未来へ
エルヴァンが語ったのは、これから訪れるだろう厳しい現実に向き合う事とそれに対して望むもの。
「向こうも焦っとるからな。ここに辿り着くんも時間の問題やと思う。そこで……」
エルヴァンは普段の様子から想像がつかないほど真剣な表情で話し始めた。
リィリィに求めたのは二つ。
まずは獣化の完全なコントロール。
いざと言う時に人の姿より子ウサギの方が逃げ足が速いし、人が通れない穴にもすんなり入っていける。
子ウサギの姿なら鞄にも入れるし服の中に隠すことも出来る。
帝国の人間でリィリィの獣化した姿が子ウサギだと知っている者は少ない。
誰も興味を示さなかったことが幸をそうしたと言える。
もう一つは体力作りと自分の身を守れる程度の護身術の習得。
体力がないのはリィリィ自身も分かっていた。
ずっと閉じ込められていて、外に出たのは数える程度。
そんなんで体力があるはずがない。
ここまで走って逃げてこれたのも奇跡的と言える。
そして護身術だが……
「当然リィリィは僕らが全力で守る。とはいえ、何があるか分からんのが世の理や。習っといて損は無いと思うが……どうや?」
そう問いかけられたリィリィは即答で「やる」と力強く応えた。
エルヴァンはリィリィの覚悟を見て、満足そうにある人物を呼び出した。
「トーマス……大体分かったか?」
「ああ、任せろ」
その二言で会話が成立する。
傍から見ればありえないだろうが、この屋敷では普通の事。
それよりも……
(この人、料理長じゃないの?)
料理の腕前は一流だが、武術の先生としてはどうなの?
確かに体格はいいが、見かけでは人は分からない。
「ああ、そうか、リィリィに言っとらんかったな」
リィリィが不満げに見ていると、エルヴァンが視線に気付いた。
「トーマスは
「そうだ」
当然のこと様に言っているが、色々と有り得ない。
中佐がなんでこんな所で料理を振舞ってるの!?と疑問しか湧かない。
「トーマスは僕の事が好きでなあ、僕が大佐辞める言うたら一緒に辞めて来たねん。元々料理が上手かったからな。僕的には断る理由ないし、むしろ大歓迎やったって事」
エルヴァンの説明にトーマスはウンウンと頷いている。
中佐を辞してまでもエルヴァンの傍にいたかったという事か。それほどまでに好きだった。という事は──
「………お二人はそういう関係……?」
そういう事になる。
リィリィが口元を押さえながら二人を見つめると、エルヴァンとトーマスは明らかに慌てふためいた。
「はああああ!?違う違う!!」
「そんな関係じゃない」
「いや、大丈夫。私そういう事には理解がある方だと思ってるから」
否定してくる二人にリィリィは俯きながら手を挙げて黙らせようとしたが、二人は更に焦りだした。
「本当にちゃうねん!!ごめん!!僕の言い方が不味かったな!!トーマスは僕に憧れてたんよ!!」
「そうだ」
「ほら、僕、こう見えて結構強いやん?そこに憧れたのがトーマスやねん!!」
「そうだ」
「ちょ、トーマス!!お前、そうだしか言っとらんやん!!」
「……そうだ」
言い争っている二人を見て、リィリィは堪らず「あははは」と笑いが込み上げてきた。
「そんな本気で否定しなくても分かってるわよ。ちょっと揶揄ってみただけ」
目に涙を浮かべながら笑うリィリィが言うと、エルヴァンは「もう勘弁して」と言いながらも口元は綻んでいた。
この屋敷に来てからリィリィは本当に表情が豊かになった。
エルヴァンはそれがとても嬉しかった。
それはトーマスも同じだった様で、あまり感情を表に出さないトーマスが「ふっ」と顔を綻ばせていた。
「じゃあ、トーマス早速頼むで」
「ああ」
エルヴァン手を振りながら見送られ、リィリィとトーマスは部屋を出て行った。
❊❊❊
「はあ……はあ……はあ……」
庭に出たリィリィはトーマスに「まずは肉体づくりだ」と屋敷の周りを走るよう言われて走り始めたが、2周越えたあたりから足が重くて息が苦しくなり思うように走れなくなった。
(ここまで逃げてきた時はもっと走れたのに……!!)
と思ったが、それはウサギの姿で体も小さく動きも俊敏。更に跳躍力もある。
それに比べて人の姿になると……
「……もう……ダメ……」
その場に倒れ込むとトーマスが顔を覗かせた。
「ほら、飲め」
手に持っていた水筒を渡されると一気に飲み干した。
水筒の中はレモン水に少し砂糖が入っている様で飲みやすくとても美味しかった。
トーマスは強面で口数も少ないがとても優しい。
それはトーマスの作る料理からも分かる。一つ一つ手を抜くことなく繊細で細やか。それでいて目を見開くほど美味しい。
残飯やカビの生えたパンしか食事として貰えなかったリィリィは食事の時間が楽しみになったほど。
この日は初日という事もあり、体力作りは早々に終わった。
そして、待ちに待った夕食時──
「お前は細い。そんなんだから体力がない。肉を食え」
ドンッとリィリィの目の前に置かれたのはリィリィの顔よりも大きな肉の塊。
「えっと……これはちょっと無理……」
「食え」
いくらトーマスの料理が美味しからとは言え、これは無茶ぶりというものだ。
横で見ていたエルヴァンは「おやおや」と言うだけで助けてくれる気配は無い。
自分の為に作ってくれたものだと分かっているから無碍にもできず、仕方なく手を進めたが、三分の一を食べたあたりで限界が来た。
「胃も鍛える必要がある」
「ん~~、女の子にこれは無理やと思うよ?」
困ったように言うトーマスにエルヴァンが苦笑いで応えていた。
因みに残した肉はエルヴァンが美味しく頂いてくれた。
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