第2話 僕らには何もない

「作戦って?また下水道じゃないだろうね……」


 いつだったかフロアの下に張り巡らされた下水道のどこかに下のフロアに通じる穴があるという噂をオモトが聞きつけた。それを確かめるためオモトとユギィは夜通し下水道を歩き回り、体中が汚物の匂いに塗れた末に何も見つからなかったという嫌な思い出があるのだ。


「今回は下水じゃねえ、安心しろ。

だが、まず『下』を目指すところはいっしょだ」

「下?下ってまた農作物フロアを目指すってことか??」


 AG-F3477は居住区フロアだ。

 居住区フロアの上下のフロアはセットで運用されることがほとんどで、上は環境管理フロア、下は農作物フロアとなっている。3つのフロアで1つの生態系だ。


「いやちげえ、もっと下だ。何度やったかわからねえが、このフロアの構造のおさらいをするぞ。」

「えぇ〜! もういいだろ……だいたい頭に入ってるよ」

「うるせえ! だから何度やったかわからねえがっていったろ。それにだいたいじゃだめだ。今回は戻ってこれない可能性すらあんだ」


 オモトは真剣らしい。いつもアイデアを持ってくるのはオモトだ。僕はその話を聞く。聞くとなんだかできそうな気がしてくるんだ。


「図を描こう。フロアと……円柱が5つ……」


 オモトは地面に煤で大きな円を描いた。これはAG-F3477のフロア全体を表しているのだろう。その大きな円の中に5つの円を描いた。1つは他より大きく、フロアを表す外円と中心を同じくしている。


「この真ん中の円が脈柱だ」


 脈柱はフロアの真ん中にそびえ、あらゆる動力やエレベーターが集約され、その名の通り塔の大動脈となっている。基本的に他の階との行き来はこの脈柱を介する必要があるが言うまでもなく警備は厳しい。公式の身分証はもちろん、行き先によっては持ち物の検査や推薦状の有無を確認されるのだ。

 オモトがフロア内に描いた他の4つの円も、柱を表している。これらは脈柱と同じように動力や廃棄物を通す副脈柱で、フロアを支える役目も果たしているが、脈柱とは異なり他の階との行き来はできない。それでも、動力用の管を通る輩がいないようの警備はされている。


「おれたちが今いるのは西区、住んでるのは東区。金持ちの家があるのは南区で、あいつらが働く工場地帯は北区だろ??」

「よくわかってるじゃねえか」


 オモトの長口上が始まる前に僕が説明をしておいた。オモトはすこし不服そうにフロアの円に区画を表すバツ印を描き足す。先程の副脈柱はちょうどこの区画の境目となる北東・南東・南西・北西に位置している。

 僕らは毎日、東区の寝床で起きて西区の働き口へとぼとぼと歩く。そして夕陽が辺りを赤く染める頃に仕事を終えて東区へ帰る。太陽を見るのは日の出と日暮れに建物の隙間からだけ。それ以外の時間はずっと薄暗く、僕らは浅黒く育つ。まるで太陽まで富裕層のものみたいだ。

 金持ちの家は南区にあるから日中も日の光を浴びることができる。大窓の近くは貴族の家でびっちりだ。彼らの仕事場は北区にあって、通勤時にはちょうど僕ら東西民と脈柱あたりで交差することになるんだが、これがまた嫌な感じの顔でこっちを見るんだよな。


