誘拐

「旦那様!!落ち着いてください!!」


妖狐の姿に戻り荒れるエルヴァンを制止させようとハンスとローザが必死に身体を張っているが、聞く耳を持たずリィリィを探すように屋敷を半壊させて回っている。


「いい加減にしろ」

「──ッぐ!!!」


止めたのはトーマス。

エルヴァンの背後に周り、思いっきり首を捻った。

ゴキッと言う鈍い音と共にエルヴァンはようやく大人しくなり、首を抑えて悶えている。

普通の人間なら死んでいる所だ。


「お前が焦っても仕方ない。今ロルフが動いてる」

「……気配で分かるわ」

「なら手間をかけさせるな」


もっともな事を言われぐうの音も出ない。


「申し訳ありません。まさか私の術を破られるとは思いもせず……」


ローザが深々と頭を下げ謝罪した。


リィリィが攫われたのはローザとロルフが騎士に気を取られている僅かな時間。

その時間ものの数分。

逆に考えればその数分で結界を解き、リィリィを攫うことができる者が帝国にはいると言うことだ。


「やられたな……あんだけの数はカモフラージュか……」


子供のように体育座りになり身を縮めるエルヴァンを見てハンスが口を開いた。


「何故、この屋敷だと分かったのでしょうか?」


リィリィはこの屋敷に来て敷地から出た事がない。

侵入者など、この屋敷に一歩足を踏みいれば屋敷を出る事はない。


「理由は分からんが連れ去られた以上、向こうさんの思うつぼやったという事や……舐め腐りおって……!!」


カルロが来たのも依頼の為じゃない。鼻っから狙いはリィリィだったと言うこと。

エルヴァンはギリッと歯を食いしばり、怒りで毛を逆立て今にも飛び出しそうなエルヴァンをハンスがすかさず止めた。


「まあ、お待ちください。旦那様が今動いたら余計にややこしくなります。今はロルフを待ちましょう。なら一時間ほどで戻ってくるでしょう」


それに……と付け加え


「誰を敵に回したのか知って頂けなければ……」


ニヤッと含みのある笑顔のハンスにエルヴァンはゾクッと背中が粟立った。

落ち着いてはいるがハンスも相当頭にきているようで、こんな表情を目にするのは何年ぶりいつ以来だろうか。

思わずエルヴァンも苦笑いになってしまった。




❊❊❊




帝国に戻る馬車の中で、ゆったりとカルロは体を揺られていた。

その目の前には何も知らず、眠り続けているリィリィがウサギの姿のまま小さな柵に入れられていた。


「ふふっ、あちらは今頃大騒ぎでしょうね」


「ったく、手間かけさせてくれましたね……」と悪態をつきながら眠るリィリィを睨みつけた。


カルロがエルヴァンが怪しいと思ったのは初めて会った時。

大臣だと名を名乗った際にほんの一瞬、僅かに殺気が漏れた。

そんな僅かな殺気に気づく人間も珍しいが、カルロは会話をしている中でエルヴァンが明らかにリィリィを擁護していた。

いくら噂で聞いていたにしろ、その噂を簡単に鵜呑みにするような者では無い。なのにも関わらず、こちらの国を一方的に悪く言いカルロを怒らせた。

怒りで話題を皇女から国へと変えたのだ。


「本当に食えない人だ……」


カルロは国に帰ってすぐに刺客をエルヴァンの屋敷に放った。

当然戻ってくることはなかった。

ほぼ確信を得たカルロは勝負に出たと言うわけだ。


「鬼が出るか蛇が出るか心配でしたが……」


思ったより簡単に手に入れられて正直、拍子抜けだ。


「さあ、急ぎましょう!!彼らも黙ってはいないでしょうし──……!?」


御者に急ぐよう伝えたのと同時に馬車が傾いた。


「何事ですか!?」

「そ、それが……!!!!」

「──……ッ!!!??」


慌てて外に飛び出るとそこは一寸先も見えない程の闇がカルロらを包み込んでいた。


バサバサバサ……


鳥が羽ばたくような音がで聞こえ、振り返るが当然何も見えない。


「な、なにが……!?」


額に嫌な汗を流しながら呟くカルロの耳に、羽音以外の音も聞こえてきた。


「うわあああああ!!!」

「助けてくれ!!!」


四方八方から飛び交う悲鳴。

悲鳴と共に顔に飛び散ってくる生暖かいもの……それがなんなのか……分かっているが分かりたくない。

初めて味わう恐怖にカルロは全身の震えが止まらない。立っているのもやっとだ。


悲鳴も途絶えた頃、ようやく視界が晴れてきた。

時間にして数分。その数分が何時間、何十時間にも思えた。


視界がはっきりすると、そこはまさに地獄絵図だった。

辺りは血の海であれだけいた騎士も全滅。生き残っているのはカルロ一人だけ。

茫然としているカルロがふと馬車の中に目をやると、柵ごとリィリィの姿がなくなっていることに気がついた。


その瞬間、恐怖も吹っ飛び怒りが込み上げてきた。


「ふ……ふふっ……あはははははは!!!そうですか!!やはり貴方の仕業ですか!!!」


高々と笑うと、額に血管を浮かべながらグッと拳を握った。


「……いいでしょう。今回は私の負けです。騙し討ちみたいなことをした結果ですね。ですが、これでお相子ですよ?」


そう言うと血だまりの中、ゆっくりとした足取りでその場から姿を消した。





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