第9話 ヤト

 九拡夢は、この地域では大分名のあるヤンキーだと聞いている。隣町にある最大規模のチームを単独で潰してしまったとか、すでにヤクザの若頭候補とかそんな噂が、全く興味のない俺にも入ってくるほどだ。喧嘩は相当強いに違いない。しかし、目の前の状況を見ると、痛々しくも浮かび上がってしまった。それは藤島馬瑠兎との実力差だ。


「オラァ!俺は今人間だぜ?あんだお前大したことねぇなあ!!」


 藤島は今幽霊の状態ではない。藤島はおそらく一般人に”憑依”している。さっき花川さんが九の中に入ろうとしたように、人間の身体に入り込み肉体を得ている。だから、九に触れることもできるし、逆に言えば九は攻撃を与えることができる。九は腹を抑えながら声を荒げた。廊下のカーペットに血が垂れる。


「くそが!てめぇなんか細工があんなぁ!?」


「まぁ…ビンゴだぜ。教えることはできねぇけどなぁ。」


 そう言うと藤島は一層勢いを増し、パンチを繰り出していく。九にあたった瞬間、鈍器のような音が響く。目を凝らすと、藤島の体全体からオーラのようなものが立ち上っていた。おそらく、あれがモトさんの言う意思の力だろう。


「ガードしかできねぇみてえだな!!天下統一の藤島を舐め過ぎじゃねえのか!?ミユキ、もうすぐお前に触れられるぞ!」


 花川さんは嬉しそうな藤島を見て泣きそうになりながら反論した。


「だから、私あなたのことなんか知りませんって!!」


 十中八九藤島のいう”ミユキ”は別人だ。また、さっき九が聞いたと言っていた暴走族の話が本当なら、”ミユキ”はおそらくあの女の幽霊だ。

 あの幽霊を見せれば、藤島も戦う意味がなくなる。あのビデオカメラさえあれば、あの映像を見せることができる。いや、待て。幽霊はビデオカメラに映るのか?幽霊とは意思の集合体。モトさんがそう言っていたのを思いだした。あの日オーパーツに触れた俺がかろうじて見える程度なのに、カメラには写すことができるのだろうか。そもそも意思を写せるカメラがなければ、どれだけ幽霊が現れようと、写真に収められない。

 九が戦っているというのに、俺はそんなことを考えていた。勝てるビジョンが思い浮かばない。さっきから殴られっぱなし、守りに徹するほかない九が持ち得ないもの…それが分からなければ藤島に殺されてしまう。


「…九!意思だ!意思を込めるんだ!!」 


 九には聞こえていないようだ。こうなれば花川さんに言うしかない。


「花川さん!九に憑依するんだ!!九になくて藤島にあるもの、それは”意思”だ!」


「ど、どういうことですか!?」


「藤島は拳に意思の力を込めてる…いや、拳を自分の意思で覆っている!!相手のパンチ力じゃない、相手のいわば霊力が九を殴ってるんだ!!花川さんが憑依して九の意思の力を補えば、勝負はイーブンになるはず!!」


 花川さんは一瞬キョトンとしたが、覚悟を決めたのだろう、確かにゆっくりと頷いた。


「九くん。今、憑依し《はいり》ます!!」


九の体にじわじわと入り込んでいく。花川さんの液体のようにベトベトになった霊体が九に染み込んでいくように見える。


「おっ何だこれ?急に踏ん張りが効くようになってきやがった」


 九の体からとてつもなく大きな意思の力が立ち上っている。それ藤島とは比べ物にならない大きさだった。この廊下一帯を埋め尽くす巨大なオーラだ。


「深幸サン!こりゃ一体…」


なにを言っているかわからなかった。というか、おそらく俺には聞こえない深幸サンの声を心のなかで聞いてる…みたいな感じだろうか。


「…わかったっす。任せてくださいよ!!」


 九が拳を握った。次の瞬間、轟音とともに藤島が吹っ飛んでいった。何が起こったのかわからない。廊下にあるランプにぶつかり、割れたランプが藤島に突き刺さった。ふっ飛んだ藤島は何がおこったかを理解していないようだった。


