決意

 意気込んだはいいものの、現実はそう甘くはなかった。俺の就職活動は、散々なものだった。これでもかというくらい徹底的にうまくいかない。何回面接を受けても、採用されない。心の中でいくら願ってもダメだった。


「君は自分の経験を活かせる業界に行った方がいいよ」


 いつもそうやって言われて終わる。俺はこんなありきたりな言葉は絶対に間に受けない。会社の人事がそんなことを俺に対して本気で思っているわけがないからである。もっとも出会ってほんのちょっとしか会話していないので、無理もない話ではあるのだが。


「ありがとうございました」


 面接が終わり、建物の外に出た途端、怒涛のように後悔が押し寄せてくる。あの話はいらなかったかな、逆にこれを言った方がよかったかな、てな感じ。自分に嘘をつき、思ってもいない話を作ろうとするからこんなことになるのだ。そんなことを後からくよくよ考えても仕方がないことなんて、もちろん頭では分かっている。弱いのは心の方なのだ。異世界時代にはあんなに勇猛果敢だった俺という人間は、単なるネガティブ・マシーンと化していた。こんなはずじゃなかったのに。いくらそう考えたって、異世界での経験が使える民間企業なんて存在しないのだから致し方のないことである。100年後にはどうなっているかわからないが、今30代の自分にとっては、関係のないことだった。ああ、異世界での生活が無駄にならないといいのだけど。やっぱり「自分の経験を活かす」。確かにありきたりな言葉ではあるのだが、あながち間違いではないように思えてきた。

 駅に着き、自動販売機のボタンに手を出し、すぐさま引っ込めた。少し迷ったが、ドリンクを買うのを諦めることにした。アリサと配信すれば、俺はここで手を引っ込めずにすむようになるのだろうか。そんな未来が訪れる可能性なんて、あるのだろうか。

 家に帰ると、すぐさまテレビをつけた。そして先日のとはまた別のダンジョン系番組を食い入るように観た。やはりダンジョン関連はまだまだ黎明期のテレビでは情報が不十分だったので、今度はひたすらスマホで『ダンジョン配信』についてリサーチを始めた。この市場は、将来性があるか。一過性のものではないのか。もうアリサと約束したタイムリミットの1ヶ月まで、残り1週間を切っている。


「経験を活かす、か」


 アリサとの話が、自分の中で現実味を帯び始めていた。


「よし、いっちょやってみるか!」


 残り1週間だったが、もう就職活動には踏ん切りをつけたかった。俺はスマホを手に取り、アリサに通話をかけた。メールではない、通話だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る