第8話 月夜野ランデヴー

 よし、いい物買ったよな。これを持ってマスターの店で焙煎ばいせんしてもらおう。

 あのお店に通い出してから3週間くらい。マスターこと寿大志郎ことぶきたいしろうと意気投合して自分の癒しの場所を見つけた。そのお店はとても穏やかでゆったりした場所。コーヒーのいい香りと優しく流れる音楽。その空間がとても俺にとっては必要な場所になりつつあった。

 それと同時に新たな出会いもあった。


———観音寺抄湖かんのんじしょうこ


 窓側の席で本を読む美しい女性。漆黒の黒髪、長い睫毛。見惚れるほどの美しさ。何より彼女の目は淡褐色たんかっしょくヘーゼル色そして、角度によってはその目の色が変化するアースアイと呼ばれていた。


 その彼女との出会いが大きく変わる。彼女の言葉には魂が込められている。彼女はどんな人物なのか、まだ、全てを知ってるわけではない


 そう言えば、確か・・。スマホを片手に調べる。あった・・。ここに寄ってからマスターの店に行こうかな。


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「ありがとうございました」


 前から気になっていた物があったのでもう少しだけ買い物をする事にした。お目当ての物を購入し駅に向かおうと道を歩いていたら、風船の束を持ったウサギの着ぐるみが何かパフォーマンスをしていた。

 周りには沢山の子供達がいる。ウサギは少しぎこちないが子供達に風船を配ったり踊ったりしていた。子供達は大喜びでお母さん達と嬉しそうに帰っていく。ウサギはある男の子に風船を渡そうとしていた。年齢からして7歳か8歳くらいか・・。男の子は風船を貰うがすぐに手を離す。ウサギは空を見上げている。だが、風船は近くの木の枝に引っかかり糸が絡まっていた。


 ウサギはその木の前までやって来て風船を取ろうとしてピョンピョン跳ねる。手を伸ばして

跳ねる姿はとても可愛いらしいが


「よっと」


 俺が後ろから手を伸ばして風船を取る。振り返るウサギそして固まる。先程の子供っと、あれ?いない。いつの間にかいなくなっていた。

この風船どうするか・・

ウサギを見ると物凄い勢いであたふたしている

何してんだ?・・このウサギ


「あ・・はいこれ、風船」

「・・・感謝する」

「ん?・・どこかで聞いた声だけど」


 辺りを見回してもいない。いるのは俺とこのウサギいや・・着ぐるみ

まさかな?


「もしかして、抄湖しょうこさん?」


 微動だにしないウサギだが小さな声で


「気のせいではないか・・」


 いつもより声を高めにして話すがどう考えても抄湖さんだろ?


「そう言えば、マスターが新しいウィンナーコーヒーを作るって言ってたぞ」 

「それは真か!?・・あ」

「やっぱり、抄湖さんじゃん」

「ウサギだぴょん・・」


 勢いよく跳ねすぎたのか、バランスを崩れそうになり


「危なっ!!」


 ウサギ《しょうこ》さんを支えようとしたが着ぐるみのウサギの頭が外れる。するとウサギの着ぐるみから出てきたのは美しい女性。周りがザワザワしている。


「中から美人さんが出てきた」

「やべえ、綺麗過ぎる」

「何、見てんの!デレデレしちゃって」


 その姿に見惚れてしまう。周りは立ち止まったりしていつの間にか人が集まりだした。


「大丈夫っすか?」

「うむ・・やはり、姿を見せればこれじゃ」

「え?・・とにかく、ここは危ないし移動しよう抄湖さん」


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 俺達は人通りが少ない場所に移動することに


「抄湖さん、何でまた着ぐるみのバイトをしてるの?」

「知人の紹介でな、人手が足りないと言われて

仕方なしじゃ。勇人はやと氏も何故ここに

おるのだ?」

「いい豆が発売されたから、マスターのところで焙煎してもらおうと思って、それと・・まあ、いいか」


 抄湖さんは不思議そうな顔をしていたがまあ、良いと言って遠くを見ている。やっぱり、

見惚みとれてしまう。思えば、彼女は大学院生で俺より3つ年上。喫茶 leisurelyの常連である。色々考え事をしていたら何やら視線を感じる。俺は少し驚いた。抄湖さんがこちらを見ていたからだ。


「勇人氏はあまり人には興味はないのか?」

「え?」


 少し妖艶に微笑む彼女に戸惑う。本人は気づいてないんだろうな。


「失礼なら言ってくれたらいいがあまり、表情に出ないものだから、どうなんだろうと思ってな」


 まあ、よく言われる事だ。ギャップがあるみたいで周囲の反応は驚かれるし、誤解される。

表情に出ない・・いや、出さないようにしているのかもしれない。

 抄湖さんもそんな風に見えたのか?


「何故、言葉はあると思う?」

「は?」


 抄湖さんは時々不思議だ。だけど、言葉に力があるんだ。


「ワシが大学院で研究しているのは言葉についてだ。その意味を知る。」


 抄湖さんが学びたいと思ったのは文化や言葉の意味に興味があったからだそうだ。何故、言葉は必要なのか?


