第21話 ※喫茶店の女性店長から見た視点ですヨ☆「……いや何かこの子ら、エロ研究部とか言った気するんだけど幻聴よね?」

 純喫茶『小夜子さよこ』を経営する女性店長は、そのまま名を小夜子さよこという。


 喫茶店が夜間にアルコール類を提供することもあるのとは違い、純喫茶はコーヒーや紅茶などを主として取り扱っている。もちろん食事やスイーツもメニューの内だ。


 聖コープル女子高等学園に近い、この店でも――小夜子は店長として絶対の自信を持つに至るほど、紅茶へのこだわりと造詣は深い。


 さて、白を基調とした清廉な内装の店に、カランカラン、と来客を知らせる小さな鐘が音を立てて。


「――こんちゃ~小夜子ちゃん~♪ 今日もお茶しにきたよーん♪」


「あらルナちゃん、いらっしゃい。ふふ……空いてるお席へどうぞ♪」


 彼女は聖コープル女子高等学園に通う二年生、江神えがみルナ。気安い雰囲気がむしろ好感を持てる、素直に付き合いやすい少女だ。


 二十代半ばの小夜子も〝ちゃん付け〟をすんなりと受け入れられるほどで――と、続けて入ってきた長身の女子が軽く会釈する。


「あっ、ども小夜子さん、今日もいつもの……あります?」


「もちろんよカヲリちゃん、チーズケーキ、ジュースと一緒に持ってくわね♪」


 小夜子が言うと〝あざす!ありがとうございますの意〟と快活に返事するのは、呂波ろなみカヲリ。大人の小夜子より既に背も高く、いつ見ても食べっぷりが爽快な気持ちの良い女子だ。


 そして最後に静々しずしずと入ってきたのは、眼鏡をかけた大人しい女子で――


「あ……小夜子さん。こんにちは――」


文学少女性癖はどんどん美味しく実る……♥」


「戦う奇術師か何かなんですか? 小夜子さん、あの、小夜子さん?」


「……ハッ!? うふふ何でもないわすみれちゃん♪ 今日もアールグレイで良かったかしら? つい先日に仕入れたんだけど、ベルガモットが上質でねェ……♠」


「まだ抜けきってなくないですか? で、でも、ありがとうございます……お願いしますね♪」


 文学少女らしいしとやかさと清楚さで、もはや文学美少女と呼びたくなる美嶋みしますみれに、にこりと微笑まれ――〝そろそろ狩るか……♠〟と小夜子が思ったかどうかは定かでない。


 さて、そんな三人の来客に、小夜子が店長の真摯な顔で用意を始める。純喫茶として味にこだわりと自信を持つ、彼女の手腕に狂いはない。


 もはや手元を見ずとも作業できる小夜子は、紅茶を蒸らしている間隙かんげきに、今しがた訪れた三人娘について思いを巡らせる余裕すらあった。


 今時の女子高生らしいルナ、スポーツ万能と有名なカヲリ、見るからに文学少女といったすみれ――一見すると共通点に乏しそうな三人が、まるでそんなことは関係ないとばかりに、仲睦まじそうにしている。


 そんな様子に、小夜子はどこか言いようのない浪漫ロマンを感じ、彼女達の話し声を聞きながら目を細める。


「さーてっ……今日も今日とて、語り明かしますか♪ じゃあ――」


(本当に、みんな全然違うタイプに見える子達なのに、こんなに仲良いなんて。ふふっ、一体どんな出会いをしたのかしら……いいわね、若いって――)


「エロ研究部としては、この辺で是非ともエロトークをガンガンぶっ放していきたいっつうね?」


(いや何か今、エロ研究部とか言わなかった? 耳の錯覚?)


 おっと流れ変わってきたぞ。


 ……耳の錯覚、即ち錯聴さくちょうですよサクチョー。という訳で、早々に用意できるチーズケーキとジュースを運びつつ、小夜子は聞き耳を立て。


「……お、お待たせしました♪ はいカヲリちゃん、チーズケーキと……今日は林檎ジュースにしてみたの、苦手じゃなかったかしら?」


「めっちゃ好きッス! へへ、小夜子さんトコのチーズケーキ、マジ絶品で大好きなんスよ~! いただきますっ!」


「あら、ありがと♪ それじゃ、ごゆっくりぃ~……。…………」


 客の声も良く届く、見通しの良いキッチンへ戻っていく最中も、耳をすませ――そして、すみれの声が届き。


「……そうですね。私達は文芸同好会ですし、普通のお話でもしましょうね?」


(文学少女ォ~! 信じてたわよすみれちゃん、なるほど文芸同好会なのね~!?)


