花見

「おやまあ、僕がおらん間に随分面白そうな事しとるやないか」


エルヴァンが屋敷に着いたのはどっぷりと日が暮れた頃。

屋敷に着いても誰も出てこないので不思議に思い屋敷の中を歩いていると、庭の方が賑やかなことに気が付き庭に回るとエルヴァンが育てていた桜の根元で酒盛りをしているハンス達を見つけた。


「旦那様お帰りなさいませ。随分と遅かったですね」

「主人がおらんのに酒盛りとは、うちの使用人は随分とええ身分やなあ」


眉間に皺を寄せて文句を述べるエルヴァンにハンスが「帰宅の遅い貴方が悪いのですよ」と言うとエルヴァンは何も言えることが出来ず大人しくその場に座った。


子ウサギ姿のリィリィはエルヴァンの元へ行くと「おかえりなさい」というように小さな手を膝の上に乗せた。

その愛らしい仕草にエルヴァンは目を輝かかせ、勢いよくリィリィを抱き上げ頬ずりした。


「ああ~~リィリィだけやあ~~僕の事を待っとってくれたのわ!!」

「~~~~~ッッッッ!!!!!」


いくら子ウサギの姿とは言え、成人の男性に腹部を頬ずりされるのは恥ずかしすぎる。

リィリィは前脚と後脚で必死に引き離そうとするが、エルヴァンは気にせず顔を押し付けてくる。


「旦那様!!!」


見かねたハンスとトーマスが引き剥がしてくれ事なきを得た。


「何すんねん!!」

「それはこちらの台詞です!!」

「嫌がってる」


ハンスとトーマスに責められていると「はいはいはい」とローザが手を叩いた。


「折角のお花見が台無しですよ。旦那様はもう少し女性の扱いを知った方がいいわね」


笑顔でド正論を言われ皆大人しくなった。


この屋敷で一番の権力者はもしかしたらローザなのかもしれないと思いつつ、リィリィはエルヴァンの為に用意しておいた酒を小さい体で必死に押しながらエルヴァンの元へ運んだ。


「リィリィ様が旦那様の為にとご用意したのですよ」


そうハンスから聞いたエルヴァンは「ちょっと待って……」と目頭を押さえながら天を仰いでいた。


「キャウッ!?(泣くほど!?)」

「ああ、すまんな。年取ると涙腺が弱くなってな……」


リィリィは明らかに顔を引き攣らせながらエルヴァンを見た。


(年取るとって……この人一体いくつなの……?)


見た目は30代……?いや、20代と言っても分からないぐらいに見えるが、本当の年齢は分からない。

エルヴァンはリィリィがそんな事を考えているとは露知らず、勢いよく酒を煽った。


「ああ……美味いな」


月を仰ぐように言ったエルヴァンの頭には耳が……


「……………キャウッ?!?!?!(耳!?)」

「ん?……ああ、今日は満月やからな。妖力が溢れとるねん」


自分の頭に生えた耳を触りながら平然と答えた。


「このままじゃ狐耳付けたただのおっさん、ちゅうなんとも痛々しい絵面になってまうでなあ……しゃあない……」


エルヴァンがパチンッと指を鳴らすと、華やかな着物を着崩し後ろには大きな尾っぽを生やした妖狐の姿になったエルヴァンがいた。


短かった銀色の髪は風に靡くほど長くなり、月の光に辺りキラキラと輝きとても幻想的で妖艶で悔しいがとても美しかった……


あまりの光景にリィリィは目を奪われ見蕩れていた。


(こんな美しい人、見たことない……)


「どうや?こっちの姿も男前やろ?」

「───ッ!!!」


不意に顔を覗き込まれ、驚いたリィリィは飛び退きローザの後ろへ隠れた。


「何やねん。この姿は嫌いなん?」


袖に手を入れ不満げにリィリィを見てくるが、今のリィリィは心臓が破裂しそうなほど脈を打っていて、とてもエルヴァンの顔を見れない。

人の姿だったら顔は真っ赤に染まっていただろう。

この時ほどウサギの姿で良かったと思ったことは無い。


しばらくすると落ち着きを取り戻したので、不貞腐れながら酒を煽っているエルヴァンの傍へと寄った。


「おや?機嫌はなおったんか?」


いつものように優しく微笑みながら頭を撫でてくれるが、酒が入っているから姿が違うからなのか、その雰囲気はとても艶っぽい。


「リィリィも人の姿やったら良かったなあ」


寂しそうに呟かれた言葉にリィリィはズキッと胸が痛んだ。


(……そうだよね……)


こういう時、本当に自分が嫌になる。


皆面白おかしく楽しく飲み食いしているのに、ウサギの自分は蚊帳の外。

喋っても言葉が伝わらないし、表情も分からない。

出来ることと言えば、皆の邪魔にならないように大人しくしているくらい。


「あはは、別に責める訳やないよ」


落ち込んでいるリィリィに気付いたエルヴァンが声をかけた。


「宴会は今日だけやない。これから何回でも何十回でもできる。今日はその姿で、次は人の姿でやればええ。そうすりゃ二度美味しやん?」


「それに」と続けて


「リィリィが出来損ない言うたら、僕だって似たようなもんよ?ほら見てみ。満月ってだけで姿を保ってられんもん。な?同じやろ?」


そう言いながら笑いかけるエルヴァンにリィリィは戸惑いを見せた。


……私はいつまでここにいれるだろう。


出来ることならずっとここにいたい。この優しい人達の笑顔をずっとこの目で見て行きたい。


そう思うのはわがままだろうか……


リィリィは月を眺めながら初めて自分の居場所を見つけた気がした……

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