第5話 再生と崩壊
「お前、何しに来たんだよ」
「あーあーやっぱりそういう態度か」
「お前がやったこと、塔責任者にバラしてもいいんだぞ」
「どうぞ、ご自由に。無駄だと思うがね。今となっちゃおれは小金持ちだ」
オモトは人然とした態度だ。こいつ、やっぱり反省してないな。
「お前と話すことはない」
ユギィは立ち去ろうとした。
「おい、待てよ。おれはお前をボディーガードとして買いに来たんだぜ」
!!!?
その場にいた遠征兵一同が唖然とする。
「……おい、なんだって?」
「だからよ、ほら」
オモトは懐からどさっと札束を放り投げた。
ざっと500万リラはある。
「とりあえず、1か月分だ」
「こいつぁ、おれたちの給料1年分にはなるぞ……」
遠征兵のひとりが呟いた。
「足りねえか?」
オモトは余裕な顔だ。ハッタリではないと思う。
「お前、どこでそんな金を……」
「それを話すのはお前を雇った後だ。違うか?お前、金を集めてるらしいじゃないか。何のためかは知らねぇがな」
やはりオモトは耳が早い。
ユギィが金を集めるのは、初めは"星を壊す"ためだった。金を貯め、兵器を買い、この世界を終わらせようと本気で思っていた。
だかやがて、自分は目的が欲しいだけなのだと気付いた。フロア3477にいた頃は、それは上にあがることだった。そして下に降りてからは"星を壊すために金を貯める"。どちらも実現不可能なことをどこか分かっていながら、何か目指すものがないと不安だからと定めた北極星なのだ。
だから、金も欲しいが、本当のことを言うと、好奇心が湧いた。結局は僕もオモトと同じ穴のムジナらしい。
オモトは今度は何をしたんだろう。確か3900以上のフロアに行ったって話だった。そこでどうやって金を稼いだ?僕が1年かけて稼いだ額を、ポンと出せるほどに??
正直、悔しい気持ちもある。けれど、やっぱりこいつには敵わないという思いをユギィは心の内に見つけていた。そしてそれを悪くも思わなかった。
オモトが人を殺したことを許す気はない。
だが、あくまで金で雇われればユギィのプライドは崩れなかった。それすらもオモトに見透かされていそうなところは純粋にムカつくけど。
「足りないな。2倍は貰おうか」
オモトはニヤッと笑って懐からもう1束放り投げた。
「あの一緒に行った駐屯兵はどうしたんだよ?」
1年前と同じ貨物エレベーターで今度は上がる。今夜も売り手は10人以上いるようだ。塔管理者は前のロリコンジジイではなかった。今の僕を見ても買う気にはならないだろうけど。
「ああ、あいつね、ジーグのことか」
僕は名前すら知らんけど。
「結局女だとよ、飽きたって言ってたのにな。フロア3969に行ってから少しばかり一緒に行動してたんだが……ちょっと金が入ったとたん3970に豪遊しに行ったよ。それ以来知らん」
僕が黙っていると
「3968から3970は行き来が自由なんだ。3477とは別世界だぜ。詳しくはここで話すより行ったほうが速いさ」
「どうせ1ヶ月しか居ないがな」
「はいはい、ちゃんと守れよ。ボディーガードなら」
フロア3969に着いた。確かにここは別世界だ。
まず明るい。辺り一面に電球の明かりが灯っていて、昼のように明るい。それだけ潤沢な発電ができているなんて。
そして、うるさい。人の歓声と、楽団のメロディで聴覚は満杯だった。
周りの人間は皆豪華な服を着て、遊んでいる。
小さなボールを投げたり、歯車で回る絵を見て何が楽しいんだ??