「理由はこの姿じゃ」

「え?どういう意味?」


 優しく微笑む彼女を見てその表情はとても穏やかで安心する。だけど、どことなく儚さも感じてしまう。


「今、ワシを見てどう感じたのだ?」

「え?」

「教えてくれぬか?」


 上手く表現が出来ない・・。表情と言葉が違うと言われ事もある。もし、伝えたとして違う反応があれば落胆してしまう。


 ああ、だからか諦めて何気なく当たり障りのない言葉を伝えて続けていた。


「そのまま伝えれば良い」

「穏やかでとても安心する。君が微笑むと素敵だと思う。だけど、凄く儚く感じる」

「ワシの様子を見てお前はホッとしていたのはわかっていたぞ」

「だったら、別にそれを汲み取ればいいんじゃんかよ」

「それはワシの思考であって、お前さんの言葉ではないからだ」


 人の表情で何となく汲み取る事は出来る。だけどもそれは自分自身の思考であって他人の思考ではないと抄湖さんはそう語る。


「周りは近づいていくとも、実際は振り返ったら誰もいない事が多いのだ」


 嬉しそうにしてると思いきや、いざ会話をするとみんな自分から離れていくという。先程までは自分を囲むように群がっていたはずなのに


「言葉にしなければ、相手の思考はわからぬものだ。言葉とは何か?何故その形を使うのだろうかとそう考えるようになった」

「確かに、言葉にしないと伝わらないけど言葉自身違う事あるよね。本音とは違う言葉を言ってしまう事もある」


 だったら、言わないで欲しいしこちらも言わないようにしたいと思うものだ。


「本音とは違う事だとしても言の葉に乗せれば

それが真実となる。それで傷ついたとしてもその思いを言葉でしか伝えれないのだ」

「真実・・」

「左様、それが魂として残る。人が人に伝える手段は言葉・・会話でしかないのだよ」


 言葉は生きている。だからこそ、魂を込めて相手に伝えなければならない。伝えるツールは

言葉を使ってしか出来ないと言う事か


「先程、勇人氏が伝えてくれた言葉。とても嬉しかったぞ。ありがとう」

「あ・・いやその・・」


 照れてしまい言葉が詰まる。それでも抄湖さんは優しく微笑む。そうだよな。言葉にしなきゃ、わからないもんな。俺がどう感じてるのか

伝えるのが言葉だよな。


「お礼を言ってくれるなんて思わなかった。だけどそうやって言ってくれるのは俺も嬉しいし

また、言の葉に乗せて伝えたいと思える。

何だか、ほっこりするよな。ありがとう」


 そう言って俺は微笑んだ。


「あっ、そうだ。これ、抄湖さんに渡そうと思ったんだ」

「ワシにか?」


 きっと、似合うだろうと思ってスマホで色々調べていた。おっと、言葉で伝えないとな。


「誕生日プレゼント。遅くなったけど、きっと似合うと思って・・おめでとう」


 可愛いらしい包装された箱を手に取り抄湖さんは何が起きたのかわからない表情だったが


「・・良いのか?」

「ああ、当たり前だよ。気に入ってくれるかわからないけど」

「開けても良いか?」


 俺は頷くと抄湖さんはゆっくりと開けていく。そこには淡褐色たんかっしょくの色をしたヘアクリップ角度によっては色が違う。そう抄湖さんと同じ目の色をした物


「本当に良いのか?」


 戸惑いながらもどことなく嬉しそうな彼女を見て思う。


「喜んでくれるなら俺は嬉しいし使って欲しいんだけどな」

「もちろんだ・・ありがとう」


 そう言うとお互い笑い合う。言葉の大切さ、彼女が伝えようとするもの、少しはわかった気がする。


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ゆったりとした空間。コーヒーのいい香りとJAZZが店内を流れる。


「はい、ウィンナーコーヒー」

「感謝する、大志郎たいしろう


 カウンター席に座り、マスターが淹れたコーヒーを味わう。


「うん、このコーヒーにして良かった」


 昨日買ったコーヒーを焙煎してもらい早速飲んでみた。香りや味もとてもよくとても満足だ


「よかったよ。気に入って貰えて」

「また、違った感じのウィンナーコーヒーだな」

「だろ?ウィンナーコーヒーにも合うよう選んだんだよ」

「ふむ。褒めて使わそう」

「何だよ、それ。さて、抄湖さん、マスター俺バイトに行きます」


 マスターと抄湖さんに挨拶をして店を後にする。


「何だか、嬉しそうだね」

「楽しそうに出ていったな」

「抄湖ちゃんだよ」

「ワシか?」

「綺麗なヘアクリップだね。理由はそれかな?

「・・なっ!そうではない・・いや・・心のあるプレゼントは嬉しいものだ」


 マスターはまた、笑い出す。きっと、その姿にほのぼのしたらしい。


「笑うではない・・」


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 お店を出て、バイト先に向かってると


「勇人・・」

柚鈴ゆずさん?」


 久しぶりに元恋人に再会する。







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