第3話 顧問のセンセはピチピチでナウなヤ~ングっ♡ 察せ。

「いやぁ~~~……暇ねぇ~~~……」

「ん~~~……ぉ~~~……」


 いつもの室内で、椅子の背もたれにだらんと背中を預けるルナと、机に突っ伏して声ならぬ声を漏らすカヲリ。


 そして、いつものように黙々と読書に耽る、すみれ。珍しく静謐な雰囲気の中、視線は本ページへ向けたまま物思う。


(……こうして何をするでもなく、ただゆったりと過ごす時間も……なんだか、悪くないですね。まあ文芸同好会なので、元々何をするでもないですが……互いが過度に干渉するでもなく、かといって一人ぼっちの味気なさもない。ただ穏やかで、安らかで……身も心も休まるような)


 普段の(主にルナとカヲリの)喧騒からは遠い、貴重な放課後に、くすっ、とすみれは微笑んで。


 静かに読書を続けるすみれの姿は、完璧パーフェクツ文学少女と読んでも過言ではない……読んでいるのが官能小説ということを除けばだが、まあまあ、それはまあ、まあまあまあ。


(読書日和、ということにしておきましょう。こんな日も、良いもので――)


 とにかくこうして、穏やかに過ぎていくであろう、今という時間を――


 ―――バーンッと音を立てて勢いよく開かれた扉が、打ち破った。




「ミンナ元気してるぅ~~~!? あたしは今日もチョベリグだぞ~★ みんなもナウなヤングとして、元気印でがんばるんば~~~♪」


「「「……………」」」




 静謐な雰囲気から一転、室内を冷凍庫みてぇな空気に叩き込んだのは、この学園の教員であり、〝文芸同好会〟の顧問である女性。


 四月の半ばというこの時期で、寒気すら覚える冷え冷えとした雰囲気の中、基本的には快活なはずのルナが、おずおずと声を返す。


「あ、あの……何かもう、どこを指摘すればいいか分かんないくらい、死語が並びすぎて死体安置所みたいになってるんで……気をつけてください、鬼河原センセ」


「あ、ああ、そうか、すまん……また間違えてしまったようだな、あたしというヤツは……」


 バツが悪そうに後頭部をかく、そんな素振りと口調こそが、彼女の


 姓は鬼河原おにがわら、名はれい。生まれは此方こなたの近隣にして、此の学園の卒業生たる一女いちじょでござい。


 一身、剣術を学びて後、教師の道を志して今に至る女傑が、如何にして文芸同好会の顧問となったか、それは本人の口から語られる。


「いや、不甲斐ないな……お前たち若者と直に接する教師たる身。あたしの方から今時の若者を学ばせて欲しい、女子力というものを教えてくれ、と頼んでおきながら……この不甲斐ないザマでは、申し訳も立たん……」


 もうこの時点で色々とアレだが、気落ちして項垂うなだれる女教師・黎に、けれどルナは励ますように声を上げた。


「……ううん、そんなコトない……そんなコトないよ! だってホント初めの頃は、一人称だって〝自分〟とか言ってたのに、今は〝あたし〟って改まってんじゃん! ちゃんとできるようになってきてるよ、鬼河原センセは! ね、カヲリ!」


「そ、そうッスよ! その昔この近隣のチンピラから暴走族まで木刀一本で駆逐し、泣く子も黙る〝賽の河原の鬼殺し〟と恐れられ、つい数日前まで生徒に〝貴様ら〟とか呼びかけてた鬼河原先生にしてみりゃ……すげー成長っぷりッスよ!」


「……お、お前たち……!」


 ルナとカヲリの励ましに胸を打たれたのか、じーん、と感極まる黎の続く発言は。


「んも~~~っ★ 鬼河原なんて厳ついほうで呼ばないでってば~★ よわいだってそんなに離れてないんだから~……もっと気軽にレイちゃんって呼んで★」


「「………………」」


「すまん。今のは間違いだったのだろうと、さすがのわたしでもこの空気で察した」


 こうべを垂れて素直に謝るこの女教師・黎は、礼を重んじる御仁なり。


 まあとにかく、と部屋に入ってから立ちっぱなしの顧問教師な彼女に、ルナは椅子に座るよう勧める。


「ま、まあまあ、えと……黎ちゃん先生? せっかくお話するんなら、座ってしよ? 立ちっぱなしもなんだし、ほらほらっ」


「おお、そうだな。お言葉に甘えるぞ……江神えがみ


(いやそっちは苗字呼びなんかーい! ってツッコみたいけど、どこらへんまでがセーフゾーンかよく分かんない人だから、言いにくいんだよなぁ……)


