第15話 小さな手と手——繋ぐ ⑥

高梨たかなしさん」

「あ、吉田さんおはようございます」


 大学の食堂で昼食を取ろうとしていたら吉田さんが話しかけてきた。


「先日はありがとうございました。息子の事でご迷惑をかけたのにご好意に甘えてしまってもう一度謝罪をさせて下さい」

「いえ・・大丈夫ですよ。顔を上げて下さい」


 吉田さんが深々かく頭を下げる。気にする事はないですと伝えると吉田さんはお礼を言い安堵していた。それより、気になるのがこの間公園で西野教授と一緒にいたこと。知り合いなのか?聞こうと思うが聞けないのが実情だ。


湊人みなとくんは元気ですか?」

「あ・・それが・・」


 吉田さんが少し俯いて話すのを躊躇している

何か困った事でもあったのか?


———ザワザワ


「ん?何だ?」


 向こうの方が騒がしい。いつの間にか群衆が出来ていた。しばらく見ていると


「ここにおったか?勇人はやと氏」

抄湖しょうこさん?」


 人の群れを掻き分けながら、俺のところにやってくる。


「探したぞ・・」


 その美しさに誰もが振り返り見惚れてしまう。彼女の名前は観音寺抄湖かんのんじしょうこ俺が通っていたお店の常連でここの大学院生だ。周りはどよめきが・・〝あの美人さん誰だよ〟後ろの方から多数聞こえる。そんな事もお構いなしの抄湖さん。注目されてるのに


