT-L、PTの最後期型、SS。ここらのシリーズは私の作品さ」


 この時のハイトの目の開きようといったら、眼前に肉を据えられた犬よりも興奮した面持ちだった。


「おばあさんがこれ作ったの!!!!!!??????

そのシリーズ知ってるよ! TR-2000は父さんの機体だ!

PTは後期になるほど飛行能力特化で軽くなるんだよね。かっこいいけど装甲が薄いって。

TTはプラモを持ってる! SSはミサイルが……」

「こらこら、どうどう」


 2秒で過呼吸になりかけた息子の手綱を引いて落ち着かせてやる。


「失礼だろう。えーっと……」

「ドリラとお呼び。あなたのことは知ってるよ。囚われの勇兵さん」


 囚われの勇兵とはどうやらユギィのことらしい。


「あら、気を悪くしないでおくれよ。アギエルは古い呼び方だと【囚われの塔】と呼ぶんだよ」

「それは知っていますが、自分がそんな呼ばれ方をしていたとは知りませんでした」

「かっこいいじゃん! ゆうへい!」

「そーよ。リリー、というより戦闘機フリークの界隈では有名人だよあなた。ティラノで人型の堕駄ダダを狩るなんてねえ。正気じゃあない、が、すごいもんだ。乗りこなしたね」

「いや、そんな。というか、そこまで情報が漏れているのか」


 ユギィはアギエルで英雄となった。アギエルにいる間は情報統制がなされていたものの多くのヒトに知られていた。しかし、ハイエンタールでそのことを知っているものはいなかった。あそこではヒトはヒトでしかない。


「リリーはいろいろなものが手に入る。情報も人も技術も、集まり、そして出ていかない。アギエルが囚われならリリーは独占の塔だね。

ついでに言うならハイエンタールは静かに殺す看守の塔。奴らは囚える側」


 アギエルが囚われる側。ということだ。


「ここには戦闘機と噂話が溜まっていってる。私みたいなばあさんにゃあ、皆口も緩むというもの」


「なるほどね」


 まあるい眼鏡の奥から小さな目を細めて笑う。言っていることもどこまで本気なのか掴みどころのない、なんだかおもしろいばあさんだ。ユギィの口調も軽くなってきた。


「今日はどっちかって言うとその吹き溜まってる戦闘機の方に用があってきたんだ。ドリラさん」

「ダダ余ってる、の間違いだよ。それで?どんな好みかね。TR乗りにおすすめできるものってあまりないんだがねえ。TR-2000にはもう飽きちゃったのかい。」

「そんなことはないさ。不格好で鈍重、メンテナンスには気を使う露出型だし、搭載できるのは火力重視の特攻武器のみ……」

「だがそれがいい。だろう」


 気が合うなこのばあさん。というか造り主だった。


「たまには機動性重視の型にも乗ってみたいんだ。ただ装甲は固くしてほしい。アームは中距離でミサイルとバンカーを付けられないかな?」

ばあさんは目を光らせた。

「なあんかTRとは真反対の機体だねえ。ま、勇兵さんのご所望はもちろんここにあるよ。着いてきな」


 ばあさんに着いて店の反対側まで歩いていく。ばあさんが埃のかぶったカーテンを引き開けるとそれは出てきた。


「HD-a2、この店にある中じゃかなり若いほうだ。それだけ新機能を搭載してはいるHDシリーズ昔ながらの安定感は抜群だよ」


 ハイトが目を輝かす。クリスマスの朝にプレゼントを見つけた時の目に似ていた。喜びが目にメラメラ炎を灯しているが、言葉にできずただ目の前の素晴らしい景色を飲み込んでいた。


「装甲は厚いほうじゃないが、必要ならスプホール栄転で強度を上げよう。アームはもとから長めだね。あとは?ミサイルとバンカーだっけ?……こりゃオプション料金が結構いくよ。ちゃんとリラ持ってるかい?うちは現金のみなんでね」


 ばあさんが試算した金額を見ると、ユギィの目玉が飛び出そうになった。こりゃ向こう100年分のクリスマスプレゼント代でも足りないぞ……。


「ミサイルじゃなくてバズーカにしようかな。それと、バンカーは20mでも……」

「えー、でも……G-sideだよミサイルこれ。あとバンカーは短すぎ! バンカーは100ないとつける意味ない!!」


 ハイトが横から口を出す。こいつには誤魔化しは聞かないんだった。ばあさんがもうにやりと笑った。


「全部つけてくれ。お金に関してはそれこそ、英雄時代の遺産ってものがあるんだ。安心してくれ」


「まいどあり〜」


 なんてこった。遺産は嘘じゃないが、限りもある。しばらくは5000階台のいつものバーには行けないな……

 いつもより背中を丸めて店を去るユギィがそんなことを考えているとも知らずに、その後ろでハイトは指先がわなわなと震えるほどうれしかった。


「ひっひっひ、また来な坊っちゃん」

ドリラさんが後ろから声をかけてきた。まあるい眼鏡を上げてこちらを見ている。

「あんたが乗るんだろ?」


 ハイトはにんまりとした笑顔だけで応えて、父親の背中を追った。



続く

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