第7話 言葉——コトノハ——④
「お互い知るチャンスだよね。さて、店の前にお客様がいるよ」
マスターが窓側の方を見ている。そこには
中村屋の息子さんが立っていた。
「隣にもう1人おるな」
ドアを開けて声をかける。
「どうぞ、こちらへ入って下さい」
息子さんは会釈をして女性と一緒に店の中へ
マスターがコーヒーを準備し始める。
「
マスターが小声で伝える。俺は2人をテーブル席に案内し抄湖さんと話を聞く事にした。
「先程は失礼致しました」
息子さんは申し訳ないと頭を下げる。
「いえ、こちらこそ突然押しかけたので
謝る事ないですよ」
「ありがとうございます」
少し安堵したのか笑みを浮かべる息子さん。その笑顔はとても優しくそして、中村屋のご主人でもある父親によく似ていた。
「お待たせしました」
マスターが淹れたのはブルーマウンテン。この空間に合わすかのようにゆったりとリラックス出来るように持ってきてくれた。その良い香りが漂う。
「コーヒー良かったらどうぞ、マスターが淹れたコーヒーは絶品なんですよ」
「ええ、何度か飲んで思いました。本当に
絶品ですね」
そう言うとマスターに微笑み、マスターもお辞儀をする。自分が手掛けたコーヒーを喜ばれるとやはり嬉しいものだ。隣の女性も美味しいと笑みを浮かべる。先程とは違い少しはリラックス出来たのかもしれない。
「あの・・お父さんとは大丈夫ですか?」
少し気にはなっていたが、息子さんは首を横に振りこう話す。
「あの後も背中を向けてたままで、また、改めて訪ねようと思います。彼女を父にも紹介したいので・・」
「そうなんですね」
息子さんの顔を見つめる女性。とても清楚で優しそうな印象を受ける。
「彼女はボクの婚約者です」
「初めまして、
2人は来年の春に結婚をする予定で、その報告も兼ねて中村さんの所に戻ってきた。
「父が怒るのは当然だと思ってます。あの時のボクは跡を継ぐ意志もなかった・・。勘当同然で家を飛び出しましたから」
当時も中村さんと悟さんは折り合いが悪く一緒にいれば衝突もしていたそうだ。それが嫌で
成人になれば離れるつもりでいたそうだ。
「あの頃は良くお前は未熟過ぎる、人生はそんなに甘くないとよく言われました。それを否定されるのが嫌であれが言わば抵抗でもあったと思います」
人一倍負けず嫌いな悟さんはそれ以上言われないように頑張ってきた。それが出来たのは自分1人の力ではない。
「ここまでやれてこれたのは母親のおかげでも
あるんです」
一番の味方であり理解者であったのは母親だったと悟さんは語る。中村さんには内緒で仕送りや生活面も支えてくれたそうだ。
「立派な母親じゃな」
抄湖さんの言葉に悟さんは言葉詰まりながらもこう話す。
「はい、母親が何よりも応援してくれたので
ここまでやってこれたのだと思います。感謝でしかない」
「その、母親も一昨年亡くなられた。当の本人も悔やんだのではないだろうか」
和解をせぬままの父と子を残して去っていくのはきっと悔しかっただろう。中村屋という老舗の店を残し、1人で切り盛りをしていく心配するに決まっている。
「これからどうなされるんですか?その、中村さんあなたの父親はお店を畳むと言ってましたが・・」
跡取りもない、残念だが店を閉めるしかないと中村さんは言っていた。明日美さんとの結婚も決まっている以上跡を継ぐ事も難しいのかもしれない。
「だが、ここに来たと言う事は何か伝えたいことがあるんじゃな」
「伝えたいこと?」
抄湖さんが伝える言葉はいつも明白だ。相手の動きや状況を見て判断する。一連の流れから読み取る力はとても優れている。
悟さんと明日美さんはお互い顔を見合わせ
「これは驚きました・・」
「ここは私からお話しします」
明日美さんと悟さんがここに戻って来た本当の理由を俺達は聞く事になる。
それからしばらくして悟さん達はもう一度、中村さんと話をすると言って店を後にした。
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「どうするの?抄湖ちゃん」
抄湖さんはずっと考えている。悟さん達が