 微妙な表情をするルナには気付かず、黎は勧められた通り、ルナとカヲリの向かい側へ歩いていく。


 そして椅子を引き、着座した――その瞬間。


「―――どっこいせ、っと。ふ~~~……」


「黎ちゃん先生センセッッッ!!!」


「うおっ。な、なんだどうした江神、急に大声を出して」


「〝どっこいせ〟はダメでしょ! 女子力が、死を! 死を迎えちゃうよ!?」


「えっ、言ってた? そ、そうか、完全に無意識だ……す、すまんな」


「ホント、気をつけてくださいよ……20代前半なんでしょ? まだまだ若いって、普段からジブンで言ってるじゃないですか……!」


「そっ……そうだとも! 20代前半の、まだまだピチピチでナウなヤングだともっ!」


「センセッッッッッ!!!」


 ルナに怒られ再びバツの悪そうな顔をする黎に、カヲリが作り置きしていた麦茶を一杯、マグカップにいれて差し出す。


「ま、まあまあ落ち着いて、お疲れなんスよね。一杯どーぞ、黎先生」


「お、おお。すまんな呂波ろなみ。いや、確かに喉が渇いていてな。ふう……」


 可愛らしいピンクのマグカップの取っ手に指を入れ、黎が自身の口に運ぶ。


 リップも塗られていない黎の唇はそれでも艶っぽく潤っていて、その奥から紡がれる美声は―――。


「っ゛あ゛~~~っ……生き返るわ~~~」


「―――メメント・モリ死を想えっっっ!!!!」


「うおっ。どうした江神、あんまり大声を出しすぎると喉やられるぞ」


「〝生き返る〟どころか! それは復活の呪文じゃなく、死の呪文! わかってます!? 黎ちゃん先生の女子力、秒ごとに死んでってんですよ!?」


「んなっ……そ、それは困る! くっ、あたしは一体どうすれば良いんだ!?」


 頭を抱える黎だが、「はあ、はあ」と息切れするルナが、少し離れた対角線上に座るすみれが本を持っていないことに違和感を覚える。


「はあ、はあ……ん? あれ、すみれちゃん……さっきまで本読んでたのに、仕舞っちゃったの? 読み終わった?」


「ああ、いえ。先生がお見えなのに、失礼かなと思って。それだけですよ」


「おぉ……礼儀正しいし上品だわ、さっすがすみれちゃん、文学美少女……♡」


 変な感心をするルナは、すみれが普段から何を読んでいるのかを知らない。


 と、悩んでいた黎が、すみれに対しても声をかけた。


「お、美嶋。古文と日本史の小テスト、良かったぞ。あたしも教科担当として鼻が高いよ」


「いえいえ、先生の教え方が良いからですよ。いつも丁寧で助かってます」


「そ、そうか? ハハ、照れるな……ああ、えーっと……その、なんだ」


 話題を探しているのか、黎が軽く後頭部を掻くと、後ろで結っている黒髪ポニーテールが一緒に揺れる。


 そしてすみれに対し、黎がおずおずと口にした話題とは。


「最近……学校、どうだ? 楽しいか? まあ何だ、何か悩みでもあったら、言いなさ――」


親父オヤジかっ!! 娘との話題に困ってる親父オヤジかっっっ!!!!」


「うおっ。どうした江神、発声トレーニングでもしているのか? そういう向上心、先生は好きだぞ。ちょっとうるさいけども」


「アタシの喉のコトなんて今どーでもいいんですよ! もう黎ちゃん先生の言動、古いとか超えて中年男性オッサンなんですよ! 女子力が死んでるっていうか腐ってハエがたかってますよホント!?」


