第5話 言葉——コトノハ——②

「良いか?お前の使命はだ・・」


 とんでもない事に巻き込まれたな。確か彼女は美味しそうに食べてたよな?しかも、マスターの分まで食べてたのに。


「唯一の楽しみ奪われたって人を極悪人みたいに言うなよな・・・」


朝から自転車で向かう先は


「いらっしゃい!」

「おはぎを10個下さい。あと、この粒あんを2袋

お願いします」

「あいよ!ちょっと待っててな。おはぎが・・っと。あとは」


 こうやってみると、このお店もおもむきがあるよな。ここの和菓子屋はおはぎで有名だと抄湖しょうこさんが話してたよな。


「はいよ!おはぎ10個と粒あん2袋」

「ありがとうございます」


お代を払い外を出ようとすると

「わっ!?すみません」

誰かとぶつかりそうになり

「こちらこそ、すみません」


 男性も頭を下げ、お店に入っていく、スーツ姿の男性。

「あれ?どこかでみたような?」


気のせいか?そう思いつつも

俺は自転車を走らせた。何故なら・・


✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎


「うむ、ご苦労!」


 目を輝かせながら俺を見るのではなく

愛しのおはぎに


「よくぞ!参られた!」


運んだのは俺だぞ・・。ねぎらいはないのか?こんな暑い日に運んできたのにな。

抄湖さんはマスターにいつものやつを頼んでいる。今日はアイスコーヒーでも飲むか・・

すると、抄湖さんが振り返る。


勇人はやと氏、ありがとう」


 彼女の表情が優しく、それにやはり美しい。

その言葉が何より嬉しくなる。


「よかった・・喜んでくれたならそれでいい」

無邪気に笑う姿が幼くみえる。


——My Baby Just Cares For Me


 マスターがレコードを掛ける。今日の日に

ピッタリな曲だ。このお店の雰囲気はやはり好きかも知れない。何気にくぐり抜けた道

そこには俺にとっては新たな出会いの場所。

カウンターに並んで座る。この光景がもはや当たり前つつある。抄湖さんの事は少しずつわかってきたが、そう言えば抄湖さんって普段は何をしてるんだろう。


「抄湖ちゃん、研究レポートは終わったの?」

マスターの言葉に思わず抄湖さんの顔を見た。

「研究?」

「うん、抄湖ちゃんは大学院で研究や資料作りとかしているんだよ」

「大した事ではない。最後の研究を追求するまでだ。昨日でワシは24歳になった」

「あ、8月8日だったね」

そのやりとりに思わず俺は

「待て待て待て!抄湖さんって俺より年上だったの!?」


 何を言ってる?って顔してるけど、俺は衝撃を受けている。


「それに昨日誕生日だったの?何で言わないの!?マスターも覚えておきましょうよ!」

「騒がしのう。1つ歳を取ったくらいでどうって事でもないだろう」


 そう言う問題ではなくと呆気に取られる。多過ぎる情報量に頭が追いつかない。

 抄湖さんは大人びた表情をする事はあるが、時折見せる幼さもある。思い込みもあるが、俺の中ではそんなイメージはなかった。


「何じゃ、ワシはてっきりお前さんに年上だと思われてたと思ったぞ?年下だと思ってたなら、大志郎たいしろうのようにちゃんづけするだろう」


 抄湖さんは俺がそう呼ぶから認識していると思ってたらしい。彼女を知り尽くすにはまだまだ情報が足りないようだ。


「名前はその人にとっては大切なものです」


俺の言葉に2人が驚いている。


「その人の人生を背負っていくのですからだから俺は敬意を払っています」

「素晴らしいことだね。勇人くん」

マスターが感心する。

「だから、俺は年上であろうが年下であろうがそのような呼び方をします」

「なるほどね。と言う事はご両親は君のことさん付けで呼ぶの?」

「はい、そう言われています」

「敬意を払うと言うのか。その言葉の意味をわかっておるのじゃな。ご両親は素晴らしい」


 2人ともそのように言うが、当たり前のように育ってきた俺には不思議だった。


「いろいろな親がいる中、生きる意味を教えるのは素晴らしいことなんじゃよ」


抄湖さんはそう話す。生きる意味・・


「そうじゃろう?大志郎」


 抄湖さんがマスターにそう言うと、少し寂しそうな表情を浮かべる。この時は気にも留めてなかったが、その意味を知るのは、後のことになる。


「ちなみにだが大志郎は9月9日が誕生日じゃ」

「勇人くんは?」


もういやこれは偶然なのか必然なのかあるとしたらこの場所は何なんだ?


「10月10日です」


抄湖さんは驚愕し、マスターは笑っている。

少し賑やかにゆっくり流れていく時間


———カランコロン


「いらっしゃいませ」

「アイスコーヒーを1つ」


 1人の男性がスマホ片手に入ってくる。この人は確か昨日も来ていた人。男性は壁側の席へこちらの方に背を向けて座る。


「いえ、もう少し待って下さい。必ず話をして

承諾を得ますから」


 マスターがおしぼりとお水をアイスコーヒーをテーブルに置くと男性は軽く会釈をする。


「どうぞ、ごゆっくり」


 昨日も見たけど、どこかで見たような・・

男性の方を見ていた。


「はて?どこかで見たような気はするが?」

「抄湖さんも?」

「何じゃ?お前さんも知ってるのか?」

「知ってるというか、んー」

2人で考えていると


「少し、これを飲んでみない?」

マスターが持ってきたのは

「粒あんとコーヒー?」

昨日はおはぎとコーヒーだったが

「コーヒーの中に入れて混ぜてみて」

マスターに言われた通り混ぜてみる

「美味しい・・」

粒あんの甘さとコーヒーの苦味が

マッチしていた。

「抄湖ちゃんにはこっちのコーヒーね」

マスターに渡されたのは同じく粒あんとコーヒーそれと生クリームホイップが乗っている。

「コーヒーはアメリカンにしているんだよ

粒あんの甘さとホイップの甘さでちょうどいいしね」


 マスターが毎回出すコーヒーはとても凝っていてお試しとはいえ、お得感がある。


「そうか、もうこの時期だな?」

この時期?抄湖さんがマスターに話している

「何かあるんですか?」

「もう時期この地域でフェスティバルがあるんだよ。まあ、地元の秋祭りみたいなものだよ」


 そう言えば、上京した年にこの地域が賑わっていたような気がするな。


「この近辺のお店がいろんな催し物をしたりするんだよ。」


マスターのお店も参加しているようで


「勇人くんもその時期なったらおいで」

「はい。ぜひ」

「昨年は盛大だったな。それに奴がまた現れるのか?大志郎!何としてくれ」

「はは、抄湖ちゃんは苦手だったよね。この時期になるとお手伝いしてくれる人が来るんだよ

また、紹介するね」


 こうやって今まで経験をした事ない事も

この場所で出会えた事で思い出になっていくんだろうな。

俺にとっては嬉しい事でもある。


「では、中村屋のおはぎも参加するんだな」

これは良い良い!と頷く抄湖さん


「ごちそうさま。お会計お願します」


 先ほどの男性がレジの方に向かう。

こちらをチラッとみて


「中村屋はもうすぐ閉店しますよ」


そう言ってお店を出ていった。


「お店閉店?あの和菓子屋なくなるのか」

抄湖さんは考えている。

「それは知らなかったな」

マスターも驚いている。

「ああ!!!」

「どうしたの!?勇人くん」

「思い出した!さっきの男性、中村屋でぶつかりそうになった人だ」


 あの男性と中村屋の関係は何なのか?

この時、俺達もわからなかった。


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