第7話 廃ホテル

 廃ホテルには裏の駐車場の方から見える割れた窓から侵入した。わたしたちは一階からくまなく調査するという松田先輩の意向に従ってロビーへ向かうことにした。固唾をのみ進んでいく。竹内先輩の持つビデオカメラが震えているのがわかり、わたしにも緊張が伝わってきた。


「こ、こええなぁ…」


 廃ホテル内で初めて声を出したのは意外にも九さんだった。見た目からは想像できない腑抜けた声に思わず吹き出してしまった。それはガチガチのわたしたちを解してくれるには十分だった。


「幽霊に取り憑かれてんのにビビりすぎだろ!」


「はは、竹内会員の言うとおりだ。九くんは意外と臆病だなぁ。おっ早速ロビーに着いたぞ…ん?」


ロビーには女性が立っていた。が、案の定、普通の女性ではない。わたしですらわかるような猛烈な殺意を放っている。


「みんな伏せろ!!」


 モトさんの声が聞こえたと思った次の瞬間、ドス黒い煤のようなものが女からブワッと溢れ出した。それは瞬く間に私の体にまとわりついて来た。


「なにこれ…!!」


「みんな、落ち着いて聞いてくれ!おそらく携帯は使えないだろうから各自生き残るために動いてくれ!俺が、全員助けに行くから!」


黒い煤に視界が塞がれていくなか、モトさんの声が

はっきりと聞こえていた。しばらくしたら知らない女性の声が聞こえてきた。


「助けてよ」



 目が覚めるとまず、手首の冷たい感触に気づいた。手錠…手枷というのが、正しいか。体が縛られている。身体の自由が効かないと思ったとき、ようやく自分が見知らぬ部屋にいることに気づいた。そんなに広くない部屋、荒み方からして旧禍島ホテル内の一室。完全にしてやられた。あの幽霊にわたしは捕らえられてしまったのだ。


「うぉあああ!!!」


 突然の大声に驚き、ひゃっと声を出してしまった。この声は松田先輩だ。


「松田先輩!いますか?わたしです!梅谷です!」


「おぉ!?梅谷会員か!?な、なんだこれ体が縛られているぞ!」


「はい!わたしも縛られちゃってて…おそらくあの女性の霊のせいかと!」


「…いや、それは間違いだ。」


「えっどういうことですか?」


「霊体は実物に触れることができないんだ。花川氏も声を聞くことはできても直接触れることはできなかった。」


「つまりそれは…」


「ああ、人間が絡んでいる。それも例が見えるという”超能力者”が。おそらくこのホテルにいるはずだ!」




 変な黒いのに包まれ、気づいたら体を縛られていた。汚い厨房の窓には満月がきれいに見えた。

 くそっ最悪だ。カメラがない。こんな状況でも俺は満月を写真に収めたいと思っていた。手足が動かせない。しかし、頑張れば這いずることはできそうだ。芋虫のように体を這わせ、厨房から出ると、そこには九とモトさんが同じように縛られていた。


「モトさん!九!しっかりしてくれ!!」


「…!!しまった!」


 モトさんが俺の呼びかけに目を覚ました。 


「竹内くん、やられた。すまない、俺の落ち度だ。他のみんなは?」


「いや、ここにいるのは俺とモトさんと、あそこで気持ちよさそうに寝てる九だけです。」


「てことは松田くんと梅谷さんがいないのか。」


「はい。ただ…イサムと梅谷さんが一緒にいるかは分かりません。」


「構わない。今この縄を解くよ。」


「え?ど、どうやって…」


「フンッ!!」


 モトさんが力を入れると縄がみちみちと千切れていく。恐ろしい怪力だ。ついにすべての縄を千切り、手枷も気づけば壊れていた。


「どうやら刀は奪われずにすんだみたいだな。良かった。」


そう言うと、モトさんは腰についた刀を抜いた。


「さぁ、二人を助けに行こうか。」


 気づくと縄が切られていた。ずっと目の前にいたのに、モトさんが刀を振る姿は捉えられなかった。この人は一体何者なんだろうか。


「イサム、梅谷さん、無事でいてくれ…」


「まあ、松田くんなら大丈夫じゃないかな。」


「えっ」


「俺が、みっちり教えといたんだ。”超能力者”の戦い方を。」



 

「くらえ!『超コミュニケーション』!!」


 そういうと松田先輩は縄を、何事もなかったかのようにちぎってしまった。松田先輩が力むと手枷に亀裂が入り壊れてしまった。


「先輩、一体何を…」


「あぁ、今解こう。ちょっと待っててくれ。」


「そ、そうじゃなくてどうやって縄を」


先輩は私の縄を解きながら説明を続けた。


「あぁ、縄に意思を込めたんだ。物にも元から意思というのはこもっているんだが、私の『超コミュニケーション』を利用すれば『縄がほどけてほしい』という意思を縄自体に伝えることができる。『無機物に意思を伝える』のは難しかったが、この2週間モトさんと練習したんでな。上手くいってよかった。」


「その『超コミュニケーション』っていうのは…」


「この力の名前だ!私が名付けた。人間との意思疎通を超えた、動物、思念体、無機物との意思疎通!そう、まさに人智を超えた『超コミュニケーション』!」


「は、はぁ…」


 先輩は二週間モトさんと超能力の特訓に励んでいた。そして、自身のテレパシーを応用(?)する技を身に着けたのだという。名前のダサさは置いといて、先輩が超能力者になったんだということを実感した。

 早速部屋を出た。どうやらこの部屋は212号室…わたしたちをわざわざ同じ部屋に入れたのはなぜだろうか。竹内先輩たちは無事なのだろうか。わたしたちはまずみんなと合流することを目標に階段を降りていった。


「お前ら、どうやって…」


 階段を降りた先にはわたしたちを分断したあの女の霊が立っていた。


「ひっさっ、さっきの!!先輩、逃げましょう!


…先輩?」


「…ふふふ案ずるな梅谷会員。見せてやろう、私の”超能力者”としての戦い方を!!」



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る