「な、なんだと!? 九相図くそうずで言えば六番目くらいって、それはさすがにうら若い女としては捨て置けんぞ!?」


「ク、クソ……? よくわかんないけど、そうですよ、クソとか言われちゃってもおかしくないくらいヤバイですよ!」


(例えで真っ先に九相図が出ちゃう時点で、古風とかのレベルでもないですけど)


※〝九相図〟自体はかなりグロテスク系なので、苦手な方は調べないでくださいネ★


 さて、すみれが心の中でツッコんでいると、カヲリがルナに囁く。


「おいルナ、アレだろ、ほれ。呪術が廻って戦うやつ(配慮)に出てくるアレ……」


「! 血濡けちずたんね……!」


(それは三番目……というか張相とか選ばない辺り、ルナさんの趣味もなかなかだよなぁ……まあエロ研究部とか言い出すくらいですし、今更かな……)


 すみれは心の中でツッコむ女。


 まあそれはそれとして、はっ、とルナがなぜか何かを閃く。


「! けちず、けち……ケチ、エチ、エッチ……それ即ちエロ……!?」


「めっちゃ無理やりだな。だがそれがいい。で、ルナ、そのココロは……!?」


「決まってるでしょ、カヲリちゃん……黎ちゃん先生の息絶えた女子力を復活させるための呪文……イマドキの女子高生たるアタシ達で、エロ話ザオリクするのよ――!」


「エロ話のことザオリクって言うな。んで、な、なにィ―――ッ!? ルナこのヤロウッ……かっとびやがったな!? かっ〇び一斗かよオーイ!」


(かっ〇び一斗や第三野球部が自然と出てくる今時の女子高生とは一体……)


 教師のいる状況的に本を読めないすみれが心の中でツッコむ一方、ルナとカヲリは大盛り上がりである。


「やっぱ思春期特有の若いエネルギーったら、性っしょ! エロっしょ! 考えてみれば生み出す行為じゃんっ……生命力が満ち溢れてるでしょコレ!」


「盛り上がってきたなオイっ……なら一発カマしてやろーぜ! エロの黄金体験ゴールド・エクスペリエンスで黎先生に生命エネルギー吹き込んでやろーぜ!」


「らしくなってきたじゃんっ……これぞエロ研究部の本領――」



「―――――オイ」


「「!!!?」」



 黎が発した地の底から響くような声に、びくっ、と身を震わせるルナとカヲリ。


 失敗した――当然だ、相手は教師。先ほどまでの言動はアレだが、根は(たぶん)真面目一徹、必要とあらば容赦などしない、剣術を修めた豪の者。そんな人物の目の前で、エロトークなどほのめかせば、果たしてどうなるか。


 威圧感さえ発する黎が机越しに、そのままの低い声で前のめりになって問う。


「最近の若い女子にしてみれば……そういった猥談わいだんを交わすのは、普通なのか?」


「……ひゃいっ!? わ、Yだん……? あっその、し、思春期なんで、そのぉ……今くらいなら、誰でも興味持つっていうか……だから、普通だとぉ……む、むしろ当たり前だと、思います……っていうかぁ……」


「……ほう、そうか、なるほどな。若者としては当然、か。……ふぅ~~~っ……」


 大きく息をついた黎が、座ったまま腕組みをし、椅子の背もたれに大きくもたれかかって――


 その体勢で視線だけルナとカヲリに向けて、一言。



「――――続けろ」


「できるかっっっ!!!」



「えっ。な、なんでだ江神。とりあえず普通に話してくれれば良いんだが……?」


「もうガチでそんな空気じゃなかったよ黎ちゃん先生! 怖いわ! 裁判か何かで詰められてるみたいな緊迫感だったんですケド!?」


「裁判……第二審の始まりくらいの緊迫感か?」


「いえ知らんですけども! 何となく言っただけだし! んも~~~~ぉ!!」


「おお、ロングトーンが様になっているな……先程からの成果が出ているな……!」


 悶えるルナに、妙な感心をする黎――てんやわんやの大騒ぎを繰り広げる、そんな彼女達を黙って見ていた、すみれが思うのは。


(どっちにせよ今日、結局なんにも活動してないな……)


 なんかもう黎ちゃん先生が全部持っていった。

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