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「そもそも学校の七不思議って何があるの?」


 松木の質問に、【菩薩】は嘆息をこぼした。


「美術室のモナリザ、化学室の人体模型、音楽室のピアノみたいな定番なものから、職員室の魔物なんていう独特のものまであるけど」

「奈落の底の幽霊は、この学校特有やな」

「それで? その内のどれが実証されてるの?」

「七不思議ってそもそも実証されるようなものじゃないだろ」

「幽霊を実証ってあほくさい」

「じゃあ、さっきの人にもそう伝えればよかったんじゃない? 帰るのを見送るんじゃなくて」


 松木は椅子をギイギイと鳴らして、余裕をひけらかす。

 

「お前が伝えて来いよ。懸念することが何もないならな」

「好きであんな戯言に付き合うわけないやろ」

「大久保さんもなの?」

「あんたに話すことは何もないわ」

 

 松木を睨むと、鼻で笑って返された。

 忌々しい。なんでこんな奴と言葉を交わさなければならない。

 

「なら、どうするの? 彼女のお願いは、私達にはどうすることもできないんでしょう?」


 お願いとは、実に可愛い言い方をする。なんて思ったのは、きっと私だけじゃないはずだ。

 【菩薩】も【電脳】も、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 【高嶺の美樹】は脅してきた相手にも、救いを与えそうだ。


「実証とは言ってないわ」

「証明だな」

「明るみやろ」

「明るみと証明って、同じ意味じゃない?」


 松木の聞き返しに、誰も返事はしない。


「まあ、見ている奴はいるしな。幽霊か実物かは別として」

「実物なら、明るみにすることはできるで。せやけど、そうなると」

「殺人未遂、だな」


【菩薩】と【電脳】からスラスラ出てくる言葉は、私の眉間のしわを増やした。

 残念ながら私は、この学校の七不思議に明るくない。


「どんな七不思議?」

「屋上に呼び出されて、振り向いたら白いワンピースを着た幽霊がいて、気づいたら落ちてた」

「いつも植木に助けられて、怪我を負うけど死にはせん。計ったように、いつもA 邸の雁木に落ちるんや」

「もしかして、実際に被害者がいるってこと?」


 2人は視線を合わせるわけでもなく、何か言いにくそうに――いや、これはまだ説明をしなければいかないのかとでも言いたげに、少しの間を置いた。


「噂では。突然大けがして、学校を休んだ奴らが、そうなんじゃないかって言われてる。でも、大事になってないだろ? だから、あくまでも噂だ」

「何人いるの?」

「3人や。今のところ」

「確認したやついるんじゃない?」

「みんな否定してる。幽霊なんていないってな。幽霊に呼び出されたって騒いでたやつまでもな」


 今度は説明を終えて、間ができた。

 この間で各々が何かを考えているなら、どれだけまともな集まりなんだろう。

 そうじゃないことは一目瞭然だった。

 【菩薩】は青空を横目に上の空だし、【電脳】はお友達のノートPCと楽し気に会話中。松木は天井を見上げて無を描いている。

 

「ねえ、待って。奈落の底に突き落とす幽霊? それとも、奈落の底の幽霊?」


 ふと湧いた疑問に

 

「それ、意味あるか?」

「幽霊を実証しろ言うのと同じくらい、馬鹿くさい」

「大久保さんって、言葉遊びが好きなの?」


 返ってきたのは嫌味の羅列。


 

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