第2話 帰還

 ———約5万年後。


「———ふぅ……」


 俺は長い瞑想を終え、凝り固まった身体をほぐしながらゆっくりと立ち上がる。

 幾らかの間ずっと目を閉じていたため、久しぶりに周りを見回す。


 まぁ……そんなことをした所で、この空間が変わることはないのだが。


 俺は伸びと軽い体操を終え、近くに置いていたスマホを手に取ると、何故か未だに動くスマホの電源を入れる。

 画面には俺が来た時刻と日付が映されていた。


 この世界ではまるで時間が止まっているかの様に全ての物は一向に変化しない。

 その証拠にスマホは未だバッテリーがあり時間も変わらないし、俺の身体もレベルアップでの変化こそあるものの、外見は一向に変わらない。


 俺は瞑想を始める前まで日課としていた、何万回、何十万回と見た、琴葉とのツーショット写真を眺める。

 このスマホのお陰で数え切れないほど経った今でも彼女たちを覚えていた。

 

 俺は脱出すると決めた直後、一先ず自分のことや琴葉の事、そのた世界の常識などを思い出せる限りスマホに記録し、辛い時や苦しい時にそのメモを見返して……と言うのをやっていた。 

 それが終わると一先ずレベル上げを行う事を決め、ひたすら地面を敵だと思って本気で殴っていたが……随分と懐かしい。


 始めは俺自身が弱かったため、すぐに上がっていたレベルだったが、1万レベルを超えると中々上がらなくなった。

 しかし諦めず、ただ帰ることだけを目標にひたすら地面を殴りまくった。

 その時にはステータスの年齢で年を数えていたが、あまり見ていないので実際にはどれほどのものなのか分からない。


 そして地面を殴り続けてだいぶ経ったある日———遂に異能が覚醒した。


 1つだけだったが、それでも俺は初めての異能にただ純粋に喜んだ。

 異能を手に入れた俺は、一念発起のような形で変わり映えのない空間を一周する旅に出ることにした。

 始めは数年もあれば余裕で一周できるだろうと高を括っていたが、俺が当初が考えていたものよりも遥かに広く、更には、僅かだが明らかに地球のものではないであろう生物も存在していた。

 生物を見つけた時は、戦闘訓練をしようと考え、様々な能力を封じて数えられないほどの年月の間命懸けで戦っていたのも懐かしい思い出だ。


 命懸けと言っても、俺も相手も何をしたところで死ぬことはなかったが。

 

 しかし俺は特にやり方を変えず、ひたすら空間をもう1つの異能も手に入れ———-そして今、脱出するための最後の調整瞑想が終わった所だ。


「ふぅぅぅ……」


 俺は大きく息を吐きながら心を落ち着かせ、意識を身体に集中させると———異能を発動する。


「———《---》《---》」


 俺の全身から膨大な白銀の魔力が柱状に噴き出し、魔力が一時的に俺の身体をベールの様に優しく包み込む。

 そして徐々に俺を包み込んでいた白銀の魔力がボロボロと崩れていき———同時に170ほどだった身長が180前半まで伸び、髪と瞳だけでなく、まつ毛や眉毛も白銀に染まる。

