第6話 それぞれの準備

 わたしたちは来る廃ホテル探検に備え、それぞれが調査に出ることにした。松田先輩は超能力の練習をモトさんと行い、竹内先輩は1人でその他の七不思議の事前調査を進め、九さんは姿の見えるようになった花川さんを連れてランゴバルト藤島を探し始めた。わたしはというと、



「ヒットアンドアウェーだよ!ほらほら」


「えぇもうやめたげなよ。哀れだって。」


「ヒット!ヒット!ヒット!」


「ちょっとちょっとそれルールで禁止だから!」


「だってこいつ逃げないし、アウェーする必要なくね?」


「確かに笑」


「…あの、もうそろそろ」


「は?…あっそうか、ユイはあのキモい先輩のとこ行かなきゃ行けないんだっけ?」


「…いや、今日は部活ないよ…。」


「えっやったね!ずっと一緒にいれるじゃん!つーかそもそも、入部させたのウチラだわ。」


「いいんじゃない?お前顔宇宙人みたいじゃん。」


「ちょ、それひどすぎ笑ホントのこと言うのやめなよ?傷つくよ笑」


「いや、勝手に傷ついてろよクソビッチが笑

最近、なんか知らんけど楽しそうじゃん?お前に一般的な高校生活を楽しむ権利とかねぇから!

マジ調子乗りすぎだから。」



 オカルト研究同好会の先輩はみんな観察眼がいい。だから、わたしの手に怪我があったら声をかけてくる。今日はわざと二の腕で受けてみた。腹で受けるのは吐き気が酷くなるから避けたほうがいいんだ。わたしはこんなことばかり覚えてしまった。


「梅谷が悪いと思う人ー!」


「はいはーい!俺、あいつのせいで数学赤点とったわ!笑」


「まぁなんてひどいのかしら!タカシやっちゃってよ笑」


「”処刑”と”晒し”どっちがいい?」


「”晒し”はこの前やったし、”処刑”でいいよ」


「りょーかいでーす笑」


 ”処刑”は、田中さんがわたしを抑えつけて男子に殴らせるというものだ。顔や手足など露出する部分ではなく、腹や太もも、背中を中心に殴られる。これで満足して、帰ってくれるときもあるが、そうじゃないときがほとんどだ。腹を殴られても乾いた唾を吐くだけ。痛みで全身から汗が噴き出す。


「あ、そうだ。」


 田中さんのその言葉で、わたしは今日の帰りが遅くなる連絡をしていないことばかり考えてしまう。あぁ、またかと心のなかで呟く。二階女子トイレの三番目の個室を見ているこの景色にも随分慣れてしまった。次はきっと…


