第14話 小さな手と手——繋ぐ ⑤

9月9日


———本日、定休日


———ガチャ


「うん・・今から出るよ。昼頃には着くから」


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 混雑しなようにと早く出かけたのはいいが

前の光景に驚く


「何だ、こりゃ!?」


 お店の前にはすでに人の行列が出来ていた。


「やはり、あやつの才能は凄いんじゃな。行くぞ、勇人はやと氏」

「あ、うん」


 今日は喫茶 leisurelyがお休みでなので抄湖しょうこさんと一緒にとあるお店に来ていた。開店前でもかなりの人だかりに感心する。


「あ!いたいた!」


 大きく手を振り続けるこの店のオーナー


「どこまでも存在感あり過ぎだ・・迷惑になる

行くぞ、勇人氏」


 俺達はお店の裏側から入る。


「わざわざ来てくれてありがとうね!大志郎たいしろうちゃんからも聞いてるよ!」

「忙しいのにすみません。小町こまちさん」


 このお店はパティシエでもある小町さんのお店。次のフェスティバルの為に小町さんがどんなスィーツを作るか、コーヒーに合うスィーツを探す為ここにやって来た。


pâtissier fairy tears 小町さんのお店の名前


 妖精の涙、その由来は妖精が流す一滴の涙それが溢れ落ちた涙は砂糖のように甘くなると幼い時に小町さんが信じてたそう。


「意外にメルヘンチックなんじゃな」

「意外とは何さ!その甘い涙を一生懸命に妖精さんが運ぶとても可愛らしいでしょ?まあ、その話をしてくれたのは大志郎たいしろうちゃんなんだけどね。子供の時はよく遊んでたから!」

「子供の時?」

「大志郎と小町は幼なじみじゃ」

「え!?そうなんですか?」

「あはは、そうなんよね。まあ、年も離れてるから兄と妹みたいな?」


 幼い頃はマスターに懐いてどこに行くにも離れなかったらしい。マスターも小町さんを妹のように可愛がっていたそうで


「大志郎ちゃんはあまり自分の事話さないからね。よく、二人で遊んだものよ!今日は・・そうか9日だもんね」


マスターの誕生日・・抄湖さんも小町さんもあまり嬉しそうではない。その理由は何かあるのだろう・・


「・・・」

「さて、早速フェスティバルに出す洋菓子決まったんだけど試食頼もうかしら?勇人くん、どの味にコーヒーが合うか言ってね」

「はい。お願いします」


 小町さんが提案した洋菓子が運ばれていてその中には定番のショートケーキやロールケーキなどコーヒーと相性がいいものをピックアップしていく。


「昨年はティラミスとか昔、流行したものが大人気だったかな」


 なるほど、流行は廻る。小町さんは昔に馴染みがあった味を今風にアレンジをすると言う。

懐かしさの中にも新鮮さを求める。素材も変化していくから試行錯誤する毎日だという。


「抄湖ちゃんは言葉を大事にしないと相手に伝わらないとよく言うようにそれにプラスで素材は誤魔化せないからお客様に求められたら応えれるようにしたいのよ」

「いい心がけだな。何事にも魂を込める事が大事じゃ、中身がなければ相手には伝わらない」


 相手に伝えるべき事か・・そういえば湊人みなとくんが食べたプリンアラモードを考える。昔ながらある定番の洋菓子。幼い時に食べた味を覚えてるのはやはりそれだけの印象や影響があった。何故だろう・・少し気にはなった一点を見つめ考えてみる。


