第3話 モト

 竹内先輩と一緒に逃げてきて、かれこれ20分くらい経った。わたしや竹内先輩を逃がすために走っていった松田先輩の姿が全く見当たらない。


「そんな…」


 辺りの雰囲気が変わっていくのを確かに感じた。遠くの方からサッカー部の声が聞こえてくる。あぁ、分かった。ここは先程の化け物がいた場所とは"違う場所"なんだ。


「戻って来れたのか?」

「竹内先輩…。」

「イサムがいない…?」

「…。」


 わたしは思わず頭に浮かんでしまった悪い仮説を、悟られないように目を背けた。それがむしろ、現実を竹内先輩に突きつけてしまうことには気づいていなかった。


「いや、そんな…イサムは、」「その、」

「あっ…そもそもあの化け物自体作り物だったんだって!ほら、あいつ部室に変な被り物とかいっぱい持ってきてたじゃん!だから…その、あんなのは、」


言葉に詰まりながら思いつく限りの否定を続ける先輩に、私の目は揺らいでしまった。


5月半ばの暑いグラウンド、私と先輩だけが冷たい汗を流している。騒がしい声をよそに、竹内先輩は口を開いた。




「…イサムはさ、昔から俺の幼馴染でさ。」


「「おーい無事か〜!?」」


「みんな変人扱いしてて分かってないかもしれないけど、本当は…」


「「竹内会員!竹内会員!」」


「真っ直ぐで…向こう見ずで…正直で、お人好しで…」


「「聞こえていないのか〜!?」」

「うるっっっさいってば!!!

いい加減にし…」


 そこにいたのは紛れもなくわたしたちの知る松田先輩だった。


「お、お前…」

「先程からずっと呼んでいたというのに一切気づかないとは…傷心中だったのか?目が腫れてるぞ。」

「ちっ…ちげえわボケ!」


竹内先輩の声が明るくなった。


「…無事だったんですね、先輩。」

「おぉ、梅谷会員も無事だったようだな!何より何より!」


いつもと変わらない、むしろなんか興奮している松田先輩。明らかに浮足立っている様子だ。


「早くこっちへ来てくれ!ようやくオカルト研究同好会らしくなってきたんだ!」




 先輩に連れられ数分がたった。学校の裏にある雑木林のなかをわたしたちは歩いていた。やはりこの先輩は一切説明をしない。でも、今回ばかりは不思議な出来事があったし、わたしたちも黙ってついて行った。到着して最初に口を開いたのはわたしだった。ただでさえ虫のいる雑木林に嫌気が指してたんだろう。


「なにここ…?」


 底にあったのはボロボロの小屋だった。苔むした木材は確かな湿度を感じさせ、崩れた屋根に木漏れ日が指している。


「この中にいる。」

「え、いるって…まさか見せたいものって、」

「あぁ、どうしても会員らを見せなくちゃならなくてな。」


一瞬、松田先輩が先程の化け物に従って、わたしたちを売り助かろうとしてるんじゃないかなんて妄想をしたが、すぐにそれは覆された。

 ドアを開けた先には、見知らぬ男が座っていた    

気難しそうに腕を組み、小屋の古びた椅子に座っている。

 坊主頭が目を引くが、凛々しく太い眉、シャープな鼻筋を見るにかなりのイケメンだ。歳は二十代後半から三十代前半くらいだろうか。男がこちらに気づく。


「来てくれたか。」


立ち上がってわかったが、かなり高身長。胸板が厚く、全体的に筋肉質。おそらく相当なトレーニーに違いない。


「俺は本宮。仲間内からは『モト』と呼ばれている。好きなように呼んでくれ。」

「あっ…はい。」


竹内先輩は気まずそうに頷いた。


「まず、先程化け物に襲われていたね?怪我はないかい?」

「あぁ、はい。俺達は無事です。」

「それは何よりだ。松田くん…だったか?」

「はい!」

「君も怪我がなくて良かったよ。」

「いえ!私は、モトさんに救われた身でありますので!」

「いやいやそんな…」


 松田先輩の話を聞く限り、この『モトさん』は、あの化け物に襲われているところを助けてくれた命の恩人らしい。モトさんはあの石を探していたらしく、松田先輩が見せたところ、わたしたちも交えて話がしたいと言ってきたそうだ。

 明らかに怪しい男だが、今は少しでも情報がほしい。わたしはつばを飲み話を聞き続けた。


「それじゃあ本題に入ろうか。」

「は、はい!」

「単刀直入に言えば、君たちはこれから宇宙人と戦ってもらわなきゃならないんだ。」



「え?」


「うちゅう…じん?」

「それは一体…」


 マジかこの人、と思っているであろう竹内先輩と、目を輝かせる松田先輩は対称的だった。


「受け入れられないのも無理はない。順に追って話そうか。」



話を簡単にまとめると、昨日先輩が拾った立方体はどうやら『オーパーツ』と呼ばれるもので、かなり危ないものらしい。これを持っていることで、この力に引き寄せられた宇宙人に襲われてしまう。だから、少しの間この街にモトさんが残ってわたしたちを守ってくれるそうだ。宇宙人と戦うっていうのはそういう、比喩?的なもので、日常生活で危険なことがあったら教えて欲しいということだった。


