友情編

第1話 肉の食べ方

星は知らない

僕らがそっちへ手を伸ばしていることも


 今日は配給日だ。

 溶鉄の仕事も慣れてきて、今ではあまり火傷をしなくなった。給料はいいし、昼には場長の図らいで人参の入ったシチューが食える。いつまでこの現場が続くかはわからないけど、流石オモトが喜び勇んで見つけてきた仕事なだけある。


「おい、ユギィ」


 オモトだ。何やら背中に背負っている。


「なにを持ってきたの??」

「まあみろよ」


 どさっと僕の目の前に下ろす。臭い。それに、2人の足元に滴っているのは、


「血?もしかして、アニキ、これって……」

「おうよ、肉さ! ブタだ!!」

「まじかよォ!! どうやって手に入れたんだ??

そういえば最近はアニキが現場に来ねえからどうしたんだろって思ってたんだよ!」


 このフロアに溶鉄場は1つしかない。引く手あまたの仕事だから、すぐに代わりが入ってしまうのにここ2日というものオモトは現場には出て来なかった。


「いやあお前、そりゃ考えればわかるだろ」


 オモトは手をパンパンとはたいて、鉄が赤く照らす鍋の前にいつものようにあぐらを組んで座った。


「おれたちゃ、何のために金を稼いでる?」

「そりゃあ……生きるためだろう」

「ちげぇ!お前、もう忘れたのかよ」


 オモトが唾を散らして怒鳴る。


「あっそうだ、上へ昇るためだ!」

「そうよ。おれたちはこのフロアで一生を終えるつもりはねえ」

「さらに言うとだ、一階や二階上がったところで景色は変わらねえ。うんと上だ。おれがいきてえのは」


 ここはAG-F3477。第二の塔アギエルのフロア3477だ。

 第二の塔は、建設時期こそ早く、最上階は7000階以上に達しているという噂だが、3つの塔のうちでは最も貧しい塔だと言われている。

 第一の塔ハイエンタールは言わずもがな最も古い塔で、

施工主は神話における八世神のエントだという信仰の元、居住者はエント教の権力者が大半を占めている。彼らは塔の造り主であるエントの血を引いていると主張し、第二、第三の塔から労働力や、食べ物や、機械など、ゴミ以外のもの全てをハイエンタールに集約している。

 第三の塔リリーは、三柱のうちの一番末っ子なものの、近代の栄鉄技術の発展後に中基礎を改造したために第二の塔を追い抜く速度で成長している。栄鉄技術の祖であるモタニゲルの出身塔のため、いまだ数多くの技術書や設計図を隠し持っているらしく、第一の塔に対しても政治的な力を持つ塔だ。


 そして、僕らの住む第二の塔アギエル。

 僕らはおとりだ。

 5歳の頃、羽織職の仕事場でじいさんから聞いたことがある。そもそも僕ら人類がこうやってひたすらに高いところを目指さなければならない理由は、この星に嫌われたからだと。

 アギエルは最初に星に嫌われた人間の名だという。彼女がなにをしたかは、言い伝えが多すぎてわからないがとにかく酷いことをしたのだろう。

 彼女のせいで人類は憎まれた。まず地表に毒沼が湧いて水たまりに流れ込み、人びとは渇きに苦しんだという。

 やがて耐えきれずその毒に侵された水を飲むものが現れる。星はそんな愚かさを知っていたのだろうか、その水を飲んだものはもちろん死んだ。死んで、体が溶けて、再形成された後の姿は、見るもおぞましい醜い姿だと言う。彼らはその姿で人を喰らい、星の怒りを鎮めようとするのだ。


 それでも醜く生きる人類は、塔を建てた。

 エントは元は建築家でも大工でもなかったという。ただ彼は、生きるために塔を建てた。その地で最も深い谷ハイフォールに基礎を作り、優秀な人間を集めてわずか5日で最初のフロア100まで第一の塔を伸ばしたとされる。