「ワシの研究だが、来週辺りから始めようと思う。勇人氏含めて後三人ほど学生が来るから顔合わせよろしく頼む」

「あ、はい。それとこっちもなんだけどフェスティバルの準備を手伝って欲しいと小町こまちさんに言われたのでよろしく」

「何じゃと!?今年もなのか・・」


 渋る抄湖さん。〝あやつのテンションについていけぬ〟と頭を抱えている。


「手伝ってくれたら、小町さん特製のパフェをプレゼントするそう・・」

「手伝います!!」


 小町さんにそういう風に言えば大丈夫と言われ試したが被せ気味に言われた。100%確実だな


「うふふ」


 俺らのやり取りを見て笑う吉田さん。


「お二人本当仲が良いんですね。恋人ですか?」


〝え?〟


「違います!違います!!」


 全力で否定する抄湖さんだが顔が真っ赤かで焦っている。そんなに否定しなくとも・・ふと、考える。


「いえ、なる予定ですが」

「!?」

「まぁ!!」


 固まる抄湖さんをよそにふと、湊人くんの事を考える。


「湊人くんが食べるプリンアラモードは定番のプリンアラモードではないようですが?何か他に聞いてますか?」

「中に入ってるとかですか?いえ・・以前母親に連れられてからはよく食べるようになりましたが何せ小さい時なので・・」


 吉田さんも知らないようだが


「・・っ!?」

「吉田さん?大丈夫ですか?」

「ええ、少し疲れてるのかもしれませんね」

「無理なさるな。休める時は休む方がいい」

「ありがとうございます」


 吉田さんは少し苦しそうだが大丈夫だと微笑む。よく働く吉田さんきっと疲れているのかもしれないけど、湊人くんの事もあり少し心配だ


「吉田さーん!!」

「あっ、はーい!すいません・・呼ばれましてので行きますね」


 お辞儀して吉田さんは去っていく。やはり、吉田さんでもわからないか・・


「大丈夫だろうか?」

「湊人くんの事もあるからな。心配じゃな」

「うん」

「ところで!!は・・勇人氏」

「え?」

「・・お主!!先程吉田さんに何て言ったのだ!」


 抄湖さんが慌てふためいて物凄い勢いで俺に迫ってくる。吉田さんに言った事って・・あ


「違うって伝え忘れた・・」

「・・お前というやつは!!」


 焦りながらまたまた顔を真っ赤になる。〝訂正するのだ!〟そんな事を他所に再び考える


「勇人氏きいておるのか!」

「抄湖さん、何かあれなんだよね・・」

「何だ??」

「直感・・」


✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎


「いらっしゃい」


 マスターの笑顔で迎えられる。お店にやって来た俺と抄湖さん


「勇人くん、あそこ」


 マスターが目配りをする。その方向を見ると


「こんにちは」

「・・こんにちは・・あの、階段の事」

「はは、気にする事ないよ。ほら、この通り」


 元気だとアピールする俺を見てホッとする男の子・・確か


「君は・・えっと」

れんです。湊人の友達です」


 蓮くんは俺の事気にしてたようで、この間の事で家族にもかなり怒られたそうだ。しばらくは遊びも出来なかったようだ。彼の両親も落ち着いてから謝罪に来ていた。


「オレの両親が代わりに謝りに来てたけど、やっぱりオレもお兄さんに謝りたくて来ました。遅くなってごめんなさい」

「そうだったんだね。もう、大丈夫だからわざわざありがとう」

「よかったです」


 子供だけどしっかりしていてきっと、湊人くんも頼りにしているのだろう。


「あと、少し聞いてもいいかな?」

「はい」

「湊人くんの事。プリンアラモードにこだわりがあるみたいだけどわかる範囲で理由教えて欲しいな」


 蓮くんは少し考えて俺の目を真っ直ぐ見て


「湊人、もうすぐ引越しするんです」


 引越し・・蓮くんが少し俯いて


「湊人のお母さん、病気がわかって遠くの街じゃないと手術出来ないって」

「吉田さんが?」


 俺達は顔を見合わせて、あの時苦しそうにしてたのはそのせいだったのか。


「プリンアラモードを探してるのはそれを食べたら元気になったから、だから、お母さんにも食べて欲しいって」


 子供ながらの思いやりだ。手術しなくてもそれを食べたら良くなる。湊人くんなりに考えてる理由だ。蓮くんは大体はわかってるけど湊人くんの思いを無駄にしてはいけないと思っていた。だから、引越しするまでにそのプリンアラモードを見つけたいと思ったらしい。


 大学院まで行った理由はプリンアラモードが見つかるまでは引越しを伸ばしてもらおうと吉田さんにお願いをする為。無理だとわかっていてもそれが必要だとしても蓮くんなりに湊人くん願いを叶えてあげたい、そして何よりも自分も湊人くんと離れたくないと思ったからだ。


 子供の純粋な願い、大人からしたら無理だとわかっていてもやはり一生懸命頑張っていたら何かしてあげたいと思うのは当然の事だ。


「湊人、お母さんがいつも頑張ってる事知ってるから一人で湊人を育てて時々、泣いているお母さんを見て守りたいって」


 蓮くんと湊人くんは近所でよく遊んでいる。兄弟のように育ってきて、蓮くんのご両親も吉田さんが不憫ふびんにならないようにと協力したりしているそうだ。元々病気がちの吉田さん、近くの病院では手術も難しく、ある人の紹介で遠くの病院で手術する事になった。


「だけど、手術で成功しても様子を見ないといけないからそこに何年もいないといけないって

湊人はオレと離れるのは嫌だって・・」


 俯く蓮くん。まだ、幼い湊人くんにとって母親が元気になる事がわかっても中々その意味までわからない事も多いだろう。それにある人の紹介って言うのはおそらく・・。


「だから、自分が元気になったプリンアラモードならお母さん元気になるって思っている。オレ・・間違ってるのかな?まだ、意味をわからない湊人に説明しないといけないけど頑張ってる姿を見たら言い出せなくて」