「で? 作戦を教えてくれよ。脈柱を通る金はねえ、副脈柱に忍び込むのも無理だったし、下水道も下のフロアまでは繋がってなかっただろ?」

「今回は脈柱を使って堂々と1番下まで降りることにした」

「なっ……!? なんだよ1番下って!! モンスターがいっぱいいるっていう、遠征部隊の基地しかない所じゃないか。それに、結局エレベーターを使わなきゃいけないし!」


 モンスターの数は減らないらしい。地表が毒沼に浸されてから、年々その水位は上がっており調査もままならないようだが、おそらくヒトだったモノとは別に地上にいた動物たちも怪物化し、そしてそれらの交配で数と種類が爆発的に増えているのだという。それらが塔を登ってこないように討伐するのが遠征部隊の役目だ。彼らは毒沼が浸すギリギリの階で籠城し、昼夜を問わず喰いかかってくるモンスターを殺すことで報酬を得る。ただ、いくら報酬が貰えるからといってこの仕事をやりたがる人間はいない。大抵は1年もたないのだ。だけどモンスターは減らさないといけないから孤児や犯罪者は遠征部隊に強制収集され、下へ降ろされる。


「まさか、遠征部隊に志願するっていうわけじゃないよね!? 自殺行為だ!!」

「まあまあまあ落ち着けって、遠征部隊に志願するわけねえだろ自殺行為だ」

「じゃあどうやって……?」

「奴らに定期的に物資を届けるエレベーター便がある。それを狙う。遠征部隊は稼ぎはいいもんだから金を使い、酒やら女やら大量に注文するそうだ。あんまり公にできないもんも運ぶから南区の連中じゃなく、東西民が卸すことがほとんどなんだと。実際、隠しちゃいるがダンの酒屋も裏稼業として毎月発注を受けている。」


 どこで調べたんだか。情報に関しては抜け目なく集めてくる。


「なるほど。脈柱で遠征部隊の物質補給に紛れて下に降りるとこまではわかったけど……。でも僕らの目的は上だろ?? それに、酒なんかの物資もまるっきり持ってないじゃない。僕らには何にもない」


 日々の暮らしで精一杯で肉を食うのすら数えるほどしかない僕らに、人に売るほどの何かなんて持ち合わせている訳がない。


「下がった後は上がるだろ。そこはちゃんと考えてあるから安心しろ。それに、何にもないことはねえ。確かに酒やなんかの物資はねえが……」


 オモトはニヤリと笑った。


「じゃあ、女はどうだ?」

「女ぁ? それこそ無理だよ。おれらに子供なんていないし」

「だからよ、お前がなれ、女」

「はああああ!???」


 何を言い出すんだ、急に。僕は歴とした男だし、これからもそうだ!


「女装だよ、女装。わかるだろ。おれじゃガタイがよ過ぎるし……お前なら服とかなんかでごまかせるだろ」


 何を言い出すかとおもったら...つまり、オモトは僕を女装させ遠征部隊に売りにいくフリをして下層まで降り、帰り道で上まで上がる気でいるらしい。


「そんなうまくいくわけないだろ!女装なんてすぐバレそうだし」

「いやーおれはうまくいくと思うけどなあ。さっきも言ったがあんま大っぴらな取引じゃねえもんで、そこまで検査は厳しくねえ。身分証も偽装で行けるし、売られる女は荷物扱いだから荷札つけるだけだ」

「……」


 これが作戦だったとは

 うまくいくんだろうな?


「とにかくだ。今日は配給日だよな? お前、服買ってこい服。南区の市場ならまだやってはずだ。おれは身分証や何やら準備する。実は今夜あるんだよ、そのエレベーター便が」


しかも決行日は今日かよ!! オモトは決めたらこうだもんなあ。


「わかった。やるよ、どうせそれしかやることはないし」


 僕らは上を目指す以外ないんだ。だからオモトがやるなら僕もやる。昔っからそうだった。


「そうこなくっちゃな!!」


 オモトはそう言うと去っていく。行動が早いヒトだ。

 僕は、うまくいくって信じ切っているオモトがいると自分も自信が湧いてくる。もし今回の作戦がうまくいけば、今夜中に上に行けるってことだ。明日の朝はもっと高い所から景色を見るってことだ。それって最高じゃないか。うん、やるぞ!! やることは女装だけど

 あ、オモトめ、ノルマを手伝うって約束だったのに結局何もやってないじゃないか。

 まあいいか、明日はこのフロアにいないはずなんだから。

 僕は南区へ向かった。


続く

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