「”晒し”もやっちゃおうよ笑」


「いいね、ダイスケ呼んできてよ!」


 わたしは制服のボタンを外そうとするが一番上のボタンがなかなか外れない。


「早くしてよーダイスケ来ちゃうよー?」


「ま、待ってすぐ外すから…」


「…えっちょっとみんな聞いた?待ってってお前ナニサマなんだよ。」


「い、いやごめんなさいすぐに脱ぎます。」


「すぐに脱ぎます…って笑

そんな言葉ここでしか聞けないじゃん?」


「ほらほら早く見せなよー?なんですかこの体笑

何人とヤッたのお前笑」


「おっダイスケ来た」


あとから来たこのダイスケという男はいつもカメラを持ってくる。わたしの恥ずかしい動画や写真をネットで売ることをこの人たちは”晒し”と呼んでいる。


「ダイスケ早く来て!この写真どうかなー?」


「えっマ?2万で売れんの?青痣フェチとかキショすぎて笑うんですけど笑」


「うわぁ…痛々し笑こんなのに興奮するとか頭おかしい変態ぐらいしかいないでしょ笑」


「そうだよ!あのキモい先輩なら受け入れてくれるんじゃないの?この痣!!」


青痣になった場所をつつきながら田中さんは続ける。


「ほら、ダイスケを先輩だと思って!スマイル!スマイル!ピースピース!」


液体のりで唇をくっつけられたみたいにわたしの口角は不自然に上がった。


「うわよろこんでるし笑キッショ笑」


「アイカ、そろそろマック行かん?」


「そうだ、ウチ今日は夜マックなんだったわ笑」



 嵐が過ぎた。あと何回通過するかは知らないけど。

家につくのは大体8時前くらいだ。この時間になると、よく彼に会うことがある。


「ユイちゃん、今日は遅いね。」


「あっカズキくん。」


 彼は壬生みぶ 一基かずき。わたしの家の隣に暮らしている中学生だ。小さい頃からよく家に遊びに来ていて、ゲームが上手な彼のことを、わたしは弟のように感じていた。


「ユイちゃん待って、何その傷…?」


「えっ?」


手を振ったときに二の腕の痣が見えてしまっていた。Yシャツの袖のボタンを閉め忘れていたみたいだ。


「ちょっと、ね…」


 笑って誤魔化そうと思ったが、そうも行かなかった。カズキくんは異変にすぐ気づく。


「誰にやられたの?」


「いや、誰とかじゃなくて、ほんとに大丈夫なやつだから」


「…わかった。」


 もっと深追いしてくるかと思ったが、カズキくんはそれ以上何も言うことなく、家の中に入っていった。


「廃ホテル、行く準備しないとなぁ…」


明日、ついに廃ホテルに向かわなければいけない。





「いい加減にしてくれよ…」


俺はだいぶイライラしていた。イサムがモトさんと特訓?をしている間、俺は残りの七不思議を調べた。結果、わかったのは

三、T字路のTバック男

七、7回目の告白による悪魔の降臨

の2つがガセネタであることだった。


 まずT字路のTバック男、これは言うまでもなくただの変態だった。どこから来るのか分からない、と聞いていたが、スローモーション撮影をしていたら、マンホールの中に吸い込まれていくのが捉えられた。つまり、ただ身体能力が高く、ただ消えたように見えるだけの変態だったのだ。わざわざ3日をかけて夕方の4時44分を待って損をした。


 次に七、7回目の告白による悪魔の降臨。

自分の心から大切なものを、禍島の端っこの小さな丘で7回叫ぶと悪魔が降臨して願いを叶えてくれるというものだ。俺は迷わずカメラ!と7回答えたが何も起きなかった。まぁ来たところで叶える願いもないのだけれど。


 梅谷さんは何をしているんだろうか。連絡をしても返事が来るのは決まって深夜。あまりスマホを見ないのか、それとも俺やイサムを普通に嫌っているのか。


…まぁそんな事考えたって仕方がない。思えば梅谷さんのことを俺らはあまり良く知らない。オカルト研究同好会に初めて入ってくれた後輩だし、今度焼き肉でも行くか。

 それにしても次の廃ホテル、これはモトさんも言う通り、かなり危険な気がする。九はこの学校でも有名な不良生徒。イサムとの仲は悪くなさそうだが、色々と心配が募る。こうして俺の2週間は案外あっけなく過ぎようとしていた。




「今日も藤島、いないっすね…」


「そ、そうだね。」


俺はひたすら海沿いを走ったが藤島には会えていない。深幸サンを成仏させてやりてえが、廃ホテルの話は馬鹿の俺でもわかるくらいアヤしい。悪ぃ匂いがプンプンする。そこらのヤンキーくらいならぶっ飛ばしゃいいだけでラクなんだけど、ユーレイってのはどんなパンチ繰り出すかわかんねぇしなぁ。あ、なんか後ろからバイクがめっちゃ走ってくる。


「誰だてめぇら!!」


 ガイコツの書かれたGジャンを着たシューダンが後ろから詰めてきやがった。


「俺らは藤島馬瑠兎に会いてぇ一心でここまで来た!」


「あんだと!?」


「おめぇ禍島の九だろォ?」


「知ってんなら話が早え!!おい骸骨共!藤島のこと詳しく聞かせやがれ!!」


 それから毎日俺はそいつ等と走ることにした。なるほど、徐々に分かってきた。


「まぁ俺馬鹿だしよくわかんねぇけどよォ…」


 気づいたら明日が廃ホテル突入の決行日。


「わ、わたし、明日成仏できそうですかね…?九くんのお陰でなんとなく事件が繋がってきたよ…!」


「マジすか!?深幸サンすげぇ頭いい!!」


「ま、まだ仮説に過ぎないけど…でも多分


 

 廃ホテルと藤島さん、私は繋がっている…。」




 「みんな、久しぶりだな。準備はいいか?

これより、旧禍島ホテルへの、突入作戦を決行する!!!」


 わたしたちは、それぞれの思いを胸に廃ホテルへと入っていった。




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