第3話 彼は上へ、僕は下へ

 上手くいったな、相棒。オモトはそんな様子でこちらにウインクをした。


 実際、うまくいった。

 ここは脈柱北東側の貨物エレベーターの内部。本運用されている貨物エレベーターよりは小さいが、それでも20人余りを載せて嗜好品もたっぷりと積み込めた。

 見張りは塔管理者2人だ。銃を持っている。塔管理職にはエント教の人間しかなれないが、この謀略の塔アギエルに勤めているということはそこまで地位は高くないのだろう。携行品も使い古したものばかりだ。

 僕は一応、女の子の服を着ている。


「売られる子がおめかしするわけねえ」


と言ってオモトが泥で汚した服だ。せっかく僕が南区の古着屋に行って買ったワンピースなのだが。(それが一番安かっただけで、僕の趣味じゃない!)


「後は髪ほどいとけ。前髪で目も隠すんだ。……まあそれで十分だろ」


 という訳で2年は切っていない一本結びにしていた髪をほどき、先程のワンピースを着ただけで貨物エレベーターの荷物検査を受けたのだが、すんなり通ってしまった。

 オモトの身分証は問題なかったのだろう。僕を売る行商人風?の格好をして胸を張って検閲ゲートを通過した。

 問題があったとすれば……塔管理者のひとり、髭をはやした小太りのじじいが何を思ったのか僕を見て「いくらだ?」なんて抜かしやがった。こいつは荷物検査の時も僕の体をまさぐってきた。(僕も男だとバレたらやばいので必死に前を隠した。)オモトが下で高く売るつもりだと言って聞かなかったからよかったものの反吐が出る野郎だ。今もちらちらとこっちを見る視線を感じる気がする、ロリコンくそじじいめ。

 まあ、僕が男だってことはバレていないってことだし、作戦としてはうまくいっている。

 今、エレベーターはフロア1000を過ぎた所だ。僕たちの行き先はフロア88。外の景色は見えないから遠くまで来た気はしない。

 周りの女の子の顔は見ていられない。いまから売られるって時だ。絶望した面持ちで下を向き、涙も流さない。

 今回のエレベーター便では僕以外に4〜5人の女の子。後は強制収集されたであろう男達も同じくらい、そしてオモトなど売り手風の男が10人ほど乗っている。このうち、帰りのエレベーターに乗るのは売り手の10人ということになる。オモトはどうやって帰りに上まで行くつもりなんだ?


 エレベーターが減速した。

 フロア表示が88、着いたようだ。塔管理者が扉を開ける。

 明るい。まず思ったのはそれだった。家がないからだ、大窓に張り付くあの貴族達の家。

 広さは僕らのいたフロア3477と同じはずだから、やっぱり建物が密集していないことがこの侘しさを感じさせるのだろうか。人影は見えず、エレベーター便の貨物を運ぶ音だけががらんどうの天井まで響いていた。

 遠くに平小屋やキャンプが連なっているのが見える。あそこが遠征部隊の駐屯地だろう。離れてポツンポツンとある建物は戦器の整備場かなんかだろう。

 グッと首筋を引っ張られる。


「おいボサッとしてんな」


 オモトに列から引き剥がされそばに置いてあるコンテナのそばに逃げ込んだ。塔管理者にはバレてないみたいだ。ほんと仕事しろ。いや、してなくて助かったけれど。


「ゲホッ苦しいじゃないか」

「馬鹿、あのまま行ってたらお前を売るだけだぞ」


 キャラバンの列は駐屯地へ入る。


「まあそうか、それで? ここからどうするんだよ。いっちばん下まで来ちゃったんだぞ」

「それだよ。想定外が起きた」

「えっ!!!」


 口を塞がれる。


「馬鹿、声出すんじゃねえよ! 大丈夫だ安心しろ。想定外ってのは塔管理者がさっきつけてた名簿だ。事前情報じゃあどこの階から何人乗ったかってのはさほど見られていないってことだった。そんならよっぽど上の階に戻るって言わない限りばれない。だからおれは少しずつ上の階に行けると思ってたんだよ」


