2部:第3話 生徒会長・美々香ちゃんのラーメン店めぐり♡ ~いきなり奇を衒うんじゃねぇ、初見の店はまず定番メニューだ~

「――――へい、らっしゃい」


 大声ではないが、おごそかな雰囲気のある声音の出迎え。


 暖簾のれんをくぐり、ぺこり、一つお辞儀しながら入店したのは。

 聖コープル女子高等学園の生徒会長〝やなぎ 美々香みみか〟――


 まず美々香は、店内を軽く見まわす。最も混み合う最繫時さいはんじより少し前の夕方のためか、人入りはまばら。落ち着いて食べられそうな雰囲気だ。


(このお店は、先に券売機で買うタイプなんですね……昨今は個人経営のお店さんでも、レジの混雑を避けられる便利さから、多くなっています。注文もスムーズでありがたいです、が……ここで注目したいのは、


 淡いベージュの小ぶりなお財布を取り出しながら、美々香はソフトボール選手として試合に臨むが如き真剣な表情で券売機と向き合う。


(左上の法則――左上に書かれているメニューほど、店主さん自信の一品やオススメのメニューが記される傾向にある、といいます。お店さんによっては〝オススメ!〟と明確に張り出されていることも……わたしは、このお店さんは初入店。なればこそ、ここはお店の流儀にのっとって、そのメニューを選ぶといたしましょう。他のメニューを堪能するのは、次回の来店からです……)


 よし、と決意を固めた美々香が一番左上のラーメンを選び、食券を手に取る――そのままカウンター席に座り、二段構えになっている厨房側の高いテーブルに食券を置くと、店主と思しき人物がすぐさま回収していった。


「――――ふうっ」


 一連の注文が完了して人心地ひとごこちついた美々香が、カウンターに置かれているセルフサービスのピッチャー水いれるやつだぞ★で、コップに水を注ぎつつ物思う。


(ポジションはセカンドだけど、ピッチャーでお水を……おっと、注文の緊張から解放されて、ついつい気が緩んで変なことを考えてしまいました、反省ですー。ですがひと息ついたおかげで、周りが見えてきますね……)


 きょろきょろと周りの様子を窺うほどせわしなくはない、落ち着き払った美々香が、耳を澄まして店内の雰囲気を堪能する。


(ふふ……何だかいいですね、この落ち着いた雰囲気。混む時間帯を避けてよかったです。他のお客さんは常連さんでしょうか、誰もが真摯に向き合っている……ラーメンと、向き合っている。あ、左隣の方の制服、同じ聖コープルの学生さんですね……じろじろと顔を見る無粋はしませんが、何だか親近感が湧いちゃいますね♪)


 くすり、微笑む美々香が、今度は厨房内から伝わってくる香りと音に、嗅覚と聴覚を集中する。


(じゅうじゅう、じゃっじゃっ、と炒める音……カンカンッ、と中華鍋を叩く音……ふわっ、と広がった香りは、ごま油の匂いでしょうか……チャーハン、次は頼んでみるのも良いかもですね)


 ただ待つだけの時間ですら、食欲をそそられる、そんな美々香が、次いで視界にとらえたのは。


(ああ……麺を、麺を……湯切り、している。店主さんの手ずから、ただの一振りに一振りに、魂をこめるように……タイミング的に、あれは……私の注文。

 私の―――私のラーメンが、できあがってゆく―――)


 器に注がれたスープに、命を吹き込むかのように、麺を。

 ほどよい太さに輪切りされたチャーシューが、良く沁みこんだ味玉あじたまが、化粧を施すように丁寧に添えられていく。

 付け合わせに、数枚の海苔が、ちょんと器から背伸びして。


 ついに、美々香の下へ、カウンター越しに運ばれてきた。


「―――へい、お待ち」


「…………!」


 目の前に置かれた瞬間に、ぶわっ、と届く濃厚な香り――!



★今日のラーメン★

 濃厚スープの豚骨醤油ラーメン、一丁あがりッ!