「そんな事はないぞ・・」


 抄湖さんは落ち込む蓮くんに寄り添い優しく宥める。


「お前は優しくとても思いやりがある子じゃな。それがどれだけ湊人くんの支えになっておるか・・」


 涙ぐむ蓮くん。彼もまだ、子供だけど人を思いやる心は年齢は関係ない。


「湊人くんはいつ引越しするの?」

「一週間後です」

「時間があまりないね・・」


 マスターも困ったなと言っている。


「少年よ、もう一度聞く。プリンアラモードで何かヒントがないか教えてくれないか?」

「ヒント・・うーん。基本はよくあるプリンアラモード、プリンが何か包まれているって湊人が言ってた」


 包まれている・・か。蓮くんが帰った後プリンアラモードを眺めながら考える。


「勇人氏、にらめっこしてもプリンはそのままじゃぞ。少し休まぬか?」


 マスターがコーヒーを出してくれる。抄湖さんと三人で先程の話をもう一度考える。


「蓮くんが言ってた事だ。吉田さんの病気や湊人くんの思い・・小さいながらも母親の事考えておる」

「引越しをしてしまうのはどうする事も出来ないかもしれないけど、プリンアラモードの事は

何か方法考えたいよね」


 マスターと抄湖さんの話を聞きながら何か出来ないか考えてみる。


「もう一度小町ちゃん聞いてみるよ。何かわかるかもしれないし」


 マスターも協力すると言ってくれた。俺と

抄湖さんはある所に話を聞きに行くことにする


✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎


——次の日


 大学に着いた俺は抄湖さんの連絡が来るまで

中庭のベンチで待機する事に。


「勇人?」

柚鈴ゆずさん」


 柚鈴さんは微笑んでこちらに来る。


「ここで何をしてるいるの?」

「用事があってさ、今、連絡待ち」

「そっか・・」

「勇人氏!!・・あ」


 柚鈴さんと話をしていると抄湖さんが走ってきた。お互い目が合う


「・・・」

「・・・」

「・・抄湖さん連絡するって言ってなかった」

「おお・・そうじゃったかな?」

「勇人の連絡待ちってこの人?」


 柚鈴さんが俺を見てもう一度抄湖さんを見る。少し、警戒する抄湖さん


「勇人氏、その者は知り合いか?」

「・・あ、元カノ」

「元カノ・・」

「同じ大学に通ってるって言ってただろ?」

「白川柚鈴です。確か観音寺抄湖さんですよね」

「知ってるの?」

「有名だよ。大学院にとても美人の人がいるって持ちきりだよ。勇人と知り合いだったんだね

こんな綺麗な人と知り合いなんて、でも意外」

「意外?」


 柚鈴さんが抄湖さんを見て


「イメージが全然違うなーて思ったから」


 抄湖さんは俯く。イメージそれぞれが思うのは仕方ないかもしれないけれどそれはやはり相手の捉え方だ


「そっかな?」

「え?」

「俺はとても目が綺麗だなって思ってさ、真っ直ぐな想いとか勝ち気なところあるし、これも抄湖さんだから意外とは思わないよ」


 その言葉に抄湖さんは驚いていたけど、ふと思うことがある。やっぱり言葉で伝えるって難しくもある。感じ方、捉え方みんな違うものだからその伝え方は大事なんだと改めて思う。


「抄湖さんは凄いんだよ。言葉を研究しているから色々な事教えてくれる。努力家で甘いもの好きあと・・何だっけ・・時より抜けてるけど

・・何よりも魂をこもった言葉で伝えてくれる俺はとても誇りに感じてるんだよ」


 今までは何も考えず生きてきたけど、人と人の想いを繋げるって大事だなって思った。


「抄湖さん、彼女、柚鈴さんはとても明るくてさ周りの人望もとても厚いんだよ。笑うとエクボが出るんだ」


 俺が笑いながら話すと抄湖さんは


「そうか・・素敵な女性じゃな」


 柚鈴さんを見て微笑む。柚鈴さんは少し赤くなっていて恥ずかしそうにしていた。


「柚鈴さんはこれから帰るの?」

「あ、うん・・この後珍しいスィーツがあるってももが言うから食べに行くんだけど」


 スマホを取り出し〝あ、これこれ、確か〟


「プリンアラモードが珍しいって」

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