第10話 小さな手と手——繋ぐ ①
——8月末日
「いらっしゃいませ、あちらのお席にどうぞ」
たまにこうやって接客をする事もあるそうだが・・コーヒーの香りとJAZZのリズム、のんびりというかまったりだな。
いつものウィンナーコーヒーを味わう。ワシもそろそろ研究レポートをまとめていかねば
「やはり・・何人かに協力を得なければならぬか・・」
昨年は教授と何人かの学生と一冊の本を作り上げた。今年はワシを中心にまとめて欲しいと教授から頼まれた。資料を捲りながらどうすれば良いのか・・・
「昨年とまた同じかい?」
「まあ、そうじゃ・・
「凄いな・・」
勇人氏が昨年の資料を見ながら興味津々な顔をしている。
「小学生に向けて正しい言葉を学ぶ・・子供達に教えるって事?」
「左様、正しい言葉を知る。この頃から
「マジ!?凄いじゃん」
「勇人氏、そのマジって言葉は辞めぬか?」
若者言葉、幾度と流行りと共に作られている。勇人氏も若いがやはり正しい言葉を使う事
その意味を知ることは大切なのだ。
「抄湖さん・・俺の大学と同じだったの!?」
資料に書いてある大学名を見て驚いている。
勇人氏が通う大学と同じ大学院だ。校舎も隣にあるわけだ。
「一言、言ってよ」
「大学と大学院ではほぼ、会う事はないからな。勇人氏の学部とはまた、違うからな」
「冷た過ぎる・・」
少し、拗ねながらそう呟く勇人氏。考えたら、このお店がなければこうやって出会う事はなかったであろうな。普段のやり取りを見ても今どきの青年でもあり時より思うものだ
〝可愛らしいものだ〟
「
「そうだが?」
勇人氏はニンマリと微笑む。
✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎
9月に変わったとはいえ、まだまだ暑い。次のレポートに向け必死に作業をこなす。
「ぬううう・・。ダメじゃ・・」
いわゆる、スランプと言うのだろうか?研究室の天井見上げ物思いに
ダメじゃ・・大志郎のコーヒーが1番だが仕方ない。窓の外を眺める・・大学院のカフェはまだ閉まっておる。大学側にでも行ってみるか
研究室を出て大学の方向へ歩き出す。9月とはいえ、まだ、学生は夏休みサークルやクラブ活動でまばらだが学生はいる。大学側の敷地に入ると何人かの学生がこちらを見ている。
「わぁー凄っげぇ、美人」
外のコンビニに向かえばよかったな。人の目線は慣れぬものだ。途中、女子大生二人とすれ違う。一人の女性が
「今、見た?凄い美人だよ。
「本当だね・・ほら、行くよ」
振り返るとその女性と目が合う。彼女は驚いていたが、会釈をする。その女性はとても可愛らしい印象だ・・。ワシとはまた反対の感じだと思ってしまった。
「・・・」
「どうしたの?柚鈴」
「ううん・・少し気になっただけ」
先程の彼女がワシを気にしていたとはつゆ知らず、自分のやるべき事で精一杯だった。甘いコーヒーを片手に研究室に戻り始める。コーヒーの香り・・近くのベンチに座り一口飲んでみる
「何故か物足りないのう」
———ピコーン
スマホの通知音が鳴る。大志郎からだ
大志郎:勇人くんが美味しいスィーツ作ったんだ。お店においで
デザート・・だと
———ピコピコ
〝大志郎、ウィンナーコーヒーもだ!〟
✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎
「ここはあるのかな?」
———カランコロン
「いらっしゃいませ・・子供?」
「あの・・お願いがあるのですが」
少し楽しみにしながらお店にやってきた。勇人氏はどんなスィーツ作ったのだ。
ワクワク、ドキドキしながら扉を開ける
「あ・・」
勇人氏がこちらを見て気まずそうにしている。大志郎も困った顔をしていた。
「何じゃ?どうしたのだ?」
「あ・・いや、スィーツなんだけど」
「ごちそうさまでした」
後ろから聞こえる声。振り返るとそこには
小学中学年だろうか?とても礼儀正しく手を合わせていた。
「とても、美味しかったです。すみません、わがまま聞いて貰って」
「ごめんね、ここは主にコーヒーなどの飲み物しか出してないんだよ」
大志郎のこだわりでコーヒーだけを扱っている。一度、スィーツや軽食もやっていたが、コーヒー中心でやりたいと思い扱うのを辞めたらしい。だが、時々限定でメニューに組み込まれる事もある。それはとてもレアで限定が出たら出たで即完売する。
「いえ、大丈夫です。プリンアラモード美味しかったです」
その言葉に耳を疑った。勇人氏の方を見ると
ごめんと手を合わせてこちらを見てる。この小学生が食べたプリンアラモード・・。
彼がもう一度挨拶をして帰っていく。
「とても、礼儀正しい子でしたね」
「そうだね、何やら訳アリな感じもするけど」
「ほう・・それでワシのプリンアラモードはあるのだな?」