 オモトは早口でまくしたてた。


「だけどおれらより前にへましたやつがいたのか、さっき見たら乗った階を名簿につけてたんだよ。これじゃ最高で同じ階にしか戻れねえ。」


 なんだよ、仕事してたのかよあのロリコンじじい。くそっ。


「……だけど代替案は、ある。だから大丈夫だ。誰か売り手が出てくるを待つぞ」


 オモトは、焦っているのだろうか。だけどプランはあるらしい。


「アニキ、大丈夫か? まあ最悪、元のフロアに戻ればいいじゃないか」


「まあそうだ……まあそうだな。だが大丈夫だ、これでもうまくいく。……出てきたぞ。やったひとりだ!」


 駐屯地の入り口近くの大きなテントから、売り手らしい男が1人出てきた。確か女の子を連れていたやつだ。ひとりで出てきたということはすぐに売れてしまったのだろう。


「来いっユギィ」


 オモトは腰を落としてコンテナの影を進み始めた。僕も後へ続く。

 売り手の男は駐屯地から出て来た。タバコでも吸うらしい。僕らは横からそれを眺める格好になった。


「よしユギィ、お前はここにいろ」


 そう言うが早いか、オモトはコンテナの影をから身を出した。何をするつもりなんだ?


「よおダンナ、景気良さそうだなあ」


 そんなこと言って売り手の男に近づいて行く。

 遠くて何を話しているかは聞こえなくなってしまったが、オモトはうまく話しているようだ。ああやっていつもヒトから情報を得ているんだろう。

 オモトがこちらを指差した。2人でこっちに向かってくる

ようだ。僕はどうしたらいいかわからず、2人を待った。

 2人がコンテナの裏までやってきた


「で? 儲け話ってのは? 続きを聞かせろよ」

 売り手の男がオモトに尋ねる。


「黙れ」

 オモトは売り手の男の腹部にナイフを突きつけた。


「えっ!!? 何してんだよォ!!!」

「うるさいぞユギィ黙ってるんだ。テントから次の奴らが出てきちまう」

 オモトは左手ではぎっちりと売り手の男の口を塞いでいた。オモトはいつも体を鍛えているから抵抗しようにも無理だろう。売り手の男の顔は赤黒く腫れ上がり、次に青く白ずんだ。手足を振り回してオモトを殴っていたが、オモトはびくともしない。やがて売り手の男は力なく足元から地面へ崩れ落ちた。


「死んだ……」


 いや違う。


「なんで...なんで殺したんだよ!!」

「ユギィ、声を落とせ」


 売り手の男は殺された。男は娘を売り、金を受け取って、死んだ。ろくでもないやつなのは確かだ、だけど...


「殺すなんて!!」

「黙れ、ユギィ!!」


 オモトは今度は僕の口を塞いだ。


「仕方がないんだよ。この男の身分証が必要なんだ。こいつはフロア3969の奴隷商だった。お前以外の娘は全部こいつの商品だったんだよ。護衛も付けずに売りにきたこいつも悪いさ、自業自得ってやつだよ」


 オモトの目はギラギラと輝いていた。僕の口を塞ぐ手に力がこもる。苦しい。


「あぁ……悪い。なあユギィ」

オモトは手を離した。僕はすかさず彼から距離を取った。


「おい、そんなに怖がるなって。なんだよ、ブタを殺すのといっしょだったんだぜ?」

「ヒトじゃないか!君が殺したのは!!」

「落ち着けよ、なあ。おれらにとっちゃ上に行くことこそが本当の目的じゃねえか、忘れたのか?? おれは見てみたいんだよ、上に行った時の景色をさ。好奇心を押さえらんねえんだ。ヒトを殺したのはまあ、成り行きだけどやっぱりブタを殺すのと変わんなかったよ」

