第10話 疑念

 帰ってきたモトさんは取り逃がした、とただ一言こぼしその日は解散した。


 夜11時、わたしの家には誰もいない。共働きの親はまだ仕事をしている。「わたしの家」はこういうものだから、だから誰も気づいたりしない。家についてすぐバスルームへ向かう。鏡には痣の悪化した自分の姿があった。

 痣に触れると痛いからシャワーを極力弱くした。ボディタオルも、もう一カ月は使っていない。風呂なんて湧いていないので、バスルームをすぐに出る。

 わたしの部屋には、大きなキャラクターの人形がおいてある。小学三年生のとき、ゲームセンターで手に入れたものだけど、今はだいぶ疲れているように見えた。そう言えば、あの時なんでこの人形―


 ピンポンとインターホンが鳴った。ネットで何を注文したか思い出せないまま、わたしがインターホンを確認すると、そこにいたのは宅配ではなく隣の家に住むカズキくんだった。


「カズキくん、一体どうしたの?」


「いや、ちょっと前に、怪我してたから大丈夫かなって思ってさ。あと、少し話があって。」


 わたしはカズキくんをうちにあげ、話を聞くことにした。彼いわく、わたしのことを心配してくれていたらしい。痣のことを話すのは面倒だったが、嘘をついて誤魔化した。


「あ、あと母さんがこれ持ってけって。」


 そういってカズキくんは野菜の入ったビニール袋を差し出した。カズキくんの祖父は農家で、規格外のため売りに出せないものをたまにくれる。そういえば、朝から何も食べてない。昼ごはんは田中さんたちに捨てられたのだった。わたしは急に空腹を感じた気がした。


「それで、話って何?」


 正直わたしは疲れていた。空腹を忘れるほど、私の体は疲弊していたのだ。カズキくんには申し訳ないが、話を切り上げてすぐにでも寝たかった。しかし、その後のカズキくんの話で、わたしは眠れなくなってしまった。


「ユイちゃん、変な人に追われてない?」


 え?どういう事?私は応えもせずに呆然としてしまった。


「ユイちゃんはオカルト研究部かなんかに入ってるんでしょ?この前見たんだ。オカルト研究部の先輩といるところ。」


「えっ…」


「あの、背が高くてかっこいい感じの人、信用できるの?」


 おそらく竹内先輩のことだろう。私は息を呑む。


「僕、見ちゃったんだよ。あの人が何もない場所に向かって話しかけているところ。」


 そういってカズキくんはスマホのフォルダを開く。

 まさか、そんなはずない。竹内先輩がもし”ヤト”だとしたら…。そもそも竹内先輩は霊を見ることができないレベルでしか意思を使いこなせない。超能力もまだ発現していない。いや、全て演技だとしたら…?竹内先輩は九さんをよく思っていなかった。藤島とぶつけて死んだら好都合だった…?モトさんが超能力者を追っている間、竹内先輩はずっと一緒にいた。いや、分身を生み出すような能力だとしたら…


 わたしの延々と回る思考を止めたのは、カズキくんが見せてくれた短い動画だった。


「ミユキにあいたいなら…」


 海沿いの道でそう言っていたのは間違いなく竹内先輩だった。そんな、竹内先輩が”ヤト”だったなんて…

 動画を見たわたしが唖然としていると、カズキくんが口を開いた。


「もう一度いうよ。ユイちゃん、オカルト研究部から退部しよう。あの2人、やっぱりおかしいよ。」


 わたしが目をそらすと、カズキくんは続ける。


「おかしな先輩といると…ユイちゃんまで変な人に思われちゃうんじゃないの…?」


「ちっ、違うのこれは!そういうことじゃなくて…!」


「…やっぱり誰かにやられたんだね。」


「…」


「…わかったよ。」


 そう言うと彼は手元からお守りを取り出した。


「…こんなもの、要らないかもしれないけど貰ってくれない?やっぱり…僕、ユイちゃんが心配なんだよ…」


 お守りには”交通安全”と書いてある。


「交通安全って。」


 思わず吹き出してしまった。しかし、どんな形であれわたしの身を案じてくれているんだ。ありがたく受け取ることにした。



 カズキくんが帰ったあとも不安は残り続けた。竹内先輩がわたしたちを…そんなことをする理由がわからない。部活に行くのをやめようかとすこし考えてしまった。しかしそうしたら、田中さんたちに何をされるかわからない。




「あれ、今日梅谷会員は来ていないのか。竹内会員、何か聞いてないか?」


「いや…俺はわからないな。」


 オカルト研究同好会の部室には一人分の空白が、隙間風のように空いている。

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