第6話 言葉——コトノハ——③

「本当に聞くの?抄湖しょうこさん」


 昨日、ある男性から聞かされた話


『中村屋もうすぐ閉店しますよ』


 中村屋、この街の老舗和菓子屋。もうすぐ、お店が閉店するという。その男性とは一度、中村屋の店で会った事がある人だった。年齢は30代前半くらい背丈はマスターより少し低めでスーツ姿でいかにもビジネスマンという感じだ。


 その人が言ってた言葉が気になると抄湖さんとやって来た所は?


「ありゃ、抄湖ちゃん。こんな朝早くどうしたの?」

「おはようございます。店主殿、忙しい時間来て申し訳ない。少し、聞きたい事がある」


 ご主人の計らいで俺たちは少しだけ時間を取らせて貰えた。そして、一昨年亡くなった、奥さんの仏壇に手を合わせる。


「いやー、バタバタして申し訳ないなぁ。」

「いえ、こちらこそすいません。忙しい時にお邪魔しまして・・」

「はっはっはっ!かまわんよ。あんたこないだおはぎを買いに来てくれた子だよな。」

「はい、そうです。あの、おはぎとても美味しかったです」

「そうかい、そうかい、そりゃ喜んでもらえて何よりだ」


 店主の中村さんがうれしそうに話してくれる。とても穏やかな性格で、地元の人たちにも愛されていると抄湖さんは言ってたな。


「まさか、抄湖ちゃんの知り合いだったとはなぁ・・」

「店主殿、話を折ってすまない。手短に言う。お店を畳むと言うのは本当なのか?」

「何だ?もう知ってるのか?」


 中村さんは驚いていたが


「ああ、その通りだよ」


 少し寂しそうに奥さんの写真を見つめていた


「カミさんが亡くなって、1人で切り盛りしてきたが、私も年だ。そろそろ、引退も考えていたんだよ」


 奥さんが亡くなってから、何とか頑張ってきたが、お店に出す商品も制御していたそうだ。

とても明るくて笑顔が絶えなかった奥さん。病気になっても、いつも明るく振る舞っていたんだと中村さんは話す。少し目が潤んでいるのが

よくわかる。愛する人を失う。それはきっと計り知れないだろうな。


「まあ、跡取りもない、創業100年も続けたがそれも仕方ない」


中村さんはそう言うが確か・・


「親父」


 後ろの方から声がした。振り返るとそこには

昨日の男性が立っていた。


「何しに帰ってきた!」


 先程とは打って変わって、中村さんの態度が変わる。


「親父、話を聞いて・・」

「お前などに話す事はない!出ていけ!」

「お袋が亡くなって、1人でどうするんだよ」

「お前に心配してもらわなくていい!この家からも離れん!」


 背を向ける中村さん。俯いている息子さん


「黙って出ていって好き勝手にしてきたお前と話す事はない!今更何を言うんだ」

「それは・・」

「抄湖ちゃん、すまんな。今日のところは

帰ってくれねぇか」

「そうしよう・・お邪魔した。行くぞ勇人はやと氏」

「え?あ、抄湖さん!・・お邪魔しました」


 この2人の問題を俺達がどうするとか出来ないけれど、このままでいいわけないと感じた。それは中村屋が閉店する事とこの親子関係が意味する事は関係はあるから、そこを解決しないといけないのでは?そう思った。


