演劇

翌日、早速リィリィとエルヴァンは演劇を見る為に朝から町へと出掛ける準備をしていた。


「これはこれは……随分と可愛らしいなあ」


今日のリィリィの装いはエルヴァンと同じ着物でのお出かけ。

ローザに着付けてもらったが、着慣れないものなので腹回りが苦しいし動きにくい。

正直、いつもの洋服の方がいいがエルヴァンとお揃いで町に出掛けたいと思ってわざわざ仕立ててもらったものだから、これぐらいの事は容易に我慢出来る。


更にエルヴァンに褒められたこともあり、自然と頬が緩む。


「私の見立てに間違いは無いようで良かったわあ」


ローザが髪を結いながら自慢気に口にした。


リィリィの着物はローザと一緒に悩みに悩んで決めたものだ。

白を基調にピンクの桜が散りばめられた可愛らしいもので、リィリィも気に入っている。


「よし。出来たわ」


ポンッと肩を叩かれ鏡を見ると、綺麗に髪が結われていた。

鏡に映った姿を見てリィリィは思わず自分の姿に魅入ってしまった。


「ふふっ、すっごくお似合いですよ。──……旦那様もお気に召すわよ」


ヒソッと耳打ちするように言われ、勢いよく振り返るとウィンクしながら悪戯に笑うローザがいた。

明らかに自分の気持ちが気付かれている様子に顔が真っ赤に染まり必死に顔を隠そうと手で覆った。


「さあさあ、早く行かないと始まってしまいますよ!!」


リィリィの事などお構い無しなローザにさっさと屋敷の外へエルヴァンと共に追い出された。

外に出るとそこには本日、護衛兼御者のロルフが馬車を用意して立っていた。


「護衛は要らん言うたろ?」

「いけませんよ。旦那様はどうあれ、お嬢様に何かあっては遅いんですよ」

「君ら、僕が大佐やった事忘れとるんとちゃうよね?」


不服そうに文句を言うエルヴァンだが、何だがんだロルフの用意した馬車に乗り込む姿を見てリィリィは笑みがこぼれた。


馬車に乗り込むとエルヴァンが肘をつきながら声をかけてきた。


「リィリィは町行くんは初めてやろ?」

「ええ」

「うちの町はちょっと風変わりやもんで驚くもしれんな」


クスッと笑うエルヴァンにリィリィは何を言っているのかこの時は理解出来なかった……



❊❊❊




「うわぁぁぁぁ……!!」


町についてリィリィは目を輝かせて驚いた。


そこには変わった風貌の店が立ち並び、町の人達の装いもリィリィ達のように和装。


(ここだけ世界がまるで違う)


あまりの驚きに声も出ずキョロキョロと目だけが忙しなく動いているリィリィを見てエルヴァンはクスクスと楽しそうに笑った。


「変わっとるやろ?ここは僕の故郷を真似て作った町並みなんよ」


「やっぱし故郷の景観が一番落ち着くねんな」としみじみ言っているが、こんな事簡単に出来ることじゃない。

町ひとつ変えるとなると、先住人の了承もいるし時間も手間もかかる。

いくらエルヴァンが領主でも簡単に出来ることじゃない。


「……こんな事が出来るなんて……」


自然と言葉が漏れた。


「おや?僕を誰やと思っとるん?向こうの世界じゃちっとは名の知れた妖狐様やで?」


不敵に笑うエルヴァンを見てリィリィはゾクッとうなじが粟立った。

忘れていたつもりは無いが、この人は妖という魔物だった。

人の記憶など造作もなく変えられる。そう言いたいのだろう。

逆に言えば簡単に人の記憶なんて塗り替えられると言うこと。


(……飽きたら私も……)


記憶を塗り替えて捨てられるのだろうか……

ハンスやローザ達屋敷の人達のこと、エルヴァンとの暖かく楽しい思い出。初めて恋しいと思ったこの想いも……すべて……


(それだけは絶対に嫌だ)


