第8話 戦闘

 「くっそ、いつまでこいつ、寝てんだよ!!」


 九の身体を背負いながら、俺は廊下を歩いていた。一丁前に筋肉があって重い。こんなにも臆病で弱いなんて情けない男だ。モトさんはというと、

「梅谷さんを探してくるよ。松田くんと一緒にいない場合一番危険だからね。九くんをよろしく頼む。」

といって猛スピードで行ってしまった。

 しかし、俺も俺で気がかりがないわけじゃない。そう。俺が気がかりなのは、あのビデオカメラだ。カメラを回収しておかなければ、記録ができなくなってしまう。




「陸斗も会うんだ。この人をどうしても写真に収めたい、この瞬間に閉じ込めてしまいたい、って思う人に。」


 こんな昔の言葉を思い出していた。この言葉を信じて今も記録係と称してこのオカルト研究会に所属している。俺がカメラに写したかった人…



 いや、やめよう。今はとりあえず九をどうするかだ。いくらなんでもこれを背負って歩くのは限界がある。モトさんの言うような”超能力者”に出くわせば、九を守りながら戦うことはできないだろう。


「そうだ、花川さんは?花川さん、そこにいますか?」


「えっは、はい!なんですか?」


「花川さん、九を動かせないの?」


「わ、私はただの霊体ですし、九くんを動かすには身体の中に入らないと、」


「できるの!?」


「は、はい。一応、体を操り人形みたいに動かそうと思えば、動かせないこともないです…」


「じゃあ、ちょっとやってみてくれないか?九の奴、動かないまま放置しておくには危険だし…」


「でも…私なんかが中にはいったらきっと…」


「ずっと気になってたんだけどさ。…なんで、花川さんは九に取り憑いてんの?」


「えっ?そ、それは…」


「そ、それは?」


「九くんにずっと憧れてたからです。」


「えッ?花川さんが?」


「は、はい。私、弱虫で、学校でもお友達ができなくて…。でも、九くんだけが、私に話しかけたり、お菓子持ってきてくれたりしたんです。私、ずっと怖い人なんじゃないかって見た目だけで判断してて、それが恥ずかしかった。ほんとの九くんは、優しくて、見た目によらず結構シャイなんですよ。」


「なるほど…正直、俺も九がヤンキーだと思って警戒してましたよ。」


「んぁ?なんだこれ。俺一体…」


「あっ」


 九が眠たげに目をこすっている。まだ状況を理解していないようだ。


「そういえば俺、廃ホテルに来たんだった…!あぁおい竹内。幽霊どうなったんだ!?やっべぇよここ!早く逃げようぜ!」


「大丈夫だよ。気にすんなって。モトさんがさっき梅谷さんとイサムを探しに行った。俺らは幽霊とエンカウントしなきゃいいだけ。」


「ちげえんだよ!俺らこの前、藤島を探っている暴走族から情報を聞き出したんだ。おそらく藤島の霊はこのなかにいるんだよ!」


「え?」


「この廃ホテルに前から居座ってる、さっきの女の霊は藤島のオンナだった。だから藤島はここに会いに来たんだ。」


「待て待て待て、どういう繋がりなんだ?」


「藤島のオンナは、藤島の敵対勢力にこのホテルに連れ去られレイプされて死んだ!敵対勢力を抹消したあと、藤島馬瑠兎は海にバイクで突っ込んで自殺した。俺が見た暴走族は、自殺を繰り返す藤島のあとをついていく”骸骨軍団スカルズ”っちゅう族だったわけ。それがここ最近藤島の霊が海沿いを走らなくなったから心配してたらしい。」