 そして全身には光り輝く白銀の魔力が纏われており、絶えず激しく火花を散らしていた。


 この魔力ら俺の体を守る鎧であり、攻撃力を上げる剣の役割も果たすスキルであり、まだ100パーセントコントロール出来ているかと言われれば———出力によって変化する。

 全力でやれば、今の様に魔力と魔力が衝突して火花を散らしてしまうので、まだ完璧とは言えない。


 俺は万全な状態に変化すると、ゆっくり腰を落とし、拳を構える。

 そして全身全霊の力を込めて———


「俺は———地球に帰る……ッ!!」


 光速にも迫る速度の中———力一杯全力で虚空を殴った。


 途端———時間差で台風が通ったかの様な風切り音が響く。

 更には天にも届きそうなほどの爆発の轟音を上げ、辺りには遥か上空まで立ち上げられた砂浜の砂が砂埃となって視界を覆う。


 しかし———俺の規格外の目には見えていた。

 今まで見えなかったその先の光景が。


 そこは———水の中だった。


 大量の海水と思われる水が、円形に穴の様に空間が歪んだ場所から次々に侵入する。

 外の水圧は異常な程に高かったらしく、穴を埋め尽くすかの様に一気に押し寄せて来た。

 その津波はきっと数十……下手すれば100メートルにも及ぶだろう。


 しかし俺は一歩もその場から動かず、その中で真っ向から水を受ける。

 今の俺にとってこの程度の圧力は、100キロ超級の世界チャンピオンの柔道選手を赤ちゃんが押している程の微々たるものでしかない。


「…………」


 俺は夢中で水流に逆らって穴へとゆっくりと向かう。

 そして空間の穴に手を掛け、勢いよく海の中にダイブ。

 瞬く間に俺の体を冷たい水が包み込む。


 久しぶりに感じたけど、思ったより冷たくて気持ちいいな……。

 もし琴葉と会えたなら、ゆっくり海水浴でもしたいな。


 俺は自分の位置を特定しようとしたが、どうやら此処は深海らしく、辺りは全く光のない闇の世界ではあった。

 しかし、そんなことより数万年振りに膨らむ期待を胸に、高速で海の中を移動。

 その間に何回も何かにぶつかる感触がしたが、暗くて何も見えないので直ぐに気にするのをやめた。


「光だ……!」


 海の中を移動する事数分。

 辺りが段々と明るくなり、水面が見える様になった。

 俺は早る気持ちを抑えられず———大きな水飛沫を上げて海から飛び出した。

 そして上空数千メートルで急停止すると、直ぐに下を見下ろす。


 俺の瞳には———日本が映った。


「……あぁ……」


 帰って来れた感動のあまり、俺の口から震えた声が漏れる。

 安堵で体の力が抜け、視界がどんどん滲んでいく。


 冷たい何かがスッと頬を伝った。

 それが涙であると気付いたのは、手で触れた時だった。

 

 今まで何万年もずっと我慢してたんだけどな……。


「あぁ……とまらない……」


 俺がどれだけ拭っても拭っても、次から次へと涙がどんどん溢れて出ていた。

 まるで何万年分の涙が一度に溢れて来ている様に。


 ……俺は、遂に……遂に帰って来たんだ……!


 俺が何千、何万と夢に見た日本が目の前に広がっている。

 まるで夢みたいだが、これが夢でないことは俺が1番よく分かっていた。

 

 辺りを見渡し、大きく息を吸い込む。

 すると様々な匂いが俺の鼻を刺激する。


「……全然違う……」


 あの無機質で何の面白みもないあの空間とは、何もかもが全く違う。


 地球には太陽があり、月があり、青空があり、雲があり、鳥が飛び、風が吹き、海があり、魚が泳ぎ、大陸があり、森があり、都市がある。

 その全てが俺を酷く懐かしい気持ちにさせた。

 

 俺は、雄大で美しい地球の景色に、ただただ見惚れて、暫し時を忘れていた。







 俺は、ようやく収まった涙を拭う。

 一体どれくらい時間があったのか、正確なことは俺には分からなかったが、既に日は傾いて空は綺麗な茜色に染まっていた。


 もう夕方か……時間の進みが早いな。

 

 そう認識した途端、俺の心を寂しさが支配した。

 そして、俺自身も気付かぬうちに体が勝手に動いていた。

 

「———帰ろう」


 愛しい人の下へ———。


 例え、この世界に彼女がいないかもしれないとしても。


 ———こうして俺は地球へと帰還した。


 


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斎藤神羅(通常)

【年齢】18(51,867)歳

【Lv】999,999

【職業】極致到達者

【体力】999,999/999,999

【魔力】999,999/999,999

【攻撃】999,999

【防御】999,999

【敏捷】999,999

【極致異能】

《−−−》《−−−》

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 これから1週間、毎日朝と夕方に1話ずつ投稿します。


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