例え捨てられる事になっても、この思い出だけは捨てたくない。この記憶はリィリィの生きる糧。これを無くしてしまったらリィリィは生きていけない……


「どうした?」


俯いているリィリィを心配してエルヴァンが声をかけてきた。

ハッと正気に戻ったリィリィは何事もなかったかのように笑顔を作りエルヴァンを見た。


「早く行かんと始まってまうよ?」

「大変!!急ごう!!」

「ははっ、そこまで急がんでもまだ大丈夫よ」


演劇のチケットをちらつかせて言うと、リィリィは慌ててエルヴァンの手を引き演劇場へと急いだ。


「あら、領主様じゃないか。今日はどうしたんだい?」


その途中、果物を売っている店主であろう中年の女性に声をかけられた。


「ああ、おかみさんか。今日は見ての通りこの子とデートなんよ」


エルヴァンは恥しげもなくリィリィの肩を抱きながら応えた。

リィリィは「デート」という単語に頬を染め、照れもあったがそれよりも嬉しさのほうが勝った。

おかみさんは「おやおや、あの領主様がね」と揶揄うように顔を緩めた。


「おい、どうした?」

「あ、あんた!!領主様がついに嫁を連れてきたよ!!」

「なに!?」


裏からおかみさんの旦那であろう人がリィリィ達の声に気付き声をかけてくると"嫁"という単語に転がる様にして裏から顔を出してきた。


「おいおいこりゃまた……領主様、あんたはやる男だと思ってたよ」


リィリィの顔をまじまじと見てから旦那はポンッとエルヴァンの肩を叩いた。

エルヴァンは「何勘違いしとるねん!!」と誤解を解こうと必死な様子だが、当の夫婦は聞く耳をもたず隣の店の店主まで呼びに行ってしまった。


「領主様の嫁だって!?」

「しかもめちゃくちゃ別嬪らしいじゃねぇか!!」


エルヴァンとリィリィの周りはあっという間に人だかりになってしまった。


「ほお……お嬢ちゃんが相手かい?」

「まだ子供じゃないのかい?領主様どういうことだい!?」

「お嬢ちゃんどこから来たんだい?この男に騙されたのかい?」


色んな人から責めたてられリィリィは「えと……」と言葉が出てこない。

このままじゃまた子ウサギの姿になってしまいそうだと、無意識にエルヴァンの裾をぎゅと握りしめるとエルヴァンはその手を優しく握り「はいはいはい!!落ち着いてくださぁい!!」と町の人らを黙らせた。


「もう、知らない者からそない責めたら怖がってしまうやろ?」


エルヴァンの言葉でようやくリィリィが怖がっていることに気が付いた町の人らは申し訳なさそうに黙った。


「それにこの子は僕の嫁じゃない。僕が預かっとる子やねん」


はっきり誤解だと説明すると、町の人達は納得したようにうなずいた。


「驚かせて悪かったね。みんな悪気はなかったんだよ。許してくれるかい?」


果物屋のおかみさんがエルヴァンの後ろに隠れているリィリィに優しく話しかけてくれた。

周りの人達も口々に謝罪の言葉を口にしてくれ、ゆっくりと顔をだすと皆優しく微笑んでくれた。


「こんな町作る人だからね。皆心配してたんだよ。こんな変わり者の領主のとこに嫁に来るもんは相当奇特な奴しかいないってね」


困ったように笑うおかみさんを見てエルヴァンは酷く居心地が悪そうだ。


「お詫びと言っちゃなんだけど、これ持ってきな」

「これも!!」

「おいおい、うちのも忘れないでくれよ!!」


気が付けばリィリィの腕の中は果物や野菜、パンなどで一杯になっていて、こんなに貰えないと困っているリィリィをエルヴァンは助けるでもなく、満足げに微笑みながらその様子を眺めていた。

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異世界での過ごし方~転移しちゃった妖狐は隣国から逃げてきた皇女をデロデロに甘やかして飼い慣らす~ 甘寧 @kannei07

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