第6話 さよならを知らない
エレベーターがフロア88まで降りて来た。
ユギィは飛び降りる。他の避難者はとりあえず適当なフロアでおろして来た。彼らが塔管理者にに通報してくれることを願う。
ユギィは格納庫まで走った。途中で知り合いに会ったら面倒だと思った。絶対にひとりで出撃するつもりだったからだ。実際、エレベーターに乗せられるのは一機だけだろう。
ユギィは誰にも会わずに自機までたどり着くことができた。点検はエレベーターで行うとして、燃料だけ荷台に詰め込んですぐに発進動作に入る。
「待ってろよ」
ユギィは不思議な使命感に満ちていた。
オモトの待つフロア3969を目指して、エレベーターに自機を乗り込ませる。
エレベーターはフロア3969へ着いた。
思っていたより被害は食い止められている。
塔管理者の小隊が到着したようだ。避難したか、すでに喰われたか...いずれにせよ一般人は見当たらなかった。
モンスターに対する基礎知識は塔管理の軍隊となると一通り心得てはいるらしい。チームを組むなら、遠距離からの集中砲火。連携して弾幕を絶やさず、鉄の物量で押している。
だが、化物は再生し続ける。軍もなかなかやるがこのままではジリ貧だろう。
オモト、お前何人喰ったんだ。
エレベーターを登ってる間に、燃料を満タンにしておいた。
ユギィはスイッチを押しながらMブースターレバーを限界まで押し上げた。
「オモトォオオオ!!!」
ロケットブースターで一気に近づく。
塔管理軍は突然現れた友軍に戸惑いながらも射撃を続けた。
オモトはこちらに気づいたが、抵抗する間は与えずユギィは慣れた操作で拘束する。
下水だ。
不意に思いついた。
そうだ、前にオモトと見た光景は...
前にフロア3477で下水に降りた時は北西副脈中の側の工業用廃棄穴を降りた。どのフロアでも同じ構造だと信じよう。
逃れようとする化物をアームで器用に押さえつけながらブレーキをかけずに市街地を突っ切る。
有った!!よかった。ユギィは脇目も振らずその穴に飛び込んだ。頭に地図を作りながら方角を確認する。
塔のあらゆる出口は管理されてないといけないから数が絞られている。奇数フロアだから東西南北か。
ユギィはオモトを連れ下水道を猛スピードで飛行した。
普通ならこんな運転はしない。だが今は一刻一秒を争っていた。化物はコクピットの隙間から侵入を試み出したのだ。
早く彼を殺さなければ、僕が死ぬ。
「頭脳を持った化物か。新しいな」
ユギィはこの極限の状況の中で、今までになく冷静にマシンを操縦していた。コクピットに覆い被さった化物のドロドロでまともに前も見えない中、スピードを一度も落とさずに目的の塔の出口までたどり着いたのだ。
死の危機感からそれが出来たわけではないと、未だにユギィは信じている。ただ、それは友情のためだった。
オモトのことを思うと、やり切れない。
だからせめて、これくらいはやらなきゃと思ったのだ。
目指していたのは下水道の終着点だ。下水は最終的には塔外へ捨てるようになっている。
一応、外との境目には鉄格子が嵌められていたが、あの程度なら大丈夫だろう。
明るい光を切り取っていた鉄格子を機体の体当たりで破る。
下水の滝。虹がかかっている。そんなことどうでもいいけど、目の端に映ったのだ。
僕らは塔の外へ飛び出した。眼下の雲の白と、塔に遮られた青。星は僕たちの悲しみや決心など何にも知らない様子でただ美しかった。
オモトは突然の光に戸惑っているのだろうか、身をよじるように当たりを見回した。
ああ、もうどこが目なのかもわからないヒトとは呼べない見た目だが、ユギィにはわかるのだ。
ユギィの機体の装備はこの前のミルとのミッションでも
使った圧縮バーナーだ。これなら化物の再生より早く焼き切ることが出来るはずだ。
これは今のように機体に密着された状態では当てることができない。だが、オモトも空中に投げ出されたくはないので、びっちりとくっついてくる。コクピットへの侵入も止まってはいない。
一度引き離す必要があるな。
ユギィは第二の塔の壁へ近づくことにした。
大窓を、外から見るのは初めてだ。遠征兵が駐屯する下の方のフロアは大窓は設置されない時代に建てられたものだ。この大きさで耐久性を保ったガラスの大量生産のためには、栄転技術の発達を待たねばならなかった。
大窓に近づいた時、突然、オモトはコクピットへの侵入を辞めた。
「くそ! 餌のある場所へ戻る気か!」
大窓へ化物は飛び移った。咄嗟にアームで絡めとろうとしたものの、トカゲの尻尾を切るように、オモトは肉片を残して逃げ果せた。
彼は大窓に張り付いた。今や変幻自在となった彼の体を、鋭く尖らせているのが見える。窓を突き破る気だ。
「見てらんないんだよ。オモト!!!」
ユギィはいつのまにか涙を流していた。
手元は正確に機体をオモトの正面まで運んだ。無駄なく、素早く、化物になった親友に圧縮バーナーの照準を合わせる。
ユギィは、ためらわなかった。
バウンティの化物を狩る時と同じように。あるいは、それはユギィにとっては日常的な動作となんら変わりはないから、水道の蛇口を捻るように。または、腐った豚を焼くように。
ユギィは引き金を引いた。
オモトは悲鳴を上げられなかった。もう声帯なんてないのだ。ユギィの耳に残ったのはバーナーが残火処理をする甲高い音だけだった。
オモトは焼けて、落ちて行った。彼の嫌ったこの塔に見下ろされながら、本当の一番下まで流れ星のように燃え尽きながら落ちて行った。
ユギィはそれが見えなくなるまで眺めていた。
「オモト、僕もいつか、そっちへ行くことになるんだろうな。ヒトを殺したんだから」
大窓の内側からは、先程は化物と交戦していた塔管理の軍が、勝利に沸いていた。
「でもさ、確かにお前が言っていた通りでさ、豚を焼くのとなんも変わんないよな」
そしてユギィは英雄として塔へ戻った。
『星は知らない』 "友情編" -完-
『星は知らない』 "下界編" へ続く
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