「なんだここは? 働く人間は居ないのか??」
「おれと同じ反応だな。結論を言うと働く人間はいる。そいつらは負けて、こいつらは勝った」
オモトは細かい説明をする気は無さそうだった。
「ちなみにおれはその勝負には参加していない。さ、おれの仕事場へ行くぞ」
僕は周りの様子を見たい気持ちを抑えて、オモトを見失わないように着いて行った。
灯りも少なくなって、ここは町外れのようだ。人の住む住宅地のようだが。住民は皆遊びに出ているんじゃないだろうか、人気を感じない。ある家庭の鎖に繋がれた犬が、吠えるでもなくこちらを恨めしそうに睨んでいる。
「ここだ」
建物の間に下る階段があった。下の方が真っ暗で何も見えない。オモトは勝手知ったる、といった様子で早足で降りていく。
「あいてっ」
ユギィも続けて降りると、下で待っていたオモトにぶつかった。
階段の下には重そうな鉄扉がポツンとあるだけだった。
オモトが密閉用のハンドルを回して開けようとしている。
「おれがやろう」
金を貰っている以上、こんぐらいはやる。
「いつの間におれよりマッチョになりやがった」
それには答えない。料金外だ。
扉は開いた。オモトはさっさと奥へ進む。
ユギィは、あえて扉を少しだけ開けておいた。遠征兵として培われた勘によると、ここはモンスターの巣と同じ匂いがする。
奥には廊下を挟んで小さな部屋が1つあるだけだった。
古びた蛍光灯で照らしきれていない部屋でオモトがもう一人の人物と話している。年の頃は若そうだ。汚れた白衣を身にまとい、髪はボサボサ、割れた眼鏡越しにオモトを上目遣いで見上げている。
「できたぜオモト。新作だ。試してみろよ」
「お、どうだ今回のは」
「10倍だ」
「なるほどね、出所は?」
「生活用の水は環境管理フロアで雨水を浄化することによって作られる。雨水そのままだと、この星の毒性が残っているからだ。そんで今回使ったこれは……」
白衣の男は部屋の奥にある光った水槽を指差した。
等間隔に植物の苗が浮かべられている。
「その浄化前の水を頂いた。危険だから触るなよ。お前もだ」
白衣の男は最後の部分は僕を指差して言った。こいつは一度も僕の方を見ない。
「よし、試させてもらう」
オモトはそう言うと、白衣の男から渡されたらしいケースの中から黒い錠剤を1つ取り出して、噛み砕いた。
「.......ハッ!!!」
オモトは体を震わせ、よじるように手足を様々な方向に向け出した。
「おい!! 何を飲ませた!? 大丈夫かよ!!」
「うるさいな」
白衣の男は相変わらずこっちを見ない。
「大丈夫かって? ユギィ」
オモトは今度はボーっと突っ立っていた。虚な目でこちらを見ているが、視点は定まっていない。
この目は……
「最ッ高ダヨ!! 今までで1番の出来だっ! これなら前のに慣れちまったやつらからまた搾り取れるぞ!!」
「だから言ったろ。今日はひと粒にしとけ。10倍だからこれ以上はヤバい」
「身体中の細胞が再生されていくみたいなんだ……」
「おい! オモトお前なに食ったんだよ!!」
「いや、そうだな、今日はやめといたほうがいい。うん。でもよ、もう一粒なら大丈夫だろう……」
「オモト、やめておけ。ほら、それを返せ」
白衣の男はオモトからケースを取り上げようとする。
「おい、なんだってんだ! 人を赤ん坊みたい扱いやがってヨォ!!」
オモトはケースを渡さなかった。
「おれはな、今まで何回もやってんだ。大丈夫だ一粒だろうとなんだろうとな!!」
「おい! やめろって!! お前止めろ!!」
僕はオモトの手に喰らいかかった。が、すぐに振り飛ばされだ。強い...!!、さっきよりも筋肉量が増えている..?
オモトはケースの錠剤を一気に口に流し込んだ。
「し……死ぬぞ……」
白衣の男は顔を青くして背後の棚の瓶や書類の束を落としてしまった。立っていられないようだ。
「アハ」
オモトは身体中に血管が浮き出ていた。
目は赤く血走っている。そうだ、この目は、思い出した。モンスターの目を覗き込んだときの感覚だ。
オモトはキョロキョロと辺りを見回す。
部屋の中は静まり返る。
「おい……解毒剤はないのか?」
白衣の男に小声で聞いた。
「そんなもんあるわけない。これは元を辿れば星の毒だぞ」
オモト匂いを嗅ぎ出した。そして、水槽に近づき出す。
「まずい!! 原液だぞ!!!」
遅かった。オモトは水槽に頭をぶち込んでゴクゴクと喉を鳴らし始めた。
「こんな……おいオモト……」
白衣の男は恐怖で泣き出していた。
オモトの体がブクブクと泡立つ。血管が盛り上がって所々破け出した。足元から崩れ落ちた。皮膚と筋肉が溶けて姿勢を保っていられなくなったのだろう。ベチャッと嫌な音がして、床に臭い水溜りを作った。
ユギィは逃げる準備を整えた。これで終わるはずがない。
「おい、立てるか?」
白衣の男はオモトだったものから目を離せない。だめだ。こいつは死んだ。
オモトだったものは再び沸騰したように泡立ち始めた。
そして、次の瞬間には白衣の男をそのどろどろで包み込むように喰いかかった。
今だ!!