「ちょっすみれちゃん~! それは仮の姿だから! アタシ達はセイコージョに舞い降りた悪魔で~もん♡と呼ばれたいパンクな連中れんちゅ~なんだからね!?」


(いやミッション系の女子高で何て願望を抱いてんのよ。……い、いやまあ、これも若さか……若さで済ませていいのかしらコレ……)


 悩み多き二十代半ば、二十代半ばは悩みが多い頃だから仕方ないね(済ますな)。


 さて、改めて作業に戻った小夜子の耳に入ってくる、ルナとすみれの会話は。


「もう、ルナさんってば……他にお客さんがいないからって、急にそんな変なこと言っちゃダメですよ……えーと、そう、冗談は程々に、ですね?」


「全く~っ、すみれちゃんてば真面目なんだから! てゆーか冗談じゃないしっ。アタシは誇りを持ってんだかんねっ……エロ研究部の絆に♡」


(ま、また言った……でもすみれちゃんが冗談って言ってるんだから、そうなんでしょうね……いや冗談にしたって、なんちゅーもんに誇り乗っけてんのよ)


「そ・れ・に~……すみれちゃんだってノリノリじゃん、チ〇コのハナシとか☆」


(とえェ~~~いッ!? 文学少女に何てハナシ乗っけてんのよ!? そんな、まさか……すみれちゃんが、そんなッ!?)


「ああ……そうですね、好きですから。ショコラの話ですけどね」


(好ッ……あ、ああ、チョコか、なるほど……良かった、聖域は守られたわ……いや何の聖域だっつーハナシだけども……てかこの子達、こういう冗談とか意外と言うのねぇ……知らなかったわ)


 たまたま他に客がいないからかもしれないが、どんどん知らない一面が出てくる中――ルナが口走ったのは。


「もうっ、エロトークしないってんなら、そんなのもう……第三野球部の話するしかないじゃないっ!」


「なぜ第三野球部の話にこだわるんですか。その執着は一体なんなんですか」


(なぜか第三野球部の話はしょっちゅうしてんのよね。それは知ってたわ)


 圧倒的に今時の女子高生らしからぬトーク内容すぎて、本当に謎である。


 ……と、ちなみにカヲリは。


「うめぇ……圧倒的にうめぇ……チーズケーキの上に添えられた小切りの林檎が、林檎ジュースとまた合う……そうそう、こういうのがいいんだよ、こういうのが……」


(そしてこの子はいつも集中して食ってんのよね。……ま、まあ作ってる方としちゃ冥利みょうりに尽きるんだけど、勘違いしないでよねっ)


 二十代半ば女性の内心ツンデレ失敗モードである。大変だなァ。


 さて、程なくして紅茶が完成し、用のティーポットを運び、小夜子が「お待たせしました♪」と小夜子がそれぞれ提供していると。


 不意にすみれが、申し訳なさそうに囁いて。


「あの、すみません……何だか騒がしくしちゃって。ご迷惑ですか?」


「! すみれちゃん……」


 すみれの言葉を受けて、小夜子は――朗らかに微笑んだ。


「ふふっ! 全然、問題ないわ♪ 他のお客さんがいる時とかは、気を遣ってくれてるのも知ってるけど……本当はあなた達の声を聞くの、楽しみなのよ? ……こっちも元気を貰えるから♪」


「! そ、そうですか……な、なんだか恥ずかしいですけど、良かったです♪」


 にっこりと、微笑み合うすみれと小夜子。

 そうして、小夜子が戻っていこうとした――その瞬間。


 カランカラン、と鐘が音を立て、花子が入店するや否や――


「ふう、ようやく委員会のお仕事が終わりましたわ。オホホ、文芸同好会の皆様、お待たせしたかし――」




「―――いらッシャッせフローラ様ァァァ! 我が喫茶のスポンサー様のご令嬢、入リャッス……スポンサー様、入リャァァァッス!!」



「アッハイ。……あ、あの小夜子さん? 別にわたくし、普通にして頂ければ、あの……小夜子さん?」


 五体投地する勢いで迎える店長に、素直に戸惑う花子――そんな光景を眺めて、ふとルナが、しみじみと零す言葉は。


「アタシさ~、小夜子ちゃんのあーゆー、何かこー裏表が激しいっていうか、それが逆にあけっぴろげな感じとか……なんだかんだ、好きなんだよね~♡」


「ああ、まあ……素直なんでしょうね、気持ちの発露はつろの仕方が。……結局、一番騒いじゃってるの、小夜子さんですしねぇ……」



『フローラ様ンためならマジいつでも神輿みこし担ぎますんでェ! 今後とも、今後とも〝純喫茶・小夜子〟をよろしくお願いしまさァフローラ様ァァァ!!』


『み、みこし……? お祭りでも開催するんですの? あの小夜子さん、あの小夜子さん! 勢いがこえーんですわ、小夜子さーーーん!?』


 変な奴しかいないな、この界隈。

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