 その後彼は妻だったものを罠にはめて生き埋めにしたその跡地に第二の塔を建てた。

 毒沼はやがて地表を満たし、化け物は塔を登り人を喰おうとする。第二の塔はその化け物を誘き寄せ、人類の進化を止めない為に建てられた謀略の塔。ハイエンタールの人間は、いざとなればアギエルの全てを焼き払うことも厭わないだろう。


 だから僕らも、餌に過ぎない。ハイエンタールに渡ることを許されるのは人間のみだ。僕らはまだ、人間ですらなかった。


「だからよ、ユギィ。おれたちは登らなきゃなんねえ。このゴミ溜まりにだって人間はいるじゃねえか、少なくともおれとお前がそうさ。だからそれをアイツらに証明するんだよ」

 オモトはいつもそう言う。

「そのためにはよお!! 少なくともフロア4000まで上がる。あがんなきゃなんねえんだ!」


 1番近いハイエンタールとの連絡通路がフロア4000にある。ここから、523フロア上だ。

 大窓のそばからなら雲の隙間にたまに見えるらしい。


 ハイエンタールへ渡る。

 これは僕ら2人だけの秘密だった。もしヒトに言っても、笑われるか、頭がおかしいと思われるだけだから。

 なんせ、大窓のそばに生まれた貴族でさえも、一生をかけて1フロアか2フロア上がるのがやっとの世界だ。普通なら、このフロアで生涯を終える。空を仰ぎ、外の空気を吸うことなくゴミとして死ぬ。AG-F3477はそんなヒトばかりだ。きっといくつか上も変わらないだろう。


「だからよ、肉を持ってきたわけよ」


「はあ……?」


「塔を登るにはよ、まずは生きなきゃなんねえ。しかも賢く、強くだ。で、生きるためには肉だ。パンやら人参でどんな男になれるってんだよ?」


 じゃあ、最初に僕が答えた「生きるため」っていう答えも合ってるんじゃないかと思ったけれど、黙っておいた。僕だって肉は食いたい。


「なるほどな! んで? アニキはどこでそれを手に入れたんだよ」


 手元ではしっかり肉を焼く準備をしながらオモトに聞いてみた。


「お前なあ、肉はどっから取れると思う? ブタだよ! さっき言っただろ。そんで、ブタはどこにいる? 屠殺場だよな? おい、焼きすぎるなよ」


 僕は肉を裏返す。腐ってても焼けばいい匂いがするもんだ。油が無駄にならないようにシチューを飲み終わったカップで受け取る。


「屠殺場で働ける奴なんて限られてるってお前はいうんだろ?あそこに入れる方法、お前知らないのか?」

「それは、知らないなあ」

「おれは働き手として入ったわけじゃない。ブタの餌の搬入業者にニギらせたんだよ。ブタだって食わなきゃなんないからな」


 オモトは待ちきれず半焼けの肉にかぶりついた。


「屠殺場に入っちまえばあとは簡単よ。血塗れになってりゃ誰が誰だかわかんないからな。腐った肉切れならそこらへんに散らばってた、人間いちど贅沢になるとあれだからやだねえ」


 僕も待ちきれない、骨を掴んでかぶりつく。香ばしい油が溢れる、本物の肉だ!口の中をいっぱいにしてしばらく噛む。筋ばっているが噛むたびにうまい、やっぱり肉だ、これじゃなきゃだめだ。血と肉を食って、血と肉とする。簡単じゃないか。

オモトも無心で食っている。3ヶ月ぶりだから無理もない。


「はぁー食ったな、肉を」

「肉を、食ったよ」


 ブタ半頭分余りを2人で平らげた。腹いっぱいだ。幸福感に包まれる。


「よし、腹ごしらえはすんで、こっからが本題だ」

「えっまだ話は始まってなかったのかよ」


 もう光が赤みがかってきたし、そろそろ夕暮れだ。オモトがきたからまだ今日のノルマが終わっていない。あと鍋を2つ、金槌を1つ作らないといけない。


「まあ落ち着け、納品ならおれもこのあと手伝ってやるから」


 そんな僕の表情を察して肩を叩き、オモトは話し始めた。


「いい作戦を思いついたんだよ」


続く

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