「オーナーちょっといいですか?」

「あ、はーい!今、行く。ごめんねちょっと行ってくるねー」

「あ、はい」


 小町さんが呼ばれたのでそれを見つめる。マスターの幼なじみ、そして、今日はマスターにとって大事な日だけど・・


「すまないな、勇人氏」

「え?」


 抄湖さんがこちらを見て


「大志郎の事だ」

「・・・」

「今日の事、話すべきか考えたのだが・・やはり本人の口から伝えるべきかと思うのだ。事情を知ってるとはいえお主だけ伝えれてないのが心苦しいのだ」

「わかってるよ」

「え?」

「マスターは言いたくないじゃなくてまだ、言わなくてもいいと思ってるよ。俺もそう思う。きっと、助けを呼ぶ時には俺は側にいると思うから・・」


 マスターはあまり自分自身の事を言わない。ううん、言わなくても俺達の仲では信頼が出来てるからその時は必ず助けようと思うんだ。


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「お帰りなさい。大志郎さん」

「ただいま、母さん・・父さんは?」

「奥の居間にいるわよ」


 きっと・・心が張り裂けそうになったら伝えて欲しいです。あなたは・・


「ただいま・・父さん」

「・・君は誰だ?」


あなたは一人ではないと言う事を・・


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「プリンアラモード?」

「うん・・湊人くんが食べたいプリンアラモードどんなものなのかって知りたいんだけど」

「何故、知りたいのじゃ?」

「ふむ・・わからない」

「勇人氏、ふざけてるのか?」

「あ、何というのか、そうしなければならないという直感?」

「・・・」


 呆れた顔をする抄湖さん。フェスティバルと同時に自分の課題もある。だけどそれは的中する事になる。


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———本日定休日


「どうするの?れん兄ちゃん」

「おれは離れたくない!湊人と友達なのに」

「ボクも離れるの嫌だよ・・引越したくない」

「・・湊人」


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〝今日、夜に戻るよ〟


 マスターから連絡があり抄湖さんと二人でお店に戻る事にフェスティバルの打ち合わせなどもあるからお店で待つことにした。


「そのプリンアラモードの特徴は確か・・」

「プリンが中に入ってるって言ってた」


 抄湖さんはもう一度プリンアラモードの件を帰ってきてから考えてみようと提案してくれたそのプリンアラモードを湊人くんはもう一度食べたいと言っていた。プリンが中に入ってるとは何か?


「定番はプリン・・フルーツ・・生クリーム

アイスクリームや色々・・」

 

 独り言のように呟いていると、視線を感じる。目をそちら向けると抄湖さんがこちらを見ている。真っ直ぐあの綺麗なその目が俺を捉えて離さない。抄湖さんはそんな俺を見て微笑むその表情に少し、照れてしまう。普段はあどけなさがあって年齢より幼く感じるのにそのしぐさなど見れば大人の女性なんだと思ってしまう。それを悟られないように・・


「何?どうしたの?」

「・・ん?いや・・お主は優しい奴だなて・・ワシとて色々な人間と接してきたがお主のような奴は周りにはおらぬ」


 ゆっくり目を閉じて微笑む彼女の姿はほんとに美しいと感じるのだ。じっと見惚れていると


「何だ?勇人氏こそワシの顔見てるが?」


 彼女の表情はきっと揶揄からかっている。俺の顔が見る見るうちに赤くなるのがわかるくらいに。いつもなら反対なのだが・・


「あ・・いや、でも、マスターだってとてもいい人じゃん」

「大志郎とはまた違う・・」

「え?・・」


 抄湖さんが俺に近づいて顔を少し傾けて覗き込むようにこう話す。


「落ち着くのだ・・安心する」

「・・・」


 俺が戸惑っているのを見て可笑しいのか満足した表情をしている。くるっと振り返り抄湖さんは蓄音機の所に行きレコードを探し始める。その後ろ姿を見て俺の鼓動は益々早くなる。


