一夜明けて

「……ん……」


リィリィは包まれるような心地よい温もりを感じて目を覚ました。

目を擦ると視界の先には人の手。……いつの間にか人に戻っていたようだ。

しかし、先程から感じるこの温もりは……?


「おはよう」

「……………………え?」


挨拶をされ顔を上げるとそこには上半身着崩して最早肩を露出しているエルヴァンが満足気に微笑んでいた。

リィリィは一瞬理解が追いつかずエルヴァンの色気に惚けていたが、すぐに自身の変化に気がついた。


(人に戻っているという事は…………)


「ひっ!!!」


リィリィが布団の中を覗けば、衣を一切纏っていない己の身体が目に入り屋敷中に響き渡るほどの悲鳴をあげた。


「~~~~ッ、リィリィ耳元で大声はやめるか……頭に響くねん」


頭を押えて悶えるエルヴァンだが今のリィリィはそこまで気が回らず、シーツに身を包ませて全身真赤に染まっている。


「何事ですか!?──……!?」


リィリィの悲鳴を聞きつけハンスを初めとした屋敷中の者が物凄い勢いでエルヴァンの部屋へ集まって来た。

そして、目の前の光景を見るなりハンスとトーマス、それにロルフが無言でエルヴァンを取り囲んだ。

リィリィはローザが「さあさあ、あちらに行っていましょうね」とすかさず部屋から連れ出していた。


出て行ってすぐ


「貴方は本当に懲りませんね!!!」

「一遍死んでみるか?」

「ん」

「みんな落ち着いてや!!誤解や誤解!!ちょっ、ロルフ!!マジな目するの止めて!!」


ドガン!!ガシャン!!という音と共に言い争う声が聞こえてきたが、ローザに気にしなくていいと言われて気にするのを止めた。






──……ローザによって軽く身支度を整えられたリィリィは少し遅めの朝食を摂りに食堂へ行くと、エルヴァンがボロボロになっていてギョッとしたが、何となく聞いちゃいけない気がして黙って席に着いた。


「朝はすまんな。驚いたやろ?」

「いや、あの、もう気にしてないので……」


まさかエルヴァンから話を振られるとは思わず、オムレツを口に運ぶ途中で手が止まった。

リィリィ的にはもう掘り起こして欲しくなかったのだが、話を振ってきたのなら何故あの状況になったのか改めて聞くことにした。


昨晩、皆で酒を飲み交わしていたが夜が更けるにつれ皆、次第に出来上がってきてリィリィをかまってくれる者がいなくなった。

それに腹を立てたのか仲間に入りたかったのか、エルヴァンのグラスに入っていた酒をあろうことか飲んでいた。

エルヴァンが気づいた時にはグラスはほぼ空になっており、リィリィは千鳥足になっていたらしい。


エルヴァン達は慌てて水を飲むように勧め、トーマスが手元にあった水を飲ませたが、水だと思ったそれは酒でリィリィは遂に気を失った。

仕方なくエルヴァンが自室へと運んだ。という事らしい。

そこで、ふと疑問が生まれた。


「なんでエル様の部屋なんです?普通、私の部屋へ運び入れません?」

「いややわあ、”様”なんて他人行儀な。エルって呼んで。そんな丁寧な言葉使いもいらんよ」


フォークをこちらに向けながら指摘してきたが、リィリィの聞きたいことはそこじゃない。


「いや、答えになってないけど……?」

「答えか?そんなん僕が飼い主やろ?どこで寝るかは飼い主の僕が決めることやろ?」


「なにその屁理屈」と口から出そうになったが、飼われている以上口出しすることはできないと思い口を閉ざした。


「──……てのは冗談で、部屋に向かってる途中で人に戻ってしもうてな。ちょうど目の前が僕の部屋やったから仕方なく。な?」


なんて言っているが果たして本当にそれが真実なのか疑わしい。

リィリィは疑いの目をエルヴァンに向けた。

そして、考えたくは無いが一つの事実に気が付き、顔色がどんどん青ざめた。


「え、てことは、私は一晩中あられもない姿を晒していたってこと……?」


顔面蒼白になりながら問いかければエルヴァンはニヤッと笑い「ええ目の保養やったわ」と言い切るのと同時にナイフが頬を掠めた。


「~~~~ッ忘れろ!!今すぐに!!記憶から消して!!」


リィリィは真赤になりながらナイフやらフォークを手当たり次第にエルヴァンに向けて投げつけるが、「嫌ですぅ~」と笑いながら避け続けていてちっとも当たらない。


この様子を見ているハンスとローザは微笑ましいものを見るように見つめていた。


その後、疲れて息の切らしているリィリィに「心配せんでも寝ているもんの身体を見る趣味はないで」と言われたがそれでも信用できず睨みつけていると


「流石の僕でも子供を相手に手は出さんよ」


と言われ何故かすごく胸が苦しくなった。


「さて、飯が終わったら話があるで僕んとこ来てくれるか?」


そう言われたがリィリィは上の空で「……はい」と言うのが精一杯だった。





❊❊❊




「実はな、リィリィの国のカルロちゅう大臣に会ってん」


”カルロ”その名を聞いて自然と体が強張った。


歳は若いがその才力は帝国一だと言われ、皆からの期待も大きい人物。

しかしその裏では弱い者には容赦なく、皆の思っているような頼れる人物では決してない。

リィリィも標的にされ始めたところで皇妃の推薦があった。

その後は知っての通りの経緯を送った。


「今リィリィは国を跨いで捜索の範囲が広がってる。……ほんにリィリィを探してる暇があるなら国を立て直すちゅうことを知らん奴やな。リィリィを生贄にすることしか考えておらん時点で終わっとるやろ。ああ、リィリィは責めとらんよ?」

「………………分かってる」


あの人達は自分らが楽をすることしか考えていない。その為なら努力を惜しまない。


「私の知っているお父様はいないのね……」


この国に逃げてきた時点で分かっていたことだが、いざ口にするとこうまで悲しいものなのか。

目を伏せ俯いているリィリィの頭にポンと手を置かれた。


「リィリィが気に病む事なんてなんもあらへん。どない人間にも欲はある。まあ、皇帝が己の欲に飲まれた時点で皇帝の器ではないがな」


最もなことを言われ何も言い返せない。というか言い返して庇う程の価値があるのだろうか……否だな。


「はいっ!!落ち込む話はここまでや。過去は振り返らん方がええ。つうことで、未来これからの話をするで」


パンッと勢いよく手を叩き、エルヴァンは話を続けた……

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