「やべぇ・・」
腕を組み、勇人氏に詰め寄る。彼が慌ててるが大体はわかる。
「ワシのプリンアラモードがよほど必要じゃったんだな」
「ははは、そろそろ限定期間で出そうかって思ってね、勇人くんに作ってもらったんだよ」
大志郎がそう言って、勇人氏を見る。
「さっきの男の子がプリンアラモードを食べたいって言ってさ、抄湖さんに出そうと思ったのしかなかったからさ、悩んだけど」
勇人氏は断ろうかと悩んだがどうしても断れなかったそうだ。
「抄湖さんごめん、また作るから」
頭を下げる勇人氏。先程の小学生が何故それを求めてここに来たかだ。
「ワシは鬼ではないぞ。理由があるのだし優先するのは当然ではないか?」
「いや、鬼だろ?おはぎの時はかなり買いに行かされたぞ?」
「る・・うるさいぞ。あれとこれとは違うだろ・・とにかくだ、気にするな」
大志郎は笑いをこらえている。ワシはカウンターに座り本を取り出す。
「ウィンナーコーヒーを淹れるね。勇人くんが選んだ豆を焙煎したから飲んでみて」
「なら、飲もうではないか」
「抄湖さん、どうでしたか?」
「おお、そうじゃった」
頼まれていた事。鞄から書類を取り出す。
「教授に伝えたぞ。そのカリキュラムで良いか?それとワシの研究で構わぬか?」
「ええ、抄湖さんの話やここで経験した事を学びたし、それに学生を募集するって言ってただろ?また、この書類に書いて渡すのでよろしくお願いします」
「わかった。詳細は分かり次第また知らせる」
そう言うと嬉しそうに笑う勇人氏。きちんと学業に励むのはいい事だと彼をみて思うのだ。
「ところで、限定はプリンアラモードで行くのか?そろそろ、フェスティバルが始まるだろ?そして・・」
———カランコロン
「奴がくる」
「いらっしゃいませ、あ、久しぶりだね」
大志郎の言葉にこれはまさか奴がここにやってきたか?
「おひさー!!大志郎ちゃん!やっぱ、ここが落ち着くわよねー!!」
店内に響き渡る甲高い声、ついていけぬテンションで現れる奴。勇人氏も怖がってるぞ。
「あら?新人さん?可愛い!!」
勇人氏の手を取りブンブンさせて、何やら叫んでいる。すごく困惑しているではないか!
「あの・・どもです」
「めずらしいわね!大志郎ちゃんがバイト雇うなんてありえないんだけど!」
「そのへんにせぬか、
仁王立ちをして制止する。
「あら!!!!抄湖ちゃーーーーんん!!」
「く・・来るな!!」
物凄い勢いで抱きついてきた。相変わらずテンションが高いのがどうも苦手だ。
「凄い人来たっすね」
「ははは、だろ?あ、彼女は
大志郎が紹介したパティシエ、小町殿がやってきた。この地域のイベントでいつも手伝ってもらっているのだ。小町殿のテンションは苦手だが彼女が作るスィーツはとても人気がある。毎年、斬新なスィーツから定番までメニューを大志郎と一緒に考え、自分自身がいなくても作れるようにレシピを残してくれる。
「小町、抄湖ちゃんが困ってるよ。紹介したい人いるから」
「え?何?何?」
「こちら、僕のお店で働いてくれてる、
「初めまして、高梨勇人です」
「初めましてだね!岩崎小町だよ!よろしくね!」
明るい性格だ。奴がくるとここがとても騒がしくなる。コーヒーの香りと穏やかな音楽、この空間がのんびりとしているのだが
「大志郎ちゃん!聞いてよ!」
話出したなら止まらなくなる。久しぶりの事もあるから大目に見ているが・・
「明るい人、来たな」
「いつもの事じゃ・・」
「ごめんな」
勇人氏が先程のプリンアラモードを気にしている。申し訳なさそうに謝ってきた
「気にはしてないぞ、先程の小学生が美味しく食べたのだろ?なら、良いではないか」
「まあ、そうなんだけど」
「何か気になる事があるのか?」
「その味を探してるみたいで」
勇人氏が何か考えながらワシに教えてくれた。あのプリンアラモードは勇人氏が考えて作ったらしい。彼曰く、先程の小学生はとある親友が食べたプリンアラモードを探していた。その話だとここで食べた物だと聞いていたのだが
違うかったらしい。大志郎もここ最近プリンアラモードを提供した事はないと言ってたが
「きっと、他の店なのかもな」
プリンアラモードか・・それぞれ思い出に残る味、それがとても影響されるくらいのもの
「俺もいつか、抄湖さんが忘れられないくらいのプリンアラモード作ってみるよ」
「え?」
微笑む勇人氏、その表情が優しく自分の顔が赤らめていくのがわかる。
「そうしたら、文句を言われないからな」
「勇人氏・・今すぐ殴ってやりたいぞ」
「うおっ何で?」
ワシのドキドキを返しやがれ
一人の小学生がこのお店にやってきたこの事がきっかけで新たな物語が動き出す
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます