第12話 新居

 俺達は数時間で再び第10安全地帯の協会に戻ると、受付には既に夕薙の姿があった。

 更に何故か先程よりもエントランスに居る覚醒者の数が多く、ざっと確認してみるだけで20人以上居る。

 そして皆が俺達に視線を向けていた。


「洋介さん、どうしてこんなに人が居るんだ?」

「うーん……多分神羅くんを見に来たんじゃないか? この地帯でのSS級覚醒者の出現は初だから」

「神羅くん有名人だね☆」

「いやこんなに見られたらゾワッとするんだけど……」

「だ、大丈夫ですよ綾人さん! 見られているのは私たちではありません! 自意識過剰ですっ!」

「ぐふっ……今日一のショック……」


 綾人が胸を押さえて血を吐く。

 文字の書かれた吹き出しが、綾人の胸に突き刺さる幻覚が見えたのは、果たして俺だけなのだろうか。

 しかしどうやら見えたのは俺だけではなかったらしく、心が綾人の背中をトントンして「ドンマイ」と励ましていた。

 

 俺が若干何か悪い事をした気分に苛まれていると、受付から出てきた夕薙が駆け足で此方に向かってくる。


「神羅様っ! これが一応協会が選んだ物件の候補の2つです。どちらも神羅様が気に入ればすぐに契約して今日中に住むことが出来ます!」


 夕薙が手に持っていた2つの紙を俺に渡してきた。

 紙にはそれぞれ1つの物件が書いてあり、一方が一軒家で、もう一方が覚醒者専用の高級マンションの一室だった。


 一軒家は此処から少し離れているものの、街への利便性もよく何不自由なく生活できる家具まで揃っている。

 更には広大な庭まで付き、そこには結界まで張ってあるらしく、巨神獣の侵入を防ぐことのみならず、防犯にも役立つ。

 まぁS級覚醒者の家に盗人が入るかは別として、であるが。


 一方でマンションはこの協会のすぐ隣にある巨大な高層マンションで、防音加工もされており、子供が煩くどんどんしても下に響かないくらいらしい。

 更には一階に料理店が何軒もあり、誰も一流のシェフが作ってくれるんだとか。

 しかも俺はその料理店のみならず、個室の露天風呂や覚醒者が営むマッサージ店、コンビニ、更には武器屋まで付いている。

 勿論マンションのため防犯対策もバッチリ。


「神羅様、どちらにいたしますか?」


 そんなの見た瞬間に決まっている。


「高層マンションの方で頼む」

「かしこまりました! 直ぐに契約して手配します! 勿論家賃は協会側が負担しますのでお気になさらず! 我々と致しましては、S級覚醒者様が此処に離れてほしくはありませんので、どうぞ遠慮なくお過ごしください!」

「ありがとう」

「いえいえお礼を言われるほどでは……あっ、それと依頼の達成の確認をしないといけませんね。此方にどうぞ」


 夕薙はそう言うと、再び受付に戻る。

 俺は夕薙について行くと、巨神獣を収納したウェストポーチとライセンスを手渡す。

 すると夕薙は「お預かりしました」と言って何かを調べ出し、ウェストポーチに何かを接続して中身を確認し始めた。


「……頭が完全に潰れてますね……どうやって倒したのですか?」

「頭に踵落としをして叩き付けた」

「さ、流石S級覚醒者ですね……A級巨神獣を一撃とは……」


 言葉が途切れ途切れになりながらも手を動かしていた夕薙は、僅か数十秒で俺にウェストポーチとライセンスを返却してきた。

 しかし、見た感じ巨神獣を取り出していないが、どうやって売るのだろうか。


「巨神獣は出さないのか?」

「あ、それはもう既に協会の空間圧縮倉庫に移動させています。先程ウェストポーチに接続していたプラグの様な『空間移動装置』を使ってウェストポーチの中の巨神獣を移動させるんです。これも『技術者』が生み出した発明の1つなんですよ」