「勇人氏」

「へっ!?」

「何という声を出しとる。どの曲が良いか?」

「どれ?」


 平常心を保って横に並ぶ。心は舞い上がっている。レコードを選びながら先程、抄湖さんが言ってくれた言葉が何より嬉しかった。


「小町の店で言った事だが・・直感とプリンアラモードが勇人氏にもたらすものは何だ?」

「最初の出会いは抄湖さんが着ぐるみのバイトの時だ。その後も同じバイトでそれで大学院で

俺が階段から落ちて最終ここでプリンアラモードを食べた・・」

「それが直感と何が関係あるのか?」

「最初に食べたのは湊人くんでない」

「は?」

「もう一人探してた子がいた。大学院に湊人くんと一緒にいた子」

「・・ああ」


 抄湖さんは思い出したかのか


「まだ、わからぬが?」

「あの時、プリンアラモードを抄湖さんでなあのもう一人の少年に渡さないといけないって感じてたんだよ」


 レコードを探しながら話を続ける。


「この先それぞれが選ぶ人生に必要だって

論理的ではなく感覚的に感じた」

「それはつまり、今までも同じような事が起きてると言う事だな?」

「うん・・わかりやすく言えば、右に行くか左に行くか・・ただ、あっちだって感じる事が多い。上手く言えないけど、空気が変わる。うーん説明出来ない」


 今回もその感覚があったと俺は抄湖さんに話す。抄湖さんは黙って話を聞いている。


「何だか・・全てが繋がってるって思えて仕方ないんだよね・・」

「プリンアラモードがもたらす何かだね?」


後ろから声が・・


「マスター」

「ただいま」


 マスターが戻ってきた。少し遅れてしまって申し訳ないと言っていたが


「コーヒー淹れるよ」

「俺、手伝います」

「もういいのか?大志郎」

「ああ、大丈夫だよ抄湖ちゃん。今、ウィンナーコーヒー淹れるから待ってて」


 再び戻るこの時間、抄湖さんがレコードをかける。ゆっくり流れJAZZがこの空間を包み込む

オレンジ色にかかった電球色が普段とはまた違いこの夜の雰囲気にあってるかのようだ。


 マスターが淹れてくれたコーヒー。


「疲れてるのにすみません」

「ははは、気にしないでここに戻ってきたら君達に美味しいコーヒーを淹れてあげたいって思ってたんだよ」


 いつもと変わらなぬ笑顔だけど、マスターがどことなく寂しそうな表情をしているのは何となく感じていた。俺に出来る事は・・


「こうやってゆっくり出来る時間は本当にいいもんだよね」

「いつも、働き過ぎなんだから、ゆっくりしてもいいのでは?」

「ははは、このまま家に戻ってそうしようかと思ったけど、ふと、抄湖ちゃんと勇人くんの顔が浮かんだんだよ。」

「なら、俺達も・・」

「ん?」


 抄湖さんに合図を送る。抄湖さんが奥から持ってきたのはバースデーケーキ。


「ハッピーバースデー!!マスター!これは俺と抄湖さんそれに小町さんからのプレゼント」


 マスターは驚いている。今朝、小町さんのところでサプライズをしたいと頼んで作ってもらった。小町さんは快く引き受けてくれた。


「勇人くん・・抄湖ちゃん」

「大志郎、いつも祝ってあげれなかったからな。今日は目一杯楽しもうではないか」

「抄湖さんはこのケーキを食べたいからでしょ?」

「な・・何を言う・・ワ・・ワシはそんな事せぬわ!」


 ケーキをゆっくり横にズラすと抄湖さんの視線はそちらに・・左へ・・右へ・・視線がついてくる。


「食べたいんだろうよ・・」

「・・ふむ」


 そして、いつものようにマスターが笑ってくれる。凄く嬉しそうに・・


「本当、君達はいいコンビだよ」


〝どこがだよ!!〟


 二人同時にハモるとまた、マスターは大笑いをする。


「ははは・・あははは・・あはは・・やめてくれ・・あはは」


 お腹を抱えて笑う姿


「大志郎がリラックスしたのは久しぶりじゃな」

「マスターが?」

「うむ、このお店を始めたのもいづれわかる」


 抄湖さんはマスターを見て安心していた。


「勇人くん」

「え?・・」

「今は少し・・余裕はないんだ。だから、もう少し待っててくれないか?君にもきちんと話をしたいから」

「マスター・・もちろんです」


 俺は微笑む。抄湖さんも笑みを浮かべる。マスターも嬉しそうにケーキを眺める


「早速食べようか?抄湖ちゃんが待ちきれないみたいだしね?」

「誰のケーキだよ」

「・・う・・うるさい・・大志郎!ワシはここの部分がいい」

「・・っておい!」

「あはは・・はいはい」


 そして、窓から覗く月を見る。この先の事俺の直感が的中する事になる。



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