ユギィは入り口の扉へダッシュした。
開けておいてよかった。外へ身を滑り出し、ハンドルを限界まで閉めた。白衣の男の悲鳴が途切れる。
オモトが……モンスターになったんだ!!
止められなかった。あいつがヒトでなくなる時も僕はなにも出来なかった。そして今も……!!
ガンガンと扉を叩く音が聞こえる。考えるのは後か……
ユギィが地上への階段を駆け上がったところで、後ろの扉が破られる音が聞こえた。速い!人を喰って成長したのか?数センチある鉄の扉が1分と持たないとは。
ユギィは来た道を走った。
後ろでは犬の鳴き声が聞こえる。あいつは鎖があるから逃げられない。
すぐに町にたどり着いた。振り返るとまだオモトだったものは来ていない。
「誰か!!! 聞いてくれ!! モンスターが出たんだ!」
聞く耳を持たない。そもそもこんな大音量の中じゃ僕の声が響かない。
「くそっ塔管理者は居ないのか」
エレベーターまで走る。いた!ここにあがって来たときに乗っていたエレベーターがまだ止まっていた。
「助けてくれ!! 軍を呼ぶんだ。モンスターが湧いた」
「おい、酔っ払いだ。お前が処理しろ」
「先輩、おれに仕事振りすぎですよ」
「呑気なこと言ってんな!! 早くヒトを避難させるんだ!!」
「はいはい、話はあっちで聞きますから」
くそっ。そりゃ信じないよな。
「おい! あっちでも騒ぎだ。お前が行け。おれはその酔っ払いを連れて行く。」
「だから先輩、面倒な仕事ばっかおれに……って先輩!!」
悲鳴だ。
オモトが街にたどり着いたらしい。辺りのヒトたちも異変に気づきたした。
「なんだ?ありゃ」
ユギィはその隙にエレベーターへ抜けた。キーは今盗めた。これでエレベーターを動かせる。
塔管理者の2人も事の重大さに気づいたらしく、応援を呼ぶ無線機を連打している。
オモトはこっちに向かって来た。狙いは僕なのか??
先輩と呼ばれていた塔管理者は銃を構えた。モンスターから逃げる人々もこちらへ押し寄せてくる。そのせいで発砲出来ないようだ。
ユギィがエレベーターの発進準備をしているうちに、逃げて来た人達がエレベーターへ乗り込んできた。
「早く出せ!! ほら金だ早くしろ!!」
「ちょっと!! 痛い!骨が折れちゃう!」
「やめろ!! エレベーターが壊れるだろ!降りろ!!」
もう満員だ。僕はエレベーターの扉を閉め発進ボタンを押す。
オモトはエレベーターの扉の前まで迫って来ていた。エレベーターに乗れなかった人垣の後ろに、その悍しい姿が見えた。
あれは、もうヒトだったようには見えない。
塔管理者の銃撃は効果がないようだ。ブクブクと湧き立ち続ける体をすり抜けるか、少し体制を崩すことしかできていなかった。モンスターは血の色をした触手のような物を大きく上へ広げていた。
次の瞬間、それを人々へ振り下ろす。
30あまりいた人間が境界も分からなくなって赤い血溜まりに沈黙した。
エレベーターが下り始め、最後に見えた光景がそれだった。乗っていたヒトたちは一生忘れることができないだろう。
ユギィは、決めた。今度こそ。
「オモトを、殺す。僕が、僕の手で……」
僕がやってやんなきゃなんない。これ以上彼が、あの頃のオモトから遠ざかってしまう前に。
続く
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