第14話 メーデー
「リクト…?まさか、リクトも箱に閉じ込められたのか?」
だとしたら、黒い箱の中は全て繋がっているということか?あの箱があくまでポータルのような働きをして、私達をこの空間に閉じ込める、そういう能力なのかもしれない。まだわからないことだらけだが、早くもリクトと再会できて良かった。
「リクト、お前も見ただろう。梅谷会員を止めなければ、この空間から出られないぞ!」
「…」
「リクト…?」
いつも以上に浮かない顔をしている。見たことない空間に緊張しているのだろうか?
「とりあえず早くこっちに―」
「うるせぇよ。」
「…ん?」
様子がおかしい。いつもよりピリピリしているみたいだ。こんなにも心無い姿を見せるとは。
「なんだ、緊張してるのか?リクトも誇り高いオカルト研究同好会ならこの程度の試練越えて当たり前という意気を見せないとな」
「…知らねえよ。もううんざりだ。お前のそのクソ見てえな茶番に付き合うのは疲れたんだよ!!」
「なっ何を!!」
「…ずっとイライラしてたんだよ。お前の横暴な態度、馬鹿みたいな話、その顔。幼馴染みだとか、知ったこっちゃねぇよ。もう我慢の限界だわ。」
「リ、リクト…?」
「…今年になってから散々な目にあった!なんでお前の茶番に命かけなきゃいけねぇんだよ。いい加減にしてくれ。俺は降りる。」
そう言うとリクトは闇の中をひたひたと去っていった。私は、ここで行かせちゃいけないと思い、肩を掴んだ。
「待ってくれ!それは危険だ!」
「離せよ。触らないでくれ。そのハイパーなんちゃらがついたら嫌だからな。」
リクトは手を振り払い、闇の中に消えてしまった。
「そんな、リクトが…」
先輩が箱に入って2分くらいたった。最初は強かった内側から叩く音も徐々に小さくなっていった。 もうそろそろ来る。その時、左胸に強烈な痛みが降りてきた。これが、先輩の”精神的苦痛”…。
私の能力、”
この能力がわかった瞬間、田中さんたちが箱に閉じ込められているのが見えてわたしは笑ってしまった。さっきまでケラケラ笑って見下していた女に、殺されそうになって泣いてるなんて滑稽に思えた。
しかし、異変が起きた。田中さんが箱に入ってから、突然胸が痛くなった。それは決して比喩などではない。わたしは理解した。これはきっと田中さんの”精神的苦痛”だ。その人の苦しめられた痛みはわたしにもフィードバックする。人を苦しめている代償のようなものだろうか。わたしは痛みと同時に安心した。
人を苦しめるための、その為だけの力。こんな力を手に入れたということは、わたしがこうして人を苦しめたいと望んでいたということ。わたしはほんとにクズだったんだ。まだ心のどこかで、私は不当な扱いを受けていて、誰かのせいで不幸になっていて、わたしは善人で、ほんとうは悪くないんじゃないかって思っていた。そうじゃない。わたしはバツを受けてしかるべき人間だった。そう思うと、心が少しだけ軽くなった。
先輩が苦しめば苦しむほど、わたしの痛みも増していく。私は立っていられなくなった。足が震え、目が霞む。
もう構わない。これだけの人を苦しめて、自分に苦しみが返ってくると知っていても、わたしはこのまま人を苦しめ続ける。そして、その時死のう。
「先輩…ごめんなさい…」
なんで泣いている。まだ被害者面したいのか。わたしは田中さんたちを自殺に追い込んだあと一緒に死ぬんだ。クズなりにできることをやるんだ。他のクズと一緒に消えたら、きっと―
「聞こえるか!?」
突然耳に声が聞こえてきた。その声は不明瞭で靄がかったようだった。それでも嘘の混じらない、いつものトーンだった。ああ、そうだ、この声は幻聴だ。聞こえるはずがない。いや、聞こえてはいけない。
もし聞こえているとしたならば、わたしはまだ、
「聞こえてるんだろう!?」
まだ、
「私は平気だ!!」
救われたいと思ってしまうから。
「私は松田勇!梅谷由以応答願う!!」
黒い箱に少しだけ亀裂が入った。
「流石にやりすぎたな…」