話してくれた事を・・。
「
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「お店を閉じてしまうのか?」
「あれ?抄湖ちゃん」
今朝、俺達はまた中村屋に訪れる。いつもならお店の準備をしているがその様子がなかった。
「店主殿、店を片付けているのか?」
抄湖さんの言葉に中村さんはこう答える。
「1人で切り盛りしてきたが、少し早めに
「少し待ってください!お店を畳む必要は」
「勇人氏」
抄湖さんに止められる。突然の事で少し焦ってしまう。悟さん達の事もあるから
「悟殿が後を継ごうとも継がなくとも奥様と
約束してたのだな?店を畳むこと」
「え?どういうこと?」
「生前、奥様から聞いていたのだ。店主殿の事悟殿の事、そしてこのお店の事もだ」
抄湖さんが言うには奥さんと交流があって
病気になって入院した時もお見舞いに行っていたらしい。
「どんな事があろうが、悟殿の将来をお二人は見守ろうとしておられただろう。家を飛び出し
跡を継がないとわかってたとしても子供の幸せを願っておったと奥様はおっしゃっていた」
「はは・・カミさんはいつも私達の事を常に考えてくれてた。」
奥さんの人柄は誰に聞いてもとても明るく優しい評判のいい方だった。客の事も親身になり
地域の子供達の面倒も見る人。亡くなられてからも奥さんの話が尽きない。
「周りの人はこう言う。一つ一つの言葉を聞いて伝えるのがわかるのだと・・その思い無駄にしてはならないと言う事だとしたら店主殿」
「抄湖ちゃん?」
「そなたを連れて行きたいところがあるのだ。一緒に来てもらえないだろうか?」
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——カランコロン
「いらっしゃいませ」
マスターが笑顔でお迎えする。店内に流れる音楽はゆったりと落ち着いた曲。コーヒーのいい香りがやはりリラックスする。
「ここは?」
「ワシのHome Townと言っておこう。どうぞ、こちらに座ってください」
中村さんをテーブル席に座らせる。中村さんはあまり来たことないから緊張すると少し笑みを浮かべる。
「素敵なお店ですな」
「ありがとうございます」
マスターが微笑むと中村さんも微笑む
「店主殿は奥様との思い出覚えておられるか?」
「私とカミさんは周囲からはあまり祝福されていなかったんだよ。何せ、老舗としてのプライドもあり私の母親は猛反対だった。それでもカミさんは努力して私に尽くしてくれました」
奥さんと一緒に作り上げたものがある。中村さんはその和菓子を一人息子の悟さんに委ねようとした。だけど、時代もあり小さなお店が潰れていく中、老舗とはいえ縛るのはどうなのか?奥さんがよく話をしていたらしい。
「これも運命だよ。仕方ない事もある。息子の悟にも厳しくしてしまった。あのお店もちょうど買い取ってくれる人がいるんでね」
寂しそうに笑う中村さん
「そなたの人生には人情が溢れておるんじゃな。その思いは彼にも備わっておるぞ」
「息子にか?はは、そうだったらいいのだが」
「中村殿、まずはもう一度ここら始めてみようではないか」
「始める?」
抄湖さんが合図をする。カウンターの奥の扉が開きそこから明日美さん出てきた。トレーを持ってそこには
「失礼します。もし、良ければこちらを食べてください」
差し出したのは和菓子。それはあんこを
「・・いただきます」
和菓子用の楊枝、
「懐かしい味だ・・この味をどうしてあんたが
知っているんだ?」
「親父・・」
悟さんが中村さんの前にやってくる。
「悟・・そうか、お前が教えたんだな」
「いえ、違います」
「なに?どういう事だ」
「私は井手明日美といいます。悟さんとお付き合いさせてもらってます。来年の春には私達は結婚する事になってます」
中村さんは驚いてたが・・
「この味は悟さんのお母様から伝授してもらったものです。実は悟さんと出会う前にお母様と
お会いしておりました」
明日美さんは3年前に料理教室で中村さんの