 ふーん……兎に角この装置とこれを使った『技術者』と言う覚醒者が凄いことは分かった。

 此処まで来ると、この15年で幾つもの画期的な装置を作り出してきた『技術者』が何者なのか知りたくなってくるな。

 まぁそれはまず琴葉に会ってからの話だが。


「報酬の現金は協会が神羅様名義で使った銀行口座に預けておくと言うことで宜しいですか?」

「ああ」

「かしこまりました。口座からは引き落としたり使いたい時はライセンスを通して操作が出来ますので、先程も言いましたが、くれぐれも無くさないでください」

「分かった」

「それでは此方がマンションの鍵です。お部屋番号は253。最上階の25階ですので」


 俺は夕薙から鍵を受け取り、受付を離れて『要塞』メンバーの下に向かう。

 『要塞』メンバーの皆は何人かの覚醒者と話していたが、俺の接近に気付くと此方に視線を移した。

 

「おっ、噂をすれば本人の登場だ。おい皆、取り敢えず今日は話からなよ! 初日くらいゆっくりさせてあげないとな?」

「「「「「はいっ!!」」」」」

「よし、なら解散!」


 綾人の号令と共に、覚醒者達は俺と他の『要塞』メンバーに向けて挨拶をしてから姿を消した。


「これで邪魔者は居なくなったぜ? どうだ? 俺って意外と慕われてるだろ?」


 得意げに胸を張る綾人には失礼だが、確かに意外と慕われているなと思ってしまったのは内緒だ。

 まぁ心が「本当に意外とね」とツッコんでいたので、俺の思っていた事もバレているかもしれないが。


「神羅くん、今日は大変だっただろう? 無事部屋も借りれたようだし早く休んだ方がいいんじゃないか?」


 そう気遣ってくれる洋介は流石大人の紳士って感じで、こう言う人が女性にモテるんだろうなと思った。

 だが、確かにもう数万年の間ちゃんと休んでいなかった。

 此処は素直にその好意に甘えさせて貰おう。


「じゃあ俺は休ませてもらう。また機会があれば今日のお礼も兼ねて何かご飯でも奢らせてくれ」

「マジか! やったぜ!」

「こらっ! そうやって……ありがとう神羅くん☆」


 俺がライセンスに表示された1億300万円を心に見せると、あっさりと掌を返した。

 まぁでも1億円も持っていたら1回くらい奢らせて貰った所で痛くも痒くもない。


「もうっ皆んなったらはしゃいで……私達に奢らないでいいですよ神羅さん。始めに倒してもらったB級の報酬金もくださったので、そのお金は今度もし琴葉さんに会った時に使ってください」

「咲良の言う通り、何もしないで俺達は利益を貰ったから気にしなくていいよ。そうだな……じゃあまた機会があったら一緒に折半で飲みに行こう」

「……ああ、必ず行こう」


 俺はそんな『要塞』メンバーと挨拶を交わし、直ぐ横にある高層マンションに向かう。

 このマンションは協会よりも大きく、圧倒される程豪華だった。

 それは中も同様で……。


「……セレブはこう言う所が好きなのか……」


 なんて衝撃を受けるほどの豪華絢爛っぷりだった。

 エレベーターは音どころか浮遊感もないし、25階まで僅か3秒位で着くし、部屋の中も100坪くらいありそうな広い部屋にハイテクな半透明のテレビに俺の体にフィットするように変形するソファーなどなどが完全配備されている。

 しかし何より驚いたのが———ベッドである。


「こ、これは……まずいな。2度と起き上がれなくなる」


 ソファーよりも柔らかいくせに俺が体を動かすごとに1番寝やすい形に変化し、更にはリラックス効果のある音楽まで流してくれる。

 サイズはキングサイズで広々としており、部屋の温度もちょうど良い。


「数万年ぶりのベッド……いい」


 俺はそんな魅惑のベッドによって、一瞬にして睡魔に負けた。





《———身体再構築開始。1%……》







 ———同時刻。


 場所は元沖縄県の本島。

 かつて、沢山の人が住んでいた島は既に人の住んでいる痕跡はなく、家や都市は腐り、壊れ、朽ちており、人類の痕跡を植物が覆い隠している。

 そして消えた人間の代わりに大小様々な巨神獣が生息していた。


 しかしそんな普段は騒がしい島が、今は恐ろしいくらいの静寂に包まれている。

 まるで何かに怯えるように———。


 ———そんな静まり返った沖縄に隣接する海の奥深く。

 太陽の光すら届かない暗黒の深海にはいた。

 暗闇の中に巨大な2つの光がチカチカと点滅する。

 

「————ッ———」


 数十年の眠りから覚める。

 大きな空腹の音を鳴らして。

 

 しかし人類がに気付くのはもう少し先の話。


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