いくら幻覚だと言えど、旧知の仲を思いっきり殴ってしまったことを恥じた。とはいえ、この箱の仕組みがわかった。この箱は、閉じ込めた人間を断罪する。おそらく幻覚のようなものを見せ、その人にとって一番親しい人間に非難を浴びせさせる、といったところか。確かに私の心を凹ませるには十分な内容だが、運が悪かったな。リクトには全幅の信頼がある。私はそれがすぐに本物のリクトでないことを見破ることができた。もし見破ることができなければ―
精神的苦痛に悶え、泣き喚きながら、必死に許しを請う。どんなに謝ろうと頭を下げようと、その箱は恩赦を決して認めない。それはまるで、終わらない時間の中で罪を贖い続ける”懺悔室”。
「しかし、これほどの強力な能力の発現にしては規模が大きすぎる。境界を生み出すほどの力が、梅谷会員に備わっていたというのか…?」
しかし、トラウマはおそらくまだ現れるだろう。一度出たきり攻撃をやめてしまっては精神的苦痛にはならないからな。次の幻覚で一体どんな恐怖を覚えるかわからない。今の内にケリを付けなければ。
私に目覚めた力がこの力で良かった。この箱に直接意思を伝える。今までのように箱の中から梅谷会員に直接伝えようとすれば、この箱に拒絶されてしまい伝えることはできない。ならば、この意思でできた箱自体の組成を変えてしまえば良い。少しずつ私の意思で箱を組み替えていく。梅谷会員の方が意思の力は大きいが、操作性でいえば、特訓をしていたこちらに部がある。まだ発現したての能力で、意思がだいぶ粗い。私の意思で箱を攻略し始めてどれくらいだったかわからない頃。散々に罵倒を受けながら作業を進めていると、突然時間の感覚が戻ってきた感じがした。ああ、このまま進めれば…
小さな穴を広げていくよう、じわじわと意思を伝え続けていると、ついに、梅谷会員のもとまで声が届いたようだ。箱の亀裂が大きくなる。
「な、なんで、どうやって…」
「……そんなことは、どうでもいいんだよ…」
そんなことはどうでもいい。梅谷会員が本当はオカルトに興味がないことは少し悲しいが、それでも構わない。オカルト研究同好会を辞めて、別の部活に入るのならそれでも良い。超能力なんて全部忘れて良い。宇宙人なんて全部知らないフリして良い。しかし、しかし…
「君が死んじゃいやだ。私はそう思っている。」
「…先輩を苦しめている間、その苦しみを味わっていながらも出そうとしませんでした。わたしはゴミなんです。人間じゃないんです―」
私は少し気がかりがあった。
「…その痛みはあの箱からも感じるかい?」
「ええ。この箱に閉じ込められた人間の”精神的苦痛”がわたしにも返ってくるんですよ…先輩の苦しみには思わず倒れかけましたけどね」
そうか、そういうことか。
「やはり、君は優しいひとだ。」
「まだそんなことを―」
「私は精神的苦痛など受けていない。なんせ幻覚を無視し続け君に声を届けたのだからな。」
「えっ…」
「君の痛み、それは精神的苦痛なんてものじゃない。」
箱が完全に崩壊した。四散した箱のかけらは徐々に意思へと姿を変え宙に消えていく。
「は、箱が…!!」
床に蹲った人々を覆っていた箱に次々とヒビが入っていった。たった今梅谷由以の意思が揺れ始めたんだと気づいた。
「君の感じてた痛み、それは、
君の罪悪感なんじゃないか?」
「…罪悪感?」
「君は中の人間の精神的苦痛が返ってくるといっていた。しかし、私は精神的苦痛など受けていないにも関わらず、君にとって私の痛みが一番大きかった。つまり、君が精神的苦痛だと思っていたのは、また別の痛みだったんだ。それが君の罪悪感というものじゃないだろうか。」
「い、いやでも、わたし、田中さんたちを」
「だからだよ。君は、自らを傷つけた人にさえ、危害を加えるたびに罪悪感を感じてたんだ。」
「そんな…」
「君は、きっとやり方を知らなかった。君の力の使い方を正しいとさえいう人もいるだろう。しかし、やはり間違いだった。」
彼女の目が揺れる。
「君が君自身を傷つけるやり方が、正しく有ってたまるか。私とやり直そう。」
私に言えることはこれで全てだ。
二人の間に再び沈黙がうまれる。しかし、この沈黙は長くは続かないだろう。口を開いたのは―
カタリ・カタリ サネユキ @saneyuki0
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