「もう一つ、言わないといけなくて。」

「は!それは一体何ですか!モトさん!」

「実は、君たちの体に異変が起きるかもしれないんだ。」

「え、それってなんか悪い病気とかそういう…」

「あ、いや梅谷さん、それは大丈夫だ。なんというか説明が難しいんだけど、簡単に言えば」

「簡単に言えば…?」




 モトさんと離れて少したった。今日はあまりにも色々なことが起こりすぎたんだ。頭の整理が追いつかない。昨日までの私には信じられなかった。

自分が超能力者になるなんて。




「超能力が使えるようになるって!!!?」


「いや、本宮さんそれはちょっと…」

「竹内くん、ほんとに信じられないと思う。でも、伝えておかなくちゃいけなくて…」

「…イサムがどうしても会ってほしいって言うから来ましたけど、これ以上俺の友達にインチキ吹き込むのやめてもらえませんか?」

「インチキとは何だ竹内会員!モトさんに、失礼だろう!訂正したまえ!」

「…」

「早く行こう。イサム。とっとと帰るぞ。」

「いや、そんな、まだモトさんに…」

「もういいだろうが!!!なんか変なことが起きてパニクッたのはわかったから、もう終わりにしようって言ってんだよ。あの時見たのは、なんか…幻覚みたいなもんだったんだよ!!それでいいだろう!?馬鹿にされてんだよお前。」

「…」

「本宮さん、もうこれ以上俺等に関わらないでください。梅谷さんもいこう。ほら。それじゃ」

「ちょっと待てリクト!!!」



 引き留めようと松田先輩が肩を引っ張ると、竹内先輩の動きがとまった。


「な…」


「フッ気づいたか竹内会員よ。」

「イサム、…何したんだ、今」

「ふん、まさしくこれこそが超能力というものだ!」


 何が起きてるかはわからないけど、松田先輩がなにかしたらしい。竹内先輩は硬直している。すると松田先輩が意気揚々と語りだした。


「これはずばり”触ったものに自分の意思を共有する“能力!!つまるところテレパシーと呼ばれる能力だ!」

「い、いや先輩それは」


先輩が私にそっと触れた瞬間、奇妙な事が起こった。


『な、いっただろう?』という声が頭の中に聞こえてきたのだ。しかし、はっきりわかるのは、これが松田先輩の考えている通りのことであるということだ。声は先輩のものではないし、何故かはわからない、ただそれには、松田先輩の嘘じゃない心情だというに足る説得力があった。 


「これが、超能力…?」

「あぁ。どうやら松田くんはもう覚醒してしまったみたいだ。」

「ははは、見たか諸君!ついに私は念願の超能力者になったんだ!!」

「そんな、嘘だ、イサムが超能力なんて…。」

「いや、でもなんで松田先輩だけが、超能力を手にしたんですか?わたしや竹内先輩もあの石に触れていますよ。」

「君たちは、”まだ”覚醒していないだけなんだ。これから君たちはこの力に目覚めていくはずだよ。」



 超能力者になったらなんて妄想をしたことが誰にでもあると思う。しかし、あの化け物(宇宙人らしい)に襲われるリスクが付きまとうというのなら、その妄想は楽しいものじゃなくなるだろう。

 少し重い空気が、朽木の隙間風に吹かれている。

それぞれの考えごとが、一層の静寂を成していた。

沈黙を破ったのはモトさんだった。


「大丈夫、君たちは俺が、責任を持って守るよ。」

「…それは嬉しいんですけど…」

「俺はこの街でやらなきゃいけない事があってね。しばらくは元から滞在する予定だったんだ。」

「やらなきゃいけないことってなんですか?」

「この街の、調査…かな?なんかおかしいんだこの街は。調べたけど、オカルトの聖地って言われているらしいじゃないか。」

「はい、そうですけど…って松田先輩?」


 松田先輩が何か思いついたらしい。先輩はいつも思いつくと無意識に変な顔をする。このことを松田先輩は知らない。


「それだ!この街の七不思議を解明していくのはどうだろうか!?」

「一体何を言ってるんだお前は…」

「超能力の存在がわかった今、オカルトが実在することが証明された!モトさんとともに謎を追っていけば、”七不思議”を解明できるやもしれない!」

「七不思議?」とモトさんは不思議そうにこちらを見た。

「この街には”七不思議”と呼ばれる七つの怪奇現象があるんです。この街の中でしか起きていないんですが、ネットでも話題に上がる都市伝説なんです。」

「なるほど、それを俺と一緒に解明したいってことかな。」

「そうです!モトさん。私達オカルト研究同好会はあらゆる神秘主義的な理想を追い求め、研究を続けてきた真のオカルトマニアです!この街のこと、モトさんもまだあまり知らないでしょう?私達が、それらの情報を与える代わりに、モトさんに同行させてもらう、としたら、利害は一致しませんか?」

「うーん…たしかに君らは俺と一緒にいるほうが安全かもしれないな。」


 先輩の提案に悩んだものの、モトさんはそれを承認することにした。こうして、オカルト研究同好会に外部講師が生まれたのだった。


「先程は無礼な物言いをしてしまい申し訳ありませんでした。」


竹内先輩が頭を深々と下げる。


「いやいや、俺は慣れてるから大丈夫。君は立派だな。友のために戦えるのは素晴らしいことだよ。」


 それから私達は教わることになる。この”超能力”の正体を。

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