彼女からの提案
俺と女性は、ダンジョンハウスの近くの喫茶店に入っていた。彼女は先ほどよりもだいぶ落ち着いたようだった。
「実は私、こう見えてダンジョン初心者なんです」
聞き捨てならない言葉だ。何故なら、この娘はどっからどう見ても「初心者」にしか見えなかったからだ。「こう見えて」と言っているが、自分のことが他人の目にどう映っているか考えたことがないのか。見たところ年齢はだいたい20代前半くらいで、そうした経験もないのかもしれないが、自分を客観視することも必要である。俺とて、この娘が若くて可愛くなかったら、ただ黙って指をくわえて見ていただけだったかもしれないのだ。
「お名前、なんていうんですか?」
「福留塁です」
「塁さん」
「あっ、はい」
下の名前で呼ばれ、少しドキッとする。現実世界ではあまりそういった経験がないからだ。
彼女は大きな瞳で俺の顔をじっと見つめながら、次のように言った。
「ものすごく、カッコよかったです」
「は、はあ…」
また沈黙が流れる。俺ももちろんコミュ障なのではあるが、案外この娘もコミュニケーション能力ないんじゃないのか。一瞬そんな考えが頭をよぎったが、すぐに掻き消された。初対面の人間同士の会話なんて、所詮はそんなものだ。だからといって、こんな気まずい空気をいつまでも続けたくないというのも事実だ。
「あなたは?」
「へっ?」
「お、お名前」
「あっ、はい! えと、北澤アリサです!」
「あ、はい。北澤さん」
「アリサって呼んでください!」
「は、はあ」
なんとなく、会話がふわふわしている。彼女も居心地が悪そうだ。よし、この辺で切り上げるか。その方が良さそうだ。
「よし、じゃあ…」
「あのぅ!」
「うわわ! ビックリした!」
「すみません! 大声出しちゃって! あ、あの、塁さんを見て、あのスライムたちはどうして逃げ出したんでしょうか?」
「ああ、多分僕のレベルを見たからじゃないですかね」
「れべる…?」
驚いた。そんな常識も知らずにダンジョン配信者になろうとしていたのか。インフルエンサーに影響されたクチだろうが、勘弁してほしい。仕方なく、優しい俺は異世界の常識を隅々まで教えてあげた。彼女、アリサの今後のために。
「すごい! 勉強になりました! ありがとうございます!」
「いえいえ、とんでもないです」
そう言ってもらえると説明した甲斐がある。こちらも少しだけ嬉しくなった。ただ、次の瞬間アリサは衝撃的な言葉を口にした。
「あのぅ、よかったら私のチャンネルでこれから一緒に配信してくれませんか?」
はあ!?
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