第4話 はじめてのアルバイト

時が経ち、一夫は中学生になっていた。


近所のトーフ店が新聞直売所を営み始め新聞配達の求人募集をしていた事を

きっかけにアルバイトを始める事になった。


朝五時に起床し朝食を済ませ知井宮駅(現在の西出雲駅)に出向き

七両編成の浜田行きの客車の到着を待った

停車中の二~三分の僅かの間に最後尾の貨物車まで走り配達用の荷物を手に取り

ホームに放り投げるように置き、荷解きをしたあと

新聞を自転車の前かご乗せ、荷台に括り付けてから配達に出発した


配達先は山の頂上付近もあれば、次の一軒迄の区間が遠く離れている所もあり

気の遠くなる配達を一日に百十五件前後を回った。


配達を終えトーフ店に戻るとすぐに油揚げ製造の手伝いとトーフの配達があり

配達がない時は新聞の集金回りで

学校とバイトで一日が終わる、そんな過酷な日常だったが古銭収集が趣味だった

一夫は

(丁度いい、配達先で古銭を持っている方が居るかもしれない聞き回れる

 チャンスだ!)そう思いバイトに励んだ。


一夫「夕刊でーすっ今日も暑いですね~」

配達先「いつもごくろうさん、ようがんばっちょうの~」

一夫「だんだんっ、また明日お届けにあがりまーす」


ゆく先々で、配達や集金先でコミュニケーションを取りながらお互いの距離

が縮まると


一夫「夕刊でーすっ」

配達先「ごくろうさんです」

一夫「あの・・おじさん、実はぼく古銭に興味がありまして・・・」

配達先「おぉ、若いのに古銭?」

一夫「もしお手元にもっちょったら、分けてつかーさい」

配達先「んん・・・もっちょーことは

    もっちょーだがね、だもん売られんけんすまんなぁ・・」

一夫「・・気にせんでください、ぢゃぁまた明日夕刊もってあがーけんね」


とある日、新聞の集金に行った時の事、


集金先「なぁ、おみゃーさん古銭に興味あーだったな?

    いいもの見せちゃーから、そこに座ってまっちょって」

一夫「はいっ」期待に胸を弾ませた。


しばらくすると母屋の方から大きく重量がありそうな木の箱を縁側まで持って来ると「どすんっ」と置いた。


一夫は木の箱を覗くと一分銀が山ほど入っているではありませんか!

それを見て驚いた一夫は、(こんなに古銭が沢山…)


一夫「じっ10枚いいやっ1枚でもいいけん譲ってごさんか?」

集金先「ごめんだけんども、これは1枚でも譲れんがぁ・・・」

一夫「・・・」肩を落とした。


結局、古銭を譲ってくれるところは見当たらなかった

恐らく店に持って行けば高値がつくと判断し、手放なさなかったのであろう。


初めて見た古銭の山に、

「どこの家も沢山持っているのに誰一人、譲ってくれなんだ…」現実を目の当たりにした一夫は趣味の古銭を探す事を諦める事を決意した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る