「そんなの、ハイエンタールのやつらといっしょじゃねえか!! ヒトをヒトとも思えないなんて……」


 ああ、オモトはもう人殺しの目をしていた。オモトとはずっといっしょだった。同じ仕事をして、同じ夢を持った親友だ。親友だった……


「おいユギィ、それはひどいんじゃ……」

「お二人さん、声を落とせ」

「誰だ!!」


 オモトの目がギラリとそっちを向く。

 振り返るとくすんだ緑の作業服に身を包んだ男が立っていた。


「おいおれは殺すなよ。大丈夫だ、チクるつもりなら最初から話しかけねえ」

「……」


 オモトはナイフをしまっていない。


「おい、おれを殺るのは無理だと思うぜ。おれはここの駐屯兵だ」

「なるほどな、駐屯兵殿が何の用だ??」


 オモトは警戒を緩めてはいないが、駐屯兵に死体を見られた以上、話を進めることにしたようだ。


「話は大体聞かせてもらったよ。手短に言うと、おれも上へ行かせてもらおう。フロア3969だって? いいとこ引いたよお前さん」


 男は歳こそ中年といったところだが、勝てる気はしない。雰囲気といっていいのか纏っている凄みが、僕らを黙らせるには十分な量だった。


「もちろん、断るならお前達はここで死ぬ。それだけだ」

「だが、身分証はひとつだけだぜ?」


 オモトは身分証に手を掛けた。いざとなったら破いて使えなくするつもりだろう。


「おれをボディガードとして雇ったことにするんだ。そういう話はなくもない。んで、嬢ちゃんはいい値がつかなかったんで持ち帰ると言えばいい。その死体にお前の服を着せておけ、奴隷商に襲いかかり死んだのはお前、守ったのはおれ。そういう筋書きでいこう」


 男のペースだった。

 こいつも、オモトも、ヒトの命をなんとも思っちゃいない。使えるものは使うだけで、自分の目的の為に犠牲にしたこの死んだ男の人生なんて考えもしない。

 狂ってるんだ。もう、この塔もこの星も、多分どこを探しても腐っていないものなんてない。死んだ男から漂い始めた死臭が僕にある決断をさせた。


「僕は行かない」


 オモトはハッとこちらを向いた。


「おいユギィ、何言ってんだ」

「そいつはいい……了解だ」


 男にとってはどちらでもよいのだろう。


「ユギィ、お前は売り物としてきたからもう元のフロアにも戻れねえんだぞ。上に行くしかねえんだ」

 オモトは僕から何かを感じ取ったのだろう。いつになく必死な表情だ。だけど、僕は上へ行くつもりはなかった。

「僕はこの階に残る。もう行ってくれ」

「おいユギィ!!」

「塔管理者が戻ってきた。行くぞ、オモトさんよ」


 今日の闇市は全て終わったのだろう。続々と売り手がテントから出てくる。


「お前……マジで言ってんのかよ。おい! ユギィ!!」


 僕は答えなかった。


「ユギィお前、後悔するぞ……おれは行くぞユギィ。どうしても上がりてえんだ。夢なんだよこんなチャンスないんだよ。行くぞ! おれは!! いいんだな!?」


 僕は答えない。


「...........じゃあな。ユギィ」


 2人の足音が遠ざかる。僕は決して振り返らなかった。

貨物エレベーターが閉まる音が聞こえる。2人はうまくのれたようだ。

 僕はコンテナの影でしばらくうずくまっていた。

 だけどやがて、足に力が戻ってきた。

 駐屯地のキャンプへ向かう。

 長机に書類を並べて、金を整理している男がいた。


「おいおいおい、まだ売り物が残ってたのか? 嬢ちゃん、売り手はどこだ??」

「僕は男だ、売りもんじゃねえ」

「馬鹿いうな、触らせてみろ......おいほんとに付いてるじゃねーか。そういう需要あったかな〜」

「売り物じゃねえって言ってるだろ。駐屯兵に志願する」

「それこそ、馬鹿いうなって言ってるだろ。そんな自殺志願者いる訳もねえ」

男は金の整理に戻ろうとする。

「自殺する気もねえ」


「僕はこの星の全部を、ぶっ壊したいんだよ」


続く

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