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「あの2人親子だったんだな」

「確か、1人息子がいたと。優秀で海外などで仕事をしていると笑顔で奥様が話しておられた。戻ってきたと言う事は・・」


 店を出て歩きながら、抄湖さんはあの家族の事を話してくれた。創業100年の老舗の店。

跡取りが必要だが、自分の将来は自分で決めると言って家を飛び出したそうだ。


「親子の確執って事か、まあ、あの人が跡を継ぐと思ってたけど、飛び出したとなれば怒るも無理ないか。何か解決方法はないのか?」

「それは我々がするものではない」

「何で?中村屋もなくなるんでしょ?それは

息子とも関係があるんじゃないの?」


 このままでは親子関係だってなくなってしまう。それはやはり悲しい


「関係があるとしても、これはあの2人が

解決しなければならない事だ」

「おはぎが食べれなくても?その為に閉店するから聞きに行ったんだろ?」

「・・ば・・ばかを言え!!ワ・・ワシは

おはぎが食べれなくなるから行ったのではない

店主殿が気になったからだ!」


 見る見る顔が赤くなっていく彼女。白い肌だから余計に目立つ。こういうギャップが釘付けになるんだよな・・。


「可愛いな」

「か・・可愛いじゃと」


 すでに赤面していた顔が更に、そして首筋のところまで赤くなる抄湖さん。その姿を見て俺は口元が緩んでしまう。


「何、笑っておる」


 仁王立ち抄湖さん。最初はとても不思議な人だと思った。だけど、話していくうちに人間味がある人だなって思った。


 ああ、そうか。言葉にする事、その思いと考えが見える。


「やっぱ、言葉で伝えないとな・・」


 その言葉に抄湖さんは


「言葉は言の葉だ。葉を茂らせることによって花を咲く。実を結ぶように・・人は言葉によって思いを伝える」


 そうだ、あの中村親子に必要なのは

会話だ。自分である限り言葉を送らないと

やはり、わからないもの。


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 その帰り道


「そう、そんな事があったんだ」

「はい・・」


 俺達は店に戻ってその経緯をマスターに話す


「中村屋のご主人とは何度か地域の会合でお会いした事はあったけど、一昨年奥さんが亡くなられてからはあまり会合には顔出されてない」


 一人息子がいて海外にいるって事はチラッと聞いていたとマスターは話してくれた。その息子が日本に帰ってきている。中村屋の閉店と共にそこには何かしらの理由があるんだろう


「常に調和をとっていたのは奥様であったのだろう」


 抄湖さんがレコードをかけながらそう話す

コーヒーの香りと流れてくる音楽。俺の隣に座る彼女。


大志郎たいしろうワシにもストロングコーヒーを淹れてくれ」

「大丈夫なの!?抄湖さん、甘党なのに」

「何事にも挑戦じゃ」


 マスターも微笑んでいて抄湖ちゃんが飲む日が来るとはと言いながらも喜んで作り始める。

流れてくるJAZZは明るくノリが良い曲。抄湖さんの挑戦を後押ししているような感じだ。


「本当に大丈夫?かなり苦いよ?」

「ワシは子供ではないわ!舐めるではない」


 ムキになるところが子供なんだと言ったら怒られるだろうな。マスターが運んできたコーヒーを眺める抄湖さん。香りはさすがに癒されるほどいい匂いだ。


 抄湖さんは挑戦しようと思うが中々、口がつけれない。そして、こう話す


「このコーヒーを美味しくお前は飲んでいるんだろ?」

「え?ああ・・まぁ」

「相手の思考、どういうものなのか?そう感じてみたいと思ってな」


 その尊重を考えていかなければならないと抄湖さんは話す。人によっては違った思考もあり

それをどう尊重するのか?


「きっと、あの親子もそうであって欲しい」

「抄湖さん・・」


 このコーヒー飲めば、深さがわかるんだろうか?と抄湖さんはコーヒーを一口飲む。


「苦っ!?」


 どうして飲めるのだ?そう呟く彼女。マスターは笑っている。いい挑戦だねと中村屋の粒あんを差し出す。お砂糖代わりに混ぜたら少しは苦味が抑えられるよと

 

「じゃあ、俺はウィンナーコーヒーで」

「は?正気か?」

「それ、そのまま抄湖さんにお返しする」


 マスターは本当いいコンビだなって言って

コーヒーを淹れ始める。


「相手との考えがズレた時、今一度立ち止まる事は大事だよな」

「左様、物事は角度を変えれば違った見え方が

するものだ」


 違った見え方・・


「相手が何を伝えようとするのか?その真意は

違った目線で見るのが良い。現にこのコーヒーを飲んでわかる。深みを知るのならばこの苦さも味があるものだ」


 抄湖さんの言葉、言の葉。この店と同じようにゆっくり流れるリズムで心地が良い。

俺は今まで出来ただろうか?


『何を考えてるのかわからない』


「・・・」

「お待たせ、勇人はやとくん」

「ありがとうございます」


 マスターが淹れたウィンナーコーヒー。生クリームの甘い香りとコーヒーの深い香りが混じりあっている。


「甘っ!?」


 マスターは我慢出来ず大爆笑している。


「お互い知るチャンスだよね。さて、店の前にお客様がいるよ」

「え?」


 マスターの言葉に振り返る。そこには中村さんの息子さんがいた。

 

 





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