「な、なんだこの力…」


 自らの拳を眺めながら九は、驚いていた。すると、廊下の奥からうめき声が聞こえてきた。それは徐々に大きくなり、こちらに近づいてきた。


「ミユキぃ!!俺じゃなくてそいつを選んだのかぁ!!?」


 藤島は泣きそうになりながら飛びかかってきた。

九は、にっと口角をあげ、構える。


「だから、人違いだって言ってんだろうが、メンヘラ野郎!!!」


 藤島のパンチが空を切り、崩れた体勢に九のアッパーカットが見事に決まった。


「お前が探してるミユキは別人だ!!ついてこい分からず屋!」


 動かなくなった藤島、いや藤島の憑依した身体を背負って九は歩き出した。ヤンキー同士の殴り合い。ひとまずは、こちらの生きてるヤンキーの勝利と呼べそうだ。

 すると、九の体からドロドロとした液体のようなものが滲み出てきた。花川さんの形を成していったが、それが抜けきった瞬間九は気を失い倒れ込んでしまった。


「はぁ、はぁ、これが憑依ってやつですね!!」


 花川さんのどこか満足げな表情をみて、俺は顔を曇らせた。


「いや、これまた俺が運ぶやつじゃん!!」




 松田先輩と2人で歩いていると、奥に人影が見えた。ズルズルと何かを引きずっている。


「私の後ろに隠れて…!」


 そういうと、先輩は手に持った先程のカトラリーに意思を込めた。


「姿が見えたら、すぐだ…!」


 ゆっくりと近づいてくる影…奥には大きな意思の力を感じる。これはまさか、女の霊が言っていた超能力者かもしれない。緊張が走るなか、月光に照らされ、ついに姿が見えた。


「くらえ!ポルターガイスト戦法略してPG戦法オペレーション!!」


 先輩が、略した結果長くなってしまった技名詠唱を終えると、奥から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「何すんだイサム!!」


 現れたのは男二人を引きずる竹内先輩だった。


「竹内先輩!?無事だったんですね!」


 わたしがそう聞くと、竹内先輩は背負っていた男を指さした。同時に指差した方の手に引きずられていた九さんが地面に倒れる。指さした方向を見ると昭和に生きていたヤンキーのような恰好をした男がいた。どうやら気を失っているようで、先輩の呼びかけにも反応しない。


「こいつが、七不思議の6つ目、ランゴバルト藤島だったんだよ。」


 思いがけない発言に松田先輩は首を傾げている。竹内先輩は、この廃ホテルであったことについて、詳しく説明しはじめた。


「なるほど。藤島はその女の霊、”ミユキ”に会うためこの廃ホテルまで来た…と。」


松田先輩はそう言い終えると、腑に落ちない顔をした。


「…幽霊になっていることをどうやって知ったんだ?」


 藤島の言うことが正しければ、彼は”ミユキ”が幽霊になったことを知っていたことになる。しかし、彼は、幽霊になったミユキとは一度もあっていないし、知っていたとしたら、何故七不思議なんかになるまで会うことをしなかったのだろうか。そう思っていた矢先、藤島が目を覚ました。


「ヤトだ…。ヤトがミユキに会わせてくれるって言ったんだ…」


 藤島から聞こえた聞き覚えのある単語に戸惑っていると、松田先輩が何かに気づいた。


「さっきの女の霊がヤトと言っていた気がするぞ。」


 私はハッとした。そうだ。さっきの霊がヤトがどうこうと言っていたのを思い出した。しかし、わたしが声を発するよりも早く、藤島が声をあげた。


「お前ら、ミユキにあったのか!!?」


「ああ。入ったときに襲われた。藤島を探していたぞ。」


 松田先輩が、ミユキと交戦したことを伝えることはなかった。その先輩の言葉を聞き、藤島は疲れなど感じさせぬ勢いでミユキの名を叫びながら走っていってしまった。


 さて、この廃ホテルの幽霊を確認できたので、わたしたちがここにいる意味はなくなった。まさか、二つの七不思議を同時に解決できるとは思ってもいなかった。私達に解けていない謎は2つだけになった。


「そう言えば、モトさんはどこに行ったんだ?」


 松田先輩がそう言うと、竹内先輩は先に行った旨を伝えた。


「おかしくないか?だって藤島も女の霊もいないのに、モトさんは一体誰を…」


「…ヤトってやつだ。ヤトって呼ばれてるのがおそらく、モトさんのいう”超能力者”なんだ。」


 その一言でわたしは、この七不思議の謎が解けた気がした。


「花川さんに声をかけたのは、同じ”ミユキ”という名前の幽霊だから。花川さんを連れてくることで藤島とわたしたちを戦わせる。女の霊がわたしたちを倒せなかったときの保険…。わたしたちはそのヤトという超能力者に狙われているかもしれません…」


 残り二つの謎と超能力者がわたしたちの前に立ち塞がった。



 

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