(これはっ……何て力強い香ばしさでしょう。じっくりと抽出された豚骨の出汁だしが、濃厚ながら品を失っていない……豚骨の下茹でと丁寧な灰汁アクとりの賜物たまもの、まさに職人さんの仕事ですねっ……チャーシューや海苔の配置も、恐らく〝こう、と決まっている〟……この器の中に、一つの芸術が……いえ、歴史がある……店主さんがつちかい歩んできた、ラーメン道という歴史が……)


 いっそ感動すら覚えている美々香が、箸入れからプラスチック箸を取り出し、構える。その気迫、ソフトボールにおける彼女の守備位置セカンドについているかのようだ。


 左手にはグローブではなく、レンゲスプーンを――スープを一掬ひとすくいし、小さなお口へと運ぶ、と。


「―――――ッ!」


 瞬間、ガツン、と響く濃厚スープの旨味――この味わい、もはやホームラン級の当たり――!


 こうなると、箸を持つ右手も止まらない。もっちりボリュームのある太麺が、豚骨スープと良く絡んで、つるつると口内に味わいを届けてくれた。


 付け合わせのもやしも先んじて炒められており、チャーシューで巻いて一緒に口に入れれば、お肉のこってり感を爽やかに中和してくれる。


(うん、うん……良い……とても良いですね……! 初見のお店さんで、お店さんの自信のメニュー、その看板に偽りはありませんっ……黄身まで味の沁みた煮卵も、嬉しい……半熟の黄身にスープをささやかに混ぜつつ、また口に入れる……豚骨スープの濃厚なクリーミィさに、まろやかな味わいが増していきますっ……うん、うんうんっ……これは、やはり良い……また、良いお店さんに出会えました……!)


 美々香の秘めた趣味は〝ラーメン店巡り〟――まさにこうして、好みのお店に出会った瞬間、その恍惚がたまらないのだ、とは本人の談。


(ふう……ラーメンの最中に飲むお水は、何でこんなに美味しいのでしょう……コレも含めて〝ラーメン〟という料理、という気さえしてしまいます。……もうすぐソフトボールの高校総体、暴飲暴食は避けるべき、ですが……これは活力エネルギー。これから先を全力で戦い切るための、必要な補給なのです……この夏は、食べられなくなったら終わりですし、力は大事なのですー……!)


 うんうん、と納得しつつ、レンゲでスープを掬い、幾度か飲みこむ。

 さすがに全て飲み切ることはできなかったが、食事を終え、二段構えになっている厨房側のテーブルに、美々香が器を置きつつ――



「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまですわ」


「えっ?」

「ですわっ?」



 偶然、左隣のお客さんも、器を置くところだったようだが、そう。

 花子だった――花子=M=ホーエンハイム、その人だった――


「「………………」」


 聖コープル屈指のお嬢様・花子と、生徒会長が、まさかの邂逅を果たす。暫し、二人は黙ったまま、見つめ合っていた……が。


 自然と、〝ふふっ〟と微笑みを浮かべ。


 どちらからともなく、隣へ向けて小ぶりな拳を差しだすと――

 互いの拳が、コツン、と軽くぶつかった。


 ここに、うたがあった――言葉にはせずとも分かり合った、女たちのうたが――


 不思議な充足感の中、静かに微笑み合う二人……と、そこに。


 新たに入店してきたのは、呂波カヲリさんで――



「んはぁ~~っ腹減った! めっちゃイイニオイ、やべぇよ、やべぇよ……よーしウチ、チャーシューと麺は特盛・トッピングマシマシで頼んじゃうぞ! チャーハンもイッちゃおっかな♪ ほほう、替え玉も後から追加可能か……かまわん、やれ……」



「おのれカヲリさん、さすがの暴君っぷりですわねぇ……!?」


「ま、まあまあフローラさん、それもまたラーメンの楽しみ方ですから……」



※ラーメンの楽しみ方は人それぞれで、決して食べ方やマナーなどを強要するわけではないことをご理解ください★ にしてもホントにラーメン食ってるだけの話だったな。いいのかなコレ……(今さら)

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