「ってことはちょっと前までは海沿いを生きてるヤンキーと走ってたってことだろ?」


「ああ、俺と深幸サンの見立てでは藤島はこのホテルに向かったんじゃねえかと思ってよ。」


「なるほど、ありえなくは…!」


 奥から時代錯誤な服装をした男が歩いてくるのが見えた。


「あ、あれは、”須狩瑠スカル”の特服!!間違いねぇ、藤島馬瑠兎だ!」


「てめぇら…何しやがった…」


 藤島と思われる男が何かをゴニョゴニョと話し始めた。


「てめぇらがミユキをやったのかって聞いてんだよ!!」


「なっ!!!」


「えっえっえっ、わ私あの人のことなんて全然知りませんけど!!」


 花川さんが誤解を解こうと必死になっている。


「おいミユキ…そのデカブツから離れろ…俺が今ぶっ殺してやるからよぉ!!」


「かかってこいや藤島ァ゙!深幸サンになにするつもりだボケコラ!」


 花川さん、こいつのどこがシャイなんだ…ガチガチのヤンキーじゃないか…




 「松田先輩!私のことはいいので早く逃げてください!!」


「同胞を置いて逃げるなどできるわけなかろう!!ちょっと待っててくれ!!助けるから!!」


幽霊の力で、私は壁に縛り付けられていた。ここは二階の大広間。パーティ会場のような場所だったのだろう。さっき意気揚々と突っ込んでいった先輩はあっさり弾き飛ばされ、私はまた囚われの身になっていた。長机に錆びたカトラリーが並んでいる。松田先輩はそれを掴むとなにかの力(これが意思と思われる)を込める。あのオーパーツに触れた影響がおそらく出てきたのだ。私にもそのオーラのようなものが見える。そのオーラを纏ったカトラリーは宙にとどまったかと思うと、幽霊に向かって飛んでいった。


「!!」


 幽霊は突然のことに驚きながらそれを躱し先輩を睨んだ。


「お前、その力…ヤトに触れたな…?」


「ヤト…?何だそれは。私はオーパーツに触れたんだ!この力は意思の力で!」


「ワタシは、言われたの!!


ヤトにまた藤島先輩に会わせてもらえるって!!」


 そういうと、先程の煤が先輩に向かって飛んできた。先輩は近くにあるテーブルに意思を込め煤を防ぐ。大量の煤がなだれ、テーブルが押されている。先輩は片手でそれを抑え、もう一方の手に持ったカトラリーを真っ暗な煤の中へ放り込む。


「こんなの効くわけ無いだろうが!!死ね!!死ね!!藤島先輩にあわせろ!!」


 幽霊が叫び狂うたび、煤の勢いは増していく。ついに、先輩のうわあっと言う声が聞こえ、テーブルが押し流され、先輩の体が宙に投げ出された。


「ひゃははは見つけた!見つけた!殺す!殺す!」


女が嬉しそうに体をくねらせると、先程の黒い煤が、鋭く尖り先輩の身体をじゅくじゅくと突き刺した。


「そ、そんな…先輩!!」


 先輩のダサいジャージが飛ばされ私に覆いかぶさってきた。ぼろぼろになった袖口、穴の空いたUMAプリント…


「死んだ!死んだ!私の勝ちぃィ!!…ん?」


 煤の先端をよく見ると、そこにあったのはただの椅子だった。


「私のジャージにまんまと引っ掛かってしまったようだ!」


押し流された長机から現れた一本のナイフは、真っ直ぐ突き進み、煤を払っていった。たんっと音がなり、幽霊の頭に突き刺さる。


「いいい痛い痛い痛いぃぃィ!!」


「やはり、霊体でも意思を込めれば攻撃できる!先程も私が意思を込め投げた椅子に反応したな!ずっと気になっていたんだ。目の構造を持たない意思の集合体でしかない霊体が一体何故私達を捉えられるのかを!私の仮説通り、やはり意思の流れで判断しているようだな!!」


先輩の囮攻撃がかなりハマったようで、幽霊はまだ苦しみに悶えている。そのうち、私の腕に絡まっていた煤が解けていった。幽霊の力が弱まったのか。


「この勝負、私達の勝利だ!さぁ先へ急ごう!」




「おーい逃げても無駄だぞ。お前だろー?」


 くそっくそっこんなの聞いてない!何だあの坊主頭!あいつは”超能力者こっちがわ”で間違いない!ボクは消火器の中身をぶちまけながら走っている。


 轟音が鳴り響きホテルの窓が次々に割れていく。消火器の煙幕の中から飛んでくる大量の瓦礫を避ける。相手はゆっくり歩いてきているが、このままじゃ必ず追いつかれる。ボクの計画はこんなとこじゃ終われない。早く逃げなきゃ…!


 こんなに強い超能力者がいるなんて、聞いていない!!


「もうじれったい。本気でいかせてもらうよ。」


暗がりのなか、鞘から覗く刀が今宵の月光を反射していた。

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