刺客

リィリィが国を飛び出してから一月が経とうとしていた。

リィリィの父であるギネイアの皇帝は遅すぎる報告に苛立ちを露わにしていた。


「ティナはまだ見つからんのか!!!!」


ダンッ!!と力任せにテーブルを殴りつける姿に周りの者達は恐怖で怯えている。


「落ち着いてくださいませ。スラノの国王様も待ってくれると仰ってくれたじゃありませんか」


皇帝の腕に手を置き、宥めるように言うのは後妻である現皇妃。

切れ長の目に漆黒の髪。薄い唇を真赤に塗り臈長けた美しさを持つ皇妃は、その美貌で世の男達を翻弄したと言う。


スラノの国王はリィリィが逃げ出したと大臣であるカルロから報告を受けた際


「あははは!!!よいよい!!反抗的な者ほど躾のしがいある」


と、笑いながらこちらを責める事はしなかったが、その目は凍てつく様に冷たく恐ろしいものだった。


「──とはいえ、そちらには既に充分な前金を払っておるからなあ……」


意味ありげにチラッとカルロを横目で見た。

リィリィを嫁がせると取決めされた際、スラノから纏まった金が支払われた。表向きは結納金と言えるが、要は金でリィリィを買ったと同じ。

カルロはその意図にすぐに気づき、頭を下げたまま口を開いた。


「勿論、早急に皇女を連れ戻し、陛下の元へお連れ致します」

「口で言うのは容易い。私は結果を求めているのだが?」


頬杖を付きながら見下すような視線を向けられ、カルロは眉間に皺を寄せた。


「……そうだな。別に皇女でなくとも私は構わんが?」

「……と、申しますと?」


ニヤッと口角を上げた国王を見て、カルロは嫌な予感しかしない。


「聞くところによると、そちらの皇妃は大層美しいらしいじゃないか?」

「──なっ!!まさか皇妃様を!?」

「私は美しものを汚すのが好きでなあ。……それも気の強い女をひれ伏して鳴かせるのが最高に甘美でな」


舌なめずりをしながら言う国王に暴言を吐く訳にもいかず、ギリッと唇を噛み締めた。

その様子からとても冗談を言っている雰囲気ではなく、カルロは何とか話を上手く終わらせ、皇妃の元へ急いだ。


ガシャンッ!!!


「何を言ってるの!!この私が!?冗談じゃないわ!!」


カルロは城へ着くなり皇妃の元へ行き、国王との会話を伝えた。

聞き終えるなり激昂し、手に持っていたカップを壁に目掛けて投げつけた。


「あの娘ッ!!約立たずの癖に手間ばかりかけて!!」


ギリギリと爪を噛みながら怒りを露わにする姿は、とても皇妃とは思えない。


「皇妃様、安心してください。手は打ってあります」


何処か自信ありげ微笑むカルロに皇妃は「ふん」と鼻を鳴らした。


「分かったわ。けど、失敗なんてしたら……分かってるでしょうね?」

「勿論。貴方の描く未来に一遍の曇りはありませんよ」


そう微笑みカルロは部屋を後にした。






❊❊❊





「──おや?」


草木も眠る丑三つ時。溜まっている書類に目を通していたエルヴァンは見知らぬ気配を感じて、動いていた手を止め屋敷の中を歩いていた。


一階、二階と見回り最後にもう一度リィリィの部屋辺りを見回ろうと思い足を進めていた。

廊下には立派な花瓶や美しい絵画が飾れており、辺境伯の屋敷として十分の代物。


その廊下を歩いていたエルヴァンだが、一枚の絵画の前で立ち止まった。

その絵はある国の仲睦まじい老夫婦が描かれた素敵な絵。

エルヴァンは前を向いたまま、その絵を掴むように額縁の中に手を突っ込んだ。

するとエルヴァンの手は吸い込まれるように絵画の中へ。

何かを掴んだ感触がありズズッと手を引くと、ズリッと一人の男が引きずり出た。


「ドブネズミにしては上手く化けたなあ?」


エルヴァンは長い爪を男の頭に食い込ませ、逃げぬ様にギリギリと力を込めている。


「──ッ!!!何故分かった!!!」

「ほお?最期の願いはその答えでええか?」


痛みにこらえながらも負けじと睨みつけながら言い返したが、ニヤッと笑うエルヴァンの笑みが酷く恐ろしく、思わず身震いが止まらない様だった。


「──旦那様」


暗闇から声がかかり、ゆっくりとした足取りで現れたのはハンスだった。


「ああ、起きとったの?」

「主人の手を煩わせる使用人がどこにいますか」


ハンスはエルヴァンの爪で頭から血を滲ませている男を目にしても驚かず淡々と話をしていた。


「こんな小物の侵入を許すとは……ロルフはどうしたんです?」

「ロルフは急用で今日は留守にしとるんよ」


そう伝えると「なら仕方ありませんね」と納得した様子だった。


「後は私にお任せ下さい」


ハンスはエルヴァンから男の身柄を受け取ると、不気味な笑みを浮かべた。

男の頭からは血が滴り落ち、エルヴァンは手に付いた手を舐めとり、横目で顔を綻ばせているハンスを見た。


「……喰うなよ?」

「ええ、分かっております。すべてを吐くまでは……」


ハンスはチロッと蛇なような舌を出しながら微笑み返し、最早声も出ないでいる男を引きずりながら暗闇へと消えて行った。

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