奥さんと知り合いになった。当時、自分の店を経営していて中々上手くいかずよく、相談をしていたそうだ。
親身になった奥さんは実の娘のように可愛がってくれたそうだ。病気になって入院してもお見舞いは欠かさず交流もしていたそう。
そして、仕事の都合で海外に渡る事になり悟さんと出会ったそうだ。
「私も将来、自分の店で頑張りたいそう思って
やってきました。丁度海外に行く前に私に伝授をしたい和菓子があると言われてこの素敵な和菓子を作れるようになりました」
お母様のようには無理かもしれないがこの和菓子を残したいと思い頑張ってきたと明日美さんは語る。
「これは運命なのか、偶然にも悟さんと出会えるなんて思いませんでした」
「まさか、母親の大切なこの和菓子を再び味わえるとは思わなかったんだ」
悟さんは手紙の束を中村さんに見せる
「何だ?これは?」
「お袋からの手紙・・ボク達は良く似ている。頑固なところもお袋がどうするべきか、考えさせてくれた手紙だ」
悟さんはボク達は不器用だからきっと、素直には言えずに終わるかもしれないとそう中村さんに伝える。
「ここでもう一度再会したのだ。中村殿彼らの話を聞いてやってくれないか?」
「抄湖ちゃん・・」
俯く中村さんだが・・
「言いたい事があるなら言え」
「ボク、仕事を辞めたんだ」
「なっ!?何をしてるんだ!仕事を辞めたってこのお嬢さんと結婚するんだろ?」
「ああ、するよ。だから辞めた」
何を分からない事をと中村さんは絶句していた。これから結婚するのにどうやって生活をするんだ!と声をあげる。
「仕事を辞めたのは中村屋の跡を継ぐ為だから明日美と一緒に親父の力になりたいんだ」
言えなかった言葉・・悟さんの目からは涙が溢れる。
「本当は感謝している。いつも反発して喧嘩ばかりしていたけど、親父の背中・・一生懸命和菓子を作ってる背中大好きだった」
悟さんに寄り添う明日美さんの目にも涙が・・
「そんな想いをお袋はわかってくれていた。何年かけても大丈夫だから、あの人はあなたの大切な父親だからってその言葉がとても響いた。守りたい人が出来たから、親父の想いが
悟さんの想いを言の葉として乗せる。中村さんの目から溢れだす。
「ばかもんが・・親不孝だとて子供には幸せになってもらいたんもんなんだよ。この先、いい事ばかりではないわ。そんな苦労させてまで親は考えんのだ」
「小さな命を育んでその先は笑顔を願うのが親心、子供だって築いてきた立派な命を受け止めてあげたいんですよ」
「勇人くん・・」
「感謝でしかないですよ。素敵な家族ですね」
抄湖さんは俺を見ては微笑む。そして、この和菓子手に取り
「綺麗じゃな、この和菓子の名前は何という名前だ?教えてくれないか?」
抄湖さんの言葉に中村さんは
「
溢れ出す涙に寄り添う悟さんと明日美さん
きっと、天国から環さんは応援しているのだろう。
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中村親子と明日美さんはもう一度あの店で再出発をする事にしたそうだ。
「はい、お待ちどうさま」
マスターが淹れてくれたコーヒーと明日美さんが作ってくれた和菓子『環』を一緒に味わう
「んー!!なんて素晴らしい味なのだ!」
甘党の抄湖さんにとってはこの和菓子がとてもマッチしたそうだ。
「勇人氏・・」
抄湖さんがこちらを見る。そんな目で見るな。その目はやはり綺麗なんだよ。
はぁーとため息をつく。その目はまさに
「やるよ!ほら!」
そう言うとその目は益々キラキラと輝く
普段は大人びているがやはり、少し幼さがある。流れてくる音楽とコーヒー俺の居場所にも
なりつつある。抄湖さんはいつものウィンナーコーヒーを飲んでいる。
「あ・・」
「何じゃ?」
「口についてるよ、クリーム」
指でクリーム取って
——ペロリ
「ん?」
パクパクと口をさせてる抄湖さん。マスターはまた、笑っている。見る見るうちに抄湖さんの顔が赤くなる。俺は思わず
「可愛いな・・」
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